第95話

 一切の異論を挟まずに全てを飲み込み後ろに続く。盗賊が身代金目的で捕らえでもしたら驚きの面々だよ。


 途中途中挙動を目の端で確かめてみたが、隙らしいものは見られなかった。この世界では大男の俺だが、それよりも大きい。胡周、俺、陸司馬の順になるが、陸司馬ですら一般の男より大分体格がいいぞ。


 全て食事のせいだ、栄養充分で過ごしているかは大きい。ここのところ蜀では食糧事情が大幅に改善して、子供の体格が良くなってきた。十年もしたら精強な兵士が多く生み出される素地が出来た。


 馬での旅路、旅程は徒歩の数倍。陳国に入る手前で山地を越えようとすると、二十人程の山賊と出くわした。手に手に武器を持ってはいるが、騎馬しているこちらを見て相手が悪いとでも思ったのか、遠巻きにするだけで襲い掛かっては来ない。


「お前達はなんだ、通行の邪魔をするつもりならばやめておけ」


 刀に手を掛けることすらせずに中で一番偉そうなやつを探す。一瞥するもこれといった腕っぷしが高そうなのは居ない。どいつが頭だ。目を合わせていくと一人だけ落ち着き払っている奴が居た。馬を進めてそいつの目の前に出る。


「何故黙っている、お前がこいつらの頭なんだろ」


 面識があるわけでも無いのに一発で見切ったことににやりとした。


「それなりに目端は利くらしいな。あんたらこのあたりの者じゃないだろ」


 話し合う余地はあるわけだ。目的がどこにあるやら。返事をせずに賊を見渡す、どうにも殺意は感じないな。何かしらの組織集団ってところか、山に巣くっているんだ公的なものじゃない。


「この先は陳城だ、そこに用事があるのか」


 後ろの山をチラッと見て話を続けた。真意を話すわけもないのに尋ねて来る、何かしらの目的を持っているのは間違いなさそうだ。


「城に用事があるわけじゃないが、そこを目指しているところだ。案内でもしてくれるのか」


 馬鹿にするかのような口調で煽ってみるが、手下が不満顔するだけでお終い。それなりに冷静な男だな。見たところそこまで大柄ではないが、動きは良さそうに思える。官といった感じではないが、何者やら。


「前線はこちらではないぞ。あんたら武を売るのが商売だろ、じゃないきゃそんなイカツイやつらが固まってるわけが無い」


 ふむ。まあ俺ら三人がいたらそう思うのが普通だろうな。実際そのつもりでいるわけだから何とも言えんが。


「指南を生業をしている。お前らでは相手にならん、そこを退いて根城に戻るんだな」


 一瞬だけ殺気を放って威圧をすると、賊らが武器を構えた。襲い掛かっては来ないが、頭の方を窺って号令を待っているようだ。


「……俺に雇われてはみないか」


「何?」


 雇われるだって? 何ともきな臭い連中に出会ったものだ、どうしたものかな。関わらないのが最善なのは解るが、それにしたって無視してもこいつらがほっといてくれるとも思えんしな。


「話をするなら場所を移すのをすすめるよ。落ち着かんだろう」


 大きく息を吐いてまずは敵意が無いのを示す、すると賊らも武器を解いて心を落ち着かせた。


「こっちだ、山小屋に毛が生えたようなところだ、女性には申し訳ないが我慢して貰おう」


 銚華を中心に置いて、三角を作って後に続いた。どうやら統率は取れているらしい、あの頭が冷静なうちは暴れることも無さそうだ。山林を三十分も行くと木造の宿舎が見えて来る。集団生活を送っている、山に隠れ住んでそこそこ経っているなこれは。


