第53話

「寥紹は雲南だったな、まずはあいつに会って来るとしよう」


 ここからそう時間も掛からん、大軍で動くわけじゃないからな。


「俺の軍をつけてやる。五万も居れば良いか」


 敵地になっている可能性がある、南蛮ならば数日で五万を動員するのは簡単で、それだけいれば争っても勝てるだろう数だ。


「騎馬五百あれば良い、後は俺がどうにかするさ」


 ここで武威を示すようでは上手くいくものもいかなくなる。寥紹ならばきっと理解してくれるはずだ。


「解った、鳳珠羽空王に直卒させる。島がやりたいようにやればいい」


 軍需物資も好きなだけ持って行けと全てを提供され、落ち付く間もなく計画を策定する。兵らは傷も癒えていない、今動くと言ってもどうにもならんか。


「李信、雲南へ使者を送れ。十日の後に俺が行くことの先ぶれだ」


 段下に控えている兄弟へ命じる。話の流れから中県の支援だとわかっているので、気合充分で鋭く返事をした。


「お任せ下さい!」


 一礼すると一人出て行く、兵士の選別も同時でするつもりだろうな。随伴可能なのが何人いるやら。呂軍師らとも連絡を繋いでおきたいが、南蛮の問題が片付いてからか。孔明先生に護衛をつけたいが、首都で俺の意を受けて動いてくれそうなやつは誰だ?


 向歩兵校尉か、前回に引き続き頼ることにしよう。送る兵士の問題も全て南蛮が優先なわけだ。まずは一歩だ、ここでしくじるわけにはいかんな。


「お前は働き過ぎだ、仕事なぞ部下に丸投げしておけ」


 うーん、前に妻にも言われたことがあったな。俺にしか出来ないことだけをやれってな。ここで待っていて、李兄弟に一任したってやろうと思えばやれるはずだ。小さく笑って目を閉じる。ここに至るまでずっとずっと昔から、必ず自分で行ってきた。今更だな。


「良く言われるし、俺もその通りだと思っている。だが、先頭に立ち範を示すことを良しとしたいんだ」


 義務感でも使命感でも何でもない、そうしたいからしている。部下の成長を阻害していると言われたらそれまでだがね。


「さっきも言った、やりたいようにやりゃいい」


 にやりと笑うと大きく頷く。ほんと、兄弟は俺をどうしたいんだか。


「で、兄弟が望むのはなんだ」


 一つはっきりとさせておかにゃならんだろう。孟獲にだって目指す何かがあるだろうからな。


「そうだな。俺が求めるのは伝説だ。幾百年後にも残るような大業を打ち立てたい」


 なるほどな。もう二千年近く先にまで名前が残る人物だっていうのに、更に上を求めるわけか。多くが思っているより大きなやつだよこいつは。


「世界の歴史に名を刻みたいか。ならば方法がある」


 身体を乗り出してこちらに興味を持つ、ちゃんと答えはあるぞ。


「それは?」


 大真面目な顔でじっと孟獲を見る、あちらもこちらをじっと見た。


「勝者の側の史書に名を遺すことだ」


 これは歴史の真理で、事実でもあるぞ。今が全てではない、望みが伝説ならば相応の何かを作れば良いだけだ。


「勝者に付けと?」


「そうではない」首を横に振って大きな違いを指摘する「戦いに負けても、時代の最強と呼ばれることこそが条件だ」孟獲の目が見開かれた。


「項羽のようにか、そうか、そうだな」


 連戦連勝、全ての戦闘で勝ち続けた最強の男。だが彼は戦争に負けた。しかし歴史に名を刻み、最強の存在を否定されず、不遇の英雄として語り継がれている。一方で国を統一した最大の功労者であるはずの劉邦は軟弱者として描かれていた。


「民衆が求める歴史は逆転劇が好まれるんだよ。強者を打倒するのが正義だと言わんばかりにな」


 自分に自信がある人物なんて極めて一握りだ、それ以外が望んでいる姿が語り継がれる要因ってんだから勝手なものだよ。


「すると今の時代の最強は誰になる?」


 うーむ、呂布は居ないし、関羽も張飛もあったことがない。


「名前が浮かばん、その位のやつらしか居ないのかもな。少し前に居た呂布は間違いなく伝説の一人になる」


 詳しくは知らんが、それなのに名前を知ってるんだから間違いないぞ。


「死人相手ではどうにならん、だが目が出てきたわけだ。片っ端から敵を倒せば良いわけだからな」


 確かに誰かをご指名で倒す必要がないのはやりやすいのかもな。個人の武勇、孟獲なら膂力で負けることは無いだろう。技量となれば刃を合わせてみねば何とも言えん。


「分かり易くて大変結構だ」


 二人で大笑いする。一体なんど戦えば望みがかなうのか、まったく見えない。それでも絶望的な気分にならなかったのは互いの存在が大きいな。しかし司令官が武器を振るったら負け戦でもあるぞ。


