第15話 散鎮南将軍使持節仮鉞南蛮州牧都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉付馬中侯
攻めが少数ではうまくも行くまい、基本は三倍で押すべきだからな。雲南の地で治安を保っている、それだけでも孔明の大きな助けになっている事実はあった。夢がこうも長いのは初めてだ。
確か何度やっても孔明が勝つことはなかったはずだな。理由までは知らんが、戦力差だろう。知恵比べで孔明が負けたのは聞いたことが無い。ならば俺のすべき事を考えるんだ。
「孟獲大王がお出でです」
「来たか、そうだろうな。あいつなら来ると思ったよ。通せ」
必要な時には必ず現れる、兄弟も何かするべきだと感じたんだな。
「ついにやるそうだな!」
開口一番核心から入る。俺も軽くそれを認めた、だってそうだろ。
「ああ。俺がどうするべきか、それを今考えてたとこだよ」
「どうしたい?」
孟獲が尋ねる。望みが何か、それを言えばきっと協力すると言ってくれるだろう。その為にも誤ってはいけない、目的を定めなければならない!
「俺は友と呼んでくれた孔明先生を助けたい。漢中から発する軍とは別に、漢水脇の石泉から秦峡街道を抜けて長安を衝く」
秦峡街道、孔明の軍の東、現代の中国公道210号、漢中西安都市間二級公道の一つだ。本軍は一級公道5号を進むことになる。考えに考えた末の答え、それが支道からの急襲で長安を攻撃するものだ。
「ほう、小道を行くか。では精々行っても二万の軍だな」
「俺が全力で集めても騎馬は一万だ。巴東、中河の最北端に衣学堂郷がある。そこに軍需物資は積んでおいた」
一万でも随分と背伸びしたからな。遠征に出られる騎馬兵は半分で、残りは乗馬するだけで精一杯だ。
「巴東の最北端か。すると漢中と同程度の距離に前線基地を既に持っていたわけか、ガハハハ、やるではないか兄弟!」
「ま、時間だけはあったからな」
いちいち南蛮から運んではいられんしな。本来呉からの軍を防ぐ意味で都督巴諸軍事を得ていた。だがそれを流用し、大量の物資を山中の郷に隠し持っていた。
兵糧六十万石、武装三万。それは二万の軍勢を半年養えるだけのものだ。中県には兵糧八百万石、つまり千トン倉庫が二百棟も存在しているほどである。
「南蛮騎兵一万を貸してやろう。心配するな、俺が全力で支えてやる」
「すまん兄弟。俺も漢中へ入る、孔明先生の力になりたいんだ」
そんな戦力を持っていたとは驚きだ。こっちとは違って、全員が騎馬兵として十分の能力を備えているんだろうな。
「面白そうではないか。俺も行くぞ、いつだ」
「可及的速やかに、だ。先発は三日以内に二万で進発させる。別働部隊は王将軍に任せる」
騎兵二万を王将軍に加え、歩兵二万の後を追わせる。漢中へは本隊を向けるが、越峻、永昌の地方軍を先発させると示した。
「では俺もそうしよう。三日で揃った奴等を先に向かわせる、俺達は十日後にでも出るか」
「そうするか。留守番は寥太守に任せるとしよう」
反乱するにしても血の気の多いのが根こそぎ北へ行くわけだ、そこまで大きくはならんさ。
「防寒具だが、あちらにはどのくらいあるんだ?」
「中県に三十万着、使わないのは北部の商人に売るからと製造し続けた結果だがね」
ストップを掛けなかったらこんな惨状だ、まあ良いだろう。
「わかった」
◇
孔明の軍が漢中から出てすぐに、街亭、天水、平涼あたりが蜀に寝返った。元より工作をしていたのだろう、城がまるごと蜀の旗を掲げたのだ。魏の大将は夏侯楙将軍、名将誉れ高い夏侯惇の息子だ。俺ですら父親の名前は知っていた、ゲームの影響が大きいが。
良くも悪くも孔明が僻地を奪取してそこで屯田を始めた、そのお陰でこちらの本軍が北上する時間が稼げた。孔明はその動きを知ることはない。
「ご領主様!」
「李長老、元気にしていたようでなによりだ」
中県に物資の補充のために寄った。息子の李項が外套を翻し父に礼をする。
「父上、項は鎮南将軍別部司馬・南蛮州従事として主君にお仕えしております!」
「おお、おお項よ。そうか、そうかそうか。父の心配はせずに励むと良い」
勝手な振る舞いはすまい、李項は自身について一切口外せずに年月を過ごしていた。書簡の一つも親に出していないと聞いたので挨拶がてら引き合わせた。寄り道の付録としては感動的でいいじゃないか。親孝行、したいときには親は無いぞ。
「ご領主様、我が家の息子二人をお連れ下さい。次男だけは家に残しますゆえ」
「わかった。李別部司馬に預ける」
「御意」
歩兵二万と輸送部隊だけ先に向かわせる。何せ輜重は足が遅い、後から出てもそのうち追い越すことになる。さて、一応呉国への防備も俺の仕事だ。寒さに耐えられそうもない奴等を屋根付で過ごさせてやろう。
南蛮の地は暑い。それが普通で過ごしてきた者に寒風吹く地で満足に働けというのは間違いだ。脱落しそうな兵二万を抜き出して巴東へ向かわせた、現地の冷将軍に指示を仰げと武将に命じて向かわせる。
しかし、何だって凄い数だな。殆ど歩兵なのが残念だが。南蛮軍のうち、都督軍六万、鎮南軍二万、各種私兵二万。それは良かった、孟獲大王が蛮兵十五万を発したのが全くの想定外だった。内三万が本隊の幕に連なっている。
その数を島、孟獲、呂、呉、高、蘭智意の六人で率いているのだから将軍が全く足りていない。交州や零陵からの士は居る、殆どが本営に集められ出番を待っている状態だ。あれか……折角だ、連れて行くか。使えるかどうかはやってみなばわからんがな!
