第40話

「どうするつもりだ」


 根拠地を捨てて糧食も僅か、このまま野盗にでもなり下がると言うならば残念だ。


「兵等にも家族があります。ここで解散し、それぞれが思う道を歩ませようと」


 武装を解いて帰郷するならば、流石に罪は問われない。部将ともなれば別だ、赫一族は皇帝から処刑の命令すらでている。


「そうか。ではまず兵の意志を確認すると良い」


 両腕を組んで目を閉じる。赫軍が集まり、赫昭の想いが吐き出された。涙を流して悔しがる者が居る、拳を握りしめて耐える者が居る、大声を出して膝をつく者が居る。


 養っていけるだけの何一つ残されていない赫昭にはどうすることも出来なかった。乱れはするが誰一人この場を立ち去ろうとする者は現れない。俺が全て引き受けても良いが、それは恩の押し売りだ。生き延びて行けるだけの術が得られる地はこの近くにないものだろうか。


「赫将軍」


 いつまでもここにとどまっているわけにも行かないので、結論を出させる。


「皆戻ることを拒み、かといって留まることも出来ず。ならば進むしかありません」


「ではどこへ?」


「ここより北へ行った場所は、魏の統治官が赴任すら出来ない蛮地。そこを攻め取ります」


 蛮地を切り取るか! それならばやりようはある。


「俺も共に戦おう」


「ですが島将軍」


「言ったろう、敵味方、切り合いになろうとも友であると。友人の苦難に共にあろうとするのは間違いだろうか?」


 そうすることで得るモノが極めて少なかろうと、それでも俺は助けてやりたい。


「ありがたく」


 じっと瞳を覗き込んで感謝を示す。三日も放っておけば空腹で朦朧としてくるだろう流浪の集団、全てを失い残すは己の命のみ。軍をまとめると、二人は轡を並べて先頭を行った。丸一日行軍をして、土壁で囲まれた街が目に入る。


「あれが武州の代城です」


 ボロボロの城壁、顔色が優れない住民、濁った空気。木陰から顔を出しているボサボサの髪の男がこちらを睨んでいる。治安は最悪、暮らすもやっとで価値は低いわけか。


「一気に乗り込んで頭目を切り伏せよう」


 盗賊のアジトだろうと断定して、頭目と表した。赫将軍も頷き兵に声をかける。


「城に巣くう賊を退治する! 者ども、我に続け!」


 矛を突き上げると馬を駆けさせる。千の歩騎が一直線進んでいった。伏兵があるはずもないが、何かしら罠がある可能性までは否定できん。


「俺達は西門から突入するぞ」


「はい、ご領主様!」


 鉄騎兵は左へと進路を変えて地響きをさせながら進む。これといった兵気は感じられん、戦闘ではなく制圧後の小細工に注意だ! 毒を水源に投げ込まれたり、屋根裏に忍んでいて夜中に暴れられたりか。


 実戦指揮は李項に任せてしまい、不慮の事態についてのみ思案する。住民の動きに不審部分は無いか、周囲の林に変化は無いかを観察した。


「抵抗する者は切り捨てる! この城の主はどいつだ!」


 大声を出して城内を触れ回る、これで姿を見せなければ捨てたと同義。小一時間城内を探し回るが該当者は現れなかった。『赫』の軍旗を城壁に打ち立てて制圧したことを知らしめる。おかしい、この程度なら魏の県令が赴任していたはずだ。


「赫将軍、周辺に別の勢力があるのでは?」


「支城として扱われていたのなら、ここに将が居ないのも納得いきます。偵察を放ちます」


 城門を閉ざして防備を整える、戦闘物資を集めて交戦に備えさせた。住民は不安な表情を隠せずじっと赫軍を見ている。


 北の異民族、孔明先生が懐柔したというのと同族だろうか? ここで接触を試みれば、来る戦で警戒されて織り込まれてしまう。様子を見る為に一日城に滞在する。斥候が戻って来たと声を掛けられたので、李項と共に赫親子の幕に入る。


