第45話

 あったとしてもそんな細い道に入り込めば身動きが取れなくなるだけだ。


「前後一本道だ。もう少し進んだところで比較的拓けた場所はあるが」


 拓けた場所か。一騎のみの道幅では足止めを受ける、戦うなら少しでも複数で戦えるところにすべきだな。


「よし、その場を先に占めるとしよう。急行するぞ!」


 馬を駆けさせ一刻も早く要地を押さえようと急がせた。慣れない道で馬同士がぶつかり転倒しそうになる者が出る。無理か! だが一列縦隊では兵力不足になるぞ! その時だ、李項が親衛隊に命令を下す。


「百騎は道の右列を行け、百騎は下馬して左列を走るんだ! 遅れても良い、残る者は馬を曳いて進め!」


 残りが短い距離ならば走らせるもやむなしか!


「李項、李信、突出して確保だ!」


「御意!」


 そう応じると騎馬の足を速めて骨進と共に一気に速度を上げた。


「李封、後備の兵を率いて追いつけ」


「承知致しました!」


 これならば行軍速度が保てる、少しの間戦いは防戦一方だろうが選択肢を失わずに済みそうだ。本当に頼りに出来るようになったものだな。


 中軍を監察しながら俺自身は無理なく進む。後ろの敵は一本道で足止めさせるとして、正面がどれだけいるか、か。小一時間もたった頃、ようやく李項らの後ろ姿が見えてきた。


「むむむ、千は居るな。こいつはこのあたりの警備でうろついていた兵とは違うぞ」


 目的があって揃えられていた兵、指揮官は当然相応の階級を持っているはずだ。軍旗はなんだ? 戦場に近づいて目を凝らすと、そこには『李』しか見えなかった。


 敵は軍旗を掲げん野盗か何かか。ならば強引に行けば突破も出来……いやまてよ、おかしいぞ? もう一度戦場に翻っている軍旗をよく見る。だが『李』の軍旗があちこちにあるだけで、他の物は無い。


「どうしてあちこちに李の軍旗がある? 李項らは殆ど持ってきていなかったはずだが」


 中軍がはっきりと広場に現れると、戦場から李信が駆けつけて来る。


「ご領主様!」


「信、敵は何者だ」


 驚いている表情、何か起きているな。


「敵は李厳の部隊で御座います。裏切りです!」


「あいつか!」


 俺に不満を持っているのは知っていたが、よりによってこんなところでか! いや、こんな時だからこそだな。すると後方の部隊とは別物、連携はされんが両方敵か。戦力が不足する、どうする。こちらは傷だらけで兵力も少ない、何とか切り抜けて長安へ逃げ込むしかないぞ。


「血路を切り開いて突破するぞ」


「御意!」


 後続が馬を届けるのを待って、隘路出入り口を一時通行止めにしている間にか。くそっ、こいつは厳しいぞ! 李封の後備が敵を防ぎつつやって来た、歩兵が騎馬して機動力を回復する。それに高さも得た。


「木々や瓦礫を細道に積み上げろ、燃えるモノを集めて火をつけろ!」


 持って数分、それだけで李厳の軍を抜けなきゃならんぞ。殿が敵に手斧を投げつけ、怯んでいる間に広場に進出。


「今だ、道を塞げ!」


 火がつけられている両脇、最後の道に縄で繋がれた組木が幾つも投げ入れられる。


「一点突破する、者ども我に続け!」


 李項が三角陣の先頭に立って矛を振るった。下から突き上げられる刃に、どこと言うわけでなく傷を負っていく。徐々に防備を削り、ついには最後列の防衛線を抜く。


「抜けろ!」


 李項が血だらけになるも矛を取り落とすことなく身をかがめて馬にしがみつく。親衛隊が李項を囲んで守りながら外へと駆けた。


「足止めは崩れたか。だが偶然が味方だ、封、信、最後尾を任せるぞ」


「はい、ご領主様!」


 二列縦隊、各二十騎が追撃を防ぎながら、わざと速度を落として道を走った。李厳軍も驚いただろう、組木を除去してやってきた魏軍に。なにせそいつらは『李』の軍旗を持つ奴ら目がけて攻撃するんだからな! 偶然同じ姓を持っているものだから、身代わりにはもってこいだ。


「しかし、殿も疲弊している、このままでは対抗しきれん」


「島将軍、あと二つも山を越えれば平地になるはずだ」


 骨進が目安を与えてくれる。だが平地になればなったで追撃が厳しくなるな。この細い道に捨て駒を配してでも逃げろってことか…………俺にそんなことが出来るわけないだろ。何も喋らないでいる俺の表情を骨進が読み取る。


