第112話
長安から函谷関、洛陽、そして北から上党、河内、潁川、と郡が並んでいる。それより先は今回近々では目標から外れるからな。
「かつての司隷は京兆尹、長安を含む三輔と河南尹に弘農郡を範囲に収めた地域に御座いました」
はて、弘農とはどこかで聞いたことがあったな。誰かの遥任先だったか。
「現在函谷関に最前線が御座います。ここより東の山道を進んだところに旧都洛陽が」
あの洛陽が目の前というわけだ。函谷関から五十キロくらいだろうか? 充分な戦闘行軍距離で拠点として使える、それだけに手前の新安県に魏の一大防衛拠点があるだろう。
こちらから三十キロ、洛陽から二十キロの中間点。ここを落としてこちらの前線基地にするのが最初の一手か。無論楽なわけがない、どうしたものかな。
「洛陽をどのように伺うべきだと思う?」
まずはこいつの考えを聞いてみるとしよう。他人は何かしら己より優っているものだからな。
「洛陽はかつての堅牢な街ではなくなりました。先だって董卓が全てを破壊して以後、復興するのが精一杯で、防備にまで手が回っておりません」
「董卓による遷都、洛陽の放棄だな。城壁が低いと言うのはこちらが奪取しても守り切るのが困難ということと同義か」
取らぬ狸の皮算用とはいうが、先々まで考えるのが俺の役目だからな。まあこいつだってそのあたりのことは想定済みだろう。
「洛陽は盆地に御座います。周囲の山地を繋ぐ防備を築き上げれば、洛陽城の守備範囲を拡大して守るのと同じように戦えるかと」
ふむ、地域全体を城と見立てるわけか。こちらが攻撃を仕掛けられるのは通路が西にあるからで、洛陽を攻めるに良いが守るのは東からだものな。ということは洛陽より先に出て、万が一洛陽を失陥すれば敵地に取り残されるということだ。
「そうか。では落とすことに集中してみよう」
馬謖を見詰める、どのような策が飛び出るか。使える頭脳を目一杯利用させてもらうとしよう、自分以外の誰かが考えることが重要だ。発想は多い方が良いのは情報が一つでも多い方が良いのと同義だな。
「まずはこちらをご覧ください」
小さな巻物を二つ更に拡げさせる。そこには二つの県城のイラストが描かれていた。これが郷の城あたりだともっと城壁の背が低い上に門の数が少ない。あまり距離感は無いが、それでも奥行きを認められた。写実的というかなんというか、大切な部分は伝わる。
「新安城と洛陽城?」
「左様に御座います」
南に細い河が東西に流れていて、その北側の山地のと間にある城が新安。城域は思っていたのより大分狭い、南北に五百から千メートル、東西はその五割増しの長方形。城壁は積み増しを重ねられたのか高い、凡そ五階建てくらいといったところだろうか。
「まずは敵情の偵察を行ったことを褒めてやろう。相手を知ることから全てが始まる、何を目的としているのかが良く理解出来ているようでなによりだ、いいぞ馬謖」
こういうところは孔明先生の弟子と感じられるよ。想像で全てを進める机上の空論、腐れ参謀共が我が物顔で出す作戦程味方を大勢死なせる。その点でこの準備は及第点を与えられる。
「ありがたき幸せ。絵師を魏に忍び込ませ、地図を製作させておりますので、他の場所も御座います」
「全ての地図を十部ずつ描き増せ。各軍師、李中領、鐙将軍、魏将軍、費将軍、孟獲大王、呉将軍、陳将軍へ配布するんだ」
「畏まりまして」
これは有効な一手になりえる、後方に在って軍師の仕事をこなしたことを素直に認めてやるべきだな。実地で状況を確認できているのは大きいぞ。
「調査費用と絵師への手当ては大将軍府で賄う。話を進めろ」
「はっ。新安城は魏の最前線で強固な防備を誇り、詰めている軍兵も一万、野戦遊軍も別途一万を擁しております」
野戦軍は函谷関の外にちらちら見えている軍だな。それは簡単に蹴散らせるが、籠城しているのは手を焼く。力押は最後の手段だ。
