第48話

 密偵の報告にも上がってなかったからな、呉国のどこまでを調べられているかって部分は解らんが。配置に就いたか。馬を進めて横陣の四列目に入る。


「こっそり布陣しても仕方ない、存在を報せてやるんだ。銅鑼を鳴らせ! 太鼓を叩け! 軍旗を振れ!」


 ジャーンジャーンジャーン! 金属音を響かせて革鎧を身に着けた蛮族兵が展開して丘に陣取る。賊の後備である本陣の注目を集めた。


 呼ばれても居ないのに派手に登場だ、困った奴らだよな。革張の盾に剣を叩きつけて威嚇を行う。アフリカの原住民も同じように武威を示したものだ。


「後ろ備えがこちらに正面を向けたな」


 その為の後備だ。追い払う為に向かってこないのは指揮官の命令が下せていないからだな。退路を断たれて無視するわけにはいかない、ならば要所を占められる前に一撃加えるべきだろうに。


「城兵が沸いておりますわ。呉に『島』の将がいるのでしょうか?」


 旗印を見て味方と思ったのならばそれが自然だが、聞いたことは無いな。


「呉だけでなく、魏にも蜀にも同姓は居ないだろうさ。軍勢がどこの誰であっても賊の敵なら歓迎って話だよ」


 攻勢が少しでも緩めばそれだけで結構。敵の敵は味方と言ったものだ。そのうえ潰し合ってくれれば何の文句もないだろう。横陣を丘の頂点に敷き終えると、防御陣を構築し始める。足元に溝を掘り、草を結んで罠を仕掛けてか。まあ短時間で出来ることなんてそんなものだ。


「銚華、羌族のあれは?」


 五十センチ程度の小さな弓を指して問う。複数の武器を携えている、代わりに重量軽減の為に鉄鎧は身に着けていないか。


「半弓ですわ。騎射用を歩兵が使うと速射性が高く、接近戦で強みを発揮致します」


 木製ではないようだが鉄でもない、あの白いのは一体。少し見ていればわかるか。ようやく賊が千の単位で丘に向かって動き始めた。綺麗な陣形を保って、ではない。それぞれが雑多に歩んで距離を詰めて来る。


 弩があればそろそろ射程だが、一切こちらからの攻撃は無しか。かといってあちらもそんな武器が無いので接近してくれだけだな。あと五十歩、走ればあっという間に零距離だぞ!


 麻良はそれでも撃てとは言わない。あと三十歩、互いの顔がはっきりと見えるところまで詰めて来る。まだか! 残り二十歩、石を投げても当たるだろう距離になりついに命令が下る。


「始め!」


 二列目、三列目の兵士が半弓につがえた矢を放つ、速やかに次、次と連続で射続けた。バタバタと賊が倒れ、死体に躓き転倒する者が多数現れる。一斉射撃の副次的効果だ。


「速い!」


 二秒に一射の速度か! 白兵戦をするまでに十秒、その間に千の兵が五回射撃出来る計算になる。千の歩兵が半数以下に撃ち減らされた結果を見るまでは、横陣で多数を支えることは無理だろうと考えていたが、これならばいけるぞ!


 丘の頂上に辿り着いた賊も剣と盾で前列が防御に徹する。その間に後列からの狙撃でみるみる数を減らしていった。矛で交戦すると防御が疎かになり、後列からの攻撃もし辛い。だが至近距離限定、それも防御に絞るならばこれは強力だ! 今までに無い戦い方、目を見開いて動きを追う。


「旦那様、焼良が到達しますわ」


 崖の上に騎兵が姿を現す。義経が馬で崖を降りて奇襲を成功させたって話があったよな。西羌騎兵が防備が薄い崖を疾走する、気づいた賊が指をさして叫んでいるが驚きが先行して動きが取れない。


 間隔が広い部隊の間を縫って半弓で攻撃を仕掛けていく。こちらは射撃出来てもあちらは同士討ちを懸念して反撃出来なかった。陣を乱すように自由に駆け回る騎兵を止められる者はいない。


「騎馬を手足の様に操る奴らだな!」


「西羌族は産まれて直ぐに馬上に在る者が多いのです。地上と同様の動きが可能ですわ」


 白兵戦をしている奴の中に後ろ向きで騎馬してるのも混ざってるぞ! 俺があっけにとられている暇はない、後備を引き戻して攻めにまわる。


「伝令だ、李信、李封の伏兵を前に出す。作戦を変更するぞ」


 つい先ほど決めたばかりのことをいともあっさりと翻す。戦場では朝令暮改も否定されるものではない。城が持たないかも知れん。城壁にかなりの数の賊が上がってしまっている、城門を開かれたら最後、陥落は時間の問題になる。


