第65話

「羅憲、あいつを捕えろ!」


 ほぼ同時に発せられた絶対命令。双方の歩兵が入り乱れて乱戦が起こった。これが収束するのを待っている時間は無い、俺はやるべきことがある。


「趙雲の本陣を救援する、騎兵団は続け!」


 この場を羅憲に任せて主力が丘を登って行く。どこかに門があるはずだが……あれか! 歩兵が群がっていて必死に防戦している。この方面ではあそこが唯一だな、陣に侵入されているのは大分向こうだ。回り道している暇はない、行くぞ。


「門に寄せている歩兵の背を叩き切れ!」


 緩い足取りで敵を左袖に見て撫でるように切り付けて行く。面白いように次々とうめき声を残して倒れた。


「な、なんだあの部隊は!」


 陣門で兵がざわついている。味方にしても居ないはずのやつが出てきて混乱しているな。親衛隊を周囲に置いて声が届く場所まで進み出て胸を張った。


「我は蜀が右将軍島介、趙将軍の加勢に駆け付けた! 開門せよ!」


 魏兵が振り返るとこちらをギラついた目で睨み付けてきた。殺意が伝わって来る、だがその程度なにするものぞ! 門へ向かっていた敵が一斉にこちらに群がって来る。騎兵は防戦に向いていない、戦えば有利だが被害も出る。固く閉ざされていた門が開く。


「敵を突き抜けるぞ!」


 内部から蜀の歩兵が出てきて扇状に広がる。騎馬で目の前の魏兵を踏みつぶし、馬体をぶつけて無理矢理に道を切り開く。霍翊軍校尉が陣内に到達すると、馬首を外へと向けて待機する。俺が門を抜けても、後ろに魏兵が食らい付いてくる。


 蜀兵が引きさがって来て門が閉じられると、内部に侵入した魏兵に霍翊軍校尉が突撃をかけた。あっという間に蹂躙すると、残った兵を守備兵が囲んで串刺しにしてしまう。


「門司馬、将軍の幕はどこだ!」


「あちらで御座います!」


 大真面目な表情で指さす。鳳珠羽空王の隊を前衛にして陣営内を駆ける、すると燃える幕の周辺で激戦を繰り広げているではないか。


 傍らには牙門旗、その下に片膝をついて腕を押さえている老将軍。攻め寄せる魏兵も無傷の者など居ない。


「敵兵を蹴散らせ!」


 自らも矛を手にして切り込む。歩兵を二度、三度切り伏せて牙門旗に辿り着いた。銃弾が飛んでこないだけ遥かに心配は少ない。


「大丈夫か趙将軍!」


「こ、これは島右将軍! なぜここに!」


 それはそうだ、どうせ色々と耳にしているんだろうからな。疑心暗鬼な表情が悩ましいね。側近が警戒心を持っているのがわかる、襲い掛かって来ないのは一縷の望みをかけてなのか、単に命令が無いからなのか。


「決まっている、敵が蜀に攻めて来たからそれを防ぎに来たまで。話は後だ、俺の本陣についてこい!」


 うむを言わさずに決めてしまう。はっきりと趙雲が頷くと、側近が助け起こして馬に乗せて、轡を引いて走った。親衛隊の周りを永昌騎兵が囲んで、先ほどの門へ向かった。遅れて牙門旗も徐々に動いてくる。倒されるわけにも行くまい。


