第41話

 烏丸の視線が赫雷に集まる。年齢は三十歳あたりだろうか、若く巨躯は筋骨隆々とした武人だ。世襲でないならば自力で上り詰めた実力者ということになる。


 一方で赫昭は五十歳前後、この時代であっては老年域。食糧事情も相まって、普通に考えて著しく体力面での不利は避けられない。


「老いた弱将を切っても何の誉れも無い。その心意気を称賛し代理を認めてやる」


 おおっ、と烏丸がどよめいた。どういうことかと側近に尋ねてみると「烏丸では若者を尊び、老人を蔑むという風習が御座います」などと返答が得られた。


 うーむ、それではいつまでたっても一定の規模を出て成長しない組織にしかなれんぞ。経験こそ宝だ、若さは若さで一つの魅力なのは解るが、そいつはいただけない風習だ。


「父上、ここは某が!」


「凱、お前はこの私があのような小童に劣ると思っておるのか」


 険しい表情になり詰問する。そういわれては赫凱も言葉を返しづらい。


「あの程度の小物なら自分でも充分。父上のお手を煩わせるほどのことでは御座いません!」


 ここで見送って赫昭を失いでもしたら全てが終わる、赫凱の心づもりが痛い程わかるぞ。とはいえ赫昭が戦わなければならないのも解る。


「黙ってそこで見ておれ!」


 馬の腹を蹴ると単騎で中央にある窪みへと進んでいく。こうなっては無理に引き留める訳にもいかずに言葉を飲み込む。がちゃがちゃと武装をならして赫昭を送り出した赫軍、揃った掛け声が大将の背に届く。


「良かろう、この赫雷が直に刃をつけてやろう。覚悟しろ!」


 革の鎧に装飾品、胸板の厚さは遠目にもはっきりと赫雷の方が分厚いと解った。騎馬の歩みを速めると一合切り結ぶ、鉄が擦れ合う鋭い音が耳に入る。すれ違うこと数回、今度は同じ向きを走り突いては薙いでを繰り返した。


「荒い動きをしおって、それでは私には勝てんぞ!」


 紙一重でかわしては急所を狙って攻撃を繰り出す、かわせず守らなければならない角度や速さでの攻めが二度、三度と続く。すると今度は力任せに攻め、休みを与えない連撃で赫雷が押す。


「小手先の技で我を倒せるものか!」


 押しては退き、避けては詰める。息を飲む戦い、赫昭のスタミナが限界を迎えようとしていた。肩で息をして汗びっしょり、これ以上はもう続けられそうにない。ぐっとこらえていた赫凱が馬を駆けさせると、赫昭の目の前に割って入る。


