第13話
◇
《一方その頃、蜀の丞相・諸葛孔明》
「丞相、魏軍が北の関に殺到しております!」
「慌てるな、北の関は馬超が防ぐ」
――間道が心配だが、そちらにも兵を伏せてある。呉がどうでるか。
漢中に司令部を置いた孔明は、戦場であっても政務をこなさねばならなかった。彼が執務をしなければ国が動かなくなり、麻痺してしまう。それほどまでに権力の集中をしているだ。
「こちらから裏手に回り奇襲を掛ける。魏延に一万を預け自由に行動させよ」
孔明とて別に権力を独り占めしたいわけではない。単に彼の基準を満たす大駒が少ないのだ。劉備の義兄弟を始めとして、英雄と語られている武将が戦死し、病没している。
「呉軍が湖で大規模な水軍演習をしております!」
「むむむ」
――巴東には劉太守と冷将軍の一万しかおらぬ。江をこられては対抗仕切れまい。
「丞相、間道で魏軍の別動隊と遭遇しました! その数凡そ一万!」
「李将軍に五千を預け撃退させよ」
あちこちから報告が集まり、集中して考える時間すら見出だせなくなる。そこへきて馬超将軍が打って出たいと申し出て来る。
「馬将軍、今は防ぐことが肝要」
「一撃して敵の肝を冷やして参りますゆえ、許可を」
「あべこべにやられでもしてはどうする。将軍は国家の柱であるぞ」
重鎮だ、彼が欠ければまた激震が走る。孔明は無闇に危険に晒してはならないと知っている。
「丞相は儂が青二才に負けるとお思いか。そのような弱将ならば国家の柱など、お笑い草でありますぞ!」
「むむむ……では楊将軍を副将に連れて行くのだ」
「応」
馬将軍は満足して本営を退出していった。少し悩んでから趙雲を呼べと命じる。
「丞相お呼びで」
「うむ、馬将軍が出撃する。万が一に備えて城外に救援に出られるようにしておくのだ」
「解り申した」
こちらは素直に指示に従う。どうしたものかと一息ついて執務を続行した。
「丞相、食糧の輸送が届きませぬ」
「……むう」
――やれやれ、これでは仕事にならぬ。武将が皆小粒になってしまった。我が支えぬばならぬ、主の遺言を蔑ろにはせぬぞ。
「馬謖よ、後方に赴き確かめてまいれ。一日遅延は官職剥奪、二日はむち打ち、三日は斬首だ」
「ははっ」
「丞相、呉が江を遡上してきております! 四万の軍勢が!」
「おのれ孫権め! 首都より増援を送るのだ」
留守番の将に援軍に向かうようにと伝令を派遣する。それから二日、後方の関所が軍勢に破られたと報告が上がってきた。
「首都の防備を薄くは出来ぬか……関東より徴兵し呉に備えさせるよう変更だ」
そして翌日、輸送部隊が攻撃され荷が焼き払われたと報告が上がる。更には魏軍が攻勢を強めてきたと。
「むむむ!」
――戦線が破綻を来してしまうぞ!
どこからかは解らないが山道を抜けた軍があるらしく、後方を荒らされ始めた。各地の太守や県令は城を守るので精一杯だった。何せ孔明が徴兵したのだから文句も言えない。
「丞相、首都より増援要請です! 迂回した魏軍二万が成都に攻撃を掛けております」
「いかん! 趙将軍に一万を預け、直ぐ様首都へ向かわせよ!」
あちこちで情勢が炎上し始める、鎮火させようにも孔明はこの場を離れるわけにはいかなかった。
――このままでは! しかし手が無い。各個の奮闘に期待するしか……。
胸騒ぎを何とか鎮めながら漢中に居座る孔明。時が流れて幕に伝令が駆け込んできた。
「丞相に申し上げます! 巴東に『安南』『雲南』『永昌』『呂』の軍勢が駆け付けました!」
「なんと! 関東の軍勢を首都に戻すのだ!」
――介よ、よくぞやってくれた!
