第39話

「申し上げます! 曲城は赫凱の指揮で何とか防戦中。周辺に避難している者を見つけたので話を聞くと、曹丕が一族郎党の処刑を求めたそうです」


 大人しく籠っていたのを一方的に攻めて、防戦したことを理由に一族の処刑とは、正常な判断が出来なくなっているようだな曹丕は。


「赫将軍と連絡を取るぞ。あいつがどうしたいかを知る必要がある」


 曲城をじっと睨んでいると李項が「自分が会って確認してきます。ご命令を」困難な任務を志願した。こんなところでこいつを失うわけにはいかん。だが李項でなければ赫将軍も何とも漏らすことが出来まい。


「自分はご領主様のお役に立つために側に在ります。ここで動かずにいつ、何の役にたつのでしょうか」


 強くなったな、これを引き留めるようでは信頼していないことになる。


「精兵二十を選りすぐれ。俺の軍旗を与える」


 『島』を刺繍された特別な旗を持たせる、李項の行動が誰の指示によるものかを端的に解釈できるように。


「拝領致します!」


 個別に兵を指名して集団を形成すると城へ向かい林を抜けていく。やがてその姿が見えなくなった。俺は開門を待って攻撃出来るように兵を伏せておくか。近すぎても遠すぎても役目を果たせない。


 もし赫将軍が無実であっても罪を受け入れると言うなら、それを尊重しよう。そうでないならば、俺は全力であいつを支持する。



 陽も暮れて城外でかがり火が焚かれる。数はざっと見たところ五千は居るだろう、城兵は千も無いよくぞ持ちこたえているものだ。逆茂木でバリケードを作ってあり、内側からは簡単に乗り越えられない様に出来ている。


「鉄鎖を繋ぐ準備をさせておけよ」


「御意!」


 李封が李項の代理で侍っている、部隊への指揮はそれで全く問題なかった。騎馬の金具を点検し、十騎に特殊な装備を行う。戻ってこないってことは李項は城内へたどり着いたはずだ。赫将軍なら即断する、どちらを選ぶにしても。月は明るい、満月は明日か明後日だろう。こちらが見えているんだ、あっちだって同じだな。


「ご領主様、城壁の上に居る兵ですが違和感が」


「なに?」


 指摘されて暗闇の中で目を凝らしてみる。はっきりとしないが、何と無く小柄な気がするな? 案山子でも置いたか、或いは住民が偽兵として協力したか。では兵士はどこへ行ったか、決まり切っているな。


「総員戦闘準備だ」


 今頃城門内側で機会を待っているに違いない。俺が動けるかどうか、そんな心配をしているかも知れん。城壁の四隅で松明がグルグルと回されるのを見つけた。


「始まるぞ、ここから先はもう止まらんから覚悟をしておけ」


 木が軋む音、城門がゆっくりと開かれた。近くに居た魏兵が異変に気付き声を上げる。


「や、夜襲だ!」


 満足に見えはしないが、人の姿形くらいははっきりと見える。


「血路を開いて突破するぞ!」


 城内から兵が繰り出してきて、包囲している軍へ切り掛かる。少数で籠城していてもいずれ食糧が尽きて敗北するのは解り切っている、それでも籠っていたのは赫将軍の身の振り方が決まっていなかったから。


 一族郎党全て処刑と言われたら、最早こうするしか道は残されていない。二重、三重に防壁を構えて逃がすまいと押さえ込む。少し頑張っていれば近隣から増援が見込める為、包囲軍は頑強に抵抗した。赫軍の勢いが弱まる。


「北へ抜けるつもりのようだな。俺は西から側面をぶち抜くとしよう」


 戦場への進路を確認する、これといった防備は無い。部隊が散見されるが、重騎兵を止められるような兵種は存在しない。


「李別部司馬、赫軍の左手から魏軍を蹴散らし合流だ。逆茂木も鎖で引っ掛けて除去するんだ。行くぞ!」


「はい、ご領主様!」


 騎馬を速歩で進め、林から城外の平地へと姿を現す。月明かりを反射する矛の輝きに気づいた兵が「な、何か居るぞ!」目を凝らして指さす。少数の部隊が振り返り警戒するが、それを無視して駒を進めた。


