第22話

「報告します! 近隣に現れた軍は魏延鎮北将軍の長安遠征軍でした!」


 魏延将軍、聞いたことはあるがどんなやつだったかな? 呂軍師に視線を向けると助言を上げて来る。


「魏将軍は丞相に長安直撃の提案を行っていたと聞いております。ですが兵力不足で却下されていました」


 すると余裕が出来たから自由にやらせてみたってことか。だがこれで一つ解決するぞ! ん、そう言えば俺と同格なのか? 鎮北将軍だけじゃちょっと解らんな。


「そいつと俺は官爵の面でどちらに優位性がある?」


「魏将軍と島将軍は同格として差し支えは御座いません。将軍位、丞相司馬、州牧と刺史、爵位もです」


 それは少しマズイな、どんなやつなんだ。


「魏将軍の性格はどうか」


「勇猛で誇り高く武威は轟いております。どうにも文官を毛嫌いしている節もございます」


「具体的には?」


 表現次第で色々と考えられるが、直接会ったことが無いから慎重にだ。


「丞相長吏楊儀は有能な文官であります。彼がことごとく事務を掌握し、計画立案した策を押し付けられるのを嫌いよく口論に」


「孔明先生はどのように裁定を?」


「それが、双方お咎めなしといった結果に」


 うーむ、どっちも才能はあるがクセが強いってわけか。馬謖もそうだが、俺もどうにも文官肌は苦手だ。ということは方針は決まりだ、俺も魏延も軍人肌ってならやり口は決まったよ。


「解った。魏将軍に先ぶれを出せ、俺が話に行く。呂軍師は本隊の指揮を任せる、一日で戻る」


「どうぞご随意に」


 自分では説き伏せることが困難だと解っているようで大人しく指示に従う。


「李別部司馬、親衛隊だけ随伴だ。連絡がつき次第あちらの本陣へ向かうぞ」


「承知!」


 行くと言われたなら敵のど真ん中にでもついていく。李項の返事はこれしかない。孔明先生の負担を少しでも軽くするだけだ。



 これが魏延の本営か。ギラついた目をしている兵の多いこと。


「島鎮南将軍が魏鎮北将軍に会いに来た!」


 回りくどいことは無しにして、ストレートに呼びかけてやる。でてこい魏延。供回りの武兵を率いて一人の武将が幕から出て来る。頑固一徹といったところか、骨があるって表現の方がいいものかね。


「俺が魏延だ。待って居たぞ島将軍」


 歓迎されてないが敵意を出すわけでも無いわけか、邪魔をしてくれるなとの気持ちが強そうだ。


「子午谷道でまさかの友軍。長安へ向かう途中だ」


「俺もだ。こちらには丞相の命令書がある、長安は譲れんぞ」


 主張して来るじゃないか! だが武官なんてのはその位で丁度いい。


「悪いが魏将軍は長安を攻めることは出来んよ」


「獲物を寄越せと言うなら飲めんぞ」


「そうではない。長躯して長安を一気に落とす策、俺も認めるところで同意見だ」


 重要拠点が丸裸、これをとらずにどうするってことだ。


「我が腹案だ。潼関で本軍と落ち合うことになるだろう」


 それは確か長安と洛陽の中央点だったな? 俺の目標点と差異が少ないぞ。


「孔明先生は北回りで南下して合流というわけか。敵の野戦軍を包囲殲滅して後になるな」


「その為に長安で魏本国からの増援を食い止める。潼関を防衛に使えば可能だ」


 なるほど。では手勢一万で可能かと問い詰めれば声高に出来ると言うだろうな。


「魏将軍の将来的な目的を聞かせてもらえるだろうか」


「何が言いたいのだ」


「俺は孔明先生を助けたい、その一心で今ここに在る」


 たった一人で全てを背負い、孤立無援で屋台骨を支え続けて朽ちる者、報われて欲しいと願い助力する。孔明だって一人の民だ。働きを認めてやりたい、誓いを果たさせてやりたい。