「島将軍、北東に蛮族の一団が見つかりました」


「やはり何か居たか。規模の程は」


「凡そ一万。こちらの侵入に感付いた頃でしょう」


 縄張りに踏み込んできた者が居たらどうするか、簡単だ、そいつらを排除する。全滅させて死体から全てをはぎ取る位はするだろうな。


「この城では支えきれんぞ」


 防備が整っていれば三倍、堅城と名高い城なら五倍を凌げる。暮らしを捨てて補給を度外視した要塞ならば、十倍を跳ねのけることも出来るかも知れない。


「守ることが出来ないなら攻めるのみ。こちらから乗り込んで、首領を切り伏せれば大人しくするでしょう」


「攻め込むか!」


 さすが赫将軍だ、わざわざ来るのを待っている必要はないからな! 地理不案内、多勢に無勢、負傷者を多数抱え、糧食は残り僅か。こんな最悪の条件でも心を強く持ち、士気を失わないのは間違いなく赫将軍の人となりだな。無い物ねだりとは言え、隠し持っている奴もいるはずだ。


「李項、携行している銀銭を代価に、住民から糧食を集めろ。奪い取るような真似はするな、毒を混ぜられるぞ」


「御意」


 売り渡したいと思わせることが肝要だ。少量ずつ毒見をさせて、全て確認した後に収容するように詳細を付け加える。


「二日分位は出て来るだろう。赫将軍、短期戦で全てを整合させるぞ」


「敵将と一騎打ちで」


「本陣への突破口は俺が作る。勝利はその手で奪い取るんだ」


「前進か死か。己の生きざまを見届けて貰いたい」


 命がけ、その覚悟を受け二人が声を合わせて代城を出撃したのは翌朝一番だった。



 低地山脈、木々が生い茂りけ獣道が申し訳程度にある。蒸し暑さは草木が吐き出す水分のせいだろうか。空は雲が半分、青空が半分。濃い緑の匂いでむせ返りそうだ。


 一度離れたら連携はまず無理だなこれは。互いを見失わない様に戦うか、最悪先ほどの代城に戻るにしても敵が分散しては追い切れない。


「魏がこのあたりを制圧できなかった理由に、決戦場が少ないというのが御座います」


 赫将軍が同じことを考えていたのか、そのように敬意を説明してきた。軍同士の戦いは勝敗を決するのに少なからず場所と言うのが求められる。互いを認識してぶつかり合う広さが無ければ戦いにならない。


 後世のような隠密の戦いはあったにしても、情勢を決定的にするには未だ弱かった。情報の伝播が遅く細いので、対抗策を用意する時間差が出来るからだ。


「逆にいうなら本陣は薄い。見付けさえすれば勝機はある」


 異民族であって盗賊ではない。見た目は同じかもしれないが、扱いを間違えてはいけない。それに時代もだ。


「私は首領に勝負を挑もうと考えております」


「名乗りをあげてか……」


 決闘、殺し合い、頂点に立つ者が避けては通れない挑戦。無論それを受けずとも構わないが、異民族の性質からして弱者とみなされ今後統率していくことが困難になるだろう。少なくとも知らんふりは出来んわけだ。代理で側近が受けたとしてもな。


「それをするにしても本陣を探すのが前提になる。こんな場所で散開したらもう合流も難しい」


「こうやって解決しようかと」


 馬の背に積んである荷物から油の染み込んだ布を取り出した。


「山火事か。避ける為に動きを見せるな」


 延焼するほど枯れてない、煙は出るだろうが火の回りは悪くなる。だとしても傍で火事があれば離れるのが当たり前か。


「ここの火と次の火を目安に集合を。水辺があればそのあたりが戦場でしょう」


 平地の河ほど深さも幅も無い、小川くらいの話だ。鉄騎兵の突撃力が削がれるのは今回仕方なしだな。


「軍の統制力を見せつけてやるとしよう」


 百の部隊を複数造り森を進ませる。俺の隣は李従事か、役目は負っていないが目を配っておく必要はある。前に出過ぎないように作業時間を考えてゆっくりと動く。


「ご領主様、煙が上がっています!」


 一カ所二カ所と油を燃やした黒い煙が上がる。少しすると白いものにと変わり、あちこちで煙が上がり始めた。このあたりが中央か、前の方にも煙が上がったらそれが敵の位置だな。


