第102話

 何せ数か月こもっていられているのだ、そのあたりの不都合は抱えていないと判断する。かといって全てに適切な場所があるかと言えば疑問が残る。何がマイナスだったか、目を瞑れる条件か。水があるなら高地ではない、陥落していないんだ平地ではない。


「鐙将軍はどのような要塞を構えたと思う?」


 伝令からは詳細が伝わっていない、敵に捕らえられても情報が漏れないようにとの防諜策でもある。知らないものは話しようが無いのは単純で最高の対策と言える。


「されば異民族の騎兵が攻め入りづらいのはやはり高所でありましょう」


 うーむ、それでは兵の維持に負担が大きい。だがもう一度考えてみるとするか。ヒントを得て自分ならどのように防御をするか、思考を巡らせた。


 騎兵戦闘では泣きたくなるくらいに力の差がある、まともにぶつからないのが大前提になる。そうなれば歩兵が戦い易い形、すなわち防御側が高地に居るのが見えて来る。


 問題はここだ、多数の兵を維持するにあたり食糧は何とかなるとして、水だけはどうにもならん。雨季がある地域で降雨があてになる以外では湧き水のみだ。五万、六万をそれで潤すのは困難だぞ。


 オアシスを拠点にしたとしたら平地になってしまう、防壁を置いているなら別か。だがそうなると縄張りを築くのに大工事を必要とするな。オアシスから別の場所へ水を運ぶのは可能だろう、うーむ。腕を組んでその線で考えてみる。


「湖なりの水源に防衛拠点を置く。兵一万で守り、そこのみ大工事で馬が登れない防壁で囲う。一万は湧水がある高地で布陣し、残りは水源の四方を囲う高地に要塞を作り分散し籠城か」


 これならば水問題も避けられるし、一カ所が攻められても相互支援が可能になる。問題が出て来るとしたら指揮官の不足と言ったところだろう。


「某もその考えであります。水源を奪われては一大事、李将軍のいずれかを配置。湧水地は孤立する場所になる可能性があり、そこも李将軍の片割れを配置。本営が陥落するのも許されぬ故、一番の地の利を得ている箇所を鐙将軍が占めているでしょう」


 いざとなったら夏将軍も石将軍も陣地を棄てて構わない、なんなら魏の投降兵を棄ててもな。裏切りが出ても鐙将軍が軍陣を固くして守ればよいわけだ。


 これなら長期の防衛に耐えられるな、投降兵も長城を越えてきている以上簡単には脱走も出来ないし、異民族に降るわけにもいかん。こうまでして待ち構えられるなら、逆に攻め寄せて欲しいくらいだな。


 陣地に近い場所に駐屯し包囲すれば逆撃を受けてしまう、それなりに距離を置くと補給を許してしまう。そのような地に陣地を築いた結果というわけか、さすが鐙将軍といったところだ。


「こちらが乗り込んで平衡を崩さないような配慮が必要だな。独立して存在可能な運用をすべきだ」


 いくぞと喧伝してやって来る蜀の本営に、異民族らが何を思うか。当然合流する前に一撃して、あわよくば総大将の俺の首をとるってところだろうさ。


 逆の立場らなら同じようにする、つまりは放っておいても敵はやって来る。戦い易い場所を先に占めて陣取れるかが分かれ目になるぞ。


 山頂に分隊を送った効果がこれの一部で、敵の早期発見、有利な地形を臨む、それに旗での遠隔指揮だ。細かいことまでは命令出来ないが、前進や後退、待機に迂回など旗の組み合わせで指示可能になる。


 海軍のそれを真似る意味でアレンジさせてみたが、山林深い戦地ならば効果絶大だろうな。逆に見渡す限りの平原では無意味だ。


「平地に拠ることもないでしょうが、そうなったとしても容易には破れますまい」


 重くて困るが大楯重装歩兵を動員している、装備の多くを荷駄に預けているが。戦闘が始まる三十分も前に用意させれば鉄壁の防壁が出来上がるぞ。短弩もそうだが、飛び道具多目だ。使い方の訓練は待機中にさせてある、矢玉も多めに抱えているし心配はない。


 切り込まれて陣が乱れたらどうなるかだけが心配だな。親衛隊が士気を失うことは無い、技量の差が埋まることも無いが、等価交換の力を見せてくれるならばその間に立て直す。その位出来んようでは俺が無能者扱いされちまう。


「鮮卑の力がどこまでかを見せてもらうさ。戦わずに終わるとは思っていない、お互いがボロボロになるまで戦うつもりもないがね」


 共倒れを狙っている魏の計略に乗ってやるつもりは毛頭ない。だが話し合いで済むとも思っていない。いつかは力と力をぶつけあって勝利することが必要なのだ。


 ここが司馬懿という男の凄さだ。わかっていても戦わざるを得ない、悪辣だよ。孔明先生もどこかにこういった仕込みをしているはずだ、罠は避けずに突っ込み食い破る、俺が求められているのはこいつに違いない!


