第42話


 突貫工事で何とか形は出来たか。長安の防衛で大分守り方がわかったようだな。部将らを眼前に並べて防衛方針を定める、赫昭将軍が連れて行ったのは二百の騎兵、残る千余は俺の麾下だ。


「前衛は赫凱、お前が正面防衛を仕切れ」


「ははっ! 必ずや敵を食い止めてみせます!」

 

 寝不足もなんのその、残された赫軍の半数を指揮して前面防衛を任せられる。ここが崩れたら全ての計算が狂ってしまう。


「李項、お前には裏手の防衛一切を任せる。俺は中央で前しか見んぞ」


「お任せ下さい、遅れは取りませぬ」


 赫軍の部将三人を指揮下に置いて主将の座に就いた。反発は驚くほど無い、これは李項の良い経験になるな。


「李信、李封は本陣で予備だ。待ったなしでの救援になる、兵種や規模の把握をしておけ」


「はっ、ご領主様!」


 兄弟そろって声を張る。親衛隊の指揮を預けるのはいつものことで、これ以上の適任は無い。そして俺の役目は全体を観察して戦力を動かすことだ、失策は一切許されん。


「よし。各自所定の位置に就け!」


 床几に腰を下ろすと腕を組んで目を瞑る、すぐ下の岩場には親衛隊の司馬が控えていた。思えばあいつらとは結構長い付き合いだ、よくぞついてきてくれたものだな。中郷の侯になった時に配属された百人の生き残りなわけだ。


 皆がそれぞれ部下を持つ指揮官に成長した、俺はあいつらに何をしてやれただろう? それにしても長い夢だ、覚めずともこうも納得のこともないがな。


「狼煙が上がったぞ、戦闘準備だ!」


 離しておいてある斥候の監視所から狼煙が複数上がる、火をつけたらすぐに撤退するようにしてあった。岩場だ、水攻めにあえば二日で干上がるのは目に見えている。だが半日持てば充分だ、それ以上時間が掛かることはない。


 やがて戦闘の喧騒が耳に入って来る。小一時間も経った辺り、ようやく目を開く。赫凱の危なげない防戦見事だ。後方も乱れた声が届かん、きっとうまくやっているだろう。


「信、封、手本になる防衛指揮だ、しかと目に焼き付けておけよ」


「ははっ!」


 多勢に無勢で体力の尽きる時が命が尽きる時になる、赫凱の隊が次第に一杯になってきた。あと半刻はきついか、そろそろだな。


「李信! 手勢二百を率い赫隊の休息時間を確保してやれ、一時間だ」


「承知致しました! 陸司馬、行くぞ!」


 それぞれ百を直卒して岩場を下っていく。自信漲る背中だな、あいつも大きくなったものだ。


「伝令! 伝令! 防衛の隙間を抜けて敵の一隊が迫っております!」


 赤い旗指物を腰に立てた者が本陣に駆けこんで来る。見ていないようで伝令の顔色を見ている、兵も内容が気になるだろうさ。


「李封! 百を率い撃退してこい!」


「御意! 鉄騎兵出るぞ!」


 重武装の騎兵百だ、上手く使えば千の歩兵と同等の戦闘力を発揮できる。ここが岩場で疾走出来る充分条件がなくても、五倍の歩兵位ならばどうということはない。


 中央に馬が集められ矢を防ぐための囲いで守られている。こんな場所で失うには惜しい軍馬だからな。控えていた武将が居なくなったので、親衛隊の劉司馬以下、二人の佐司馬が繰り上がって隣に侍る。百の防御兵、これ以上はおいそれと派遣できないぞ。


 赫凱らは肩で息をして水を飲んで体力の回復に集中しているな。李信の奴ら、数倍の相手をしてギリギリ防戦中か。大したしないうちに防衛線の縮小は間違いないな。何せ数が違う。一度反撃する間に三度、四度は打撃を受けた。李信の部隊がじりじりと退き始める、元より守り通せるとは思ってないが早い。


「前衛防衛線を二十歩後退させろ!」


 崩れる前に自発的に引き下げる。丁度よい岩場が盾になるように事前に用意してある場所へと兵を集中させる。血の匂いが漂ってくる、武器を振るっている奴らはむせ返りそうになりながら戦っているに違いないぞ。


 そうすることで守りやすいだけでなく、斜めに射線がつけやすいように狙撃手を配備させあるからな。赫凱が戦線に復帰すると李信が引き揚げて来る。


「ご苦労だ、敵の練度はどうだ」


「精強ではありますが、陣地を攻めることに慣れていない感じがしました」


「そうか。少し休んでいろ」


 野戦では相手に分があるだろうが、構築された戦いでは出血が多いわけだ。民族的な連帯感は、個が弱い漢人の方が大きい。何せ群れて統率されることでしか生き延びることが許されない者の宿命。