 獣は人の気配を感じて姿を見せん、こちらのことは敵の密偵に見られていると考えるべきだろう。腕を組んだまま馬上で時機を待つ、慌てて動く必要はない。


「李封、もしお前が正体不明の敵に追われていたらどうする?」


 我が身を相手に置き換えて考える、これは時代が変わろうと使える思考回路だ。こいつらにはそういうことを覚えて貰いたい。少しだけ黙り考えを巡らせると「敵が何者で、何が目的かを調べます」核心を部分を射抜いてくる。


「そうだ、彼を知り己を知れば百戦殆うからず。自分のことだけを知っていても、相手を知らねば勝負は良くて半々でしかない」


 ということで今の俺も不完全極まりない。自身の手で相手が何かをしっかりと知る必要があるな。


 何を言わんとしているか、李封も命令を受ける前に部下を派遣して偵察を出す。戦いの主役は赫昭だが、俺達も直接刃を交える、手加減もなければ慢心もせん。じっと待機する時間が続く。やがて複数の煙が別の場所から立ち上って来る。ピーっと何かが木霊した、警笛の類。


「島将軍、目ぼしい者を探し当てた合図です」


「そうか、では行くとしよう」


 手前の煙と、遠くの煙を繋ぐようにして進路をとる。するとそこへ騎兵が駆けてきて、李封のところへと戻る。赫将軍には遅れたがきっちりと自分の仕事をしているようでなによりだ。部下の報告を受けて近づいてきた。


「ご領主様、敵は太原烏丸族を名乗る北の異民族、族長である単于は赫雷です」


「赫雷だって?」


 ここでまさかの同族疑惑だ。どれ一つ確認しておくとするか。


「赫将軍、烏丸族の長が赫雷と言うそうだが知っているか?」


「いえ。ですが我が家はかつて帰順した烏丸族の子孫と伝え聞いております」


 烏丸族の赫大人が二百年程前に漢に降り、長城の内側に暮らす場所を与えられた、それが赫一族の始まりらしい。


 決まった姓が無いので、その時の長の名前を姓にそのまま使った。単純な考えだが欧米でも日本でもそれは変わらんからな。


「世襲制か?」


「烏丸は違います。皆をまとめられる者が長となり、より大きな集団を率います」


 それは自然発生的な統率を示している。英雄が産まれれば巨大な部族へと発展する、チンギスハーンのような人物が現れれば、多くの国をひとつにするほどの力を持つ。前提条件として力が無ければならないが、その上で皆を率いるだけの人望がいるわけだ。


「武力だけでは上手くないが」


「全ては勝った後の懸念ゆえ」


「それはそうだ。まずは勝つ、その後のことはなってから考えよう」


 実際恐怖政治と呼ばれるようなことをしても短期間ならどうとでもなる。生き延びる準備をするだけの時間稼ぎ位は出来るだろう。煙が登っている場所が見渡せるところまで進んで来ると、散っていた兵が待機していた。


 未帰還の者を集めてから追いつくようにと少数だけ残し、全体は固まって移動したという集団を追う。互いの軍旗を掲げ、ついにはなだらかな丘と丘の間にある低地を挟んで対峙する。


 騎兵が多い。半数以上が騎馬している兵で、日常的に馬の上で過ごす者が多いのだろう、乗り慣れているのが遠くから見ても解る。


「これは手強いぞ」


 親衛隊の騎乗能力では大人と子供の差があるだろうな、俺だって怪しいものだ。こんな時のための秘密道具、精々活躍してもらう。


 味方から数騎が出る、赫昭に赫凱などの主将だ。烏丸からも同数が進み出て、互いを値踏みするかのように見る。


「私は太原郡の赫昭、代城をもらい受ける!」


 挑戦するように大声を出して簡単な名乗りを上げる。もう魏だとかなんだとかは口上に乗せる気はないらしい。


「太原烏丸単于赫雷だ。このあたりは我が住処、くれと言われて渡すわけにはゆかん!」


 当然拒否の返答をする。戦いをするための流れを作るのだ、ここでいいよと言われても困ってしまう。双方の兵が号令を待っている、もし待てずに動くようなら味方に引き倒されても文句は言えない。


「大将の赫昭が勝負を申し込む!」


 矛を片手に胸を張る。赫軍から威勢良い応援の声が上がった。正面からやって戦えば負けるわけが無い、兵らはそう信じてついてきていた。

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