第49話

「中侯島、義により零陵に参戦する! 続け!」


 騎馬を駆けさせると敵の真っ只中に突撃をかけた。中県の親衛隊が負けじと突っ込む。鉄馬で歩兵を弾き飛ばし、矛を振るって幾つもの首を飛ばして回る。左右から親衛隊がせり出していき、矛が届く場所に賊の姿がなくなる。


「軍旗を掲げろ! 声を上げろ!」


 盛んに意気をあげ、城外に屯している賊を打ち破った。城門を行かせまいと頑張る部隊と対峙する。後ろから羌族兵が追いついてくると、足を止めずにそのまま進んでいく。城内の混乱が激しい、間に合うか? いや俺が懐疑的でどうする!


「歩兵は道を開けろ! 鉄騎兵、突入だ!」


 劉司馬を前列にして、親衛隊が城門を強引に突破した。抜けるとそのまま城内奥へと踏みこむ、内城が攻められているならそれを助ける為に。住民が悲鳴を上げて逃げ惑う、あちこちで略奪が起きていた。


「ご領主様!」


 李兄弟が西の山地を下って傍へと戻って来る。馬の鞍には血が真っ赤にしたたり落ちる首を一つぶら下げている。恩賞首を得たのは李信自身か、よくやったと褒めてやりたい気分だ。


「李将軍、城門を確保するんだ」


「承知!」


 残る賊を掃討すると、後続が城門を潜り抜けるのを助ける。焼良の西羌騎兵も城内に展開したか。街の南奥にある内城にはまだ『殷』『零陵』の軍旗が翻っている、ぎりぎり間に合ったようで何よりだ。


 城の中央に歩みを進める。顔を曇らせた住民が恐る恐るこちらを見ているな。少し進んだ先で三人の羌族兵が民家から出て来るのに遭遇した。手には食糧を抱えている。


「おいお前、それはどうした」


 急に馬上から詰問されて驚いたようだったが、こちらを見て安心したようで薄ら笑いをみせる。民家から老人男性が出てきて「ど、泥棒!」口の端から血を滲ませて憤る。視線を老人から羌族兵に向けた。


「住民から奪ったのか?」


 そいつは二人と目を合わせてから「分けて貰っただけですよ。大体、助けられたくせに、これ位で煩いんだよじじい」忌々し気な感じで老人に言う。老人は震えあがって何も言えずに硬直してしまった。


「麻苦から略奪暴行禁止だと聞いていないのか?」


 出来るだけ穏やかに、感情をこめずに確認する。もし聞かされていないならば悪いのはこいつらとは言い切れない。


「一応聞いちゃいますがね。でもこんなのいつものことだって」


「そうか」


 短く反応すると、三人はへへへへへと笑う。胸の筋肉に力を入れ、手にしている矛を横一閃に払った。三つの首が転がり、どさりと音をたてて首なしの男が倒れる。


「大将あんた!」


 麻苦が抗議の声を上げる。だがそれを遮り馬上から睨み付けた。


「言ったはずだ! 軍令を犯した者を許す程、俺は甘くは無いぞ!」


 武器を構えて対峙しようとする羌族兵を警戒し、親衛隊が周囲を囲む。一触即発の危機。


「姫!」


 鋭い目つきで銚華に訴える。目の端にだけ彼女を収めて、麻苦から決して視線を逸らさない。


「私から言えることはありません。麻苦、貴方が決めなさい」


 拳を握りしめて震える、どうするべきなのかを。羌族の長がここで引き下がれば一族の名誉にかかわる。かといってここで割れて争えば、より大きな何かを失うだけ。


「……むむむむむ! 禁令を破った者を討ち捨てよ! 老体、迷惑を掛けた、受け取れ」


 腰に下げていた巾着を放る、地面に落ちるとズシャっと重い金属音が響く。恐る恐る拾い上げると口を開いて腰を抜かす、銀貨の山だ。


「もし、あなた様は?」


 膝をついて騎馬しているこちらを見上げて問う。余計な名乗りは赫昭と同じ迷惑を掛けるかも知れんが、自身を偽ることはしない。


「蜀は中県の侯で姓を島、名を介という者だ。殷前太守の弔問に寄ったところだ」


「おぉぉぉ、島将軍で御座いましたか! ならば安心。ありがたやありがたや」


 額を地面にこすりつけてひれ伏す。名乗りを聞いていた住民たちも、ぽつりぽつりと姿を現して敵国のはずの軍を見る。襲い掛かって来ないことを確認すると方々から集まり、膝をついて皆が願う。


「太守様のお城に賊が向かっております、どうぞお力添えをお願いします!」


 異様な光景に麻苦も怪訝な顔をしていた。どうして敵にそのようなことを望むのかと。逃げないのは軍令に厳しいと言うのが伝わっているからか、昔に局長を斬首にしたことがあったからな。


 それにしても殷太守、住民から敬愛されているようだ。ここには報われる世界が存在している、俺はそれを認めてやりたいし、存続させてやりたい。


「元からそのつもりだ。賊徒なにするものぞ! 親衛隊、俺に続け!」


 零陵城の中央通りを黒軍装の鉄騎兵が進んでいく。脇道から住民の期待の視線が突き刺さる。首領を失いそれでも攻め込んでいるのは起死回生の一手がそれしか望めないからだ、阻止すれば総崩れになる。


