第26話
堅実な将軍だったようなイメージがあるぞ、王忠ってのは知らん。長駆するのはどんな意味がある、長安を陥落させて維持するのは無理だろう、では何をするつもりだ?
これが牽制戦力ならば連携を断ち切る、最悪でも乱すのが目的だろう。後方の連絡路を切るのは窮地に陥る、それじゃない。藍田を制圧しても囲まれるだけだ、それでもない。函谷関を挟撃するのはありそうだが。
「呂軍師ならどうする?」
俺ならこれを準備攻撃の一つとして扱う。
「徐将軍は常に敗戦時の備えを怠りません。ゆえに、渭水を越えての長期的攻撃は除外し、渭水北岸の攻撃を行います」
「具体的な目標はどうする」
「東渭橋、中渭橋、西渭橋の三橋を落とし、凍結が緩んだあたりで北岸を制圧します」
「俺も同じ考えだ。咸陽城には西渭橋の防衛を命じろ。鎮南軍は中渭橋の防衛を」
二つが堅守となれば徐晃とらやらはどうする?
「東渭橋はいかがいたしましょう」
「もし魏軍が東渭橋を破壊しに集まれば、北と西から軍を進めて南岸に押し込む。半月とせずに帰る場所を失うことになるな」
そう上手くはいかんだろうが、ほいほいと誘導されるようなら器もうかがい知れるぞ。
「それではそのように手配を」
様子見だ。少数では長安は落とせん。別働軍はどこに現れるもんかね。五日経っても小競り合いが起こるだけで比較的小康状態が続く。
「報告します! 南東部、白鹿原を抜けて魏軍が南陵城を落として接近しております!」
「ふん、出たな。してどいつがやって来た」
藍田の支城を一つ落としただけで止まることはないだろうな。
「『夏侯』『孟』『征南』『荊』の旗印に御座います!」
呂凱に視線をやる。
「夏侯尚征南将軍の荊州軍と、孟達建武将軍でありましょう」
「なるほどな、余程長安に拠る俺が邪魔らしい」
「孟達は蜀より離反した将なので内情に詳しいのでご注意を」
裏切り者ってわけか、どうしてそうしたかは知らんが身を以て証を立てろとでも言われてるのかも知れんな。南北に兵力を割るのは構わんが司令官が足らんぞ。
「王将軍はまだ帰還してないか」
「遊撃軍ゆえ所在が解らず、連絡をつけようと鋭意努力中です」
参ったな。徐晃の牽制に李項は貼り付けとかなきゃならんし、長安から俺が動くわけにはいかん。蘭智意を咸陽から動かすか? それとも呂凱を城外に? どれもこれもしっくりと来ない。そもそも長安を落とすのに直撃する必要はないからな。
「大軍で補給路を断つ、南陵に居座って子午谷道の輸送部隊を撃滅していたらそのうち干上がるからな」
「今しばらくは兵糧を始めとした軍需物資は充足しておりますれば」
無理に動くことは無いってわけか。時間はどちらに味方するかってのを考えたら、遊軍を作るのは下策なんだが。一手が足りん、どうにか出来んか。そこへ緑の旗をつけた伝令が駆けこんできた。うちの奴じゃないぞ。
「魏鎮北将軍より通達致します。渭水北の徐軍に攻撃を掛ける故、橋梁防衛は不要とのことです」
「解った」
まったくあいつときたらじっとしてられないのか。ま、今回もそのお陰で助かるがね。
「呂軍師、李将軍を引き戻して藍田へ詰めさせろ。咸陽から蘭智意将軍を長安へ、防衛指揮をこちらでするぞ」
「南陵の軍を撃退なされるのですね」
「そうだ。函谷関の状態も把握しておけ、広域に目を配るんだ」
「畏まりました」
急場を凌ぐのは現地指揮官に任せて、後方支援を強化してやって凌ぐ。二交代で二十四時間フル稼働が数日なら全く問題ない。
「これは単なる序章に過ぎない、本軍はそのうち現れるはずだ。それまでの間に差を埋めるのを目指すとしようじゃないか」
「何せ魏国との国力差は大きい、休んでいる暇はないでしょう」
「そういうことだ」
だが戦にかまけて情報面をないがしろには出来ん。
「周辺への密偵を増員させておきます」
「気が利くな」
本当にだぞ? 軍師ってのがぴったりだ。
「丞相が蛮族への調略を行っていると信じ、冬を乗り切ることを目指します。内部の切り崩しも北東地域で行いますれば、魏北部軍はこの方面へ兵を割けません」
「これで呉軍が魏に攻め込んでくれたら最高なんだがね」
「合肥への急襲工作が思案されます。魏国南部軍、即ち荊州軍が引き戻されることでありましょう」
ふむ、つまりここで敵を減らしておくことが出来れば後を引くわけだ。呉が魏に攻め込むならば、蜀へは来ないだろうな。となると、巴東の軍がフリーになるぞ。
「どこまで見込める」
これは重要だぞ!