続報が届き歩騎二万の軍勢が完全武装で着陣したと聞かされる。大急ぎで徴兵し、装備を集めてもそうはいかない。事前に用意を済ませていたというのが孔明には解った。
「長期の備えは戦略であり政略でもある。龍将軍は先が見えておるようだ」
羽のついた扇子をゆっくりと動かし撃退もそう遠くは無いと想定する。僅か二日、巴東から早馬が駆けて来ると「呉軍の軍船を焼き払い撃退に成功しました!」喜色を浮かべて声を張り上げた。
結果を耳にして心配事が一つ無くなる。執務を遂行していると、今度はどこからともなく輸送部隊がやってきたと報告される。
「報告します、中郷とかいう地方より坦々王と『李』『安南』の軍が食糧五万石を輸送してきております!」
「むむむ、それは福音。坦々王を歓待するのだ!」
――またしてもか! 中郷に備蓄しておったのか、助かる。
名も知れぬ小さな地域でしかないが、孔明は自身が上奏して与えた場所だけにはっきりと覚えていた。ここからかなり距離があったにも関わらず、五万石もの輸送となればやはり事前に準備していなければ無理だと知る。
そもそも命令もされずに自身の財貨を差し出すなど、下心なしではありえない行為なのだ。どんな対価を求められるかとも考えたが、島が強欲とはほど遠い性格なのを昔から知っていることに気付き孔明は息を吐く。
「むしろこちらから無理矢理に褒美を与えねば何も求めぬであろうな」
こうなると不思議なもので、快く与えたくもなるし、出来るだけ大きな贈り物をしてやりたくもなる。大分心が落ち着いたころにも伝令はやって来た、今度はより重要な内容を携えて。
「丞相に申し上げます! 首都北部に『高』『越峻』、南蛮騎兵が現れました!」
「南蛮騎兵だと! 龍将軍の手の者か」
――こうまで遠くを見通せるか! 我が同盟者よ、存分に働きに報いてやらねばなるまい!
成都の外縁、包囲をしている魏軍に歩兵が肉迫する。注意が正面に向いているところで南蛮騎兵が側背から強引に突撃を掛けた。被害を無視して力の限りぶつかる。こうなれば遠征軍と防衛軍では気持ちの入り様が違う。
「首都方面魏軍が全滅しました!」
伝令がやって来ると、つい孔明も立ち上がってしまう。城門の外に居る敵兵も撤退準備を始めたと聞くと、ようやく一つの戦いが終わると胸をなで下ろす。攻めきれない、そう判断した魏軍が姿を消した。それを見届けると、孔明は監視の軍を一部残して首都へ引き返して行くのであった。
◇
《首都の朝議にて》
首都である成都城の中央で論功行賞がなされた。通常ならば一番戦功から下ってゆくのだが、今回はいつもとは違い二番以下から評されていく。主だったものが全て名を呼ばれ恩賞が与えられた、呼ばれていないのは孔明のみ。
自身のことなので最後にまわしたか、或いは省いたのだろうと皆が思っている。だが皇帝の御前、皆が等しく驚愕する。功績一番が何故か島介だったからだ。当然百官が反発する。
「丞相に申し上げます。何故かような者が首座になるのでありましょうか」
「島将軍は南蛮にあって漢中に一歩も踏み入っておりませぬぞ!」
「僭越ながら、丞相はご友人に甘いのではありますまいか」
歯に衣着せぬ物言いがつく。全てもっともな言であり、妬みや誹謗中傷のみというのは無かった。ある程度不満を吐き出させて後に羽毛の扇子を前に突き出し鎮まるようにと仕草で示す。
「島将軍は遠く雲南にあり、漢中に足りぬ糧食を運び、巴東で呉軍を退け、魏軍より首都を救った」
一つ一つ詳細を時系列と共に述べて行き、事実を明らかにしていく。そこに一切の私情は挟まず、あったことのみを正確に知らしめる。
「百官に尋ねたい、もしこれよりも功ありと言うものが居たら名乗り出て欲しい」
一人ひとり目を合わせ段上より尋ねるが、誰一人としてうつ向いた顔を上げることは無かった。島を抜きにして首都で式典が進む。増援に出た軍勢は役目を果たすと速やかに引き揚げてしまい、元の駐屯地で解散してしまっている。
丞相の同盟者、友人、異国の将軍。島とは一体何者なのか、様々な憶測が飛び交った。だがそこには居ない島を話題にするのも、暫くすると収まってしまう。
劉備が死去し、国が揺れた後の勝ち戦。皇帝が代替わりしてもやれるぞ、そんな気持ちになれたので雨降って地固まる、まさにこうだった。
驚きはそれだけではなく、島の離反を懸念した文官が皇帝の縁続きを妻にしてしまえと取り込みをはかりだした。孔明もそうすれば反発が少なくなると、やはり島に黙って全て進めてしまうのだった。
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