第56話

「黄書佐ならどのような対策をする」


 君ならどうするって話だ。戦わせても政治でも結果を出せる司馬仲達だ、戦場にだしてはいかん。


「最も効果的なのは軍権を無くすことでしょう」


 仮節撫軍大将軍をだな。俺が口にした栄転にかけているわけか、だとしたらこいつは使えるぞ。


「讒言で離間し、落ち度もないのに軍権まで取り上げては謀反を誘うようなものだが」


 あえての逆誘導だ、若い目は育ててなんぼだからな。さあ打てば響く素質を見せてみろ。


「曹丕が司馬懿と懇意であり、取り巻きの懸念を鑑み、策を成功させ、全てを整合させる一手を曹丕が気づけるようにします」


「それは?」


「司馬懿の栄達、宮廷に縛り付けることでしょう」


 その官職がなにかは知らんが、結果そういうことだ。こいつも手元に置くとするか。


「黄崇、以後は俺の幕へ並べ。今から右将軍諮議参軍だ」


 例によって比四百石だ、立身出世とはこれだな。もっと皆が発言しやすい場を作るとしよう。ではどうやってだな。こういうのは単純な方がよいと決まっている。


「どんどん意見を上げてこい、俺はそれを咎めはしない。自由に討議し、結果を聞かせて欲しい。働きやすい環境を整えるために皆の力を貸して欲しい」


 官吏が皆一礼する。始めるんだ、ここからまた!


 幾日もが過ぎ去り、それなりに忙しい職務をこなしていた。域外との連絡をどうやってつけるか、そこに課題が残っている。


「電話一本世界中どこでも話が出来る時代じゃないからな」


 相手を見つけるのが極めて難しい、ばったり出会うなど奇跡そのものだ。それだけに拠点がどこにあり、誰が居るかを示すことが重要になってくる。


 足音が聞こえてきた、甲冑の響きで部屋までやって来られるのは伝令か高級官僚のみ。或いは反乱でも起こされているならありえる。やってきたのは赤い軍旗を腰に指した伝令。


「申し上げます! 中県城に『島』の牙門旗が翻りました!」


「そうか」


 銚華、無事でいてくれよ。これで城は士気を失い崩壊することも暫くはあるまい。不足するのは生鮮食品だが、船で水壕を行く準備が出来て後のことだ。李信からも殆どの県が下ったと報告があった、李封の方は連絡がないな。


「李右督からの報はどうか」


「ございません!」


 ふむ、何か手こずっているのかも知れんな。確かめておくとするか。


「様子を見てこい、伝令百騎で居場所をいちはやく見付けよ」


「御意!」


 数騎で長躯させてはいかん、見落としが出るだけでなく賊に襲われる危険が高い。馬泥棒がいくらでも居る、それに当座の金も持っているからな、良い的だ。


 妙に落ち着かない、こんな時は異常が起こると昔から決まっている。手にしている報告書を机に置いて外を眺めた。蜀は益州に比べれば太陽の姿のハッキリしていることこのうえない。


「蘭智意を呼べ」


 隣の部屋に控えている小間使いに命じて、城に居るはずの蘭智意を呼び寄せる。何かが起こるならば話をする必要が出て来る。小一時間ほどすると鎧を鳴らして蘭智意がやってきた。


「お呼びとのことで」


 世が世なら、一軍を率いる大将なわけだが、付き合わせてしまっているな。つい百年ほど前までは、奮威将軍あたりで十万の軍勢を指揮していたそうだ。


「うむ、近く状況に変化が起こるはずだ。その時は俺かお前が動く、即応可能なように準備しておけ」


 どちらかが動けば雲南に隙が産まれる、不穏分子が仕掛けるならばここだろうよ。今は大人しくしているが、機会をみて反旗を翻す輩の千や二千はいるはずだ。


「越俊の郡境に蜀国軍が駐屯しているようです。今は監視をしているだけで動きはありません」


 下手に刺激したくないわけか、弱気な方針だな。寥化のやつは他に手一杯で、南蛮にまで構って居られない。北方の統治に武将らの不満を押さえてだな。孔明先生にとってかわれる奴は蜀には居ない、俺含みでだ。