「弁舌の士が口説き落とせるか否かにかかっておりますれば、恐らくは動きましょう」
「命がけというわけだ。見返りは中華の半分か」
「天下二分で御座いましょう」
呉にしてみてもこれが最初で最後の戦機だろう、逃せばあとは滅亡を待つだけだ。とは言え動くかどうかは状況を見てになるな。春の決戦前にこちらに傾けば大一番に間に合う、だから西部魏軍は武功に要塞を築いて耐えているんだ。
伸るか反るかで軍を動かす、これは賭けのようで賭けじゃない。運の要素は万に一つも無いからな!
「俺は都督巴軍事だったな。冷将軍に丹水を登り後方から攻撃を仕掛けるように命令をだせ」
「巴東が武力の真空地帯になりかねませんが」
「中県の担々王と李長老に伝令を出して、巴東に大至急兵を送るように命令だ。後は兄弟がなんとか穴埋めしてくれるはずだ」
俺の国は兄弟に任せる、俺にしか出来ないことをやるだけだ!
◇
あれから一か月、結構な時間が経っちまったな。王将軍とも連絡が取れたし、雪解けの手前であることでよしとすべきなのかもしれん。徐晃のやつが少し戦っては退くのを繰り返して、山にまで下がっていったそうだが、魏延は誘い込まれたってことなんだろうか?
「島将軍、魏軍に動きが」
「どうした」
広域監視の定期報告で変化があったのを直ぐに知らせてきた。
「函谷関前面の魏軍が増員され、飯炊きの煙が多く上がっております」
「仕掛ける気だな。今の関長だけではそろそろ無理だろう、魏将軍に連絡を入れておくんだ」
徐晃に構っている時間は無い。フリーにするのも困るが、渭水はもう渡れない、橋に防衛隊を置くことで備えさせるか。そこへ赤の旗をつけた伝令が駆けて来る。始まったか。
「報告いたします! 南陵方面の魏軍がこちらへ向かってきております!」
「どうやら冬休みもここまでのようだ。呂軍師、戦闘準備を行え」
「御意」
そこだけが動くはずが無いからな、これから伝令が続々と舞い込んで来るぞ。案の定、長安城の謁見の間が伝令で溢れかえった。おいおい!
「函谷関が攻撃を受けております!」
「藍田東に魏の軍勢が!」
「魏将軍が函谷関へ帰投しました!」
「徐軍が渭水北に姿を現しました」
「咸陽より報告、北に張合将軍の二万が進軍してきています」
「長安西に曹大都督と各州軍が行軍しています!」
始まったな。大都督が動いたんだ、確実だ。すると夏侯なんだかは孔明先生の軍を釘付けにするために居残りってことか。逆説的に言えば俺が長安を守りきれば、そいつを撃破してくれるだろうってことだな。
「さて、こちらは函谷関方面四万、長安、藍田、咸陽で十万だが」
呂軍師に視線をやる。
「函谷関を攻める魏軍は十万。徐軍が二万、夏侯尚南部軍が八万、曹真軍八万、張合軍二万。蜀大本営が九万、呉将軍、高将軍で都合五万、夏侯楙西部軍が八万」
西部が優勢で十四対八で、東部は劣勢四万対十万、中部の俺は十万対二十万。やってやれない数ではない、補給が切れっぱなしだったら危なかったがな。
「孔明先生がこの機を逃すとは考えづらい。全体方針を定める」
そうだ、俺を囮にして戦争全体に勝ちに行くぞ! 籠城戦なら三倍を支えてみせる。
「長安を中心とした三城を守り抜く、相互の連携を取り長期戦にもつれ込ませるつもりでだ。その間に西部の魏軍を全滅させ、調略の糧とする」
「咸陽にも守将が必要でありましょう」
「呂軍師が咸陽を」
「ですがそれでは――」
「俺と気脈を通じている呂軍師と、李将軍とで三か所を守り連携する」
互いに何を考えているかが解る奴らじゃないと齟齬が出るからな、お前なら信頼できる。
「畏まりました。では王将軍を長安へ詰めさせます」
「いや、あいつには西部軍の後背を襲撃させる」
騎馬隊を城に置くより、決戦に勝ちに行く勝負駒にするほうが有用だ!
「島将軍の身を危うくしてでもでしょうか」
「ああ、特技を一つ披露することになるだろうな」
二十年だ。俺が軍に染まったその時から、常に行ってきた経験が活かされることになる。
「ご命令とあらば咸陽を守護いたしましょう」
「頼むぞ呂軍師。俺は相手が誰であれ無様に負けてなどいられん!」
◇
「ご領主様、護衛隊はいつでも戦闘可能で御座います!」
李項から引き継いだ、李信別部司馬が報告を上げて来る。
「俺の命はお前に預けている、頼んだぞ」
「お任せ下さい! 必ずや敵を食い止めてご覧にいれます!」
ふふ、十年後が楽しみな奴らだ。蘭智意と二交代で守城指揮だ、東西の大門には別途指揮官を置くべきだろうな。
「蘭智意将軍、敵の攻撃は門に集中するはずだ。城外に塞を築いて門の前に踏み込ませるな」
「御意、東門を関斥東校尉、西門を袁退東校尉に預け、城壁防衛を向監巴校尉に命じます」
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