第29話

「腕力自慢で戦闘に加わっていない奴らを支援者から集めておけ。足が無いとか、目が見えないとか色々居るだろうからな」


「御意」


 李別部司馬が、次々と知らないことを打ち出し、指標が無い道を行く人物に畏敬の念を抱いたようで熱い視線を送って来る。まるであいつらみたいだな。


「お前もいつかこうやって多くを指揮する立場になる。それまで決して死ぬなよ、勝手に死んだら俺が許さん」


「全てご領主様の仰せの通りに!」


「さて、いつまでも上司が傍に居ては働きづらかろう、俺は城の中に引っ込むとしよう」


 面白い案が出て来ると良いが、そういう風土習慣がなければ期待は出来んか。孔明先生の方はどうだろうか、数万の軍を討ち破るのは骨だが、野戦ならではの手段があるからな。


 長安だけに群がっているんだ、呂軍師なら咸陽を出て攪乱をするくらいはわけないな。李項の奴も夜襲ぐらいは仕掛けるだろう。



 もうすぐ一か月か、長安の防衛に支障は出ていないが、孔明先生はどうしてるだろう。


「将軍、一昨日の戦闘詳報で御座います」


 被害や功績、どこが攻められていたかの報告書が上がって来る。中身を簡単に読み飛ばそうとして違和感を抱く。このナリのやつら、この前は南壁を攻めていたような?


「詳報をすべて持ってこい」


 書佐に命じて全ての報告書を机の上に置かせた。一冊ずつ遡り目撃例を拾っていく。間違いない、この部隊は時計回りで姿を現している。穴埋め部隊だとしてもこうも規則的に出て来る意味は何だ?


 被害を受けて居るような素振りもない、督戦部隊だろうか。次は南西か、直感が放置するなと言ってるな。


「李別部司馬、親衛隊の戦闘準備は出来ているか」


「怠りなく!」


「南西城壁に視察に行く。ただしそれと解るような反応をさせないように先ぶれを出せ」


「御意!」


 側近に命令を下す、意図を正確に汲み取っているかの確認はしない。アレの用意もさせるか。


「それと武器庫から百五十の用意もするんだ。補助は三人つけろ」


「お任せ下さい」


 俺の予想が正しければ少し退けば食い掛って来るな。一時間程待ってから徐に椅子を立つ。鎧兜を身に着けて先頭で部屋を出る。


「董丞、ここを任せる」


「畏まりまして」


 革の鎧に鋼鉄の鱗を張り付けた鎧、動きやすさと防御力を兼ね備えた品だ。手間暇金が掛かっているが、こいつが一番使いやすい。城壁裏の階段を登っていく、守備兵がこちらに気づくが反応をしないように言いつけてあった。胸壁の隙間に立てられている木の盾から外を見る。


「あいつらか」


 揃いの鎧を着ていて体格も良い、手には弓も槍も持ってないで、剣のみを履いている。特徴的なのは兜と上半身を覆う鎧が分厚くて、足元が軽そうなところだろうか。そういうことか、ひとつ偽退誘敵とやらで引っ掛けてみるとしよう。


「李別部司馬、アレを親衛隊に装備させろ。俺も一組使う」


「ご命令通りに」


 武器庫から上げた物を配布すると、親衛隊一人に支援者が三人ついた。


「呈城門司馬これへ」


「はっ! お呼びでしょうか!」


「敵の攻撃を受けたところでわざと押されて、城壁の上にまで引き込め。後方に控えている攻城部隊を動かして今のうちに削っておく」


 特命を言い渡される。表情が緊張して固くなった。


「心配するな、後詰として四百を控えさせる。それに俺がここで陣頭指揮をする」


「ははっ!」


 隊に戻り直下の補佐らに説明をしている姿を見詰める。軽く手招きをして、後ろに控えている側近を呼ぶ。


「李従事、様子を見て増援しろ」


「適宜介入いたします」


「さて、俺の特技の一つをここでも見せてやろう。親衛隊準備はいいな」


「応!」


 木盾に左肩を寄せて目の前の胸壁との間に敵の右手を見る。たまに梯子の上の方まで登って来る奴が居て目が合うことがあった。呈城門司馬が目で合図を送って来ると頷く。


 梯子の上で競り合っていた場所の一つで城兵が打ち負けて退いた。そのまま腰を抜かして後ずさりをする。迫真の演技だ、生きていたらあいつにも褒章をだしてやろう。


「長安城壁一番乗り!」


 魏兵が大声を上げた。城外の兵士がどよめきと歓声を上げると、守備兵がまさかと南西門を見た。不安だろうが暫くは待機だ。出て来いよ特務部隊。


 城壁に拠点を確保した魏兵が続々と上がって来る、それを囲んで食い止めようと呈城門司馬も必死だ。何せ追い落としてはダメだと指示されているので、真剣に調整をしている。あれにも迷惑料代わりに褒美を与えてやろう。


「登頂拠点を死守するんだ!」


 五人、十人と城壁に上がって来ると、肩を寄せて防御を固める。お、城外に動きが出て来たぞ! 特務部隊に招集が掛かったようで、城壁の下に固まっている。四カ所の梯子が確保されると、そいつらが一斉に登り始めた。


「あいつらが狙いだ。親衛隊、俺の合図で一斉攻撃するぞ」


 反対側の指揮をしている李別部司馬に目線をやるとはっきりと頷く。四本の梯子に十人ずつ、強壮な奴らがついに城壁に手を掛けた。


「攻撃開始だ!」


 弩を肩付けして先頭の奴の頭を一発で射抜いた。ライフルと変わらんぞこいつは、初速が半分位だが高速射撃武器は俺の専門だ!


