第24話

「長安の民は誰を、いや何を頂きたいと考えているのだろうか」


「と、申されますと」


 誤ってはいけない、確認してきた。笑いもしなければ即答もしない、そりゃそうだ。


「蜀の目的は漢室の再興であり、魏のそれは簒奪だ。いずれであっても全土をより強力に統治することで、平和は訪れるだろう」


 無言。うかつなことは言えないか、だが興味は持ったな。


「私が問いたいのはそこだ。長安の民は安寧を求めるのか、それとも何かしらの大義や、富、名声を求めるのかを聞きたい。答えがなんであれ一考することを約束する」


「……皆と協議して返答したく存じます。一つだけ先にお聞かせいただきことが御座います」


「なんだろうか」


「島行京兆尹とは蜀の何でありましょうや?」


 俺が何かを知りたいか、そうか、そうだな。


「私は蜀の志だ、国は信義によってのみ建つ。ここで約束したことは、たとえ丞相が否と言おうと守り通す、それで逆賊と呼ばれようとも必ずだ」


「南蛮の地に大領地を持ち、軍権を一身に集め、中県を領している。それら全てを剥奪されてもでしょうか?」


「ああ、理想を抱いて溺死しようとも約束は必ず守る!」


 それだけは断言できる! 俺はずっとそうやって来たし、これからも信義にもとることをするつもりは無い!


「……畏まりました。皆と協議させて頂きたく思います」


 一旦広間を出ていき隣の控室に移っていった。左に侍っている呂凱がモノ言いたげだな。


「言いたいことがあるなら聞くぞ」


「されば一つだけ。某、呂家の家督を子の祥に譲りたく思います」


「家督を? どうしたんだ急に」


 俺に呆れて引退でもする気になっちまったか!


「永昌の王太守に惚れ身を捧げる覚悟でありました。ですが心が揺れ動いた不始末にけじめをつけたく」


「王太守はどうする」


「子が側におりますれば、全てを引き継ぎます」


 完全に引退か。仕方あるまい、無理に働かせてもどうにもならん。


「そうか。呂軍師の意志を尊重する、いままで共に居てくれて助かった。感謝する」


 椅子を立って隣に居る呂凱に礼をした。すると彼は畏まってしまう。


「今後は永昌長吏を辞して、島将軍の側で微力を尽くしたく存じます。何卒お許しを」


「なんだって? 呂軍師はあんな馬鹿げたことを公言した私に付いてくると?」


「いつか人が人を信じ、争いが無くなり、笑顔で暮らせる世の中が来るようにと努力してまいりました。ですが某の力では遠く及ばず仕舞い。節義を全うし、己を貫かれる島将軍のお姿を敬愛しておりますれば何卒」


「……無知で無謀で、危なっかしい奴だが、それでも良ければ共に在って欲しい」


「ははぁ!」


 申し出は嬉しいが、董基らが拒絶してきたらあっというまに仲良く奈落行きだ。ぞろぞろと皆が戻って来る。董基を最前列に、綺麗に並ぶと視線が集中した。


「では聞かせて貰おう」


「長安の民を代表して言上致します。我らが願うのは強者。何者にも負けず、長安を見捨てず、国を守り通せるお方を頂きたく思います」


「うむ!」


 そうきたか! 敗戦の度に都を捨てられ民が敏感になっているんだな。昨今は焼き討ちもされたし、辛酸をなめ続けて久しいか。


 兄弟が言っていたな、北を俺が統治しろと、それに俺が守りたいものを護る為に国を預かるとも。今さらだがその言葉に甘えても認めてくれるものだろうか。否とは言わんだろうな、大笑いで引き受けてくれるに違いない。


「呂軍師、私は暫く南蛮に戻れそうにないな」


「左様で。長安の冬は寒うございますれば、屋敷を建て暖を取られますよう」


「そうだな。董基らに頼みがある、私の住まう屋敷の新築だ」


 俺がここに居座ることで繋ぎ止める。すまんが兄弟、暫くは酒を酌み交わせそうにない。物資輸送を増強し、長安から兵を募り新たに二万を得た。郷土の防衛専任ではあるが、占領政策として一つの成功をみたと言えるだろう。



「随分と雪が積もったものだな」


 雲南で暮らしていては想像も出来んだろうよ。辺り一面真っ白、これでも人はここで暮らそうとするのが凄い。


「左様で御座いますな。こうなれば兵糧の輸送も困難を極めます」


 確かに荷車と言うわけにはいかんぞ。ソリの存在は知ってるんだろうか?