「赫昭が一子、赫凱が相手だ! 父上はお下がりを!」


 馬廻りの者が二騎駆けてきて、半ば無理矢理に退場させる。


「雑魚がいくら出てこようと我に敵うはずもなかろう!」


 矛を操り連戦の疲れも見せずに赫雷は激しい攻めを見せる。あまりの攻勢に防戦一方、腕前の差がはっきりと見て取れた。気持ちだけでは戦いは勝てん。赫雷、見事な武将だ。


 烏丸族は己が戴く主の強さに沸いた。最強の名をほしいままにしている、あの巨大な魏ですら支配を進められないのはこの赫雷が居るからだと刻む。


「むむむ……」


「どうした赫凱とやら。その程度か?」


 大振り。あまりにも重い一撃に、矛を取り落としてしまい馬首を返す。歯を食いしばり悔しさで一杯の表情を浮かべて逃げ出してしまう。


「見ろ背を向けて逃げ帰ったぞ!」


 烏丸族が笑い声をあげる。赫軍は反対に意気消沈しそうになっていた。これが一騎打ちの効果と言うことだ、俺が出ても好いものかね。


「他に挑む者はいないか!」


 赫雷が矛を突き上げて威圧する、赫昭が再度出ようとするのを側近が押さえつけて制している。ふーむ、誰も居ないか。


「その挑戦者、俺でも構わんか?」


 わざわざ伺いを立てるのも変だが、俄かに注意を集めた。烏丸に見知った者などおらず、何者かとの雰囲気が伝わって来る。


「何人来ても結果は変わらん、好きにしろ」


 馬をゆっくりと赫昭の隣にまで寄せ「でしゃばってすまん。だがここで退くわけにはいかんからな」少しだけ口の端を吊り上げて視線を合わせると中央まで進み出た。


「島介だ。俺は馬よりこっちが慣れていてね」


 下馬すると矛を側近に預けて、腕と同じくらいの長さの木製の棒を握りしめて赫雷を見上げる。挑戦者が戦い方を選ぶかどうかは知らんが、目を細めてこっちを見ているな。


「お前はあいつの部下か、それとも主か」


 名乗りを端折り過ぎたか、まあいいさ。


「どちらでもない。俺は赫将軍の友人、ただそれだけだ。それとも主従でなければダメか?」


 全てが上下一本で関係できれば、かなりの問題が消えてなくなる。


「友誼が死を招くか、それも好いだろう」


 矛を地に突き立てると、腰の剣を抜いて構える。あいつまで棒で戦えとも言えんからな、このあたりで我慢だ。妙な曲線を描いている木製の棒。なんのことはない、小銃のレプリカを作らせただけ。


「近接戦闘で俺に勝てたら褒めてやるよ」


「冗談が好きらしい、そんな棒きれでどうやって戦うつもりだ」


「すぐにわかるさ、行くぞ」


 黒の直垂をなびかせて距離を詰める。赫雷は牽制で突きを入れて来るが、肩の動きを見てそれを避けた。わざとなのかそういう意識が無いのか、予備動作が読みやすいな。


 直剣で突く、切る、叩く。鎧のせいで動きが少し鈍くなるが、充分反応出来るのを確かめると隙を伺う。


「避けてばかりは勝てんぞ?」


「勝負なんてのは一瞬でけりがつくものだろ」


 木製銃を扱いて目を覗き込む。良い覇気だ、自信と経験と未知への探求心がバランスよく保たれている!


 腰が少し下がるのを見ると、呼吸半分のそのまた半分だけ先に動く。木製銃の先を赫雷の目の前に軽く突き出す。剣を横に薙いで弾こうとするのを無視して、右足で赫雷の左膝を踏み抜こうとした。


「ぬっ!」


 寸前で気づいて体全体で左後ろへ倒れ込むことで、膝を割られるのを回避。体勢を崩したが追い打ちは緩くないぞ! 寄ってきたら剣を突き上げようと狙っている。それ自体はどうとでもなるが右手が前に来るような形で攻めたのは俺の失策だ、長いこと白兵戦をしなかったせいで鈍ったか!


「立て赫雷」


 どうせ攻められないならばと度量を示してやる。


「くそっ!」


 険しい顔つきで睨んで来る、屈辱を与えられたのが気に入らない。感情が揺れる、それは動きが揺れるのと同義だ。重要な場面だからこそ冷静にならねばいかん。視界を広く保ち、正面だけを見ないようにだ。


「俺の攻めを耐えたか、褒めてやるよ」


「いるか!」


 勢いに任せて剣を斜めに振り下ろして来る。ここだ! 銃床に当たる部分で真正面受け止めると、剣が半ばから折れて飛んだ。


「なまくらが!」


 一歩踏み込み持ち上げている銃床を赫雷の腿に振り下ろそうとする。左足を引いて体を斜めにして打撃を避けた。


 俺は左肘を赫雷の右わき腹に叩きつける。腹を庇い頭が少しさがったところ、銃床を水平にしてフックでコンパクトに振り抜く。兜の端にぶつかり脱げると地面に転がった。戦意は失っていないな。


