第80話

「郭准将軍を集中攻撃して足止めしろ。何なら討ち取ってくれてもいいぞ」


 恐らくその面々で一番の強敵だ、こちらも最強の軍をぶつけるぞ。口に出してそうは言えんが、間違いなく馬金大王の打撃力は最高だ。


「足止めだと? 笑止、直ぐに打ち破ってみせる!」


 鼻息も荒く肩を怒らせる。手にしている金棒が随分と小さく見えるが、兵の持つ矛より長いんだよなアレ。そう言えば石苞の奴は戻らないってことは戦場に行ったか、無茶はしてくれるなよ。


「陸司馬、長安旗を掲げろ。紛らわしいから『衛』『雍州』は下げておけ」


「御意」


 被った軍旗を下げても幾らでもあるからな、他には被ってないか? しかし、この五万は先の三十万とは別物だよな、幾らでも兵が湧いて出るのが国力の差だ。漢中の敵が堅陣に籠っていたらかなり危険な情勢だったぞこれは。


 偵察が戻ってから小一時間北へ進むと、ついに戦場が見渡せる丘の上に辿り着く。緩包囲で城攻兵器つきか! あの階段の名前は何だったか、金が掛かってそうな兵器を持ち出してきたな。屋根付きの戦車のようなのもあるぞ。あれらのせいで軍の足が遅かったんだろうな。


「馬金大王の軍が突出します」


 いったな、迎撃に出て来る部隊がある。じっとみていると接触した瞬間に魏軍の集団が割れて散った。破壊力が凄いな!


「さて、向歩兵校尉、本営も戦力だ。俺達の狙う相手は曹都督だが準備は良いな」


 常に後方で軍事、政治に携わってきた向歩兵校尉が緊張した面持ちで頷いた。無理矢理に連れ出したんだ、一番の負担は俺が引き受けてやるよ。


「全軍進め!」


 駈足になり騎兵が進む。相手の殆どは歩兵、迎えうつ態勢になる。親衛隊が先頭でどこから突入するかの舵取りを行った。劉と田の将軍らは聞かんが、練度の程はどうか試してやろう。


 軍団の繋目を指して騎馬を進めた。突進すると丁度左右に部隊が割れる、それを突っ切って今度は左手に馬首を向けた。歩兵が矛を手にして腰を落として睨んで来る。そんな怖がるなよ、狙いはお前達じゃないんだから。


 つかず離れずで大軍の騎兵が長安城壁下を走ると、城壁の上から歓声が聞こえてきた。必死になり『長安』旗を振って来る。


 曲射。城壁からの長距離射撃で敵の歩兵を威嚇して支援をしてきた。矢を避ける為に一部陣が乱れる。


「隙ありだ、突き崩すぞ!」


 急きょ予定を変更して田安延将軍の部隊に切り込んだ。列をなしている矛、乱れた一部に侵入すると深く隊が刺さり込む。そこから更に左右に敵が別れたので、渦巻くように少数を包囲して各個撃破の的にする。


「蹂躙しろ!」


 四方から攻め寄せて千程の集団をあっという間に叩き潰してしまう。救援に駆け付けようとする部隊が来る前に、その場からさっさと離脱。何事も無かったかのようにまた獲物を探すかのように城壁付近を速足で動く。


 足が竦んでいるな、曹洪とやらの本陣までは数分か。簡単には崩れんだろうが俺がやらずに誰がやるってことだ。急に包囲軍の外側に抜けて外縁を走り出す。ぐるっと遠回りして劉遊撃将軍の部隊を無視すると敵の本陣に馬首を向けた。


 厚い防壁が作られる、十度は壁を抜かねばならない程の兵力。馬金大王はきっちりと郭建威将軍を引き付けているな、今なら邪魔は入らん。


「島将軍、李将軍が反対から突入します!」


 なに! タイミングを合わせて来たか、これで敵の指揮を圧迫できる。五百程の小集団が駒の様に並べられている。互い違いになっているので一直線には抜けない。


 これを力押しするぞ、どこまで行けるかはやってみねばわからん! 真正面ぶつかり合い双方に被害が発生、それでも一対五以上の比率だ。接近戦は圧倒的に騎馬が有利だからな、密集されると面倒だ。


 なんだあの左右に駆けまわってる騎兵は。曹洪の本陣を少数で走り回る騎兵、どうにも騎兵同士でぶつかり合っては切り結んでいる。


 ……石苞の偵察隊だな。敵の伝令を狙ってぶつけているなあれは! 弾数に限りがある、もたついてはいられんぞ。突如やたらと大きな声が耳に入った。振り向くと長安の城門が開いて『鐙』の軍が出撃してきた。三方からの攻撃!


