第36話

 これでは戦いにならないと、予め懸念を指摘しておく。不良品を作ったと言われない様に警戒している部分も解らなくはない。


「構わん。接近戦での奥の手だよ」


 こいつが無いと剣豪やら達人と切り合うときに不覚をとることになるからな。俺は軍人であって武術家とは違う。飛び道具上等だ。


 飛び道具イコール卑怯な道具って認識は、後世だろうと変わらない風潮はある。まさに戦国時代そのものでは、嘲りの対象になるんだろうな。とはいえ弩は戦力の向上と、均一化に役立つ。装備率を上げて臨むべきだ。


「そう言っていただけるならば。再装填も可能ですが、その機構を省くことで軽量化も可能です。どちらがお好みでしょう?」


 ほう! そういった選択肢も与えてくれるとは嬉しいね。両方と言いたいが、奇襲の道具を繰り返し使うのはナンセンスだな。


「軽量化を頼む。さらに一歩踏み込んで、使い捨てでもっと取り回しがしやすくは出来んか?」


 経費が掛かるのでその案を捨てているなら、拾い上げるのが俺の仕事だ。


「採算が合わない品になるでしょうが、完全に単発の使い切りということでよろしいのでしょうか?」


「構わん。こいつはこいつで製造方法を記録しておくんだ。技術は組織の宝だ。そいつを考え出す職人は至宝だな」


 本当だぞ。技術者は大切にしなきゃならん、特に先端技術者は好待遇で迎え入れるべきだ。恐らくこれは時代に関係なく変わらんと思うぞ。


「我等の働きを高く買っていただきありがとう御座います。試行錯誤を重ね、より良い品を提供させて頂きます」


 丁寧に礼をして、職人頭が退出した。試作品はお収め下さいと。予備の矢が三本か。試射してみるとしよう。片手で持ち、大体で照準を合わせ壁に向かい放つ。弦が矢を押し出し、短く少し太い木製芯に鉄を被せた矢が木製の壁に突き刺さった。


「ふむ、これは威力充分だな。狙うなら腹にしておく方が無難か」


 直進性は高いが、ぶれると狙いを外しやすい。危機迫る時に外したでは話にならない、奇襲なら仕留める必要が無いのでそれで充分との判断になる。試しに装填をしてみる。セットすることに集中して、ようやく収まる。戦ってる最中には無理だ。


「お前もどうだ」


 李項に話を振る。やはり武の専門家ではないので、自身の補強の為にも興味を持っていた。暴発の防止と数を揃えることが出来れば、親衛隊に装備させても良いな。あいつらなら嫌がることもなりだろうし。


「時にご領主様。親衛隊に鎖帷子を配備致しました」


「あれか。鉄面はもう揃っていたな、重くはなるが圧倒的に防御力と衝撃力が向上する」


 人のではなく、馬具としてのものだ。鉄騎兵と呼称される兵種は、馬にも防具を装備させている。人間も重装備で、ヨーロッパでは重騎兵として突撃部隊を編成していた。弱点はある、長弓による射撃で先制攻撃を受けることだ。


「弩の配備も終えております」


 馬上槍を特別に仕立て、馬に括り付けられる金具も取り付けている。そこにきて弩だ。


「弓兵に対抗射撃しながら突撃する、二射目はだいぶ乱れるだろうな」


 こちらは弩を一発撃ったらその場に捨てて後は接近戦だ。鉄帽の鍔を広くして、斜めの姿勢を保てば曲射には耐えられる。


 万能の代償は多額の資金と、重量だ。馬は羌族から大きいモノが集められているから、若干有利程度だがね。


「これだけの重装備を親衛隊にだけ施すのでしょうか?」


「李項、良く聞け」


 これは事実だ、卑下するわけではないからな。お前なら解ってくれると信じている。


「試験装備を配備し、親衛隊が充分使いこなせれば、専門部隊へと受け継がせる。戦いの素人で、農民出の親衛隊が使えるかどうかが実戦で使えるかの判断の一助になっている」


「……ご領主様がお望みであるならば、我らは必ず従います。心行くまでお試しください」


 大真面目に応じた。自分達に出来ることが何かを知っている顔だ。


「ああ、お前達が居てくれるから俺が在る。苦労を掛けるが付き合ってくれ」


 片膝をついて畏まる。中郷が大発展を遂げて、一族だけでなく同郷の者が躍進し、戴く主が頂点に向けて階級を駆け上っている。李項らにしてみても、今は夢を見ている最中なのだ。


「どこまでもお供致します!」


 今の俺に出来ることを最大限やり遂げる、それだけだ。肩に手をやり立ち上がらせると、互いの顔を見て微笑む。



 たまには気分転換に城外の巡察でもしておくか。河沿いでも見て回るとしよう。


「出るぞ」


 部屋の隅に立っている李項に向けて短く宣言する。だからどうしろとは言わない。内城を出たところでようやく「城外へでしょうか」問いかけてきた。


「ああ、南東に出向いて河沿いの視察でもしようと思ってな」


「御意」


 二十人、選りすぐりの親衛隊を引き連れて騎馬すると、李項は隣に、兵はすぐ後ろに二列縦隊で付き従う。通りを進んでいると市民が手を振ってくれたりした。


「少し留守にする、番を頼むぞ」


「お任せ下さい将軍」


 一般市民ですら俺に気軽に話しかけてくれる、こういう空気は大切だ。何せ支配者は孤独だからな。甘やかすのと慕われるのとは違う、だが好意を持たれること自体は悪い気分じゃない。


