第59話

「蹂躙しろ! 大将首をとったやつには恩賞を与えるぞ!」


 どうせ逃げちまってるだろうが、捕まえでもしたらボーナス支給だ。『歩』の軍旗は叩き折られて燃えている、これがなければ兵士は逃げても罰を受けないのは三カ国共通だろう。霊平は動かんか、仕方ない俺が直接言わねばダメか。


「ここらが潮時だ、行くぞ!」


 混乱が続いているうちに一斉に離脱。速足で一旦南に抜けてから、戦場を真西に移動する。十数分の移動が丁度良い休憩にもなった。城の南を受け持っている呉の包囲軍に集団で突撃を行う。千の歩兵に五百の騎兵でそうするとどうなるか、答えは簡単だ。


「ひ、ひけっ!」


 圧倒的な大被害に意気地なく逃げ惑う。それを追わずに城壁の南下に行くと大声を出す。


「島右将軍右都督だ! 羅県長に命ずる、即刻住民を引き連れ城を脱出しろ!」


 騒ぎを見ていた羅憲が南の城壁へ駆けて来る。


「それは出来ん相談だ。某は霊平県の民を皇帝陛下より預かっている、ここを捨てることなど出来ようはずがない!」


 そういうと思ったよ、だからこそだ!


「間違えるなこれは要請ではなく命令だ。呉より侵略を受けている今、戦略的判断により霊平県を切り捨てる。羅県長は陛下より、霊平の民を守れと仰せつかっているのではないのか。ならばこそ城を捨てて民を助けよ! 西門の李軍を頼り癒笙県へ向かえ!」


 大切なのはこんな僻地の城じゃない、そこに暮らす民と志ある武将だ。混乱が収まる前に動いてくれよ! 城兵も動揺している、それはそうだろう必死に護っているのに捨てろとは聞き捨てならないだろうさ。


「なぜ州に降らない某を助けるようなことを?」


 知りたいか、ならば答えてやるさ。


「それは羅県長が職務を全うしているからだ。霊平の民を救えるのはお前しか居ない、急げ!」


 羅憲は一礼すると城壁から姿を消す。そうだそれでいい。


「東より呉の歩兵が迫っています!」


 来たな、向かう先は城じゃない俺だ。戦場の設定権はこちらにある。


「引っ掻き回してやる、俺に続け!」


 馬首を向けた先は南、林に逃げ込むわけではない。城から離れて新たな戦場を南南東三キロ地点に置く。こちらに向かって来るならば東に迂回して、また司令部を叩きに行っても良いし、城へ向かうなら反時計回りで後ろに食らい付いても良い。


 どっちつかずな対応、半数を城へ、半数をこちらへ向けて来る。本部の歩兵が三千で高地に避難してか。もう少し引き付けてから城へ戻るとするか。歩兵がどれだけ急いでも馬の足とでは勝負にならんよ。


 歩兵というのは防御の兵科であって、動かない目標を攻めるのにしか使えない。あと五百メートルまで迫ると「移動するぞ」軽く言い放って西へと馬首を向けてそそくさと立ち去る。


 城へ向かっている歩兵集団に突っ込む姿勢を見せると、足を止めて防御陣形を敷く。そういうことなら攻めないで迂回だ、李封の援護をしてやろう。すっと馬を左手に向けて西と北の包囲部隊と戦う李信の隊で挟み撃ちにする。


「深入りするな、背を切り付けて離脱だ!」


 左手に構える敵部隊を翻弄して、今度は城を時計回りで東側に出る。騎兵の優位を目一杯いかして今度は追撃歩兵の背面に出る、するとまた突っ込む姿勢だけで終えて回避した。


 これだけおちょくったら歩将軍の顔も真っ赤だろうな。うむ、西門が開いたか後は計画通り離脱するだけだ。捨てる城から火の手が上がる、敵に利用されないように廃棄するのは常套手段だ。油でも巻いたのかやけに盛大に火の手が上がっている。


「さて、もう一度李封の援護だな。行くぞ」


 じりじりと後退しながら戦いを続けている李軍。それを盾にして着の身着のままで逃げる民、それらを守る霊平軍。前を向いて攻めている呉軍に真後ろから騎兵が攻撃をしたら、目も当てられない大被害が生じる。首が胴体から離れた死体が山のように出来上がった。


 機を見て李軍が戦闘態勢を解除して離脱を計る、こうなれば追う方も全力でなければ追いつけない。だがそうすると騎兵に命を晒すことになる。歩兵が数人ずつ固まって増援を待つようになると、見切りをつけて北へ駆け抜ける。


「よし今度は検問をぶち抜くぞ!」


 山道の検問、西側の蜀軍へ対抗するための造りなので、とてもではないが東側からの攻めには耐えられない。もし歩将軍が死守を命じて増援でも送っているならば戦っただろうが。


 南蛮騎兵が検問に乱入して猛威を振るうと、呉兵は散り散りになって逃げだしてしまった。魏兵と比べると陸兵は士気が低い。休むことなく住民が山道を西へと進む。二時間もすると俺達だけしか残っていない状況になった。


