第75話

「馬金大王、俺が島介だ。遠路はるばる増援ご苦労、こちらに来い」


「おお、そこにおいでか! お前達はここで待て!」


 暗くてよく見えないが、二千どころの兵気ではないぞこれは。城門を開かせると兵溜まりで顔を合わせた。おいおい、俺よりデカいとは冗談だろ。こいつ二メートルは余裕であるな。隣で夏予が唖然としている、五営校尉らも眉を寄せて警戒心をむき出しにしていた。


「孟獲大王の命令でやってきた。騎馬、水牛、猛獣軍五千、島将軍の配下に加わる。好きに使ってくれ」


 五千か! それにしたって水牛に猛獣とは、いやはや、やはり南蛮だな。


「うむ、馬金大王の増援に感謝する」


「島の伯父御が何を言う。俺の妻は孟獲大王の娘、将軍は俺にとって身内も同然。いくらでもこきつかってくれて構わん」


 こんなどでかい甥を持った覚えはない。しかしあの孟獲の娘を娶ったか、裏切りはするまいよ。幕の奴らが何とも言えん顔をしているのが面白いと思うのは悪いよな。


「そうか、では頼りにしているぞ。明日は漢中の敵将に一発ぶちかまして来るつもりだからな」


 まずは相手の動きを制限させるためにも一戦する、それから何かしらの計略に嵌める予定で居るんだが、この増員は嬉しい想定外ってやつだ。


「先陣を任せろ。ぼっこぼこにしてきてやる」


「先陣だが、それは鳳珠羽空王にと思っているんだが」


 あいつにも活躍の場を与えておかんとな、そういう約束もあるし。大手柄を立てるか、いくつか実績を残させるかだ。


「あいつに文句など言わせん。俺は大王だからな」


 そういう秩序が南蛮にあるなら乱すのは止めておこう。そのあたりは当事者に任せておくにこしたことはない。


「ならば鳳珠羽空王を副将に付ける、それでどうだ?」


「俺の下か、良いだろう。腕が鳴るぜ、伯父御大船に乗ったつもりでいろよな!」


 苦笑いが出るぞ、まあこういう奴が居ても良いが皆はどうだろう。戦力が増えたのを喜んで、他は目を瞑るとしよう。これで戦略に幅が出る、一軍を呂凱に派遣しても良いな。少し案を練り直すとするか。


 応戦態勢を解いて警戒のみにして休息させる。関所の兵士が警備を担当するので、騎兵団は全員が睡眠をとることができた。朝日が昇ると同時に多くが目を覚ました。暖かい食事が行き渡り、士気が上がる。


「夏校尉、ここを頼むぞ」


「はい、島将軍!」


 良い返事だ、無理はしなくて構わん。俺が漏らした奴らを追い返す、それだけでな。様々な軍旗を立てて軍勢は人がマラソンをする位の速度で漢中へ向けて移動をする。馬にとっては負担でも何でもない。ただ、馬金大王の乗馬にだけは同情する。


 うーん、よく見るとあれは水牛か、三角の角があるな。妙に大きな馬だと思ったんだよ、北海道のばん馬とどっこいだな。ゆうに体重一トンはあるぞありゃ。


 一方でこのあたりの馬など四百キロかそこら、西涼馬は五百キロほど。名馬と名高い赤兎馬の種族はもう少し大きく、七百キロほどの馬体だっていうからな。それらと比べたらサイズの程がよーくわかる。ここを左に曲がれば外塞があって、か。おお囲まれている、だがそれも今日までだ。


「いるいる、敵兵の山だ。馬金大王、手始めに塞の左右から漢中城門まで突破して、増援の到着を知らしめて来い」


「おうよ! 行くぞ野郎ども!」


 銅鑼が派手に鳴らされて軍旗が盛んに振られる。南蛮騎兵が突出して、包囲をしている魏軍に突き刺さって行った。


「霍翊軍校尉、戦場を走り敵陣の状況を見て回れ」


「御意!」


 偵察を命じると永昌騎兵、西涼騎兵らが飛び出していく。漢中を守り切ってくれた張太守に礼を言わねばならん、さっさと包囲を解くとしよう。


「羅憲、呂軍師のところへ行き指揮下に入れ。落ち着いて戦え、お前なら出来る」


「ご命令通りに!」


 あっという間に手勢が散っていく。残るは親衛隊の騎兵と、所属がまちまちな騎兵が五百程。李封、石苞、陸司馬が側に残っている。羅憲に騎兵を預けて李封を側にしたが、こいつが文句を言わないと解っているから出来たことだな。


 面白いくらいに敵を倒すな! 包囲軍は士気が落ちていたのか、やけに脆い。あちこちで敗走を始めては北へと逃げ去って行く。それとも罠か?


