第61話

「俺に挑みたければ幾らでもそうしたら良い。その度に返り討ちにしてやるだけだ。お前もそうだ、勝てると踏んだらいつでも寝首を掻きに来い、それで全てを奪って見せろ。俺はそれら全てを跳ねつけ、併せのむだけの度量を求められている」


 そうでもなければ戦争などやってられん。怨嗟の声に、称賛と裏切り、一々相手にしてられん。道は分かれることもあれば交わる時もある。昨日の友が今日の敵だとしても、俺は何一つ驚きはしない。そうだとしても友誼は永遠だ。


「至らぬ小僧の妄言、お忘れください」


「ふっ、羅憲には大きく育ってもらわねばならんからな。五年とせずに将軍になり支えて貰うつもりだ。出来るな?」


「精進いたします!」


 とは言うが五年も待てん、一度大きな功績を上げるか、二度成果を得たら将軍へ任官させる。どこかで軍を任せて実績を作っておくとしよう。経験があとからついて来ればそれで良い、確実に器は持っているからな。


 数日の行軍の後に永昌城が見えて来る。城壁には『蜀』『永昌』『王』の旗が風になびいている。ようやくか、南蛮はだだっ広いな。開かれたままの門に無遠慮に近づく、住民は不明の軍隊が接近して来るので不安で一杯になっていたが、『蜀』の旗を見て取り胸をなで下ろした。城内から小集団が出てきて門下に並んで礼をする。


「島右将軍のご来訪、心より歓迎いたします」


 郡官らの出迎えに「少し寄らせてもらう。心配せんでも直ぐに出て行くさ」およそ想定外の台詞で困らせる。たった一人だけ騎乗したまま永昌城の中を進む。権威の象徴だ、軍兵への影響を鑑みてここはこういうスタイルでいこう。


 どういう人物の軍に所属しているか、それを解らせるところから始める。急造の軍隊である以上、暫くは訓練のつもりで擦り込ませていくつもりだ。上席を譲られ太守の席に腰を下ろして、段下に王太守を見る。


「水軍を派遣いたしました、呉軍相手ではないので充分戦えるでしょう」


 それな、やはり魏軍は陸軍国家で、水軍は呉が強い。魏が弱いわけではないが、何度か呉の水軍と争っていたらの比較だ。上流からの攻撃は有利、そこも一助だろうな。


「永安方面は何とか敵を防げるだろう。王太守の懸念を聞かせて欲しい」


 各自がもつ情報からの見立てを知りたい。特に王太守はもうずっとここを治めている、根が深い活動をしているはずだ。


「されば一つ。今は魏軍が攻めてきておりますが、魏軍が退いた後に呉軍が押し寄せることもありましょう」


「むむむ!」


 それは……考えなかった。確かに魏を退けて終わりではない。苦戦の後に相手を違えて戦闘になれば極めて不利、何より水上戦で敗北が見込まれる。陸は呉軍相手ならば連戦でも守り切れるはずだ。どうやって遡上を阻止するかだな。


「何か考えが?」


「胸忍県辺りの河に杭を多数打ち込み、それ以上の航行を阻害致します。蛇行する河の前後ですので、進めず退けずの箇所に縄で括った木材を多数浮かべてみては」


 袋のネズミというわけか。上陸戦になった時に備え、包囲する陣も工事させてだな。杭を打ち込めばこちらも物資輸送に河が使えなくなる、そこは馬車で苦労してでも何とかするしかないか。


「巴太守は董恢だったな、作業を命じておこう。それならば兵ではなくとも可能だ」


 兵士は前線へ出させねば、俺の命令を飲むかはわからんがな。人間関係が殆ど解っていないんだ、そのあたりの判断基準は手探りだぞ。幾ら包囲しても軍船を攻撃することは出来ない、油を流して燃やすことが出来れば良いが。まてよ、流れて行かないように表層だけせき止めれば良いのか。


「彼の者ならばきっと望んだ働きをしてくれるでしょう」


 ふむ、王太守がそう評価しているならばそれを信じよう。呉がこちらを攻めるとなれば、先の霊平県の道をとり潰したというのは当たりだった。復旧させて側背を気にしながら長距離を迂回では、襲撃を一度二度受けたら逃げ帰ることになるぞ。