 山道西に来ると「李封、落石で山道を封鎖だ。こちら側にも倒木やら瓦礫を積んで置け」終了を告げる。そのうちここに関所でも作っておけばお終いだ。癒笙県は暫く混乱するだろうが、目的は果たした。汗ばむ身体を水で濡らした布で拭く。傍に一人の若者がやって来て膝をつく。


「島右将軍、援兵に感謝いたします!」


 羅憲が頭を垂れて謝辞を述べた。小さく息を吐いて立つように促した。


「羅県長、よくぞ住民を守り切った。皇帝陛下に代わり、感謝を伝えさせてもらう。よくやってくれた、ありがとう」


 何故そのようなことを言われているのか理解出来ていない顔だな。そうかもしれん、こんな時代だ。


「お前は地方の首長として最善の道を行った、俺はそれを認める。戦の勝ち負けなど些細な事、為すべきを為した羅憲を尊敬する」


 大真面目な顔でそう言ってやる。実際に大した奴だよ、孤立無援だったろうに。ダメ元で俺に援軍を要請することすらせずにだぞ。


「島右将軍、数々の無礼お許しください!」


 叩頭して誤りだったと過去の所業を詫びる。そんな必要などないのにな。


「言ったろ、お前は間違ってなどいない。俺が認めると。だが済まない、霊平県は無くなってしまった」


 あれを再建する位なら別のことに力を注ぐぞ。こんな場合はどうするものだったか、ま、好きにさせてもらうとしよう。


「南蛮牧が命じる、羅県長の職務を解く」


「謹んで解任を拝命致します」


 以後、住民は癒笙県に所属させるとして、軍から支援を出して任せることにした。場所が近いだけあって、親戚やらもいるようで暫くしたら落ち着きも見るだろう。食い扶持が稼げるようになるまでは州で面倒をみてやるとするさ。県長は三百石だったな。


「今のままでは収まりが悪かろう。羅憲を右将軍帳下都督に任じる、俺の補佐をして欲しい」


「仰せの通りに」


 四百石に昇進だ、何より俺の軍営に連ねることが出来た。県の一つくらい失っても、得た者のほうが遥かに大きいと信じている。それにしても人材というのは埋もれているものだ、目が届かないのもまた時代かね。



 雲南に戻ったのは翌日の夕方近く、門衛がやや硬い感じの面持ちで迎え入れる。城内は少し緊張している感があった。ふむ、何事かあったようだな。李封に視線をやると、同じように何かを見て取ったようだ。


「部隊に警戒をさせます」


 大仰に騒がずに、各級部隊長に即応可能な心持で居るようにとだけ伝える。内城に至るまでこれといった敵意も悪意も感じられない。はて、なにが起きているやら。


 甲冑姿のまま城の中央にある太守の座がある間に向かう。左右後方に幕僚を連れて、堂々とど真ん中を歩く。


 諸官が道を空けて頭を垂れる。そのまま進んで座につくと、左手に参軍らが侍る。李封は段上の片隅に居場所を得て警備に切り替わった。段下には李信が立っていて礼をとる。


「様子はどうだ」


 顔色は悪くない、これといった不都合がおきているわけではなさそうだな。


「少々小火があった程度で変わりは御座いません」


 小火ときたか。短時間で反発者を鎮圧したわけだ、なるほどこいつもいよいよ一つ上の役目を与えられるというものだな。


「そうか。数はどのくらいだった」


 百や二百の反乱ではあるまい。そもそもがそいつらが反乱ではなく、解放だと信じているんだろうがね。何せそういうやつらから見れば、俺が反乱者だ。


「二千程でしょうか。まとめて投獄してあります」


 随分と鮮やかな手並みだな。数で劣る奴らがどうして一斉に動いたのやら。


「詳細を」


「はっ。ご領主様が出立されて後、私が残る旨を布告致しました。その翌日、私も別ヵ所に出ると偽情報を流し、日中に城を出てから目立たぬように帰還して備えたものです。ここぞとばかりに反乱者が姿を現したので、武力で鎮圧いたしました」


 情報戦で攪乱したわけか。己の考えで動けるようになり結果を出したのは称賛すべきだ。李封もそうだし、姜維もそうだ。後進の経験がこうも嬉しいとは、俺も歳だな。


「うむ、よくぞ不在の間の治安を維持した。李信に南蛮治中従事を加える、独自の判断で州内の軍事政治を視よ」


「御意!」


 こうしておけば俺がとやかく言わずとも、皆がこいつに相談するはずだ。知恵袋が必要になるな。


「黄崇、郤正、両者に南蛮文学従事を加える」


 姿勢を正して二人は深く礼をした。説明せずとも補佐をしろと言っているのに気づける頭はある。李封をどうするか、だな。南蛮の留守統治を李信に任せるとして、あいつは連れて行く必要があるぞ。


「李封、南蛮軍を統率するにあたり南蛮武猛従事を加える。程なくして出撃することになる、準備を行え」


「はい、ご領主様!」


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