「来い、戦い方を教えてやる」


 手に持っていた木製銃を足元に捨てると拳を握って構える。赫雷も折れた剣を捨てて両こぶしを握ると攻めかかってきた。


「うおぉぉぉ!」


 攻めても攻めても予備動作のせいで簡単に見切られてしまう。右こぶしで斜めから振り下ろし気味に繰り出す打撃に合わせ、右足を半歩前に出して膝を折る。


 右こぶしを自身の腹に抱えるようにして、右腕を同じ方向に引き寄せるようにして巻く。赫雷の腕の下から肘を折って挟み、腕を斜め下に引き寄せながら自身の肩を入れる。


 曲げていた膝を一気に伸ばして赫雷の重心を動かし、共に右斜め前に倒れ込むように体重をかけた。変形の背負い投げ。仰向けに倒れた赫雷のマウントを取る。


「泥臭い戦い方ですまんが、ここから逆転出来るか?」


 恥ずかしい一騎打ちになったもんだ。綺麗も汚いもないがな。


「こ、こんなもので負けを認められるか!」


「そりゃそうだ、お互いにな。俺が得意なのはこんなことではなく、戦争だからな」


 立ち上がると赫雷から離れる。赫軍は消沈していた士気を盛り返した。


「なら軍での戦で勝負だ!」


「ああ、そうしよう」


 お互いが陣営に戻っていく。赫昭の隣に行き「これで奴らは逃げ隠れして戦うことが出来なくなった」懸念されていた戦い方を封じられたことを確認する。


「何からなにまでかたじけなく」


「気にするなと言ったろ。それと赫凱」


 視線を移して隣で小さくなっている息子に声をかけてやる。


「はい」


「お前が割って入ってくれたおかげで友を助けることが出きた。感謝する」


「そんな、自分は勝負を汚しただけでなく、おめおめと――」


「恥じるな! 赫凱、お前の勇気を俺が認める。軍指揮で死力を尽くせ」


 こいつがやったことに間違いは無い。単純な個人の戦闘力など重要なことではないぞ!


「はい!」


 顔色が元に戻り、目に闘志が宿ったのを確認すると自らの居場所へと戻る。李項が「お見事です」短く労をねぎらってくれた。


「見事なものか。自らの失敗に猛省だ」


 体力維持だけでなく緊張感もきっちり保てるように訓練時間の増加をしよう。やれやれと小さくため息をつく。目を瞑り数秒で心を落ち着けて目を開く。


「千五百対一万、さてどう出るか」


 単純に数の勝負にはならない、何故なら機動戦が主になるからだ。とはいえ野戦は数がものをいうのも事実。唯一計算できることは、赫雷が本陣を後退させて逃げの手をうつことはないだろう状況になったことだ。


 互いに退き陣を張ると日の出を待つ。赫昭と赫凱、それに数人の部将が俺の陣幕へと連れ立ってやってきた。


「島将軍、明日の件についてお話が」


「おお、そこに座ってくれ」


 赫昭だけが座して残りは後ろに並んで起立する。一方でこちらも李家の三人と、陸司馬らが控えていた。


「敵陣を探らせたところ、三方を囲まれた場所に本陣を置いております」


 簡単な図を描いた布を拡げる。断崖絶壁の囲地に防備を敷いたわけか、これは完全に誘っているな。正面に多重の防備を置いて、恐らくは半数程度でこちらを攻め立てるわけだ。


「最初に言っておこう。明日の戦、俺は赫将軍の指揮に従おう」


 これはあいつの戦だ。自由にならない兵など邪魔でしかないだろうからな。


「島将軍に感謝を。一つお聞かせ願いたい、なぜここまで私を?」


 それは疑問だろうな。だが答えは決まってるんだ。


「俺がそうだと感じたから。赫将軍が気持ちの良い友だと認めた、それが理由だ」


 居並ぶ部将らが皆唸る。黙って見殺しにしたところで誰も何も言いはしない。むしろここまで肩入れしたことを称賛するはずだ、義理を果たしたと。


「……これ以上は言いますまい。日の出と共に決死隊を率いて敵の本陣を急襲致します、島将軍はここで本陣防衛の指揮をして頂きたく」


「引き受けた。何が来ようと『赫』『島』の軍旗を守り通してみせる」


 これが倒れた時が俺達の敗北だ。そうと決まれば夜通し陣地の構築だな。


「子の凱を残してゆきます。もし私が目的を成し遂げることが出来ねば、国元へお戻りを」


 一族の血を残す、それを以て負けを認めると方針を策定する。俺はそれを受け入れる、赫昭が望んだ道をな。


「解った、俺から武装を供与する。必要なものがあれば好きなだけ持っていけ、李項手配を」


「はい、ご領主様」


 大雑把ではあるが作戦が決まり準備に全力を注ぐ。岩山の頂上、要塞の類にほど近い場所、それが決戦の地になった。

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