 必死の防戦、援軍が無い籠城ほど陰鬱なことはない。攻城兵器の類は梯子があるだけ、だというのに攻め込まれているのは砦としての機能が低いから。


「本陣が前に行ったか」


 このまま城を落とすつもりだな。目的を達成すれば俺がどうしようと無意味だ、戦略的に正しい判断だ。そう気づくまでに時間が掛かりはしたが、経験を積めば正解に早めにたどり着けるならば悪くない。逃げようとして伏兵に嵌るより百倍マシだよ。


 城への攻撃圧力が増大して、城壁の上で大乱戦が生じる。ここで競り負けたら城門が開放されてしまうぞ!


「ご領主様!」


 二つの部隊が速足で駆け付けて来る。状況が移り変わったのを自身の目でも確認し、どうすべきかを思案している。


「零陵城が陥落したらこの戦で得られるものはない」


 たとえ後備との小競り合いで完勝したとしてもだ。西羌騎兵が賊の陣立てを気ままに駆け抜けて攻撃を続けている、それも無になる。包囲している軍勢、決して強いわけではない。だとしても頭数は時として威力を発揮するものだ。


「正面の攻勢軍指揮官を討ち取ります、どうぞご命令を!」


 賊が連合して零陵を攻め立てているか? いや違うな、首領は一人だ。軸となるたった一人を除けば勝てる。俺がここで落命すれば様々バラバラになるのと同じようにな。


 目を細めどこに首領が居るのかあぶり出そうとする。本陣に居るのが当たり前だが、それは軍隊の場合だ。本当の命令の出どころを見抜け!


 動きが鈍いのは伝令が行動を阻害される場所に居るから。ならばそれは平地ではない。三方のいずれかにあり、いざとなれば姿を眩ませやすい箇所。


「城の西から攻めている千の部隊、そこに藩既がいるはずだ。李将軍と李別部で首級を挙げろ!」


「御意!」


 千の兵を率いて戦場を右手に迂回して接近していく。それはそれとして、城の状況は最悪だな。このままでは藩既の首を取ったとしても城は陥落するぞ。アリの様に黒い何かが這いまわる城壁、奥にも手前にも人が落下して地面に華開かせている。


「麻苦、あいつらが頭を討ったら零陵城へ乗り込む為に前進するぞ」


 視線を城から外さずに、傍にいる羌族の長に予告をしておく。隣の銚華も小さく頷いている。


「飯と酒ぐらいは出るんだろうな」


「期待しておけ。住民への略奪暴行は禁止だ」


 ふん、と軽く鼻を鳴らして麻苦は体を前に向ける。まばらに攻めて来る賊を完全に撃退、死体から装備を始めとして金目の物をはぎ取る。中央の敵が分隊を派遣したようだが、あれでは李信を止めることは出来ん。部隊から半数が左手に進路を変えた。


 李封の奴だな、増援を足止めしている間に首魁を討つ。山地に乗り込みわき腹から食い込んでいく、接触を確認した後に李封部隊も再度前進しだした。


「旦那様、左手の城門が破られたようです」


 目を凝らしてみると、城門外に居る賊が土煙を上げて城に吸い込まれていく。城内戦に持ち込まれたら混乱が増大する、程なく守備側の敗北になるか。考えている間にも、目の前の北門がゆっくりと開かれていく。これ以上は無理だ、見切り発車とはこれだな。


「俺達も前進するぞ!」


 僅かな親衛隊、劉司馬が「中央を行くぞ!」落ち着いた声で命令を下す。残りは百数十人程、李兄弟が数十連れて行っている。


「麻苦、私達も行きますわよ」


 半弓を背負うと皮盾を手にして剣を構える。侵攻戦は得意じゃなさそうだな。賊の後備にあたる中央軍と真正面衝突した。入城に気を取られているからだろう、さして押してもいないのに敵が引き下がっていく。


「ほう、早いな」


 戦場右手、『李』の旗を大きく振って首領を倒したことを報せてきた。それ自体は喜ばしいが、一方で城内からは煙が立ち上っている。矛を右手にして大きく息を吸いこむ。

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