「俺は北部戦線に参戦する。あちらの状況が不安定で、恐らくは厳しい戦況だろうからな」


 魏延か趙雲が負傷したら即座にアウトでは戦争にならん。特に趙雲は結構な歳になっている、それなのに前へ出たがるからたちが悪いぞ。他人のことは言えないが、俺は特別な身体だからな。李厳や寥化らの軍が側にいると込み入る、所在を掴んでおきたいものだ。


「左様でございますか。ここ永昌は恐らくそこまできつい戦いは見込まれません。霍礼翊軍校尉と騎兵二百をお連れ下さい、お役に立つでしょう」


 控えていた二十代半ばの男、一体何者か。推薦して来るのだから相応の能力を持った者だろう。


「島右将軍、お初にお目にかかります。南郡の霍篤が一子で霍礼、字を仲紹と申します。以後、よろしくお願いいたします!」


 どこか良家の出の者だろうか? 南郡がどこかが記憶に無いぞ、全く困ったものだ。


「霍翊軍校尉、俺が行く先は激戦区ばかりだ、脱落は許さんぞ」


「ははっ!」


 ふむ、後でこっそり確認しておくとしよう。騎兵二百はありがたいな。やはり幕僚が必要だ、長安に進出すべきだろう。しかし漢中を無視も出来んぞ! 何を優先すべきか、中県の解放もいつまでも後回しにするわけにはいかん。……やはり戦線を支えるのが先だな。


「明日の朝一番で出立する、それまでに準備を整えておけ」


 永昌を離れ、各地で兵を糾合しながら安漢、充国、閔中と北上を続けた。後は山道を少し行けば漢中城だ。実は漢中の郡都は南鄭という都なのだが、周辺の三つの郷を含めて一つの生活圏を形成して漢中城と号している。本城と出城のような関係だ。


 嘩萌関というのがその山道の関所にあたるのだが、北部への増援だと言うと喜んで通過を許可してきた。もし漢中を抜けられたとしたらここが最後の砦になる。この先は扇状に平地が広がっているから。一つきっちりと命じておく必要があるな。


「関長は居るか」


「ここに!」


 四十代の半ばだろうか、経験を積んでようやく辿り着いたのが山の中にある砦の長。階級は低い、参軍らより二つは。


「魏軍が前線を抜けここに攻め寄せても、決して諦めずに防衛して欲しい。援軍を送る、必ずだ」


「自分はその為にここに在ります。ご懸念無く」


 すっきりとした一言、覚悟の程が心に届く。


「名を」


「嘩萌県尉の夏予です」


 夏姓は聞かんな、どこぞの異民族だろうか?


「出身は」


「夏望県の羌族、牢姐の出です」


 まったくわからんが羌族ならばやりようがあるな。県尉は二百石か、この重要拠点を守るにしては心もとない。


「夏予を直下に置く。督充閔徳白とし、嘩萌関一体の防衛指揮官に任じる。異論があるならば雲南の俺の治府か、丞相に訴えろと言っておけ」


「は、ははぁ!」


 持っていた割符の一つを渡してやり証拠にする。こうしておけばこいつが責められることはない、苦情は俺へ寄せてきたら良い。


「羅憲、武器糧食を補給してやれ。徴兵したものを素手で戦わせるわけにはいかんからな」


「承知!」


 ここで大休止をするか。例によりはるばる来たものだな。益州からの物資は殆どがここを通過するというのに、何故このように官位が低い奴が関長にされているんだか。もしここで反乱でも起きたら大変な目に遭うぞ。


 この時代、道は重要だ。むろん後世でもそうではあるが、何せ回り道が出来ない位に道そのものが少ない。何とか通れる場所を探して地域を移動しているに過ぎない、だというのにこれだ。国家の整備は道と食糧、これが大動脈と言えるんだがね。休みだってのに李封の奴は偵察に掛かりきりだ、前線の情報は少しでも早くに欲しいからな。


「どれ、移動を再開するとしよう」


 気分で動いているわけではない、一時間歩けば五分休ませる。飯時には一時間の休憩を入れる、体内時計を駆使してリードしてやっている。この流れを体得してくれたら幸いだよ


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