第28話

 背筋を伸ばして騎馬したまま長安に帰還する。入城するその瞬間ですら李信も李封も警戒を解かずにいた。真面目に勤務してくれて助かるよ。


「島将軍、御無事の帰還、心よりお喜び申し上げます」


「董丞、俺は本気だ。長安を守り切るのに手を貸してくれるな?」


「ははぁ!」


 口先だけだと思われていたんだろうが、これで少しは発言力が上がっていたら幸いだよ。いきなり総大将が出てきていたと後程知った夏侯尚は、地団駄踏んで悔しがったというのが印象的だった。



「本格的な守城戦か」


 城を護るのは根気と継続能力、裏打ちされる士気が保たれさえすれば不意打ちは無い。だが城門が工作で開放されるのだけは注意せんとな。


「董丞、長安の十二門についてだが」


「現在十二司馬が管理しております」


 十二人の城門司馬が居て、それぞれが専任で守りを固めている。所属している兵士も個別に抱えているんだったな。


「暗夜に内側から開かれた際の対策はどうだ」


「……司馬に裏切り者が混ざっていると仰りますか?」


 目を細めて抗議を挟む。何せ城門司馬は長安の住民でもある、出身は別としてもだ。


「そうではない。魏軍の潜伏工作員が城内に紛れ込み、いずれかの門を制圧したとしたらの話だ」


「潜伏工作員でありますか……定時の巡回が発見報告せねば長時間開け放たれていることに」


 だよな。だからって城門司馬が悪いわけじゃない。それをどうにかするのが司令官の役目だ。


「民兵団に要請だ。不寝番を各門に複数置いて、人の目を増やす。異常があれば他に報せるだけで良い、大声で叫んでも銅鑼をならしてもだ。間違いであっても処罰はしない」


「畏まりまして。負傷して動けずとも目を皿にして見張る位は出来る者もございますれば確かに」


「ああ、頼んだぞ」


 通報を聞きつけたら部隊を走らせる必要がある、そちらは軍の仕事だ。


「李別部司馬、これへ」


「はっ!」


 一日中常に傍に侍っている、疲労で倒れなきゃいいが。


「通報で城門へ即応可能な部隊を編成する。二交代で百人隊を四つ、専従で東西南北に屯所を設置だ。指名で佐司馬を採る、統括は李従事を据える」


 階級的に前後するか? いや大丈夫か佐司馬なら。司馬だと上になるな。南蛮州兵曹従事で不適当にならんように州軍から抽出させよう。


「南蛮州軍から抜き出せ。だが長安兵との確執を生むのは許さん」


「御意。お心を騒がせぬよう厳命致します」


 軍兵の数に比して階級が低いぞ。平時なら問題ないんだろうなこれで、だが今は戦争中だ。攻めて来るまでさして時間は無いだろうな、一度現場を見ておくとするか。


「視察に出る」


 言いつけたばかりの仕事があるのを無視してさっさと部屋を出てしまう。このあたりは昔から変わらない、軍に所属しているということは理不尽を飲み込めと言うことだ。内城を護るのは都督軍兵、しかし自身の護衛は親衛隊。城を護るのと個人を護るのとで色分けしてあるのはもはや習慣だった。


「董丞、城内の治安はどうだ」


「戦時中というのに良好に御座います」


「そうか」


 自暴自棄になる程押し込まれたら直ぐに民に反映するだろうからな。敵を中に入れたら最後だ。通りを歩いて見回す、これといって注意をして見ているわけでは無いが気づく。


「通りに一定間隔で防火用水を置け」


「ははっ、直ぐに」


 民兵団に命令をすると支援者団体が協議して動き出す。上手い事働いてくれているようだ、董丞の功績だな。露店の商品を見て回る、品ぞろえは少なくもく、劣悪でもない。


「価格の面はどうだろうか」


「あまり変わりは御座いません」


「不足する前に蔵を開いて流通量を調整するんだ。物価の平準化を計れ」


「畏まりまして」


 悪徳商法が横行しないように注意をせねばならんぞ。民心が乱れると一気に崩れる。こんな細かいことにまで口出しをされて、さぞいら立っているだろうが勘弁してもらおう。


 城門の内側にやって来る、例の十二門のうちの一つだ。東西の大門が市内を貫通する大通りに直結している。尖化門、西南西の門。小門の一つで、恐らくは敵の攻撃圧力をもろに受けるだろう箇所だ。


「将軍!」


 兵士が整列して礼をしようとするのを制止して「そのまま仕事をしていて構わん」防備を見渡す。門の内側に閂か。兵士が詰めていて、周囲では支援者が監視をしている。


 城壁に繋がっている階段を登る、急な角度だが理由があるんだろうなこれにも。上に来ると指示したように石や木材が所狭しと置かれていた。


「遠くまで見える、今はまだ攻めてはこないようだな」


 城壁のやや先にある薬研堀、これがある限り攻城兵器をいきなり繰り出すことは出来ない。穴を埋める作業をするなら土嚢をぶん投げてだな。手前の高さにまで積んだとして、一部を道にして乗り越えてか。


