第27話
そういえばそんな号をやったもんだ。ちょっと解りづらい部分があるな、少し手を入れるか。
「その三名に長安での官職を加える。向軍従事、関東従事、袁西従事として長安軍への指揮権も与えるものとする」
関東って単語で、間違えないように名付けたのは秘密だ。
「いくら高い城壁があると言えども、魏軍は登って来るでしょう」
「そうだな。長大な城壁を埋めるには手持ちの五万では交代要員が少ない、そこで俺の出番だ」
「島将軍、住民の代表が揃いました」
近侍がそう告げた。董基らを呼んである、何をするつもりかは最早決まっている。
「よし、行くぞ」
詳細を告げずに足取りも軽く別室へと向かった。後ろについてくるのは蘭智意に李信、その弟の李封従事だ。
「行京兆尹」
住民代表が畏まり頭を垂れる。
「集まってもらい悪いな。知っているだろうが魏の大軍が攻めて来る、二十万だ」
あっさりと最悪を口にする。董は流石に落ち着いているが、他の若い衆はそうでもない。
「どうなさるおつもりで」
「無論戦う、徹底抗戦だ」
「城内の軍兵三万を率いて離脱なされば、蜀までたどり着けるのでは?」
戦力を温存して捲土重来ってやつか。それは言う通りできるだろうな、だが俺はそれを選択しない。
「俺の目指すところはこそこそと逃げ回って隙をつくことじゃない。それに長安を捨てるというのは一切ありえん、そう誓ったのを忘れはせんぞ」
「ではどうやって」
「将軍というのは軍を指揮するのが仕事だ。そして俺は一つ特技があってね、協力して欲しい」
命令することも出来るんだろうが今までもそうはしてこなかった。誰が何と言おうとこのスタイルは貫く。
「伺いましょう」
「後方支援を行う民兵団を組織する。声かけを頼む」
「無手の民に戦えと申しますか」
「戦うことが出来る者は補充兵として戦って貰う。だが欲しいのは雑用をするものだ。飯炊き、物資の移送係、救護する者、夜間の見張り。軍の負担を減らして戦闘に集中できる環境を整える、無論ただとは言わんぞ」
いきなり戦えと言われて出来る奴は少ない。邪魔になるだけだからな。職人らにも報酬をたっぷり支払ったと聞いている、そして温泉で市民にも恩恵を与えていた。なにより略奪行為は厳罰に処すとの布告が効いていて、長安は稀に見る治安を保っている。零陵での一件が誇大されているのが原因らしい。
「攻め寄せればいつも簡単に陥ちると思われては長安の恥。住民一同、ご命令に従いましょう!」
「董団長の指名を採り、部将を任じる」
二十人の部将を採り上げ、董団長を行京兆尹丞に据えて結束を計った。半日で城外にある石や木を山ほど集められたのは、籠城するのに大きな効果をあげることになる。
◇
簡易土塁に木柵、逆茂木に薬研堀、時間が無かったから渭水からの水壕は中途半端なままか。ここは交通の要衝だからぐるっと囲むのを許可しなかったわけだから当然だがな。
「形になってくれて良かったよ。董丞、民兵はいかほど集まった」
長安の生産人口が三十万だったか、既に郷土防衛隊で二万を徴兵してるからな。
「戦闘可能な者で五千、支援目的が五万を動員致しました」
「そうか、よくやってくれた。戦闘従事者には装備と糧食を約束し、支援者には賃金を支払う。長安の蔵にある分で不足するなら俺の国から輸送させる。その際はすまんが春が過ぎるのを待ってからになる」
実数を聞く限りだと三か月を超えると中県の税収を割り込むな。南蛮州の租税を宛てて良いなら全く問題ないが、そのあたりの経理規則まで覚えてないぞ。
皆はあの莫大な税収を一体何に使ってるんだ? 三割でこれほどだというのに、八割位は当たり前だって聞いたが不思議でたまらん。
「是非皆に行京兆尹からお話しいただければ」
知らないと言わせないための保険だな、それはやっておいてやろう。
「では内城前に聞きたい奴らを集めておいてくれ。二時間後に演説を行う」
「御意」
こういうことにはハッタリが必要だな。あれをお披露目しておくか。
「李別部司馬、鉄甲兵を用意しておけ、帥旗と各種の軍旗もだ」
「畏まりました!」
儀礼用の鎧に着替えておくか、後ろの方じゃ声も何も聞こえないだろうがそれはどうにもならん。慌ただしく準備が行われて、内城の演台にあたる四階部分に各種の軍旗が並べられた。
『帥』『長安』『蜀』『島』『鎮南』『都督』『南蛮』が主で、直接指揮する軍勢でもある。随分と集まったもんだな。期待と不安の表れだと受け止めておくとするか。