「あんた本当に将軍か? 甘いな、甘すぎる」


「解っているさ、世の中には俺より立派な者が大勢いるってことくらい。だがそうやって生きて来たんだ、今更変えられんし、変えるつもりも無い」


 同道している以上他人ごとではない、だがその先これといって苦言を呈することは無かった。山の先で鳥が散った。なんてこった、あっちにもまだ居るのか! 李厳なら五千位の兵を持っていておかしくないものな。


 じっと道の先を睨み馬を走らせる。脇道の森に逃げ込みたい気持ちを抑え、前へと進む。一杯になった後備が本隊に助けを求めて追いついてくる。


「……申し訳ございません」


 本来ならば死んででも時間を稼ぐのが役目なのだ。何も言わずに頷いて中央に入るように空間をあけてやる。こういう終わり方、俺らしいと言えばそうじゃないか? 余計なことをして、やりたいことをやり遂げて、恨みを買って叩き落されるなんてな。


「後方の李厳軍が来ます、その数七百程!」


 魏軍の防備に少し数を割いたようで少なくなっている、それでもこちらの二倍以上。


「活路は常に前にのみある。可能ならば進め! 不可能なら敢えて進め!」


 ふ、懐かしすぎて笑えて来たよ。かつて得た言葉にアレンジを加えて全軍に示してやる。山を越えて下り坂、森の先に軍勢が構えているのが見えた。後方の李厳軍とも交戦が始まる、行くも地獄、退くも地獄だ。


 すぐ傍にある『島』の軍旗を見上げた。前もこうやって四つ星を掲げて進んだもんだ、あいつらはどうしてるかな。森を抜けると視界が広がる。半円状の陣を構築し、現れる兵に射撃を集中できるような備え。


「狙い撃て!」


 待ち伏せしている軍の指揮官が声を上げた。曲射された矢がやや後方へと飛び、李厳軍へと降り注ぐ。


「旦那様!」


「銚華か! あれは羌族兵!」


 西羌兵が騎乗したまま射撃を行う、集団が接近して敵味方を識別しながら射かけているではないか。三千は居るだろうまさかの友軍、合流すると周囲を羌族兵の歩兵が固める。


「よくぞご無事で」


「九死に一生を得たのは銚華のおかげだ。李厳の奴が裏切りだ、一旦長安に入るぞ」


 ところが銚華は何故か首を横に振るではないか。どうしたのか問いかける。


「蜀では旦那様が裏切り魏国へ降ったとのことになっております。長安に乗り込んできた廖化将軍が雍州の統治権限を」


「何だって!」


 そうか、隙をついて一気に追い込んできたわけか。これは俺の不覚だな。


「孔明先生はなんと?」


「首都で執務を執っておられるとだけ」


 拘束されているかもしれんな。いずれにしても長安どころか雍州そのものが危ないのか。


「呂軍師らは?」


「寥化将軍に拘束されましたが、どうにかして逃げ出したようです。どこにいるかまでは……」


「そうか。きっと無事でいるさ」


 あいつらなら自分の身位守れる。さてどうする、魏延のところへ逃げ込むか? 状況を把握したいが今はまず敵を振り切るのを最優先だ。


 中県はフルマークされているだろうし、各地の関所は触れが出ているだろうな。だからと魏に行くことは出来ん。


「――このまま南下して巴東を目指す。傷が深い奴は途中の邑で治療の為に隊から外す」


「ご領主様、自分なら大丈夫です」


 李項が肩で息をしながら血だらけの身で胸を張る。どこが大丈夫なものか、限界をとっくにこえているだろうに。


「李項、お前は傷病兵の統率をしろ。独自の判断で行動し、必ず俺に合流するんだ」


 いつになく厳しい口調ではあるが、休むように言っているだけだ。兵をまとめる人物は必要で、責任が軽くはない。


「……ご命令ならば」


「ああこいつは命令だ。陸司馬、お前が補佐として兵百と共に残れ」


「御意!」


 軽傷者も一緒にしておくことをしておくことを忘れない。不逞の輩はどこにでもいる、戦闘力の面で無防備とはいかないのだ。それにしてもどこの邑に置いていけば良いものか。


「旦那様、まずはここを離れるのが宜しいのでは?」


 李厳の兵を圧倒してはいるが、留まっているわけにもいかない。


「銚華の言う通りだ。行くぞ」


 羌族兵が先頭に立って歩き始める。西羌騎兵は後方で李厳の隊と交戦を続けている。騎馬しているんだ、直ぐに追いついてくるさ。それにしても、まんまとやられたのは俺の失策だな。


 軍師らもそうだが、兵はどうなったのか。石包などかなり強引に引っ張て来たのに悪いことをした。やれやれと反省する。一番の懸念は孔明先生だ。きっと心を痛めているだろう、俺のせいで国内が割れてしまったんだからな。

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