第14話 散鎮南将軍使持節仮鉞領雲南太守都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉中郷侯
◇
「うーむ、よくわからんのだが、どうなんだ?」
込み入ってるのは前からだ、今さらでもある。官職を進めた、何を意味するかが漠然としかわからないだけだ。
散鎮南将軍使持節仮鉞領雲南太守都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉中郷侯。以前からのは良い、都督も軍権が広がっただけだろう、節もだ。仮鉞と騎都尉とは何か尋ねた。
「申し上げます。仮鉞とは開戦権限であり、将軍が任意で他国と交戦が可能なものでございます」
「なるほどな」
首都から離れていて戦機を逃すなというわけか。連絡がつかないこともあるしな!
「騎都尉は近衛軍の指揮権で御座います。されば此度のように、丞相不在時に首都が危機にあらば、騎都尉が禁軍への命を下せます」
「国軍へは丞相司馬で、近衛へは騎都尉で、私の直属へは将軍で、地域のは都督でか。どこにいても働けというわけだ」
何でも屋はいつものことだが、ごちゃごちゃしてるな。これがルールだってなら従うさ。そこから一年、孔明は国力を蓄え人材を育成することに努めた。島もいままで通り雲南で過ごす、違ったことと言えば妻を二人とも雲南に呼び寄せたことだ。
年単位で帰宅出来ないのが確定してしまったからだった。道中は軍勢五千が護衛しながらの物々しい護送が行われた。かたや劉氏の高貴な姫、かたや馬氏の姫、それを狙う盗賊も多かった。
越峻へ入ると蘭智意が五千の軍勢で出迎え末席に加わる、永昌からは呂凱が三千で加わった。雲南との境界で別れるがそこから先は鎮南軍が五千で先導した。
だが最早雲南で逆らう者は居ない、孟獲大王も同時に敵に回すことと同義だからだった。派手な大名行列だ、しかしこの二人を失えば俺が困るからな。
島の命令で集められた鉄鉱石、これを工房で研究させた。答えはわかっている、それを実際に試させた。鉄を溶解し生鉄を抽出、それを高温で焼き続け鋼鉄へと練成させ、鋳鉄を急激に水で冷やし焼入れを行う。
鉄が硬くなり脆さが出てしまうが、耐磨耗や耐疲労、ようは長持ちするようになる。即ち鏃であったり槍の穂先の性能が大幅に上がった。
蜀への入植、そして南方作物根芋の生産、これででんぷんを精製して保存用に大量の備蓄が可能になった。そしてバナナである。食用に適した品種を増やし主食の一つとして推奨した。
「バナナを人肌の湯に少しの間つけておけば、半月は保存出来るぞ」
それだけでなくスライスして乾燥させておけば長期保存が可能だ。甘みもあったのでこれは瞬く間に普及して行く。栄養価もあったので軍備蓄だけでなく、民へも広く普及されることになる。蜀でこれが野菜と認識され島菜と呼称されるようになった。
食料事情が改善されてくると人口が増加する、そうなると開拓を進める必要が出てくる。中郷周辺は象と水牛の活躍で平地が広がっていて、次々と移民が入る。いつしか中郷は県へと規模を変えると、島も中郷侯から中県侯へと進んだ。とある日、首都から使者がやって来て告げた。
「越峻、永昌、を益州より外し、新たに設置される南蛮州に組み込む。南蛮州の都は雲南とし、島を牧とする」
そして雲南以南の蛮地を切り取れば勝手に郡を創設して構わないとのお墨付きを得た。州内の太守の任免もだ。
散鎮南将軍使持節仮鉞南蛮州牧都督越巴永雲諸軍事丞相司馬騎都尉護羌南蛮校尉付馬中県侯、これが新たな官職か!