「時に呂軍師、雪上輸送の方法を知っているか?」


 雑談の延長と言った感じで話を拡げていく。少し思案して出て来た答えに愕然とした。


「河川により近隣の津に運び、そこより牛馬の背に載せますが」


「ふむ。他には」


「高地では山羊や羚羊も使うそうでして」


 真面目に背負わせてってことか、それじゃ苦労するぞ。紙と筆を持ってこさせて簡単な絵を描いてやる、下手だがそこは勘弁してもらう。


「これを見たことは?」


「はて、何でございましょう」


「そうか。こいつはソリと呼ばれる雪上輸送の道具だ。この上に荷物を載せることで五人力を発揮できるものだ」


 装備を乗せて行軍荷重の五倍まで輸送できるからな。


「そのような便利なものがあたったとは、某の無知に御座いました」


「子午谷道からの輸送はもしかして激減している?」


「備蓄がありますれば問題は御座いませんが、夏場の十分の一程の物量で御座います」


 ってことは冬でも動かせたらかなり楽になるわけだ。


「呂軍師、直ぐに木工、金工職人をここへ呼べ。この位の木を幾つか持ってこさせるのだ」


 手で大体の太さを示してやる。


「御意」


「おい、お前、今から言う品を直ぐに揃えろ」


 近侍に指示をしてやり何か他にも使えそうな知恵が無いかと考える。現場から遠ざかり過ぎてこんなことにも気づけてやれんかったとは、俺もあぐらをかいて暮らす期間が長すぎたな。それから二時間も経った頃に人も品も揃えられた。


「島将軍、準備整いまして」


「よし。急に呼び立てて悪い、これから言う品を急ぎ仕立て上げて欲しい」


 十人居る職人のうち、一番の年配者が代表して「何なりと」畏まる。


「この絵を見て欲しい。このように木材を組み上げて、上に荷を載せられるようにする」


「馬の背に据えるものでしょうか、それとも車輪をつけるのでしょうか?」


「そのどちらでもない。これをそのまま雪の上に乗せて、馬で曳く」


「雪上を曳くですと?」


 技術者が集まり絵を覗き込む。そういう発想は無かったのか、まあいい。難しいことじゃないはずだ、後は数を揃えられるかが問題だな。


「これですと雪に埋まるのではないでしょうか?」


「そのままだとそうだな。なので接地面に板を張り付けて沈まないように重みを分散させる。外を見ろ」


 窓の下に板を敷かせて、上に大人が数人乗る。新雪でも沈まないのを見て頷いている。


「先端部分は雪に刺さらないように曲げるんだ。曲線加工が手間なら斜めに何かをつけても構わん」


「船体用の材料が流用できるでしょう」


「そうか。そして接地面の板にはロウや漆などを塗ってやり、滑りを良くすることで曳く力が少なくて済むようになる」


「なるほど……」


 だがこいつの一番の魅力はそこじゃないぞ。


「これはなだらかな下りでは滑走させることが出来て更に便利だ。山の上から下らせるなら馬よりも早く移動出来る」


「それは! むむむ。木材に穴を開けて縄を通すことで組み上げは短縮が可能です。荷台の板張りを布や革張にすることで時間の短縮と軽量化に」


「名案だ。長安の技術者に注文したい、言い値を支払う、千台を仕上げるのに何日掛かるだろうか」


 交渉事は一発勝負だ、不満を持たせては失敗する。


「命令ではなく商売にして頂けると?」


「そうだ。その代わり出来ませんでしたで済まさんぞ」


「我等職人が全力で取り掛かれば二十日でご用意出来るでしょう」


 値段も数字にして提示して来る。些細な額だ。


「兵士を雑用に宛て、二倍を支払う。それで何日短縮可能だ」


 代表に挑むような視線を送る。向こうも怖気づかずに自らの限界を探っている。


「二交代、元職をかき集めて十五日をお約束します」


「良かろう契約の成立だ。呂軍師、金を先払いしてやれ」


「御意」


 完成してから値切られると思っていた代表が表情を変える。先払いならばその心配は無い。


「兵役に就いている者もいますが」


「そちらの指名で無条件で役を免除させる。他にも不都合があれば何でも言え」


「木材の切り出しと運搬に人手が必要です」


「兵に全てやらせる。そちらから指示を出す長だけを出してくれたら良い」


 あれば何でも言えと先を促すが、それ以上は無かった。


「むむむ。あとは我らの腕前次第」


「専属で動くことで、顧客に迷惑を掛けるようならそちらの補償も受け持ってやる。仕事に専念して欲しい」


「畏まりました。すぐに取り掛かります」


 一礼して後ろを振り向く。

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