 戦争になればいつでも、死んで来いと言わねばならん時がある。胸を締め付けられる想いだけはいつまでたっても慣れないし、慣れてはいけないものだ。軽く馬を走らせて調子を確かめる。随分と馴染んだ、騎馬するのも日常だな。


「ちょっと前にはお前がここで敵の将軍を追い回していたんだよな」


「軍指揮の拙さから取り逃がしてしまいました、面目次第も御座いません」


「統率の修学もせずにあれだけ出来れば充分以上だよ」


 それに俺なんて逃がしてはいけない最大の首を取り逃した。後悔はないが反省点は山のようにある。監視の数人でもこのあたりにいたら、それだけで時間を節約できた。望楼なんていらない、住民が居ればそれだけで。


「このあたりに集落はないか?」


 李項が兵らに尋ねるが知っている者は居ない。


「誰も知らぬので捜索させましょうか?」


「ああ、そうしてくれ」


 思い付きで命じた、一時間ほど待っていると一騎が戻って来て告げる。


「山林の中腹に民家が数件御座いました!」


「案内しろ」


 これだけ捜索させて数件か、まあいい。集合を掛けて後に集落を訪れる、老年が一人に他が十人ちょっと。家族が二つか三つだけってところだな。全員が集められる。不安を隠せないようだな、怯えさせても仕方ないがこの面子じゃこうもなる。


「ワシらに何の御用でしょうか?」


「急にすまんな。俺は雍州牧の島だ」


「へ、州牧様!」


 全員が両膝をついて地面に額をこすり付ける。この時代、住民など領主の所有物でしかない。権限があろうとなかろうと、独断で処断しても誰も文句など言えないのだ。裁判権まで持っているのだから、即決裁判を行えばそれこそ権限範疇にすらなる。


「そう畏まらんでも良い。このあたりに住んでいるのはこれだけか?」


「はい。切り開くに困難で、湧き水程度しかなく大勢が暮らすに不便なのもで」


 辺りを見ると確かに乾いた土地で、小川もない。湧き水では多数を養うのは苦しかろう。


「そうか。では何故みなはここに?」


「木材は豊富で、この奥に粘土質の土があり、それがきめ細かく陶器を焼くのに便利なもので」


「陶芸家の集まりってわけか」


 そういえば子供が居ない。職場の集まりだったか。集落の縄張りは簡単な柵だけか、危険な野生動物は少ないのかも知れんな。


「相談がある。魏軍の行軍をみたら狼煙を上げるなりして報せてくれる者を探している。このあたりには他に人が居ない、役目を引き受けてくれないだろうか」


 断れるわけが無いだろう言い方だな、俺の悪い癖だ。志願を強要している。案の定面倒ごとを持ち込んでくれるなとの顔が見えているぞ。


「州牧様のご指示であれば」


「心配するな、ただでやれとは言わん。囲郭村を設置する、兵に土塀を設置させ警備を担当させる。水も定期で運び込ませよう、常駐させるのは伍だ」


 単純にどこかに兵を置くのと大きく違うのは、恒久的な暮らしをしている奴らが軸になるところだ。役目を捨てて消え去る心配は無いし、周囲の変化に敏感だ。


「お言葉の通りに」


「李項、一人ここに残して手配をさせろ」


「御意」


 親衛隊の中でも年長者を指名し、実務を担当させる。先達に色々と教わり有事に案内人になれるくらいは頼むぞ。


 常駐する兵らの任務は監視と山林の把握だ。伏兵を置く場合はそいつらを指揮官の側におくことになる。集落を出て東へと馬首を向ける。街道を行き来するのは数少ない行商人の類。


「何だアレは」


 小川に小さな橋が架けられていたはずが落とされていて、近くに仮設のものがあった。あるには良いが、そこにはごろつきが屯している。騎乗したままそれを見詰めていると、街道の後ろに林から雑な身なりをした盗賊がぞろぞろと現れた。


「ご領主様」


 親衛隊が輪を描くように位置すると武器を構える。賊の数は見えるだけで五十あたり。仮設橋の方じゃないな、後ろの奴らだ。馬の向きを変えて集団を見る。体格が優れている奴らが多いが、首領はそいつらじゃない。


「おい賊徒共、何の意図あってこのような真似をしている」


「ぐだぐだ言わねぇで有り金置いて――」


「下っ端が口を開くな! 俺はそこにいる男に聞いているんだ」


 この時代では大柄に括ることができるだろう奴の言葉を遮り、若い賊の一人をじっと見る。


「ほう、何で俺が首領だと知ってる」


 視線を逸らさないので数歩前に出ると声を上げた。


「知らんさ。単にこの中で一番鋭い気を放っている奴がお前だっただけだ」


 敵意のような何かだ、リーダーの持っているオーラでもいい、とにかく他の奴らとは違うって解るような感覚が巡った。二十代半ばくらいか?


「面白いことを言う。少しは名のある者のように思えるが」


「さてな。お前だってそこいらの賊と同じようには見えんぞ」


 魏か、或いは呉の手先か? それにしては職務に就いている感じが薄いな。


「しがない鉄売りさ。時に御者、そうでなければ畑を見て回るようなつまらん男だ」


 鉄売りに御者だって。こいつは一般人じゃない、だがまるっきり嘘とも思えん。馬を降りると一人でそつの側に歩みよる。

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