第68話

「どんなやつなんだ」


「夏侯尚の従兄で御座いますれば、曹真将軍の義弟のような存在。信頼して一軍を預けております」


 親戚贔屓か、手勢をどうしようと大将の考え一つだものな。後方の城を囲ませて功績をあげさせようってことなら大した能力は無いのかもしれん。戦いが得意なら最前線に連れて行っているはずだ。


 すると三万の兵も満足な動きは出来ん、いざとなればそいつを逃がすのに必死になる。もし戦死でもさせようものなら、兵もまとめて処断されるだろうからな。


「わかった。これより長安の攻囲を解くために夏侯軍に攻撃を仕掛け正面より撃破する」


 五日目の昼、ついに長安北西にある橋を渡り魏軍の側面に接触する。その姿は長安からも当然見えているだろうが城門が開くことは無かった。城には『燈』の旗がある、あいつが今の太守か?


「時間は有限だ、歩兵のみで戦いを始めるぞ。前衛進め!」


 ちんたらやっていたら漢中が厳しくなる、この程度の敵を相手にして足踏みは出来ん。千人単位で戦場を進んで魏軍と刃をかわす。


 包囲の基幹となる部隊には手を付けずに、多重包囲の外側の軍だけで対抗してきた。衝撃力が無い歩兵だ、一進一退を繰り返している。武将も居ない、互いの兵力を削りあうだけのグダグダな戦。初日はこれといった結果を出せずに双方が退いた。


 徐軍の捕虜は後方の森で大人しく座っているらしい。これらが蜂起すれば止めることなど出来ないだろうが、徐晃の態度が全てを物語っているな。兵もそれに従うわけだ。


 翌日、朝から接触して昼間で激しい戦いを演じた。休憩を挟んで午後も力比べをするも、競り合いをするだけで決定打に欠ける。これではいたずらに時間を浪費するだけだぞ! 城兵が動かない以上自分のみが頼りだ。


 軍を引いて更に翌日「今日は俺も出るぞ」陣頭指揮を行うと告げる。幕にそれを止める者はいなかった。


 前日までと違い妙に士気が高いことに気づく魏軍、一際大きな軍旗を目にして大将が進んできたと知る。牙門旗に向かって魏軍が群がる、円陣を組んで全てを受け止めている間に、別動隊で城門前の魏軍へ攻撃を仕掛ける。


「我は島右将軍が配下、羅帳下都督、城兵も打って出るんだ!」


 兵二千を率いて城壁下で声を上げた。ところが返事は想定外のもの。


「行京兆尹燈賢だ、逆賊の助力などするわけがなかろう。そこで勝手に戦っていろ!」


 助けようとしている城の長が思っていた態度と真逆、羅憲はすぐには言葉を返すことが出来なかった。本陣は多数の魏軍の攻撃を引き受けても押し込まれることは無かった、反対に相手を崩すことが出来ずに終わる。


 これでは話にならんぞ! くそっ、上手く軍が動かせん。手足となる武将が無く、練度もまちまちで直属の期間も短い。これで満足に運用できる方が異常だ。夕暮れに距離を置いて引き下がると魏軍の陣営で燃えている篝火を見詰める。


 長引かせてはならん、敵の本陣に全力で攻撃をするしかない。明日の戦いをどうするか、一人幕で策を練っていると騒がしい声が聞こえてきた。急いで幕にかけて来る親衛隊が「魏軍の夜襲です!」怠っていたわけではないが、暗夜に攻撃を受けているのを知る。


「かがり火を増やし、太鼓を鳴らせ! 敵味方を具に識別し、本営が健在であることを知らしめろ!」


 こんなことまで俺が言わねならんとは、話にならん。しつこい敵は粘りに粘って夜明けになっても退くことが無かった。その理由を知る。


「こいつは別軍か!」


 見たことが無い『游』の旗を掲げて五千程の軍勢が張り付いている。近隣の魏軍が援軍に駆け付けたらしい。数の上で拮抗すると練度のせいで徐々に旗色が悪くなってきた。まずいなこれでは包囲を解かせることなど出来んぞ。


「将軍、あれを!」


 兵士が長安城の城壁を指さす。そこにあった『燈』の軍旗が城壁の下へと投げ捨てられて燃やされているではないか。城門が開くと中から長安軍が打って出て来る。


「長安の主は燈賢にあらず、進め島右将軍と敵を挟撃するぞ!」


 五千の歩兵に弩兵が出てきて包囲をしている夏侯軍の陣形を崩しに掛かる。これならば戦えるぞ!


