第25話
「お前ら、大仕事が入った! 使える奴らを全員かき集めて泊まり込みで作業する準備だ!」
「へい!」
速足で部屋を出ていくと気合を入れる声が廊下に響く。いいね、そういうのは好きだ。
「さて、輸送量が増えるのは二月程先にはなるが、これで積んだものを取り崩さなくて良くなりそうだな」
「某が直接監督致します。差し入れに飯と酒も出そうかと」
「豚肉も酒も適当に振る舞ってやれ。あいつらの出番はきっと他にも来るぞ」
何せ装備品はあっという間に不足する、ここで修理製造出来るとありがたい。
「鉄も運ばせましょうか?」
「そうだな、矢じりや槍の穂先辺りは輸送を掛けるか。丹水から藍田に運ばせた方が早そうだな」
「そのように手配させます。函谷関へは河で運べますが、大本営は上手くありません」
そうだな、こちらから輸送するにしても敵陣を通るから無駄になりかねん。二度手間にもなるしどうしたもんかね。
「敵を押さえておけば孔明先生がなんとかしてくれるさ」
こちらが出来ることをする、それだけで充分だろう。なにせ相手はかの有名な諸葛亮だ。内通も得意だろう、北の蛮族は一体どんなやつらかこちらでも調べてみるか。
◇
こいつは寒いな、雪が凍り付くって感覚は初めてだ。これじゃ外での勤務は辛いだろうな。
「ここは古代ローマの偉人にあやかるとしよう」
思い付きを実行させる、これぞ固定の仕事を持たない上司の日常だ。
「呂軍師」
高官なはずだと言うのにいつも雑用をさせて悪いと思ってるよ。
「はい、ご用でしょうか」
柔らかい物腰に強い責任感、俺よりよっぽど頂点に相応しいんだがね。
「風呂を知ってるか?」
こういう問い掛けも何度目になるか。
「風呂でありますか? それはどのようなものなのでしょう」
やはりそうなるか。体を拭くだけ、南蛮では水浴びをしたくらいだものな。
「ものは試しだ、ちょっと再現してみよう。そうだな湯を沸かせ、瓶に十もあれば良かろう」
小一時間の後に準備が整う。池のような小さなくぼみに湯を流しいれると湯気が立ち上った。
「寒い時にはこれに限る、雪で加減を調節してだ」
これくらいでいいか。衣を脱ぎすて下一枚になると中へと入る。うーん、久しぶりだな!
「これは?」
「遠く西の果てにあるローマ国の文化だよ。疫病を防ぐ。ここでは暖を取ることに使えるだろうなと思ってね、一緒にどうだ」
「されば失礼して」
衣を脱ぐと筋肉が意外とあることに気づく。鍛錬を怠らないか、さすがだよ。
「穴を掘って石組を作る、川から水を引いて湯にしてそれを流して捨てる。その先に厩舎でもあれば馬が凍える心配もへるだろうな。兵士に優先して入浴する権利を与えてやって、凍傷を減らすんだ」
「そのようなものでありましたか。かなりの労務になりますが」
「長安の民に仕事を与えるんだ。給与を与え蜀に世話になっているとの意識を植え付けろ。それに市民にも使えるように拡張する計画も立てておけよ。必要な資金は全て俺持ちで構わん」
土工や石工は事実上無料のようなものだ、薪も幾らでも手に入るからな!
「これも占領政策の一つと言うわけでありますな」
「そうなんだが、こんな寒いなか軍務についている兵が気の毒でね。あいつらは命じられてここに居るんだ、せめて健康くらいは俺が責任を持ってやらんと、郷に残してきた家族に申し訳がたたん」
「島将軍……この呂凱に全てお任せ下さいませ」
「そうは言うが色々と仕事を割り振っていて休む暇もないだろう?」
全域の政務実務に、軍の管理、函谷関方面との連絡や、ソリも輸送も咸陽西の警戒も全てだぞ。
「お役に立ちたいのです。ずっとこのような志に触れたかった、ようやく場を得て何が不都合あるものでしょうか」
「そうか。では頼む。だが物資の輸送と咸陽方面の警戒については補佐をする将軍を配属しよう」
「今、他から将軍を引き抜くと影響が出てしまいますが」
せっかくのバランスを崩してしまう、それは俺も懸念があって出来ない。引き抜かずに昇格させるならいいだろ?
「李項を護忠将軍にしてだ。あいつなら俺の意思を蔑ろにはせんし、呂軍師の言葉も確実に受け入れる、どうだ」
護衛は弟らに引き継がせるとも説明した。
「左様でしたか。そういうことならば是非に。将軍への推挙、上奏文をしたためておきましょう」
奏じたものは基本却下は無い。その代わり実務に耐えないならば、それを推薦した者の評価が下がるだけだ。
「雪解けを待って魏の大軍勢が押し寄せて来るはずだ」
急に声色を変えて告げる。そこで兵に戦って死ねと言えるだけのことをしてやれとのことだが、呂凱も承知で頷く。
「衝突するならば懸念は御座いません。ただ、丞相が留守の本国で何も起きなければ良いですが」
「内乱か……」
それがセオリーだからな。地方の治安は兄弟が何とか保ってくれるにしても、宮廷内は別物か。そこに限れば俺なんて何の発言力も無いぞ、どうしたらいいんだ?