「魏や呉との国境も同じように警戒してくれれば良いが」


 何せ国内を固めようとの気持ちが強すぎると上手くない。防衛というのは籠っているだけではなりたたない、攻めるぞと見せかけることで相手に負担を強いることもあるぞ。


「蜀全土で軍備増強が行われているようです」


 それはそれで困る、軍備を増やせば国が疲弊する。国力を増してついてくる軍事力とは違うぞ。


「民の負担があがるな」


「既に各地で追加の徴税が行われ、貧農は食うことも出来ずなことに」


 あの愚か者が! 限られた物資を有効に使う為に政府はあるんだぞ! やはり時間をかけすぎるわけにはいかんな。いち早く南蛮をまとめ上げて、成都へ向かわねば。



 伝令騎兵を放って数日、東部より駆け戻るものがいた。赤い旗を翻し、城門を越え市街地を騎馬のまま走る。市内で騎乗が許されているのは一部の高官と伝令のみ。玉座のような大きく、装飾が施された椅子に腰かけてやって来るのを待つ。すぐに兵が走って来る。


「伝令! 島将軍に申し上げます。李右督は霊平県を除きすべてを下しました!」


「そうか。ではもうすぐだな」


 李信より時間が掛かったのは些細な違いでしかない。これで南蛮州は統治が行き届く。霊平というと東の端だったか、道も細く交州との際だ。


「それが、頑なに城門を閉ざして拒否している模様です」


 虚報との線もあるだろうし、ほいほいと城を明け渡すのも問題だ。だが『南蛮』の軍旗を無視するのは許せん。


「詳細を」


「霊平県長は、正式な国家の辞令無くして城は明け渡せない、職務を全うする所存とのこと」


 頭が固い老人が県長に就いているのかもな。悪くは無いが柔軟性に疑問だ、そこに意志があるのは認めるぞ。最遠の地の司令官だ、我があってこそなのも事実か。住民や兵がどう見ているかで正反対の評価がつく可能性がある。


「李右督は」


「西の街道に退き使者を送り説いているところです」


 武力で押し出すような指示は出していない、李封にしてもそれが限界だろう。このままではらちがあかんな。


 騎馬でなら駆けて一日、歩兵を連れてなら十日以上か。さてどうしたものかな。抗戦ということなら蘭智意に任せるが、これはやや難しい。三、四日の留守を守らせるか。


「わかった、下がれ。陸司馬、親衛隊に出撃準備を出せ」


 部屋の隅に控えていた陸司馬が眼前に進み出て「御意! すぐに整えさせます」一礼して出て行く。参軍らも連れて行くとするか、南蛮騎兵もだな。鳳珠羽空王にも連絡を入れると、翌日の朝に出発することが出来た。


 高らかに『南蛮』『島』の軍旗を翻して領内を五百と二十の騎兵で駆ける。回復したと、昆明から親衛隊の分隊が合流してきた。隣県の癒笙県に歩兵を出すように命じると、揃うのを待たずに先へと進む。


「将軍、山岳に軍が在ります!」


 遠くの山々にぽつぽつ何かが見えた。李封の軍だな、悪くない位置取りではあるが行動そのものの意義を深く知るべきだな。


「行くぞ」


 堂々と街道を行くと警備の兵に出くわす。こちらを見て畏まると一礼して本陣に使いを出す。山から一軍が降りて来ると目の前までやって来て膝をつく。


「ご領主様!」


「李右督ご苦労だ。残るは城一つだな」


 ここに至るまでの城は全て問題なかった。功績は認められる。


「未完ゆえ未だ道半ばで御座います。面目ありません」


 控えめだな、これだけ俺の側にいたらこうもなるか。


「構わん。最後の城を見に行くとしよう」


 轡をならべて細い道を行き山を越える。盆地にこじんまりとした県城が見えた。兵力は千を少し出るくらいか。『霊』『蜀』『羅』の軍旗がなびいているな、結構なことだ。


 目を細めて黙って騎馬をゆっくりと進める。後続を片手で制して留め置き、少数で。陸司馬が兵から『南蛮』の軍旗を受け取り従う。隣には李封。城門手前まで行くと高くも無い城壁を見上げる。雑兵が多数、住民に武装させただけの軍だ。一人の若者が出てきてこちらを見下ろす。


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