「次を渡せ!」


 撃ち終わった弩を支援者に渡して矢をセットするところまでを任せてしまう。それにはかなり時間が掛かる、なにせ弱点がそれなのだ。だが射手一人に三丁の弩を配備した、弓矢を番えるのとほとんど変わらない速度で次の相手を射撃する。


「次!」


 相手を正面から撃つのと違い、斜めに射線をとっているのも射撃戦の研究された戦法だ。バタバタと射抜かれる特務部隊に異変が起きていると察知される、だからと簡単にやめるわけにはいかないのが攻勢部隊でもある。


「次!」


 左右の盾の陰から目にも止まらない速さの矢を近距離で撃たれてはどうすることもできない。それでも顔を蒼くして梯子を登って来る。ご苦労なことだ、だが容赦はせんぞ!


「次を!」


 一発必中、今まで弩を隠していたせいで種がばれてはいなそうだ。扱いやすいなこれは。武器じゃない、兵器ってやつだな。違いは一目瞭然、熟練者が扱わなくても一定の効果を発揮するかどうか。弓矢の様に長い訓練を必要とするのが武器で、二日も練習したら充分なのが兵器。


「次!」


 梯子を登って来る奴らが居なくなった。そろそろ良いか。


「呈城門司馬、城壁の上の敵を追い出せ!」


「魏軍を駆逐するんだ!」


 今まで控えめに戦っていたのをやめて、全力で押し戻す。数で圧迫して胸壁の側へとじりじりと追い詰める。


「構え! 進め!」


 号令で戦列が一気に押し寄せると、守り切れずに背中から落ちていく兵が多数現れる。


「残敵を一掃しろ!」


 僅かな生き残りを寄ってたかって串刺しにする。ついには殲滅すると勝鬨を上げた。他の城壁の連中も胸をなで下ろしただろう。


「特務部隊は半壊した。これで暫くは姿を見せんだろう、弩を武器庫にしまっておけ」


「はっ。しかしご領主様、凄まじい腕前で」


 全部を頭に命中させたのを多くが見ていた。


「まあな、俺も軍人だからこのくらいは出来る。だが世の中には俺などでは全く歯が立たない腕前の奴が居る」


 何人も頭に浮かんでくるよ、この程度で誇っていたら恥ずかしくかて顔から火が出る。


「むむむ、精進いたします」


「ああ、訓練は決して自分を裏切らない。これは絶対だ」


 長安の防衛戦、魏軍に決め手がなく時間だけが過ぎていくのであった。



「東門に増援を送れ!」

「北東にも部隊を!」

「西の城壁に乗り込まれたぞ、追い返すんだ!」


 昼夜違わずに押し込んできて五日目か、奴らも本気なわけだ。目を閉じて伝令からの報告を耳にして内城に籠り座ったまま。


「物見によりますと、例の攻城特務部隊が西へと移動したようです」


 李別部司馬が特に指摘して来る。だからどうしろと言うわけでは無い、大切だと判断して口にしたのだ。西門か。無傷の者は最早護衛部隊のみ、そろそろ俺も戦う必要が出て来たようだな。


 咸陽も藍田も陥落してない、ここだけに攻撃を集中してきているのが敵の戦略というのがはっきりした。


「董丞、俺は少しここを外す、政務はお前が取仕切っておけ」


「長安を脱出なされるのでしょうか」


 いままでもそうだったんだな、だが俺は違うぞ。


「言ったはずだ、長安を捨てることは無いと。西門へ行くぞ」


「御意!」


 李が一礼して部下に出撃命令を下す。董丞は静かに頭を垂れた。内城から親衛隊が現れて城内を西へと動く、市民の視線が集まる。生粋の武兵など殆ど居ない、農民から立身出世した兵が多くを占めていた。


「大都督も西だったな」


「曹真の帥旗が翻っております」


 中県からの子弟、腕前も、学も、出自も褒められたものではない。だが忠誠心と統制力は群を抜いていた。主攻がこちらか、違ったとしても敵の大将を見ておきたい。階段を登り、袁西従事の居る場所までやって来る。


「将軍!」


 振り返り声を上げる。城壁の上は戦場になっている、とても総大将が居てよいような場所では無いのだ。


「皆疲れ切っているようだな。少し休ませると良い。李別部司馬、護衛兵も城壁に上げろ、西部の防衛を二時間肩代わりするぞ」


「御意、ご領主様はそこでご覧になっていてください」


「ではそうしよう」


 こいつの成長を確かめるチャンスだな。


 床几を持ってこさせてそこに腰を下ろす。前後左右には大楯を持った親衛隊の猛者が侍る。


「親衛隊に下命! ご領主様のご命令だ、西部城壁を二時間支えよ! 我らが忠義と存在意義をお見せするのだ!」


「応!」


 司馬が三人が五百の兵を率いて南北に移動する、目の前にも五百が配備される。南北に予備兵がもう五百ずつ、こちらは中年層の兵が支援位置につく。中央には親衛隊が予備として片膝をついて待機する。三キロもある長城だ、端まで目は届かんからな。司馬らの腕前も見ておこう。


「城兵下れ、以後は休んでいろ。護衛兵、前へ!」


 城壁上に乗り込まれている最前線にも護衛兵が対峙する。


「ご領主様、暫しお傍を離れさせて頂きます」


 外套を翻して李別部司馬が、半円状に敵を囲んでいる場所へと進む。


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