 木々に仕掛けられた警戒線を見て取る、馬鹿の集まりではないのは確かだな。宿舎の前には『于』の文字があった。あれは軍旗か? それにしては随分とつつましいが。


「こちらの庵へ」


 宿舎とは別に邸宅が置かれていて、そこだけはまあまあな造り。下馬して歩くと「お前達はここで待て」一対一で話をしてみることにする。


 土間にある椅子に腰を下ろすと周囲の気配を探る。他には何も感じられない、だまし討ちをするつもりではないようだ。


「俺は卑怯者ではない」


 こちらを見るなりそう口にする。何かしらの信念を感じたが、若干甘い部分もあるようだ。


「そうか。で、俺にどんな話を聞かせてくれるんだ」


 二十代半ばだろう若者を前にして背筋を伸ばして対面する。じっと瞳を覗き込み、あちらも背を真っすぐにして胸を張る。


「私は泰山が鉅平の于圭と申します」


 口調も変わり、恐らくは本性を現した。泰山郡というとここから北に在る苑州だったな。


「俺は龍公だ」


 素性を明かすつもりは無い、向こうもそんなものを求めちゃいないだろうがね。


「私は曹丕に恨みを持っておりました、没して代が替わり明帝になり期待している部分もありました。ですが何も変わらず仕舞い」


 とはいってもまだ代替わりして短い、文句を言うには早すぎるだろうに。そんな表情を敢えてしてやる。


「座して待っていたわけではありません、手を尽くして変わらずゆえこう言ったのです」


 機転は利くようだ、曹丕の敵だっていうなら役に立つ部分があるかも知れんな。正体不明の俺にここまで明かすのは浅慮ではあるが、悪い気はしないのも確かだ。


「何があったかは知らんが、他人だよりは感心せんな。皇帝に何を期待している」


 政治がどうにかしてくれる、悪いのは自分では無くて国だって輩が多いこと。こいつはこの時代だけでなく、現代でも過去でも未来でも同じだ。


「名誉の回復を」


 真剣な面持ち、卑下するわけでも、懇願するわけでも無い、心底一つことを願っているのが感じられる。己の名誉ではなさそうだ。


「……話たければ聞いてやるよ」


 それで何かをどうするわけではないがね。背筋を伸ばして目を閉じる、心づもりが決まればそうしたらよい。こちらのことは一切解らず、それでいて自身の重大事項を明かせるならばな。


「父は……命を懸けて戦いました。多くが認める功績を打ち立て、軍を率い強敵に挑んだも、天災があり部下の助命と引き換えに望まぬ降伏を」


 戦って死ねば英雄になれるだろうが、苦渋の決断を迫られたわけだ。それは認められる、一将功なりて万骨枯るもまた真理ではあるが。


「時が流れ解き放たれると、主君にまみえ労いの言葉を掛けられたもの。ですが、曹丕はうわべだけの言を繰り出していただけでした。父は公然と罵られ、貶められ、ついには憤死しました」


 曹丕の性格難は聞き及んでいる、俺も気に入らん部分はあるぞ。治世の能力と人となりは別だ、そういう主君を頂いてしまったことは素直に嘆いても良かろう。


「その父におくり名を与えました、蠣侯と」


 苦悶の憤りを飲み込み平静を装う、声に感情がこもっているのが解った。


「れいとはどういう意味だ?」


「厳しい災い、民殺しの者といったところです」


 それはあまりに不憫だな。もし俺の親が死人に鞭打つ所業を受けたらどうだ、間違いなく報復に出るだろうな。目を開けて于圭を見た、表情は硬く意志を押さえ込んでいる。


「こんな山中でくすぶっているようなお前が何をするつもりだ」


 悔しい思いをして引き篭もるだけなら放っておく。そのうち官吏に見つかり破滅するだけだ。


「侮辱を受けても父は列侯の爵位を持つ大将でした、私は爵位を受け継ぎ一定の財産を所持しています。それらを投げ打てば一万の兵力を集めることが出来ます」


 ふむ、私兵を一万とはかなりの財力だぞ。だがそれだけではあっという間に鎮圧されてしまいだ。


「多数の州兵に押しつぶされて屍を晒すだけだ、やめておけ」


 信念をもって生きるのは良いことだ、いつか冷静に事実を認められるようになるまで待つ道もあるだろうさ。曹丕はもうこの世にはいない、恨みを向ける先は消えてなくなっている。


「曹叡が捨ておくようにしたならば曹丕と同罪。汚名返上を認める者と組んででも、父の無念を晴らす所存」


 覚悟を決めた瞳だ。惜しいな、無策、無能は有害ですらある。気持ちだけでどうにか出来るレベルを越えた想いなのは確かだぞ。


「……誰か心当たりでも居るのか」


 素直に答えるはずもないが、組む相手など限られているからな。魏国内の反体制派は小さかろう。北東部の地域は独立志向が強い、それに宗族の傍系もだ。離れた州の実力者も腹の底から従っているとはいいがたい。


「待っておりますここで。時が来れば同調するその日が来るまで」


「待っているだと?」


 妙な言い回しをする、誰を待っていると言うのやら。世迷いごとを口にしているようではなさそうだが。


「軍を指揮出来る者を育て、未来を望んで。龍公先生、どうか我等に武技軍略を御指南下さい」


 両手を地につけて額を床につけて請願する。名声などあるはずもない、だというのにこれは一体どういうことだ?


「何故俺なんだ。無名の輩に頭を下げても良いことなど無かろうに」


 こちらを知っている? いやそんなはずはない、ここに居ること自体が最高機密だからな。バレるにしてもあまりに早すぎる。


 額を地に付けたまま「私は父に従い数多の将軍を目にしております。されば龍公先生は魏のどの大将よりも底知れぬ力を感じさせます、己の感覚を信じ全てをお預け致しますので、何卒御指南を!」これ以上ない位に姿勢を低くして懇願した。


 己を信じて、か。人を見る目はあるようだ、だがおいそれと引き受けるわけにはいかんぞ。

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