 お世辞にも高い城壁とは言えない内城に多数の蠢くものが張り付いていた。矛を握りしめその光景をじっと凝視し、動きの中心になっている場所を見定めた。


「左手前方の集団を蹴散らすぞ!」


 指揮所がある位置に馬を駆けさせる。狭い城内ではさほど速度が出ないが、それでも数人を跳ね飛ばすだけの衝撃が生み出された。


「な、なんだこいつらは!」


 突如乱入してきた不明の集団に声を上げる。耳にした奴らが一斉に振り返った。手近な賊を切り捨てて矛を一振りすると、赤の直垂を跳ねて胸を張る。


「俺は島介、不逞の輩を退治に来た! 治世を乱し、人々を陥れる者を許しはしない。総員掛かれ!」


 矛を賊徒に向けて大声で排除を命令する。


「島将軍が配下、李別部司馬だ! 君命を受け敵を殲滅する!」


 親衛隊の一隊を引き連れて李封が突入した。連戦に継ぐ連戦で傷も癒えていない兵士も勇気を前面に出して、圧倒的多数の敵に向かっていく。劉司馬が俺の護衛に残っているか。賊の連携は取れていない、だが数は力だ。


 右斜め後ろに『島』の軍旗が掲げられる、これより後ろに下がる親衛隊は逃亡とみなされ処罰されてしまう。多勢に無勢で決して旗色は良くない、それでも親衛隊は果敢に戦闘を続ける。城内を巡っていた焼良の騎兵隊も参戦、遅れて麻苦の羌族歩兵も交戦を始めた。それでも城兵は厳しい防戦を続けている。


「伝令、伝令!」


 赤い旗を腰にさした者が『島』旗を目指してやって来た。


「申し上げます! 城外北東に『朱』『征北』の軍勢が現れました。その数凡そ五千!」


 呉の朱と言うと朱治を頭とした一族か。確か政治も軍事もみる宿将という評価を聞いたことがある。零陵の危機を知り、どこからか駆け付けたわけだ。なら俺はお役御免ってことでいいか。


「援軍が来たことを城内に報せてやれ」


 側近にそう命じると、矢文を複数用意して城壁に向けて放つ。幾つかが兵の手に渡ったようで、守備兵が沸いた。


「全軍に伝令だ、西門から戦場を離脱するぞ」


 軍勢が現れたのを知った賊は浮足立っている、もう陥落は免れただろう。チラッと城壁を見て後に、馬首を西へ向ける。住民が地べたにひれ伏せて感謝を示していた。そうだ、俺は他に何も望まない。城の北側で大きな声が上がっているのが聞こえてきた。朱軍が城内の賊に攻めかかったんだろうな。


「ご領主様、親衛隊揃いました」


 戻ってきた李信が短く報告を上げて来る。銚華も羌族兵らの集合が終わったと告げた。城門を出たところで、後方の通りに『朱』軍の追手が姿を現す。


「そりゃそうだよな、俺達は敵軍で城内戦をするようなお尋ね者だ。西部山地に潜り込むとしよう」


 偵察騎兵が先導して歩兵の集団が通りを進んで来る。だが城門付近に住民が集まり通行の邪魔をする。麻苦が顔をしかめてその様子を見ていた。あれが彼らに出来る最大限の返礼だってことだな。


「信、急ぐぞ」


 騎馬の足を速めて、鬱蒼と茂る山林の奥へと消えていく。賊が残る零陵城と離れていく軍勢、どちらを優先すべきかの判断は解り切っていた。山の行軍は厳しい、水の確保が最大の懸案事項。方向を見失わない様に太陽のある方角を常に注意して、暗夜は大人しく宿営する。


 食糧はそれなりに抱えている、兵も何とか耐えているから問題はその後と言うことだな。焚き木を見詰めてどうしたものかと物思いにふける。側では常に李兄弟のどちらかが警備を指揮していた。


 中県はきっと国軍の攻めを受けて降っているだろう、こいつらも帰郷したいに違いないのに良く尽くしてくれている。空を見ると星が輝いていた。いつみても変わらない星々、千年先でも変わらん。


「この先は益州郡だったな」


 誰に向けたわけでも無い独り言。益州と益州郡の違いを知らずに判断を誤りそうになったこともちらほら。聞き流しても良いのに、李信が律儀に返事をしてくる。


「はい。益州郡太守は張紹、次席の長吏は楊炎です」


「そいつらは俺をどうとらえてるだろう?」


 こちら向きの感情を持っている奴ら等少数派だと解っちゃいるが、一応の確認だよ。なにせ常識が不足しているんだからな。


「張太守は先君の義兄弟、張飛将軍の嫡子です。あまりに強大な権力を集めたご領主様を良くは思っていないでしょう」


「張飛の? そうか」


 流石に聞いたことがあるよ、関羽と張飛位はな。皇帝派の有力者がどうして地方で太守なんてやってるんだか。実質的な権限は太守が大きいが、そこはやはり国家を鑑みれば首都で勤務すべきだ。


「それで次席は?」


「楊炎校尉は楊儀丞相長史の甥であります」


 するとどうなるんだ? 孔明先生のシンパではあるが、魏延と楊儀が争ってるな。俺が魏延よりなのが気に入らんって可能性はあるか。いずれ首都から指示があればそれに従うだろうから、明るい未来を期待するのは甘いってことだ。ここを横切らないことには永昌に行けないから、いずれ遭遇するだろう。


「こんな山中でも住人はいる。いつか通報されて地方軍ともぶつかる、その時は逃げに徹するぞ」


「御意」


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