第60話

 使える者はどんどん使っていくぞ。羅憲は暫く手近に置いて、意志の疎通を図るとするか。ではまずは反乱者の処置を決めるとするか。


「して、間抜けの集団をどうするかだが」


 各位に視線を送り、意見があるならば出すようにとの空気を作り出す。無論、一般の官吏から声が上がるのも歓迎だ。恐れ入って中々動こうとしない、真っすぐに李信を見る。すると一歩前に出て口を開く。


「申し上げます。反乱者が蜀への忠義で立ち上がったならば、それを認めて放免してやるのも手です」


 どこに意志があったかを確かめるのは必要だな。それに、蜀への忠誠を持っているならば今後も役に立つ。こちらに使える奴が居ないとも限らん、一応の確認はしておくべきだ。


「ふむ。李治中に任せる、思うように処置するんだ。いいか、全ての責任は俺にある。お前の判断は俺の判断だ、怖じるな、恥じるな、信じる道を行け」


「畏まりました!」


 失敗しても構わん、それが経験になればそれで。苦情の山くらい俺が引き受けてやる。まずは情報の更新をしておくか。各地の戦況を知り、どうすべきかを検討するとしよう。


「魏軍の動きはどうか」


 諜報責任者が進み出て報告を行う。仮面を被らせているのは職務の性質上仕方ないが、どうにもウケは良くない。


「涼州方面で魏延左将軍が迎撃に出て、現在対陣中。漢中方面では北に大軍を置いて、城門を固く閉ざし防戦中ですが、張裔太守が病に臥せっており士気が低下している様子」


 そろそろ六十路だろうから、健康面で不安はあるな。漢中を抜かれるわけには行かんが、成都はどうしているやら。


「続きを」


「巫城に蘭智意将軍の騎兵隊が入城、歩兵は遅れて到着の見込みです。巫県民は援軍に沸き、冷将軍も沈黙しております」


 俺の命令だと解っていても、国を守る為には見て見ぬ振りか。いよいよ永安方面は厳しいらしい。どちらも捨てられんし、どちらも時間が迫っている。首都の方針が解れば判断のしようもあるが。


 どうですかと問い合わせるわけにもいかず、あちらから命令が来るわけでも無く。参ったものだ。中県の包囲も解かれずにそのままか。


「伝令! 伝令!」


 うん? なんだあの茶色の伝令兵、俺のところの兵では無いぞ。とは言え伝令は待たせずに通せと厳命してあったので軍議の場に踊り込んできた。中央の絨毯で片方の膝をついて一礼する。


「雲南城に『島』の軍旗が見えたのでやってまいりました。某、呉鎮軍将軍の配下で御座います」


「呉将軍か!」


 遊軍としてこちらも一応監視していたんだろうな。外に出たものだから様子をみていたわけか。俺に直接伝えるつもりということか。


「首都より指令が下り、呉将軍は永安の防衛指揮を行うことになりました。つきましては、島右将軍のご助力を得たく、お願いに参りました」


 込み入っているんだなあいつも。国を守るためにお願いと言うとは、全て俺の失策が招いたことだ。心なしか伝令も緊張しているな。目を閉じてどうしてやるのが良いかを再度考える。


 越俊の増援は呉将軍にならば従うだろう、蘭智意もだ。兵馬を握らせても正しい使い方をする奴だ、懸念はないな。


「承知した。既に五千が向かっているが、二万の増援を約束する」


「こ、快い即答に感謝いたします!」


 俺がお願いしたいくらいだよ、すまんな呉将軍。


「聞き及ぶ範囲で構わん、蜀軍の防衛策はどうなっている?」


 一般の兵士ではなく伝令を任された奴だ、少なからず知っているだろう。それを話すかどうかはまた別問題だろうがね。


 一瞬だけ逡巡した後に「首都より漢中方面へ三万が増援に、主将は趙雲鎮東将軍です」心配のひとつを打ち消す言葉を出す。


 士気の面では何とか持ちこたえそうだが、三万では厳しかろう。城は維持できても間道が存在している、またすり抜けて来る奴らが後方に現れるぞ。


「他の軍はどうだ」


「それが、成都の防御を固めると。それ以外は関東で兵を興すとだけ」


 首都が落ちては困るが、籠っていては最前線で兵力不足を起こすぞ! 寥化のやつはどうしたいんだか。


 魏延のところはなんとか自力で耐えて貰うとして、雍州も自衛だな。漢中は恐らくは郡兵一万に増援三万で十万を相手にするか。


 永安方面は郡兵一万に蘭智意五千、呉鎮軍が一万、越俊から二万。永昌郡からの水軍と冷将軍の手持ちを合わせれば何とか対抗可能だろう。


 どこに遊兵があるかと言えば、越俊との境、それに中県だ。これを解決せねば早晩やりくりが不能になるな。雍州で隘路を封鎖していたら、或いは首都が危険を感じずに暴走をおこしていたかも知れん。