「兄弟、あの象を引っ張ってこう」
「戦象ではないが?」
「うむ、あれに乗って指揮したら見晴らしが良さそうだと思ってね」
◇
《遠征軍大本営》
「丞相に申し上げます。魏軍がこちらへ向かっております。十万の大軍です」
地方駐留軍が迎撃に出てくることは想定済。これらを撃破して前進、長安を窺っている間に魏の首都から増援が来る前に勝利をあげる。
大雑把にいってこれが孔明の勝算だ。どこまでも無理な見通しではあるが、蜀という国の限界と同時に、孔明の寿命がある間に出来る限界だった。
もしあと十年の寿命が見込めるならば、もっと国内を強化し魏に対する調略を促進することも出来た。或いは有能な後進が居るならば、準備に全てを費やすと言う選択肢もあっただろう。
「むむむ、来たか」
――盲夏侯将軍の小倅は軍事に疎い。数で劣りはしても軍略では負けぬぞ。
同数ならば負けるつもりなど全くない、多少敵が多くてもだ。数の過多よりもその頭脳が問題なのだ。
「旗印に『左』『張』『郭』『楊』『擁』を掲げております」
「なんと張将軍が出張ってきたか!」
――これは誤算よ。あの張合将軍と郭淮将軍が指揮官か。一筋縄ではいかぬぞ!
魏の名将が十万の軍でもって攻め寄せる、相手にとって不足はない。敵にとっては前哨戦も同然の戦いに、あたら名将を使ってくることに人材の豊富さを痛感する。こちらは常に全力でも、あちらは様子見が可能なのだ。
「魏将軍と鐙将軍に兵四万を預ける、一戦して参れ」
幕から二人が出て行く、質の面では同等と見ている。経験も装備もだ、士気の面では若干こちらが高いだろう。綿密な地形調査などもしてきているので、そのあたりの情報面でも有利に立てるようにはしてあった。翌日、伝令がまた駆け込んでくる。顔色が悪いので凶報だと覚悟して聞く。
「報告します、『曹』『大都督』『擁』『涼』『上』の軍勢十万が別に現れ漢中に向かっております!」
「曹真か! 十万……漢中は持ちこたえるだろうが、補給が途絶えるな」
――これほどまでに早く二十万を発してくるとは、魏の国力を見誤ったか……。
動くのは一か月以上先だろうと読んでいたのが、即応してくるのは誤算だった。それを認めて戦略自体を見直す。勿体ぶっている暇はない、出来ることを次々やっていかねば追いつかない。戦場は加速した。
「楊将軍は元は地方豪族、これを引き抜く。馬将軍、兵一万を預けるゆえ行って参れ」
「御意」
雲南から喪の使者として首都に戻ると留め置かれ、そのまま幕に連なっていた。馬将軍が幕から出てゆく。南蛮での経験が生きているようで、出征前より使いやすい将軍にと成長していた。
戦争開始から一ヶ月、寝返った三箇所の地方にも動揺が広がる。魏の大軍に蜀軍が負ければ処罰を免れないと。そうなる前に魏に戻ろうという意見が上がってくる。
「馬参軍、街亭に陣を張りこれを死守するのだ。決して山上に拠ってはならぬぞ、あのあたりは水が乏しい」
――このままではジリ貧になる。何とかして敵を討たねばならぬ。
「はい、諸葛老師」
自らの師匠の教えだと素直に受け入れ、兵五千と黄校尉らを連れて陣を離れた。ここを押さえておけば味方のみ連絡が保てる。この街亭、山というよりは丘と言った方がしっくりとくる。だがその周辺に比するものが少ないので確保したくなるが、高地を有利に見せかけた悪地でしかない。
これも蜀にあと五千動員できる力があれば話は別だ、しかし居ないものは仕方ない。最悪を想定しての苦言を前もって伝えておく。
「魏将軍はどうか」
「張軍と激戦を繰り広げております。現地で民衆を強制徴兵して何とか持ちこたえている様子」
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