「鮮卑らが一丸となり共同戦線を構築する。それだけは回避すべき状況でしょう」


 バラバラにいがみあっているからこその膠着だ、これをまとめられてはこちらの分が悪くなる。理由を与えてはいかん。逆にいうならば司馬懿が焚き付けて来るだろうなにかがそこにある。反論では遅い、こちらが先に動かなければ。


「不確定情報で構わん、司馬懿が策略を巡らして、鮮卑らを使い蜀との共倒れを画策していると触れてまわらせろ」


 一度心構えが出来れば逐一疑いをかける、そうしてくれたら不慮の結託が薄くなる。まさかこの動きまで読んでの策をしかけてくるだろうか? 謀略の類にそこまで明るいわけじゃない、裏をかかれたら最後ってのも情けない。


「こちらが宣伝するのを司馬懿は待っているでしょう。であるからこそ、それを逆手に取ります。司馬懿がそう計略を巡らせていると、曹真が漏らして触れて回る構図を」


「仲間割れか!」


 敵同士がいがみあっている事実がある、中枢から情報漏れを起こしたと言うのは現実味が溢れているぞ。相反する内容に触れるより、こちらも同じ報を得たと思わせるべきだ。


 わざわざ知っていることを明かすことはしない、隠そうとしたが隠せなかったのが伝わるのが最高だろうな。


「よし、呂軍師、こういうのはどうだ――」


 額を寄せて謀を巡らせる、柄ではないが時にこういうこともしなければならない。微笑した呂軍師が頷くと、実行の運びとなるのであった。


 長城を越え、山を越えてやってきたのは空っ風が吹く平原。草の丈は短く、木々は少ない。開発すれば街が建てられそうな気がしないでもないが、ここで多くの人間を養うのは非常に骨が折れる。


 一定のサイズの平地があり、直ぐにまた山脈が連なっている、つまりは広大な盆地という奴だ。歩きやすいからと平地を行けば、突如現れた騎兵に滅多打ちにあうだろう。山脈の際を進もうとして後ろを見ると、山頂に残してきた分隊が見えない。


「死角に入るな」


 だからと中央を行くかといわれたら否。ではどうするか、李項を見た。将軍の軍装が立派で、青年将校の見本と言えるような姿勢に、兵らも注目をしていた。


 李将軍は四人とも兵らに人気がある、何せ農民から出世した自分たちの代表のような存在だから。それに、彼らは兵にも厳しいが自分にはもっと厳しい。きつい命令があっても納得いくというもの。


「ここで大休止を行う! 四方に警戒偵察を放て!」


 馬車の中で休んでいた偵察兵が飛び出すと、山林深くに分け入っていく。通常の行軍時には休息を与えられているが、日に三度ある偵察時には危険を担う者達だ。


 年齢で体力が落ちて、それでいて部下を持っていない熟練兵が主。俊敏さはないが単独行動にかけては新兵の比ではない。もし見事に遠方の斥候に成功すれば、内容によっては特別恩賞が望めすらする。


「連絡分隊に移動を命じろ。あの山頂と、あれ、もう一つにもだ」


 絵を描いて取り違えを起こさないようにして命令を下す。将校はスケッチが基本能力の一つ、これは近代まで変わらない必須の学科でもあった。危なげない指示を見て頷く。


 李項はもう一人で立派に進める、一つところを与えて独立させるべきだろうな。大きな山場が過ぎたらそうさせよう、誰にも文句は言わせん。


 朝廷での発言力が日増しに高まり、軍事だけでなく、国政にも幅を利かせることが出来るようになってきた。もちろんその力の源泉は諸葛亮という蜀の偉人だ。かの大人の承認を以てして、概ね意志が認められる。


「呂軍師、今夜ちょっかいをかけて来ると思うか?」


 こちらが地理に疎い状態でこその夜襲、少数で以て攪乱をしてくる。今だって近くで息をひそめて機会を窺っているかもしれない。全くの無風がいつまでも続くと考える方が異常で、このあたりはもう鮮卑の影響下にある。

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