 魏延が漢中に入れば、各軍の総指揮が行えると言うのにそうも行かん。バラバラに戦っていては破綻をきたす、そうと解っていても何が出来るのか。


「雑兵が右往左往するようでは困る。きっと益州内に魏軍は来る、それを防ぐ手立てはない」


 こちらが知らない間道がどこかにある、それを潰さない限りは機動戦力が入り込んで来る。歩兵で追っても捕捉は不能だ。


 騎兵に対抗出来るのは騎兵だけ。成都の防衛は可能だが、周辺の城が炎上しては戦に負ける。どこから手を付ける、俺が動かせる兵力は少ないぞ!


「ご領主様、南蛮は某が維持致します。ご自由にお動き下さい」


 李信が難し顔をしている俺に申し出て来る。こいつだけでは厳しいだろうに、背伸びをしたのは窮状を知ってだ。足りないことを嘆いても仕方ない、出来ることを可及的速やかに行うぞ。


「兄弟が進出して来る、最悪その時まで門を閉ざしても構わん。李信、ここを頼む」


 参軍も残していくと宣言する。反乱者の扱いも早々に決めなければならない、雲南に残していくのは不安だ。



 三日、様々あってから三日で全てを整えた。李封により遠征に耐えられる軍が一万かき集められた。親衛隊は百足らず、鳳珠羽空王の騎馬五百弱も随伴する。武装は雲南の武器庫を開かせる、輜重は充分。それともう一つの集団。


「永昌郡に寄って行くぞ」


 反乱者で蜀の臣下を自称した者を数珠つなぎで拘束して歩かせている。極々一部が己の利益の為に参加したと断言した。そいつらは今、軍列に並んでいる。


 軍の指揮は李封に任せ馬上でいくつもの状況を想定しては打ち消す。すぐ傍で護衛として羅憲が親衛隊とは別に気を張っていた。


 ただ魏軍にぶつかるだけでは意味がない。奴らが戦争を継続できないような一手を置く。逆侵攻? それでは防衛軍とたたき合いになるだけで兵力不足に拍車がかかる。防衛の一助は一カ所の戦線で優勢にはなるだろうが、一つでも破綻したらこちらの敗北だ。


 やはり曹真を討ち取るのが唯一だな。あいつの居場所を特定して、刺すような一撃で仕留める。その為には衝撃力が要るぞ。騎兵団を集めなければ、長安に置いてきている戦力、それを取り戻すか?


 寥化は雍州から成都に戻っているらしいが、それでは彼の地は一体誰が統治をしている。それすら解らずに戦争をしている俺は片手落ちどころの話ではない。


 情報だ、とにかく情報が欲しい。敵だけでなく味方も情報も欠乏している。この際だから成都に乱入して寥化を切る? 逃げられるだろうな、刺激して孔明先生を害されても困る。


「島将軍、一つ宜しいでしょうか?」


「どうした羅憲」


 馬を寄せて難しい顔をしている、何かに悩んでいるな。こいつの人となりを知る機会だ。


「反乱を起こし、軍営に連ねた者についてです。何故許しを与え従軍させたのでしょうか?」


 ふむ、そういうことか。別に兵力が欲しかったわけでは無いぞ。ここは真面目に答えてやるべきだろうな。


「一つ認識に誤りがある、それを訂正してからだ。あいつらは別に俺や政府に不満があったわけじゃない、だから反乱ではない」


「ですが州牧へ背いたのならば反乱なのでは?」


 そりゃそうだが、物事の一面だけを見ていては成長はせん。結果だけでなく、そこへ至る過程というものをかみ砕いてやらねばな。


「では俺が官でなければどうだ」


「それは……ですが、将軍は蜀の官であります」


 堂々巡りでは困るが事実でもある、実際朝廷でどう呼ばれているかは知らんがね。


「正式な南蛮刺史を追い出して居座る自称の牧だ。それをこそ反乱と呼び、寥化は俺をご指名で敵と呼んだ。それを信じるならば俺を討つことは正義で、反乱でも何でもない」


 そう喧伝しているのを聞き及んでいるのだろう、これといった反論が直ぐに出てこない。


「背景がどうであれ、あいつらは己の利益の為に挑み、それに負けた。言ってしまえばそれだけのこと。こちらが受けた損害を賠償してくれさえすればそれで構わない。功績を上げれば賞してやったって良い」


 信賞必罰、無給で従軍させるのが罰で、そこで武功を上げれば賞する。至って簡単な論理だよ。


「それでも、奴らは将軍に反目しました」


「それがどうした」


「え?」


 平気な顔をして羅憲が気にしている部分を一笑に付す。若いな、感情だけで物事を考えるとは。


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