「費偉侍中、蒋碗尚書、楊儀尚書郎弘農太守三名による監視が行われております。いずれも優秀ではありますが、自由に出来る兵が少のう御座います」
楊儀ってのは確か魏延とよく揉めてたってやつだな。留守に残されたわけか、ついでに魏延も東の果てなら喧嘩も出来んな。
「実力で押されたらってやつか。ところで弘農と言うとどのあたりなんだ?」
「それは揺任にございますれば、洛陽周辺で魏の支配域です」
名目的なアレか。位階は高いぞと示させて実務を執らせる、貫禄不足だな。
「首都で反乱が起きたとする、首魁がとる行動はなんだろうか」
「さすれば軍兵と共に宮廷へ押し入り、そのまま皇帝陛下を奪うことでありましょう」
首根っこ押さえるってわけだ。俺の手はそこまで伸びそうもない。孔明先生が国か軍かを任せられる人物を欲していたってのはこういうことだな。
「そいつらに兵力を預けたいが、どうしたら良いと思う?」
「首都の外とも、成都内とも違いますれば、禁軍の指揮権は騎都尉や校尉らに御座います。向歩兵校尉、元の丞相長吏が忠誠も能力も適切かと存じますれば、彼に頼るが宜しいかと存じます」
「向歩兵校尉?」
初めて聞く奴だが、歩兵校尉って響きは大好きだぞ。
「益州内の太守を歴任し臣民らの評判は上々で御座います。馬謖の友人でもあり、親交は密であるとか」
ふーむ、あんな奴と仲良くやれてるんだ、向って奴は人格者だろう。そういうのが中堅程度にしか無いのが難しいところなんだろうな。何より丞相長吏をしていたんだ、裏切ることは無いし有能なのも間違いない。
馬謖を通じてとなるとイマイチ……高将軍を通じてそうさせるか。越俊からの手勢を割いて指揮下に加えれば、数の面では問題が雲散霧消する。
「俺がここまでして良いかは解らん。だがここで首都が転覆するような事態を見逃すことは出来ん。高将軍へ命令を出せ、向歩兵校尉のところへ軍を預けるように」
命令という部分を強調した。そうしておけば全ては俺の責任で収まる。
「御意。されば王興業将軍蜀郡太守屯騎校尉司塩校尉平陽亭侯にも宮廷にあって助力を請願されてはいかがでしょうか」
「誰だそいつは」
司塩校尉ってことは俺が迷惑を掛けてしまったやつか? 確か塩と鉄は専売特許があるっていってたよな。
「向氏と前後して丞相長吏であった人物に御座います。丞相の南蛮遠征を幾度も諫言していた者でありまして、島将軍が代わって遠征を成功させたことで縁も」
おっと、一つ借りで一つ貸しがあったのか、そいつは初耳だ。それに蜀郡ってことは首都に居るわけだ。
「そうか。首都の防衛を援けたのも高将軍だ。だがそちらへは呉将軍を通して要請するんだ、孔明先生の知己ってことで話も持っていきやすいだろうし、二人とも大本営の側だ、一言相談して実行するようにさせろ」
現場で戦っている最中だとしてもこちらを優先してくれよ!
「それらも全てお任せを」
「任せる。だが俺はこれから気まぐれで三日間全軍の管理と政務をみることにする。その間は休暇を取れ、こいつは命令だ。空いた時間を何に使うのも自由だがね」
異論は認めない、そう宣言して風呂を出る。呂凱も「畏まりました」口の端を吊り上げ全てを受け入れた。
◇
「た、大変です! 敵襲、敵襲です!」
伝令が大慌てで城に駆けこんで来る。
「落ち着け、詳細を報告するんだ」
咸陽に攻め込んできたのか?
「北部、高陵山地を越えて長安に直接進軍してきております!」
「なんだって!」
雪解けを待つほど魏も眠たくは無いわけか。
「島将軍、迎撃部隊を出しましょう」
「うむ。呂軍師、李護忠将軍に二万を預けて出撃命令だ」
「御意」
近隣での防御戦闘だ、李項でも不足は無いだろう。しかし単独での攻撃なわけが無い。
「咸陽城にも警戒強化を命じて置け。函谷関にも通知をだせ、藍田にも山越えの敵襲可能性があると指摘しておけよ」
思いついたことを側近に矢継ぎ早に命令させる。
「王将軍の騎馬隊にも連絡だ、長安の防衛の為に一度引き返させろ。長安防衛軍に待機発令、鎮南軍を武装させて城門手前に集合させろ。都督軍は屯所で待機、南蛮州軍は近隣の砦に千人単位で増援に出せ」
さて、どこから攻めて来る。渭水を越えるならどこからでも可能だ、凍上している期間はあと一か月も無いだろうが。敵の主将はどいつだ。
「敵の旗印は何だ」
「はっ、『徐』『右将軍』『王』『魏』に御座います!」
「されば、徐晃右将軍と王忠軽車将軍に御座いましょう。長駆するは得意中の得意かと」
「そうか」
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