 感想を耳にしてから注意深く見ていると、狭い場所に集まり過ぎて肩がぶつかる奴らが確かに多いな。小一時間防戦を続ける、太陽は高い位置にあり、周りはぐるりと囲まれていた。


「飯の準備をさせるんだ、戦っていても腹は減る。握り飯を作り配布しろ」


 誰かに言われなければ空腹のまま戦いを続ける、ある時激しい脱力感があり、そのまま動きが鈍るものだ。李封が数を減らした鉄騎兵を率いて戻ってきた。当初の想定より被害がかなり多い。


「手こずったな」


「申し訳ございません。思いのほか頑強な抵抗がありました」


「無事ならそれで良い、休め」


 米が炊けたら親衛隊に握り飯を二つ食わせて赫凱隊と交代させた。腹半分にも満たないが、槍傷でも受けたら死亡する率が上がるので、腹には最低限のものしか入れさせないのが良い。


 地べたに座って握り飯を水で飲み下している赫凱隊の兵を見て回る。どこかしら傷を負っているが士気は高い。目が死んでいない、目的意識を充分に感じている証拠だ。ここで生き延びて戦い続けることが、赫将軍への絶好の手になるとな。


「赫凱、日が暮れるまで防衛してもきっとあいつらは手を休めはせんだろうな」


「だとしても私は戦います」


「その意気だ。赫昭将軍が戻るまで軍旗を守り通すぞ」


「ははっ!」


 胃袋にものを入れるだけ入れてさっさと最前線に戻てしまう。若い奴は良いな、勢いがある。李項のやつはどうだ? 何も言ってこないんだから上手くやっているんだろうが、一応確かめておくか。


「李封、李項のところへ行って夜戦を継続すると伝えてこい」


「はい、ご領主様」


 言外に含めている、厳しそうなら増援に残れというのもきっと理解している。五十に減った鉄騎兵を率いて様子見に向かった。さて、第二戦線も既にきつい。この先は木柵を設置させてあるから簡単に捨てることが出来なくなるが仕方あるまい。


「合図があり次第撤退援護だ。赫凱に後退の時機を合わせるようにと伝令を出せ」


 後列から投石を連続で行わせると、最前線の赫凱隊が一斉に退く。第三防衛ライン、外壁に当たるこの場所が抜かれたら残るは本陣の防備しか残されない。


 簡単には乗り越えることが出来ない防壁、それでぐるりと囲まれた陣地。これを抜くには斧でぶち壊すか、攻城兵器を当てるか、鉄騎兵で体当たりをするかだ。燃えるのを待っているようでは眠たい攻めとしか言えん。


「李項にも後退するよう命令を出せ、ここから先は一時間交代で死傷率を減らしながらの防戦に切り替える」


 防御を厚くさせて、スタミナ切れを抑止する。攻め手よりも高い場所で急所を攻撃出来るようにし、しゃがむことで柵を盾に出来るのでかなり個別の戦闘は有利になる。陽が傾いてきた、赫将軍はまだか。李封が戻り同じ場所で控える、李項の方は問題ないらしい。


 敵の本陣がある方向を見る、煙も何も上がっていない。二百で奇襲する為にはこちらに兵力を誘引する必要がある。意地悪く籠っているだけではそうはならん。こちらへの攻撃隊指揮官はどこにいる、そいつを討ち取って増援を引かせる位は俺のノルマだろうな。


「敵の指揮所はどこかわかるか?」


 部下に探させる、伝令が多く出入りしている場所を皆で特定するのにはさほど時間は掛からなかった。


「あの林のあたりで御座います」


 目を細めて様子を窺う。あれか……近いな、五百メートルくらいだろうな。騎兵で突撃をしたら届くかどうかだが、迂回しても始まらん。助攻で敵の意識を傾けることが必要か。


「島将軍」


「どうした」


 赫凱が戦闘を預けてこちらへとやって来た。何か意見がありそうな顔をしているな、怖気づいて弱音を吐きに来たわけではなさそうだ。


「私が左手に向けて打って出るので、島将軍が右より攻勢をかけるというのではいかがでしょうか」


「うむ!」


 こいつも見えているな! 腕力だけが強さではない、攻めるポイントも目的も、タイミングも充分だ。


「俺もそう考えていたところだ。だが甘くは無いぞ?」


 守るので精一杯だというのに逆撃を加える、そこには大きな、それはおおきな負担が圧し掛かって来る。


「我等、赫軍兵にどうぞここ一番を押せとご命令下さい!」


 赫将軍が俺にこちらの指揮を預けたのを丸呑みしての言だ、不足はないし不満もない。


「赫凱、手勢二百で五十歩戦線を戻せ」


「承知致しました!」


 拳に手のひらを当てて拝命すると、側近を伴い左方最前線に居場所を移す。


「李信、本陣を任せる。俺は鉄騎兵二百を率い右手より敵指揮所を急襲する、李封ついて来い」


「はい、ご領主様!」

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