「俺が島将軍だ!」
腹の底から声を出した。住民がシーンと静まり返る。
「南蛮の地から遥々やって来たのは、助けたいと思う人が、友人が居たからだ!」
孔明先生だけの為ってわけでも無いが、原動力はそこだ。
「皆にも守りたい者が居るだろう。それは家族であり、友人であり、身近な人達だ。戦争が起きている、見間違えようも無い事実がここにある!」
誰か一人が止めようといってやめられるようなものじゃない、それは歴史が証明している。いつも戦争に巻き込まれて辛い思いをしているのは民だ。
「俺は自身の治める南蛮同様に長安にも平穏を認めた。日々の暮らしで少しでも感じてくれているならば、それこそが求める形だ!」
治安が良くなったのは皆が感じていたようで頷いているのが多い。今までどこにも無かった理想郷、数年だけでも夢を見させてやりたいというのが願いだ。
「野蛮だと言われようとも、空想論だと蔑まれようとも、俺は未来を諦めん! 僅かな期間の平和の為に命を懸けて何が悪い! 長安を守り切れ! そうしたらお前達にも夢をみさせてやる!」
兵士の気勢を受けて住民も声を上げた。声で空気が揺れるのが感じられる程に響く。長安全体に熱気が上がる、やるぞというのが伝播した。士気を上げるためにはまず実績だ、ここでやらずにいつやるって話だよ。
「俺の決意を見せてやる、鎮南軍出るぞ!」
「行京兆尹、どちらへ?」
董団長が首を傾けて尋ねる。
「先制攻撃を加えて戻る。城壁から見ていると良い、指揮官が城の奥底で縮こまっていて戦争が出来るか!」
「ご領主様、いつでもご命令を!」
親衛隊、護衛隊も出撃準備を終えている。騎馬に飛び乗り槍を手にして手綱を握った。南部軍に攻撃だ、藍田からでも見えるように一つ派手にやってやろうじゃないか。
住民が見守る中、大通りど真ん中を進む。城門手前では初期の頃から付き従っている軍勢が主の降臨を迎え入れた。
「いいか、主力が緒戦で負けていては面目が立たん。お前達も後進にデカい面をしたければ敵の一人でも倒して誇ってやるんだ」
真剣な空気の中で笑いを誘う。これで少しはリラックスしてくれたか。
「行くぞ。城門を開け! 俺に続け!」
『島』『鎮南』の軍旗を翻して五千の軍勢が長安から出撃する。城壁の上は人で一杯だ、ギャラリーがこれほど多い舞台は気合いの入り具合が違うよ。
「一万くらいか」
迎撃に出て来たのは『王』『荊州』の軍勢。王双偏将軍だったか、全く知らんが慢心はせん。
「様子見の戦いのつもりだろうが、生憎こちらはいつでも全力だ。正面からぶつかり敵将を討ち取るぞ!」
檄に応じて兵が声を上げる。ビリビリと痺れるような気迫が漲っていた。これこそ戦場でしか味わえない醍醐味だ! 双方ゆっくりと近づいて、弓矢の応酬が少しだけあり穂先を揃えて衝突する。
「南蛮製の鉄穂先はちゃちな鎧なぞ簡単に貫くぞ」
鋼鉄を使った鋭い槍が一番分厚い鎧部分を難なく抜くことで優勢になった。少しばかり怖気づく魏兵の姿を間近で見ていたので機を逃さずに命令する。
「王将軍に向けて突き進め!」
俺も行くぞ! 護衛を伴い防備を固める戦線に錐を突き立てるかのように真っすぐと進む。軍旗が揺れている、中枢に食い込んだ証拠だな。
「一気に食い破れ!」
騎馬を速足にさせて槍を構える。目の前には親衛隊が多重に居て矢の一本も通すまいと全神経を尖らせた。槍を振るって防戦している王双の姿がしっかりとみえる。
「道を開けろ!」
駒を進めて王双の真正面に陣取る。
「俺は島将軍だ。貴様がこの部隊の指揮官か」
「そうだ。島将軍とはまさか?」
「そのまさかだ。ごたくはいらん、その首貰った!」
馬を寄せて左手に相手を見て両手で持った槍で攻撃を繰り出す。周囲に居るのは親衛隊ばかりで手出しはしないが、敵に手出しをさせることもない。
「くっ、これは手強い!」
「王双将軍、覚悟しろ!」
まるで子供相手にしてるかのようだ。リーチの差が丸々出てるぞ。槍を大きく斜めに振るって肩のあたりに叩きつけると落馬する。
「捕縛しろ!」
両膝をつかせて縛り上げると、軍旗を折る。それを見た魏軍が散り散りに逃げ出していった。
「勝鬨を上げろ! 城に引き返すぞ!」
ま、相手も油断して下っ端を繰り出してくれたおかげだな。名将、猛将が相手だと絶対に無理だった。
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