 二時間はじっと観戦していた。これといって反撃が来ないので、本陣を漢中へと進める。城門が軋んだ音と共に開く。五営北軍を引き連れて城内へと入る。無理をしているのだろう、張太守が出迎えに出て来た。


「お帰りをお待ちしておりました」


「よくぞ守り切ってくれた、礼を言うぞ。後は任せるんだ、敵を蹴散らして追い回してやる。張太守は療養を」


 顔色が悪いので誰もこの場で言葉をかわそうとせずに見送る。両肩を医師らに支えられて張太守は内城へ戻って行った。


 城壁を登って外を見渡した。またこの景色を見ることになるとはな、以前よりも多くが見通せる。むろんそれは景色のことではない、様々な背景と未来のことだ。


 戦線を縮小させて態勢を立て直すつもりだな。呂軍師は東への道を封鎖して逃がさない構えか、北へ行くしかないわけだな。そちらの道なり橋が壊れたらどうするか……絶望はさせない、望みがあるから逃げようとするんだからな。


 陳倉南西の橋が重要拠点になるぞ、河の南岸を抜けて撤退の線もある。どちらにしても細長くなって動くしかない、移動も補給もめぐりが悪く指揮もし辛い。これを撃滅する機会だ。


 狭い道は側面を奇襲は出来るが騎兵の戦場ではない。ではどうするか、道なき道を行くようにさせるだな。


「王連興行将軍、陳倉道に先回りして道を塞ぐ工作をして陳倉で待機だ。曹真が謂水を左袖にみて逃げるようなら、武功から河を渡って頭を押さえろ」


「拝命致します」


 手を合わせて命令に服従する。色々とごたごたがあったが職務に忠実なだけってことだよな。


「楊洪忠節将軍、陳倉道と褒斜道の間の峠に陣取り魏軍を通すな。必ずしも撃退する必要はない」


「最悪は道を破壊して防ぎます。多少不便にはなりますが」


 そうだそれで良い。この二本が無くなれば後は整地されていない山道を延々と動くしかない、それなら必死になって突破を目論むだろうさ。曹真が見つかれば面倒なことはせずに済むんだが、さてどうなるか。呂軍師の動きにも注視だ、東から魏軍が現れたら増援を出してやる必要があるからな。


 馬金大王が思いのほか強い、無人の荒野を行くがごとく暴れまわっていた。目立ってるな、これを利用は出来ないものだろうか? 大体にして俺が知らないやつなんだ、魏でも知らんだろう。今頃なにが現れたかって大慌てしているな。いずれにしても軍を移動させるのは陽が落ちてからが勝負だ。



 漢中は魏軍の包囲から解放された。軍を退かせて山岳に陣を連ねて睨みを効かせてきている、あのどこかに曹真がいるわけだ。霍校尉が戻るのを待つとしよう。それにしても南蛮兵の無双ぶりは凄かったな、前の戦の時は居なかったわけだが、あんなのがゴロゴロしているのが南蛮なわけか。


 あの体格だ、俺が戦っても大分苦戦するだろう。動きが粗削りだから隙をつけば制圧可能とはいえ、中原の者からみたら巨人だな。城内の兵士たちも大分疲労している、守備を少し肩代わりしてやろうか。


 少し考えを巡らせてから、やはりやめておこうと判断する。甘やかすとかそういうのではなく、緊張の糸が切れると人は余計に疲れを感じやすくなるからだ。


「将軍、中県の包囲が解かれ、国軍が永安方面へ移動を始めたと報告がありました」


 向歩兵校尉が情報をあげて来る。近くのやつらで一番の高官で年齢が上だからってことで担当することにでもなったのか? まあいい。


「これでそちらは大分好転するだろう。戦の中心はここ漢中だがな」


 同数で抜ける程緩い防御ではない、欲を言えばこちらで増援を受けたかった。とはいえ歩兵を送って来られても、ついた頃には終わっているか。二十日後の戦況を想像してみる。対陣しているようでは話にならん、数日以内に突き崩すのが俺の役目だ。


「関外ではいつもこのような戦いを?」


 近衛の指揮官が戦場に出ることはまずない。それだけに文官が北軍校尉に任じられることもしばしば。実戦を目の前にして違和感なりを感じたんだろうさ。寝ても覚めても戦争ばかりしていたこちらからしてみれば、どのような戦いを指しているのかと逆に問い詰めたくなる。


「何百年も前からずっとこんなものだろう。そしてこの先何百年もやはり変わらんよ」


 侵略者から国を守ろうとして必死に抗う者達、千年たっても同じ。人の環境が違っても、心の奥底にある何かは決して変わらない。見た目だけは年下のような相手を唸りながらじっと見つめる。


「大将、南門に来てるぜ」


 石苞の言葉、何が来ているのか想像をする。敵が来ているわけではない、わざわざ俺に直接告げに来たってことは、だな。


「そうか、ここに通してやるんだ。お前の兄貴分だろ」


 にやっとして「へいへい」軽く返事をして部屋を出て行く。しばしの間待つと数人が太守の間に姿を現した。ふふ、大きくなったものだ。


「姜奉義将軍、ただいま推参致しました」


 中県が安全を確保してすぐに出てきたわけだ、全域を見る視野の広さは流石だな。李項も、銚華も、羌族の長らも駆けつけて来たか。


「中県の防衛指揮ご苦労だった。姜将軍のお陰で多くを守り通すことが出来たことに感謝を」


 代わりに皆を守ってくれた事実は大きい。こいつの機転には感謝してもしきれない。命令もしていないのに、自己判断で苦境に身を投じて、尚且つ困難を見事に乗り切ったんだからな!


「勝手な行動を致しました。現在中県は李国相丞の下で警戒態勢を続けております。高将軍の先遣隊が急派されており、兵力面での不安も御座いません」

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