「適材適所だ、お前なら俺の戦場を用意出来るだろ」


 こちらの思考を完全に読んだ一言だなこいつは。孟獲を喪えば俺も勢力を失う、だがこいつの意志を尊重してやりたい。


「要所で激戦区を任せる、押し負けるようでは話にならんが」


 挑発含みでけしかける。こういったやりとりは結構したものだな。


「冗談は休み休み言うんだな。もし俺が競り負けることがあれば、大王を辞めてお前に譲る。頂点に負けは許されん」


 真剣な眼差しで進退をかけてくる。想いは同じだよ。


「そうだな、俺達が折れなければ負けは無い。逆もまた然り」


「負けは論外、立ち止まることすら許されん。道は前にのみあるぞ」


 盃を掲げて未来を誓う。こうであれと決意を固めて。



 朝だというのに気温は高くじめじめとしている。昆明を出て雲南を目指す隊列は、南蛮騎兵五百に親衛隊五十。病床に臥せっている兵卒は唇を強く噛み居残りを認めた、ここで無茶をさせて倒れられては申し訳ない。命令だと言い聞かせて療養に専念させる。


 李信も李封も包帯が見えないように鎧を着こんで同道していた。悪いが二人は居て貰わないと困る、もうしばらく我慢して欲しい。


 持たせている軍旗は『島』『中』の二本、借りている兵が居なければ賊に出会っても往生する可能性すらある。行軍中に集落を通ったが、孟獲の兵だと解ると歓迎を受けた。ここらは完全に南蛮の地、中央の統制から外れた蛮地なのを思い知らされる。


「二つ先の山を越えた先が雲南です」


 道案内が先導して、大雑把に道程を教えてくれた。季節によってまったく感覚が変わる、緑が多いだけに当たり前ではあるが、こうまで森が深いとどこに居るのか不明だった。丸々一日行軍して翌朝、雲南郡都雲南城と命名された仮の街が視界に入る。


 元々雲南は地域の名前であって街ではない。ゆえあって郷に治府を置いただけの仮の名前、ところが長引きすぎて区域が拡張された経緯がある。城壁には『蜀』『南蛮』の軍旗が立ち並び、どこの勢力下にあるか主張していた。


「行くぞ」


 高地で眺めた後に乗馬を進める、皆がそれに付き従った。森から出て踏み固められた地に出ると、城から兵士が指さしている姿が見える。多くが城壁に上がり警戒する。さてどう出て来る? 城の南、李兄弟と三騎で門に近づき見上げた。


「俺は島介だ、寥南蛮刺史に会いに来た!」


 声を張り反応を待つ。暫くすると城門の上に見知った顔の男が出て来た。


「お久しぶりに御座います、島将軍」


 声が緊張している、城門を開いて迎えないのは職務に忠実だと受け止めよう。


「寥刺史も壮健でなにより。俺はこれからやらねばならんことがある、貴殿の志やいかに!」


 何をとは言わん、李信が出した使者は辿り着いて面会している。考えは決まっているだろう、どうなるにしてもだ。ここで否と言われても不思議はない、その時は戦うしかなくなるが。


「島将軍のなさりようは蜀への反逆、某は支持出来ませぬ」


 あの側にいる官吏は何者だ? あいつが目付け役としたら、ここで本音を漏らすわけにもいかんか。兵が攻撃をしてこない、そこに鍵が隠されているんだろうな。


「俺が何をしたというんだ」


 どんな言われようをされているのか気になるのは事実だ。公式な言い分を聞ける機会だな。


「国家を蔑ろにし、魏と結び国軍を害した罪は極めて重いですぞ」


 ふむ、魏への侵入は事実だ。関興の軍と争ったりもしたしな、それらを以て批判するなら間違いではないわけか。


「それを決めるのは皇帝陛下である。代理人である丞相への目通りを求めるが如何!」


 出せるものなら出してみろ、寥化将軍などには負けんぞ!


「丞相はご病気であり、国事は代理で寥尚書事が執っておられる」


 病気か、そうとしか言えまい。孔明先生が風邪を引くと、蜀がくしゃみをするぞ。


「魏と示し合わせ雍州牧である俺を外し、蜀の防衛能力を下げ、国軍を使い治安を乱しているのが軽い罪とは思えんがどう説明する」


 寥化が孔明先生より上手くやれるなら、先生だって笑って従うだろうさ。だがそうはいかんぞ。


「魏へ降った島将軍の抜けた穴を埋め、賊を排除するために兵を動かし、国家を安んじられておられる。そこに称賛こそあれ、なんの罪がありましょうや」


 なるほど、読めたぞ。寥紹が求めているのは俺と争って首都へ落ち延びるという筋書きだ。

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