「押し通る!」


 重装騎兵が真正面から突撃をかける、歩兵が吹き飛ばされて転がった。まるで何事も無かったかのように直進し、右手の方へと馬首を向け、包囲軍の右側面を捉える。


「手槍投擲!」


 吊るされている短めの槍を取ると、一斉に放る。そのまま勢いを殺さずに騎馬で体当たりをした。李別部司馬の指揮で激戦区に参戦する。


「二列目、進め!」


 物凄い破壊力だな! 一騎で五人を弾き飛ばす。恐怖している兵を矛でなぎ倒すと雄たけびを上げる。俄かに注目を集めた。


「友人の一大事に駆け付けた! 赫将軍はどこだ!」


 歩兵をなぎ倒して大声を張り上げる。熱したナイフでバターを切るかのように、ごっそりと防備を切り落とす。


「島将軍!」


 騎兵を従えて赫将軍が近づいてくる、傍には李項の姿もあった。五体満足無事のようでなにより。


「話は後だ、まずはこの場を切り抜けるぞ!」


「北の草原を抜ければ魏の影響が弱まります!」


「解った。赫将軍、包囲の突破は俺に任せろ。李項、敵陣を突き抜け!」


「御意!」


 半数を指揮して李項が歩兵の防壁を突き崩す。鉄騎兵の波状突撃、地鳴りがして、さながら人が抗えない天罰を下しているかのようだ。


「む、無理だ、逃げろ!」


「刃向かう奴を叩き潰せ! 今こそ我等親衛隊の存在を示せ!」


「応!」


 兵を激励し士気を向上させる。いつも以上の勇気を出すと、より以上の力を発揮させた。


「走れ! 止まるな!」


 赫将軍が歩兵に声をかける、全員が騎乗することは出きない、そのせいで魏軍を突き放すことが出来ない。少し距離を稼がせるか。


「赫将軍、追っ手を蹴散らして来る。直ぐに追いつくから先に行くんだ」


「恩に着ます島将軍、このお返しは必ずや……」


「気にするな、俺はこうしたいから今ここに在る。李項、ひと暴れするぞ!」


「はい、ご領主様!」


 親衛隊をまとめると後ろに向かい馬を駆ける、追撃してくる奴らと衝突した。騎馬同士がぶつかると流石に重騎兵も転倒する、落馬した兵を背に庇うと横陣を形成する。


「これより先には行かせん!」


 揃いの鉄鎧に鉄騎、一体どこから湧いて出た邪魔ものかと憎々し気に睨みつけてきた。


「貴様、何故邪魔をするか! 我等は皇帝陛下の命で罪人赫昭を捕えにきている、お前らも同罪とみなして処罰するぞ!」


 最大限高圧的に出て、抵抗する意思を削ごうとの腹積もりが透けて見えた。魏の臣民ならば大なり小なり効果はあっただろうな。


「俺は友人を助けに来ただけだ。やれるものならやってみろ!」


 大喝する。馬上から啖呵を切って矛を突きつけてやった。


「おのれこの逆賊めが! 一族皆殺しにしてくれるぞ!」


 わなわなと身を震わせて怒りを露わにする。歩兵が追いついてきてかなりの数になってきた。


「虎の威を借る狐が喚くな! そうまで言うならお前がやって見せろ!」


 偉そうにしている奴に矛の先を向ける。魏兵が大将をチラチラとみているが、憤るだけで掛かっては来ない。


「お前が来ないならこちらから行くぞ!」


 馬の腹を蹴って襲い掛かる。群がる歩兵に矛を付け、右に左に振り回して死体の山を築く。


「ええい、貴様一体何者だ!」


 じりじりと後ずさりながら負け台詞を吐く。ついおかしくて笑ってしまった。


「姓は島、名は介、字は伯龍、よく覚えておけ、お前を殺した男の名になるぞ!」


「な、島介だと!?」


 完全に戦う気持ちを失い背を向けて逃げ出していく。それを一直線追った。


「木っ端が、俺を舐めるな!」


 両手で矛の端を握ると頭上でぶんぶんと振り回し、近づく兵を全て吹き飛ばす。大将の近くにやって来ると、そっ首を跳ね飛ばした。


「まだ刃向かう奴が居るなら相手になるぞ!」


 大将を失った魏兵は散り散りになり逃げだしていった。鼻で笑うと「赫将軍を追いかける」短く方針を示す。


「後衛はお任せを」


 部隊を二つに分けると、李項が後方を警戒しながら戦場を離れた。知らない道を行ったので、どのあたりなのか全く解らなくなる。やがて一行の姿を認め合流した。


「暫く追っ手は掛からんはずだ」


「島将軍」


 赫将軍を始めとして、全員が下馬すると拳と手の平を合わせて礼をする。一族滅亡の危機を回避出来たと。


「もとはと言えば俺が赫将軍を無理矢理引き留めたせいだ。迷惑を掛けさせてしまった、すまない」


「何を仰いますか! 残念なことにはなりましたが、もう心残りは御座いません」


 魏への忠誠は完全に失われた。これからどうするかといったところだが、まずは安全な場所を確保して皆を休ませなければならない。


「そうか。腹が減っては戦は出来ん、どこかで早めの朝飯にしようじゃないか」


 東の空がうっすらと白み始めてくる。何とも言えん気持ちだ、だがこういうのは嫌いじゃないんだ。



 朝食を採り山間の細道で島・赫軍の兵らが出発の準備を整える。休んでいる時間は無い、少しでも早く動いて行方をくらませる必要があった。赫昭の兵は多かれ少なかれ負傷していて、疲労が色濃い。だがここは頑張ってもらうしかないぞ。

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