「押せ、押すんだ!」


 腹の底から声を出して劉、田の両軍が増援を送って来る前に勝負をかける。突撃した騎兵団の足が鈍って来る、止まってしまえば衝撃力が無くなりそこまでだ。


 李項のところも勢いを失いかけている、中央に行けば行くほど堅固な守り。だがここで引き下がるようでは笑いものだ。敢えて軍の中心から外れ陸司馬に牙門旗を誇示させる。


「俺は蜀の島介だ! 討ち取れば望むままの恩賞首だ、掛かってこい!」


 親衛隊を周囲に置いて大喝。一気に魏軍の注目を集めた。防壁を築いていた兵が、五百単位で押し寄せて来る。囮だよ。さあ我慢比べとしゃれこもうか!


「親衛隊、一歩も退くな! 我らが倒れても郷の家族は不自由なく暮らしていける! ご領主様を守る為に死兵となれ!」


「応!」


 陸司馬の激励で親衛隊に闘気が立ち上るかのようだ。群がって来る歩兵を修羅の如き表情で次々と叩き切る。矛が腹に刺さっても歯を食いしばって歩兵の頭を割り、落馬せずに耐える。口から血を流し、鞍を赤く染めても武器を手から落とさずに立ちはだかった。


「殺せぇ! 奴を殺れば蜀軍は総崩れを起こすぞ!」


 魏軍の指揮官が端的な結果を示唆して叫ぶ。切っ先を向けて兵に前進するよう命じると、自身も馬を前に出す。真正面から圧力を受けても誰一人引き下がらない。


「させるかぁ! 中郷の兵を甘く見るなよ!」


 生え抜きの親衛隊員、既に全身血まみれだというのに前へ出て矛を振り回す。血で手が滑り矛を取り落としてしまうと腰の剣を抜いて雑兵の喉を衝く。騎馬が刺されて落馬してしまう。血反吐を吐く、だがそれでもなお片膝をついて前を向き剣を振るった。


「くそっ、何なのだこいつらは!」


 顔を蒼くして執念の塊のような親衛隊を睨む。待っていれば勝手に死ぬだろう相手に、また一人返り討ちに会い唸りをあげる。


「一人十殺だ! それまでは死ぬことは許さん!」


 片手を失っている伍長が剣を手にして大声で叫ぶ。焦点がぼやけていて、最早目が見えているかすら怪しい。すまんが耐えてくれ、こうすることでしかこの戦力差を埋めることが出来ん!


「どうした魏の弱兵共、俺はここに居るぞ!」


 限界などとうの昔に越えていると解っていても、それでも挑発をして敵を引き付ける。汗と血の匂いが充満し、戦いに意識を集中させていなければ吐きそうになってしまう。


 蠢く軍兵、渦巻く殺意、地獄の様相とはこれを指すのだろう。正気の沙汰とは思えない光景が次々と繰り広げられた。動いたか!


 視界の端に映っていた一際大きな軍旗が揺れた。李項の騎兵団に押されて曹洪の本陣の位置がずれると、全体が崩れて防御が散漫となる。それが中々回復しないのは石苞が伝令を狙って倒し続けたから。分水嶺を越えた!


「親衛隊、居場所を移すぞ、続け!」


 囮を終えて戦場外縁へ向けて走る。離脱するにあたり百騎程が殿となって歩兵に飲み込まれた。大きく膨らんで全体が見える丘に拠る。本陣を駆逐するのは時間の問題だ、不慮の一撃を受けないように視野を広く持つんだ。


 伏兵が居ないか、危険な状態の軍は無いかを素早く確かめる。馬金大王、あいつはどうした。軍旗を探すと、当初より大分戦場が離れた場所に行っているのに気づく。あいつを引き戻して時間差で叩く。


「ついてこい!」


 騎馬を馬金大王の軍へ向けて進める、数分で紛れ込むと大男の姿を認めて話かけた。


「馬金大王、機を見て敵の主将を攻めるぞ。離脱して郭将軍の軍を置き去りにして勝負をかける」


「解った。鼓を鳴らせ!」


 独特なテンポと音が南蛮軍から発せられる。すると馬金大王が目を合わせて来たので馬を走らせる。一斉に背を向けて郭軍から離脱すると、数キロの距離を馬足で駆ける。歩兵では走っても三十分はかかるぞ。


 ダメ押しで曹洪の本陣に突入、人が文字通り宙を舞っている。圧倒的破壊力の前についに士気が崩壊、乱戦になり馬に踏みつぶされ背から首を切り落とされてしまう。


「わぁぁ!」

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