「李別部司馬、城門の外、門の先に沿って垂直にこの位の溝を掘っておけ、二十歩もあれば良い」


「御意」


 手で凡そのサイズを示す。何故とは問わない、命じられたことを直ぐに実行させる。胸壁だけか。盾も置かせるとするか、防火用水もだな。


「董丞、ここにも防火用水を置け。それと人が覆えるほどの移動式の据え付け盾を製造させろ」 


「矢避けで良いでしょうか?」


「ああ、ただ少し斜めにおけるように角度を調整させろ」


 再度階段を下って行くと門の直下に立つ。逆茂木が置かれてぐるっと囲われている、これが活躍する時にはかなりの劣勢だろうな。だが手を抜くつもりは無いぞ。


「逆茂木の外側を土塀で囲え。段差をつけて三重になるようにし、高さに差をつけるんだ。もし敵に攻め込まれたらこの防壁で増援が来るまで持たせろ。攻撃が届くように長槍を配備しておけ」


「御意」


「これらと同じくなるように各門に指示をしておけ」


「直ぐにそう致します!」


 後ろについてきていた書佐に記させると伝令を走らせた。それを見届けると忘れないうちに言っておく。


「董丞、作業に必要な費用は俺が全て引き受ける、適正な価格で全てを手配しておけ」


「ははっ」


 これで良い。次は武器庫だな、アレを配備してやるとしよう。拠点の要塞化、もう手慣れたものだった。



 政庁の広間に伝令が駆けこんで来る。いよいよ来たか。


「申し上げます! 城外に魏軍が迫っております!」


「どれ、見にいってみるとするか」


 独り言を皆に聞こえるようにする。ここで座って待っているような性分じゃないんでね。軽甲のみをつけて、東門に向かった。城壁には関東従事が居て外を睨んでいる。


「どいつがやって来た」


「これは島将軍。概ね全てと言ったところであります」


 なるほど、そうきたか。長安を囲むようにして大軍がほぼ全て布陣している。南東には背を向けている部隊が一つだけ。藍田への対抗部隊だな、ってことは咸陽側にも一つ置いてるだろうな。何重の攻囲網だろうか、見渡す限り魏軍だ。


「同時に攻められる数は決まっている、順番待ちしている奴ら等案山子も同然だ」


 一切怖じる雰囲気を漏らさない、それが直ぐに皆に伝播すると身を以て知っているからに他ならない。とはいえ継続戦闘能力は大きい。あちらだけ四人一組でローテーションではきつい。


「様子見の歩兵が寄せてきます」


「貴官の手並みを見せて貰うとしよう」


「お任せ下さい。弓兵戦闘準備だ! 投石兵も用意をしろ!」


 城壁の上は、人が何人も乗ることが出来るだけの幅がある、ここを足場に戦う為にだ。十メートルと少しってところか、何か利用方法を考案したいところだな。命令に従って一辺三キロ近い距離にびっしりと軍兵が並ぶ。


「李別部司馬、実戦を見ておけよ。いつお前が指揮することになるか解らんぞ」


「しかとこの目に焼き付けておきます」


 素直で良い奴だ。李項と同じようになる為には二年は掛かる、或いは三度も厳しい戦いを潜り抜ければ……か。のろのろと歩兵が押し寄せて来る、堀を徒歩で越えたあたりで関東従事が声を上げた。


「弓兵撃て!」


 早いな。まあ良い、いちいち叱責していては委縮されてしまう。矢の補給も今は心配する程じゃないしな。城壁に長い梯子を立てかけて来る。だがここは五階建て近い高さがある、これを登るのは緩くない。


「木を持ってこい、合図で落とせよ…………落とせ!」


 ドーンドーンと太鼓が鳴らされる。十人で抱えて丸太が落とされる、梯子を登っていた兵は全てが滑落して大怪我をした。そこへ追い打ちで投石されて、仲間に抱えられて引き下がっていく。肉迫する気合いだけでは越えられない壁がある、どうするつもりだ。


「まずはこちらの防備を確かめに来たわけか」


 威力偵察ってやつだな、奥の手を簡単には見せんぞ。そうだ、アレを教えておくか。


「誰か長めの布を持ってこい」


 そういうと直ぐにバスタオル程の布が手渡された。剣で長い側に沿って半分に切り裂く。片方の端に腕を通せるだけの穴を開けた。傍に積んである拳ほどの石を手にすると、布に包んで反対端を握る。


「見ておけ、身近なものでも武器に出来るというのを」


 胸壁近くにまで寄ると外を見る、どこかに弓兵が潜んでいて狙われていないかを。ゆっくりと石が入った布をぐるぐると振り回して勢いをつけ、正面の敵に向けて放る。物凄い勢いで石が飛んでいくと、敵兵に命中してその場に倒れた。


「おお!」

 

 兵士がどよめく、かなりの飛距離が出たからだ。手で投げたらこうはならない。


「投石器の一種だ、兵らに訓練させればすぐに上手くなるだろう」


 スリングショットだ、まあ子供だましだが高さがあるし便利だろ?


「直ぐに布を用意しろ! うーむ、まさかこのような使い方があるとは……」


「誰の発案でも良い、名案には酒樽一つと豚一頭くれてやるぞ、ははは!」


 戦いが楽しくなるような何かを与えてやるとしよう。


「各方面の殊勲者にも、毎日特別に褒美をくれてやる。頭だけでなく腕をでも稼げるぞ! 各隊に通達をだしておけ、案件に関しては民からのでも構わんからな」


 皆が一律可能性ありと聞いて盛り上がる。ふふふ、まずは士気を高める材料として十分だろう。一度押し込まれそうになった時の為にアレの用意もしておくとするか。


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