「本陣は南へ二百歩移動だ、防壁を築いて游軍に対抗しろ!」


 乱れている戦線を整理して正面にを捉えられるようにした。三千を側面迂回に出し、二千は羅憲に任せて長安軍と呼応させる。優勢に戦いが推移し始めた午後、南東の山沿いを移動して来る魏軍を発見する。


 『呂』『威虜』『魏』の旗を掲げて一万程の兵力で本営に迫って来きた。次々と湧いて出て来るな! だからとここで逃げ帰るわけには行かん。


「南東方面に三千を進め防備を固めさせろ」


 これで釘付けにされちまうな。何とかして夏侯儒を討ち取らんと詰むぞ。やがて二正面で切り結ぶことになる、圧力はそれほどでもないが打つ手がない。陽が暮れてきたが夜戦継続だなこいつは。休息が不十分で戦力がガタ落ちになるぞ。


「羅憲に千の増援を送れ」


 いっそ長安に逃げ込むか? それはそれで一つの手だが、それで包囲されては意味がない。敵の主将は味がないが失策もない、そこに存在するだけで良い手合いか。


 夜を徹して攻防を繰り返す。游軍の方面で騒ぎが? 何事かを探らせると、息せきかけて戻ってきた密偵が報告する。


「游軍の後方より、鳳珠羽空王、李別部、霍翊軍校尉らの騎馬隊が攻撃をしている模様です!」


「来たな!」


 これで一気に形勢逆転できるぞ! こうしてはいられん、軍を進める。


「本陣を動かす、これより夏侯軍の本陣を攻撃する。羅憲にも伝令を出せ!」


 親衛隊を率いて温存していた護衛兵を抜き出し、長安の東側に陣取っている魏軍へ迫る。大混乱している游軍が北東へ向けて引き下がり始めた。払暁、朝日が両軍を照らし出す。騎馬隊が増員されている、西涼騎兵を帯同してきたんだな。さあ勝負だ!


 一直線戦場を進むが、右手、つまりは山岳から銅鑼の音が響いて魏軍が攻めてきた。『郭』『建威』の軍勢一万程が突撃をかけて来た。くそっ、またか! 郭淮将軍ともなると片手間に戦うことは出来んぞ。


「右方へ転換、これを迎え撃つ!」


 夏侯儒への切り込みを諦めて足を止め陣形を整える。埒が明かん、あと少しだと言うのにこれでは。


 真正面ぶつかる、さすが郭将軍と言ったところだ。緩急つけた軍の運用、つかずはなれずで自由を奪う。待っていれば魏軍がいくらでも駆けつけて来るのだから世話ない。


 太陽が高く上がったところで、長安北東の橋を抜けて来る土煙が見えた。双方が注視する、そこに現れたのは『呂』『平難』の軍勢。


 夏侯儒の陣を後方から突き刺す形でぶつかると、本陣の旗が南へと動く。そのままとどまろうとはせずに、南東へと逃げ出していった。


「呂軍師か! 敵の大将が逃げ出していく、勝鬨を上げろ!」


 長安軍、騎兵隊、呂軍、羅軍、そして直卒する全てが声を上げる。魏軍が退いていくが郭軍が殿となって最後まで戦場に留まると、機を見て一斉に背を向けて駆けて行った。


 名将とはああいうのを言うもんだ。呂軍が近づいてきて、騎馬した将が目の前にやって来る。


「島将軍、遅参をお許しください」


「なに、最高の場面での登場だった。迷惑を掛けて済まなかった呂軍師」


 俺の失策でこんなことになってしまったわけだからな。呂凱は首を横に振る。


「軍師である私が陥穽に気づけずにいた失策が全てです。罪は私に」


 申し訳なさそうに頭を垂れる。そんなことなど一切ないと言うのにな、俺の気を軽くしようってことか。


「お互い国を取り戻すことで贖罪としよう。長安に入城するぞ」


「御意」



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