第44話

「島将軍を中心に陣を築きなおせ!」


 赫凱が拠点を捨てて斜めになった場所に本陣を据えなおす、守りに向いていない、だがこうすることで両方の命題を成立させえた。頭が固くなっているぞ俺は!


「赫凱、このまま河を背にして戦うぞ」


「御意! 南西へ移動しつつ交戦だ!」


 円陣が組み上がると徐々に集団が戦いながら動く。各級指揮官が連携して、隙があれば埋めながらだ。


「先行部隊を出して場所を選定させろ! 工作部隊も連れて行くんだ!」


 水を飲んで息を整えている間にも部将らが指示を出し合って最善を進む。最大の危機がそのまま最高の経験の場になっていた。凄まじい吸収力だな! 汗を拭って自分に出来ることは無いかを素早く考える。三方をまともに防戦は出来んぞ、これを減らす手段を捻り出せ!


「李項、西の河を背にして、北側に油をまいて木々を積み上げろ。火炎を防壁にして二面で防戦だ」


「はい、ご領主様!」


 赫昭なら一時間稼げば結果を出してくれるはずだ。傷だらけで体力も低下、武器も多く失い、数もすくない。目標を設定して何とか防ぐことが出来る線を想定して激励した。


 南部の部隊が邪魔になり、追撃が上手に出来なかったのは嬉しい誤算。守備配置に就いたころには、赫軍も島軍も無く皆が連帯感を持った一つの集団になっていた。


「俺達はここにいるぞ!」


 兵が声を合わせて存在を誇示する。圧倒的な大軍が数で押し寄せるのを、気合と局地的連携で受け止めた。このあたりが限界だ、どうだ! 目を細めて東を見詰める。遠くに白い旗指物を括りつけた騎兵が現れ何かを叫んでいる。


「全軍へ通告! 赫雷様が戦闘の停止を命令された! 戦闘を止めろ!」


 防備は解かずにその場で立ったまま兵士を休ませる。河の水を馬に飲ませて状況を探ろうとしていると、白旗の騎兵が近づいてきた。


「赫軍兵へ伝える、赫雷様と赫昭将軍は和睦を結ばれた。戦いは終わりだ」


「赫軍指揮官の島だ。和睦の報、確かに受け取った」


 赫昭が勝ったんだ! さすがだ、もう何も言うことは無い。為すべきことを為した友人に感謝と称賛の念を持ち、大きく息を吐くのであった。



 太陽が南中する頃、双方から十名の代表が進み出て、山間の盆地で和睦の取仕切りを行った。赫昭を筆頭に、赫軍から全ての代表が出た。烏丸の攻撃隊で疑問を持った者が居て、赫雷に進言する者が現れたのは頷ける。軍兵らと共に中央を見ていた俺のところに赫雷が数歩近づいて問う。


「島殿は何故こちらに来ないのだろうか」


 多くの烏丸兵が同じ疑問を持っているだろうことは簡単に想像できる。何せ『赫』と『島』の旗が殆どで、他に主たる指揮官は存在していない軍なのだから。


「これは赫昭将軍と赫雷単于の戦いで、俺は代表に混ざるべきではなからだ」


 居ることで赫将軍に気を使わせるのも解り切ってるしな。


「だがそなたは功績充分、参列する資格があるとみるが」


 烏丸でなくても、強い者、実績を示したものは発言力を得る。至極当然の流れに、何をどう説明したものか少し間を置く。


「ここに残ったのは俺の意志だ」


 それを望んだならば認められるべきとの意味だが、どう受け取るやら。


「烏丸単于が赫雷が認める。赫軍の島は勇敢な男だと。者ども、戦士を讃えよ!」


「うぉぉぉ!」


 烏丸族兵が声を揃えて称賛を送った。それに対抗するかのように「島将軍へ賛辞を!」赫昭が拳を突き上げる。同じ様に赫軍兵も大声を上げた。悪い気分ではないな! 右手の矛を天に向かい掲げて声に応じる。頃合いを見て矛を下ろした。


「さて、どうやら友人の窮地も去った、戻るとしようか」


 李三兄弟の誰へ向けたわけでも無い大きな独り言のような呟き。凄絶な戦いで親衛隊は生き残りが三百そこそこに減ってしまっている。


「魏領内を通過することは困難でしょう」


 李項が魏軍がうろついているだろうとの指摘をする。蜀軍が侵入してきていると知っているので当然の対抗措置だ。


「この負傷者では強行突破も難しい。西へ山越えをする方がまだマシか」


 良くも悪くも総数が減っているなら、山道を抜けるという選択肢が見えてきた。地理不案内ではあるが、一点を目指すわけではなく、ただ横切るだけならそこまで困りもしないだろう。何せ季節は春、急激に冷え込んだとしても雪までは降らんはずだ。式が終わるのを見計らい、赫雷に一つ申し出てみる。