「洛陽にも万の軍勢が居るは必定。そこで一軍を以て洛陽よりの増援を遮断し、新安を包囲攻撃することを進言いたします」
「詳細を」
普通と言えば普通の攻めだが、別にそれで構わん。被害と時間の浪費を少なく、戦果を多く、それだけだ。
「増援の遮断、防衛戦においては鐙右将軍の指揮が光るでしょう。三万の軍で通路を封鎖、洛陽の防備が薄いようならばそのまま攻勢に出ます」
「まさかということが起こるのが戦場だ、自由裁量を与えるにしても鐙将軍なら心配ない」
釣られて引き込まれてもあいつならば生き残れる腕がある。ここで軍団を預けるには最適な人物だろう。三万が一万でもやることはきっちりとやる、後は不慮の事故に備えて副将を置くくらいだ。
「新安ですが、攻城兵器があればそこまで苦労せずに陥落するでしょう。西の山に投石器を設置し、撃ちおろしで放ち続ければ籠もってばかりもいられません」
「ふむ……」
投石機か、あれは確かにすさまじい威力を発揮するが、それだけでは採用するに耐えん。決死隊が破壊に出れば一撃をいれるチャンスがあるからな。悪くはないが全てを預けるには線が細すぎる。砲兵陣地を失えば膠着する、そんな作戦は参謀部の中でだけやっておけ。
「お気に召しませんでしょうか?」
「それだけではちとな。投石機を併用する、或いはそれを予備の攻撃にするようなものならば良いが」
あからさまにガッカリ表情をする馬謖。相手が邪魔をしてこない前提で作戦を立てるのは良くないぞ。珍しく局所的にこちらが兵力優勢になるんだ、普段は出来ないような攻めを使えるな。
地図に視線を落とす、実際のサイズを頭に浮かべて、自軍の兵力も想像して。五千メートル延長の城か、矢が届かないか無力化できる二百五十メートルを目安に包囲するとどうなる。
そこを最前線として、その後ろ直ぐにだと……一人二メートルでは狭い、三メートルにして二人一組で交代してか。俺でなら二時間、ということは雑兵でも四時間あれば出来るか。充分実現可能だな。
「ではどのようにすればとお考えでしょう」
「それだが付城の類でどうだ」
「付城? それは一体」
ああそうか、あの単語は日本のものだったか。手招きをして馬謖を傍に寄せると囁く。
「なるほど、それならば不利を受けずに戦える上に、投石機も使える形に」
「数の暴力という奴だ、普段は使えないやり口だけにこういう時に試してみるのもどうかと思ってな」
「それでは道具の準備をさせますゆえ一旦退室させて頂きます」
「おう、洛陽以降の話は明日にでもしよう。頼んだぞ馬謖」
「ははっ」
自分の意見も取り込まれたので納得で出ていく、投石機は重くて運ぶのが大変なんだ。それだけで一軍使う程にな。それで焼き討ちでもされたら苦労が水の泡だ。
もし利用出来たとしても洛陽攻略までだろう、その先は出番がない。防御にも使えれば良いんだが、効果は望めんだろうなあれは。扉が開くと呂軍師の姿があった。随分と安心した気になるのは頼りすぎなんだろうな。
「ただ今戻りました」
「ご苦労だ」
「先ほど馬殿とすれ違いました。洛陽の件でしょうか」
「ああ、対魏の侵攻について話をしていてな」
内容はお見通しって訳だろうな、何故かって言うと呂軍師だからだ。異論は認めるが、きっと多くが納得するはずだ。今の今までの結果をいくつか体験したらもうすんなりとそう受け入れられるだろうさ。
「左様でございましたか。後程聞かせて頂ければと思います」
「おう、そのつもりだ。で、どうだった」
「大鮮卑の使者ですが、意向としては蜀との不戦と交易と言ったところでしょうか。魏をはっきりと敵としている勢力と認めている、そんなところです」
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