「鳳珠羽空王、趙将軍の軍旗を守って合流するんだ」


「ふん、容易いことだ。次はもっと名誉な役割を貰いたい」


 散々戦ってきていると言うのに、もっとときたか。こいつにも助けられる。


「大きな仕事が残っているからな、そいつはお前に任せるさ。では待っているぞ」


 門を開かせるとそのまま従軍するように命じ、乱戦が繰り広げられていた場所へと戻る。もう騒ぎは収まっていた。


「羅憲! どこだ!」


 周囲に大声で呼びかける、居場所を確かめ若者が駆けつけてきた。


「将軍、申し訳ございません、敵将を取り逃してしまいました」


 肩を落とし視線を地面へ向けて、声も小さく謝罪する。そう簡単に捕まえられるほど敵も間抜けではないさ。


「前を向け、胸を張れ。羅憲は張左将軍を撃退したんだ、お前が落ち込んでいてどうする! 部隊を集合させろ、徐晃軍に側面攻撃を掛けるぞ!」


「は、はい将軍!」


 すっくと立ち上がると伝令に矢継ぎ早に命令を下していく。そうだ、若者がくよくよするものではないぞ。それはそうと趙雲だな。


「趙将軍、手勢はいかほど」


「陛下より三万の軍勢を預かっていましたが、一万を魏延将軍へ派遣しております」


 三倍を相手にしていたのか! やるじゃないか趙雲。武勇だけで戦略の方は今一つと評価されているが、全軍を統率するのでなければそれで充分だ。


「朝廷で寥化になにを聞かされているかは知らんが、今は魏軍を撃退するのを優先する。俺の指揮に従え」


「趙子龍、これより右将軍右都督の指揮下に入ります」


 この状況で他の返事は出来ないだろうさ。それにこいつとは確執が無い、使えるやつはどんどん使うぞ。


「怪我はどうだ」


「このくらい傷の内には入りません」


 治療を行うが顔をしかめることも無く手当てを終える。消毒は必須だからな。徐晃は何とか踏ん張っているのか、それとも陣営に突入したのか。羅憲が戻って来て集まった情報を整理して報告して来る。


「徐将軍は李別部と交戦中、程武軍、並びに韓徳軍は陣門で交戦中。陣営に侵入したのは徐軍です」


 徐晃もまた独りで倍する働きをしているか。陣に対する真ん中の軍をどうする。


「島将軍、程武はともかく韓徳はしつこくこちらを攻めて来るでしょう」


 趙雲が再度乗馬して所見を述べて来る。何かしらの理由あってのことだろうと促す。


「某、先の戦で韓瑛、韓瑤、韓瓊、韓梁と四人の息子を切り殺しましたゆえに」


「ほう!」


 そいつは俺でも絶対に諦めんぞ。憎い仇首がすぐ傍で弱っている、ここでやらずにいつやるって話だ。そうなると中央の軍は士気が高いがそれでも攻め切れないのは能力の問題かあるいは別の要因があるわけだな。追わせて叩くという選択が可能になる、休まずに押して来るだろうさ。


「方針を決める。まずは戦場を迂回して徐晃を優先して攻撃、これを退けた後に場所を変えて韓徳軍と決戦する。趙将軍の軍旗をちらつかせれば逃げることもあるまい」


「御意に」


 既に一敗地にまみれている以上、上官に従う態度に偽りは無しか。ならば俺が負けてなどいられんぞ! 張合軍は主将の負傷で戦力を丸ごと退けている、勢力バランスはこちらに有利だ。


「趙将軍、部隊の先導を。徐軍が見えたら控えに回れ」


「この返礼はいずれ。行くぞ!」


 傷をおして側近と共に前を行く、それでこそ武官だよ。途中で韓軍に見つかっても面倒だ、ここは偽の誘導をかけておくか。汚い仕事を押し付けるがこれも勉強だよ。


「羅憲、趙軍の軍旗を揃えて、後方に偽兵を置け。韓軍がやってきたら本隊と反対に進み、挑発しながら引き回すんだ」


 一瞬だけ不服そうな顔をしたが「承知しました」命令を丸呑みする。手に取るように解るよ、その気持ちがな。


「お前が主将になれば嫌なことは嫌と通しても何も咎めん。功績を上げて己の軍を持て、羅憲ならば必ず立派な将になれると俺が認める」


「有り難く!」


 やる気を出して側を離れて行く。色々とやらせることが重要なんだよ、いずれ自身のスタイルをみつけたら良いさ。勝ち戦に警戒軍も漢中兵も士気は高い、もう少し武装が良ければ強兵と言えるようになる。


 数時間移動を行い、陣を攻めている徐軍を発見する。東に李封、中央に徐軍、陣営に乗り込んでいるのも徐軍なわけだ。


「趙雲を下がらせろ。鳳珠羽空王、敵の司令部を直撃するぞ、先頭はお前に任せる」


「面白い、南蛮の民の力を見せてやろう。行くぞ野郎共!」


 矛を扱いて朝焼けの中、魏の旗を掲げる軍に真正面突撃していった。驚いて退くのは短い時間だ、その間に徐晃を探すぞ。


「本軍も前進だ!」

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