寥主簿を雲南太守に据え、呉を平南将軍・南蛮州別駕従事へと任命した。王平も安南将軍・督越巴永雲諸軍事を認め、完全なる子飼いにしてしまう。
乱発するわけではないが、蘭智意にも卑将軍の席次を与えた。呂凱を招いて鎮南将軍軍師・南蛮州治中従事にしてしまう。李項も司馬から別部司馬・南蛮州従事に引き上げる。
それでも足りないものは足りない。どうやって広大な土地を治めたら良いやら。人か……名士を招いてだが、孟獲が交州の英雄、士燮について言っていたな。そこを詳しく掘り下げるとするか。
「呉別駕、交州の士燮と交流をしたい、手筈を」
「御意。それは人材の面で、でしょうか?」
「そうだ。物は南蛮貿易で事足りている、だが人が全く足らん」
それだけで呉は全てを理解してしまう、根本的に頭の作りが違うのだろう。相変わらず秀才は健在だな。
「王将軍、益州東部から零陵郡へ進出するための手筈を」
「呉国への進軍を?」
「国に喧嘩を売るのは確かだが、そこが欲しいだけだよ。避難者を保護して抱き込むための出先だな」
解散して一人物思いにふける。仮鉞を得たので勝手にやってやれとの気持ちがあった。先年巴東で戦争をしたのだ、今さら躊躇する事もない。
首都でとやかく言われそうだが、結果オーライだろ。時が経ち、ついに命令を下した。山中を進み零陵郡手前に軍勢を進める、大将は王将軍で南蛮からも王や洞主が参加し、総勢四万が侵入した。島の命令で戦端を開く、その事実が首都に漏れる前に事件は起きた。
姿を現した軍勢に対抗しようという零陵軍だが、じっと動きを見せないのだ。籠城の構えなのはわかる、それにしても静か過ぎた。おかしいと思い密偵を忍び込ませると、王将軍は驚いた。殷礼太守が病死して間もないのが発覚した。
「駒を進めろ!」
一気呵成に城へ迫る、すると郡城は意気消沈したままあっという間に降伏してしまった。あまりにあっけない結末に島が指示を出した。
「殷礼太守を懇ろに弔い、息子へ遺体を返還しろ」
呉国にそう使者を立てると殷基が零陵に現れ遺体を引き取っていった。それまでの間は周辺の呉軍も城を攻めようとはしなかった。成都では東部へ攻め入ったことで朝廷が紛糾した。島は無言を貫き、説明の使者すら送らない。
そのままで良い、孔明先生なら認めてくれるはずだ。孔明も詰問の使者を送るようなことはしなかった。かと言って賞賛もしない、ただ黙認するのみだ。
零陵は荊州の最南端で僻地といえる。それにしたって南蛮に比べればはるかにマシではある。至るまでの山道も南北探しても一本しか見つからず、そこを押さえねば益州と行き来すら出来ない。行くも引くも命がけだ。
島の命令はこうだ、零陵は軍勢で維持し、山道を確保して関所を複数置く。長期間そこを占領しているつもりは無かった。益州への案内、亡命者を募るという意味合いがあった。益州側出入り口へ呉別駕の分治所を臨時で設営して人を集める。
噂が広がり零陵へ訳ありの人物が集まってきた。政治闘争で敗北した者、罪を得て逃げている者、単に旅をしたい者、人生の賭けを行いたい者、そして密偵の類だ。それらを丸呑みして呉が保護し、呉国の軍勢が進発したと聞くと王将軍は軍需物資を根こそぎ抱えて引き返してしまった。
その際に島は厳命を下した、民への暴行略奪を禁じる、禁を犯したものは処刑する、と。万からの軍勢がいたら違反者で部隊が出来るほどだ。拘束したもの二百名余、島はそれらを全て斬罪に処した。
「我は国家の官であり、平民とは違いますぞ!」
印綬を履いた局長級の官が混ざっていた、しかし島は毅然とした態度で臨む。
「ならば率先して規範を示さんか! 私は皇帝陛下の代理人だ、抗議を認めぬ!」
即刻斬首、覆ることはなかった。
こういう奴が居るから誤った考えが蔓延する! 俺は絶対に許さんし、認めもせんぞ! 軍令は絶対。島将軍、普段は柔和なのに逆鱗がそこにあった、軍律を犯さぬようにしようとの意識が波及していく。
集めた亡命者は特に選らばずに希望者全員を採用した。雲南の地で働かせてみて使えるようならそのまま、ダメでもそのままで。そのうち錐の先が袋を突き破る、そんな人物が浮かんでくる。それらを府に召し上げて人材難をなんとかする。
最初から名が通っている人物は、呉別駕預けで様子を窺った。信用出来るかどうか試し、納得行けば属官として抱える。そうしてまた一年が過ぎる。首都では北伐の準備が進んでいるとか。
「呉別駕、北伐だが……どう考える?」
無謀ではあるが、やらなきゃ収まらんのかね。
「先の帝の悲願でありますれば、これを成就するのが今上陛下の責務で御座いましょう」
つまりはやらねばならない、そういう話が常識らしい。漢中から出撃するだけ一本では守りもしやすい、逆もまた然りではある。
地図、見る限りで長安までは五本の道がある。大本の防御を抜けば案外いけるかもな、その場合は長安を落とせるだけの戦力がいくらかを知らねばならんか。そして道の選択だな。
◇
出師表。孔明が帝に上奏を起こす、魏へ向けて軍を発する許可を得る。朝廷でこれを聞いたもの皆が涙を流す。南蛮を速やかに平定してしまったので、趙雲などの将軍が存命中に大軍を差し向けるとこが出来た。天王山が近づいている、根拠はない、俺の勘だ。
「呉別駕、孔明先生が十万の軍で漢中に向かうそうだ」
「先主の悲願でありますれば」
大した願いを残してくれたものだが、国を持つとそういう想いが芽生えても不思議は無いか。
「対する魏軍は二十万との見立てだ。どこまで本当の数字かは知らんがな」
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