「すまんが西の山地を通り抜ける道案内を貸して貰えないだろうか」


 断られても何も不満はない。ま、受けてくれたら助かるがね。


「赫単于、私からもお願いする」


 赫昭が後押しする。二人の関係は友人、ただそれだけだと言うのに命がけの協力をした。生まれも年齢も関係ない、心底二人が羨ましいと快諾する。


「どこへ帰るかは知らんが、案内くらい出してやろう。骨進、お前が行け」


 二十代前半だろう体つきの良い若者が進み出て来る。明らかに武力で身を立てているだろう部将、或いは一族だろうか。


「承知。してどこへ向かうつもりだ?」


「長安付近に行ければそれでいい」


 山さえ越えられればどこでも構わんが、一応の目的地を示した方が道順を選びやすいだろうしな。


「長安だと? そこは蜀の支配域で、周辺の治府がある場所なはず。その状態では捕まりに行くようなものではないか」


 赫雷の一言に、つい赫昭と目を合わせてしまった。確かに何の説明もなく今に至っている。ここで正体を明かしてもきっと赫雷は態度を変えんだろう。


「最近は蜀ってことになっているのは事実だな。実は長安は俺の城でね」


 合ってるよな? 細かい話は置いておくとして、ニュアンスは通じるはずだ。そう変な顔をするなよ。


「どういうことだ?」


「どうもこうもない。俺は島介、蜀で右将軍雍州牧他色々をやっている」


 本当に色々とやているんだぞ、詳しくは俺より是非呂軍師の方に聞いてもらいたい。切実だ。


「島将軍……蜀の島右将軍だって!」


 じゃあ何で小勢でこんなところに居るんだって話だよな、そういった疑問は正しいと思うよ。


「島将軍は、私の一大事に友誼のみで駆け付けて下さった。この恩は一生掛かっても返しきれるものではない」


 赫昭将軍が小さく首を横に振ってそう呟く。だが隣にいる赫凱が続けた。


「では親子で返せば良いではありませんか。私の代で無理なら、息子にも返させます」


「おいおい、気にするなって言ってるだろ。俺はこうしたくてした、それだけだ」


 親切の押し売りなんて厄介なだけだろうに。


「ははははは! なるほど、こいつはいいな! これが噂に聞く島将軍だったか。中華の狸共より関外の者達により近い存在の様子」


 うーん、それは褒めてるのか、それとも呆れてるのか。


「道案内だけで充分、他には何も要らん。邪魔になる前に帰るとしよう」


 馬首を返してさっさと立ち去ろうとすると、赫雷が声をかけて来る。


「俺は諸葛とやらの誘いを蹴った。だが島将軍が求めるなら話に乗ってやっても良いと思っている」


 孔明先生は烏丸族にも調略をしていたわけか。どこまでも伸びる長い手を持っているんだな。


「赫雷がしたいようにしたらいいさ。俺は友人さえ無事なら他は別にどうでもいいんだ」


 孔明先生、それに孟獲の兄弟、赫昭、皆が無事ならそれだけで構わん。色気のない返事を残して西へ向かおうとする背に「では好きにさせてもらうぞ」ご機嫌で声をかけて別れる。骨進と案内、数は少数。この位の人数なら野生の動物を狩り、河で魚を取って木の実や草、芋を集めれば食糧には困らない。


 何ともサバイバルな数日を過ごす。山越えの装備などあるわけもなく、出来るだけ平坦な道を遠回りしてでも進んだ。直線距離を進むのと違い、かなりの時間を無駄にして魏軍の目を盗んで山間を行く。


「そう言えば徐晃軍もどこからか現れたわけだから、このあたりにも道はあるわけだよな」


 獣道を人が使い、少しづつ踏み固められ拡がっていく。馬が通るだけの幅さえあれば、軍ならば移動できる。眼前遠くで森から鳥が沢山飛び上がるのが見えた。


「……ふむ、楽にいくとは思っていなかったがいよいよか」


「ご領主様、いかがされました?」


 李封が呟きに反応した。馬上から後方を確認すると、うっすらと土煙が上がっているような気もする。


「骨進、脇道なんて無いよな」

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