「……潼関以西、中華西を以て蜀を成す。巴は要害を守り、洛陽を窺う。北荻を懐柔し、呉国を扇動して魏国を討つ」


 絵にかいた餅とはこれだろうな。だが目指すところに相違はない。


「先ほども言ったように、魏将軍は長安を攻めることは出来ない」


「邪魔をするつもりか」


 声を少し低くして真意を探る。といっても感情を隠そうとしていないので、外交官のそれとは違って嫌味も無い。


「そんなつもりはないよ。実はもう長安は王将軍が攻め取っている、だからだ」


 未確認だがあいつならきっとやってくれている。肩を竦めて種明かしをした。


「なん……だと」


「だから俺も長安攻めに同意だって言っただろ。ついでに言えば東部を攻めて防衛網を構築するところまでやるつもりだった。だが一つ足りずにこんなところにやって来ている」


「この俺が後手に回ったと言うのか」


 悔しそうに食いしばっている。そうだ、悔しいだけで充分だ。


「俺に、いや蜀軍に今足りていないのは長安東部を攻めることが出来る猛将」


「助軍として支城を攻め取れと言うか」


 普通ならそういうだろうが、俺は別にこれに関しては拘りが無いんでね。


「長安にある王将軍の歩騎四万、それに俺の歩兵六万、魏将軍の指揮で戦線を構築する」


「俺の指揮下に入るだと!?」


 そう驚くなよ、別に全てをくれてやるわけじゃない。


「我等は共通の目的を有した友軍だ。どちらが上だと争うより、俺が従い敵に勝てるなら何の問題がある。最善を進むのを選んで何が悪い」


「だが俺は一万の兵力で、島将軍は十万を率いて居るではないか」


「共に蜀の将軍なことに違いはない。ならば魏将軍が十一万を指揮して勝利に導いて欲しい」


 この手のガチ戦の嗅覚は俺には無い。魏延に歯がゆい思いをさせ続けるより百倍マシだよ。


「ぐぬぬ……すまん! 俺がなにか誤解をしていたようだ。島将軍、共に戦って貰いたい!」


「無論だ。我らは同輩、手を取り戦おうでは無いか!」


 俺が一歩引いていれば丸く収まる、それが出来ない官僚文官らではソリもあうまいよ。二人で幕に入り善後策を協議する。


「すると清南城を防衛の最前線にするつもりだった?」


「ああ、藍田を南東の基点に」


「清南の東に華州城があり、そこが一番狭い地域を押さえている。謂水を登り迂回してくるだろうが、河北にある陽山城も押さえておけば、遡上を防げるはずだ。だがそうなると二万の兵が必要だろう」


 だから潼関まで前進するつもりで考えていたらしい。そこならば一万で封鎖可能だと。


「では俺の歩兵を三万割いて魏将軍に預ける、それで清南城まで押さえることが出来るだろうか」


 寄越せとは流石にいいずらかったのだろうが、こうもあっさりと兵を渡すとも思っていなかったようで直ぐに反応出来なったようだ。


「充分だ。兵糧が心もとなくなるが」


「いくらでも運んでくる、取り敢えずは一か月分を持たせよう。そちらで不足しているなら供与するが足りているか?」


「あと十日分といったところだが」


「では持てるだけ持ち出してくれて構わんよ。補給路の確保と長安周辺の防衛は俺がやる。孔明先生への支援攻撃は王将軍の騎兵一万にさせよう。残念だが騎兵一万、歩兵一万は南に帰さないと凍えてしまって病気になる」


 南蛮兵の限界だ、真冬が来る前に避難させてやらんとな。


「そうか。騎兵一万は惜しいが、戦はこれで終わりではない。温存すべきだろうな」


「ああ。その代わり、丹水を登って増援が来る予定だ」


 蘭智意将軍が二万でな。


「増援が! この上まだ兵を持っていると?」


「夏になれば南蛮軍も動員可能だが、冬場では半分にしかならん」


 うーんと魏延が唸る。何が同輩だといったところだろうな、まあいい。


「そうであるならば函谷関まで一気に押すべきであろうな」


「魏将軍が可能と判断するならそれでも」


 目標をさらに一つ東に移して函谷関か。そこまで占領できれば必要な兵力はぐっと減る、逆に押し切れねば兵力不足になるわけだ。


「そうするならば丞相には独力で戦って貰う必要があるが」


 向こうが危険か。すると戦力のスライドでもして解決をみるか。


「ではこちらに引き寄せるはずだった別働軍を孔明先生の指揮下に向かわせるとしよう」


「別働軍?」


「ああ、高将軍の二万と呉将軍の二万がな。恐らく高将軍は十日以内に行けるはずだが、李将軍との相性がな」


 食い合わせが悪いのは孔明先生も知っているはずだ、上手い事やるだろう。


「むむむ、島将軍は一体どれだけ兵を発したのだろうか」


「俺と兄弟の兵併せて三十万だ。二年間戦うだけの武器糧食を用意してある」


「さ、三十万!」


 言っておくが俺も驚きだったぞ?


「だが戦は数だけで行うものではない。急所である長安を衝き、狭隘地を押さえて敵の集合を阻害する策を実行できる将軍が居てこそだ。魏将軍、存分に武を振るって貰いたい」


「そこいらの文官より余程腕があるではないか! 任せよ、必ずや函谷関を分捕って見せる!」


 関所攻めをするにあたり、陸続と補給物資が届けられ後方を気にせず戦闘に集中出来た魏延が、蜀軍の旗を函谷関に翻すまで一か月と掛からなかった。



 取り残された魏軍は、咸陽、興平、武功の線に兵力を集めて防衛の構えか。咸陽は長安西直ぐにある大都市、秦の首都でもあったそうだ。問題があるとしたら、渭水を挟んでいるというところだな。河沿いに木柵を張り巡らせて、土塁を築いて防御を固めてしまっている。


「呂軍師、どうしたものか」


 長安の城壁から渭水を見て、そう当ても無い問いかけをする。別に答えを期待しているわけでは無い。


「十万以上もの敵軍を残して戦を止めるわけには参りません。丞相も決戦を画策しているでしょう」


「そうだな。だが無理に戦わずとも勝てる方法があれば、それを採るのも良いとは思わんか?」


「御意」


 何があるかを考えてはみるものの、気が進む策が見当たらん。疫病を流行させても、飢餓を誘っても良いだろうけど、それは趣味じゃない。臆病者をどうやって引きずり出すか、孔明先生も苦労しているだろうな。


「武功西の八塞は堅固だ」


 一人で呟く。放射状に相互支援出来るように構築された防衛線、確実に蜀軍の流血を強いる。全てを抜こうとしたら、途方もない損害が出てしまうだろう。


「雪か……呂軍師、渭水は凍結するんだろうか?」


「地元の住民の話によりますと、厳冬期には凍り、上を渡ることが出来るそうです」


「そうか」


 河の優位が消えるわけだ。輸送部隊もそれを待って活発に動くだろうな。春になれば間違いなく本国から多数の増援が発せられる、冬のうちに残る敵を掃討する必要があるぞ。敵が望んでいるのは増援だ、それがついたと見せかければどうだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る