第12話
「廖主簿、大王にも一千を要請しろ。現地の指揮官は滞在している坦々王だ」
こんな時の為にわざわざ招いた観光客だ、孟獲も理解して配属しているだろうさ。
「将軍の兵もでしょうか?」
「そうだ。李長老にも知らせ受け入れ体制をとらせろ」
「御意」
何かしておけることはないか? 正面の問題は孔明が何とかする。手が回らない部分だ! 二正面で攻められるとどうなる? 北は防げても東は河を遡上してきたら厳しいな。すると工作か……巴東と言ったか、あのあたりだな。
やりたくとも手駒が足りない。呂参軍の顔が浮かんだ。永昌からなら近いし、やつなら安心だ。悪いがまた借りるか。
「王永昌太守へ使いを出せ。兵三千も付けてだ。巴東地域に防御を張るぞ、呉国からの侵入に備えて準備をさせる」
呉長史が内容を代筆する。まだ他にもありそうだと傍を離れようとはしない。
「王将軍に命令だ、三日以内に出撃可能な軍勢を武装待機させておけ。一ヶ月後に歩兵二万、騎馬一千だ」
呉長史が命令書をしたためて島が印を捺した。紙が改良されて使いやすく長持ちするようになったが、やはり水には弱いままである。
北から大挙押し寄せてきたら孔明が直接指揮を執るか。首都ががら空きになれば逆転負けにもなりかねん。危急の際にこれを守り得る軍勢を伏せねばな。かといって首都近くをうろつかせては不安を招くぞ! 信頼出来る奴に任せねば……高将軍か。
「高将軍にも使者を出せ。我々は裏方に徹するぞ!」
何事も起きなければそれで構わない、だがそうはいかないだろう。今は乱世なのだから。
◇
三ヶ月が経過した。表面上は何も起きはしなかった、だが突如事態は加速する。魏軍が長安から漢中へと大軍を発した。孔明はあまりの数に自らが迎撃の指揮を執るべく、首都の軍勢三万を先発させ、本隊として五万率いて出撃した。
「ついに動いたか!」
「漢中は要衝に御座います。そこへきて丞相が出馬なされました、心配はありますまい」
断崖絶壁が蜀を囲んでいる。山を越えて谷を抜けて生きて進軍出来るような道は極めて少ない。山岳の切れ目を前後に持った盆地、それを繋いで前後に城壁を置いたのが漢中城だ。名前の通り、漢帝国にゆかりある歴史が深い地域。
「呉国はどうか」
以前命じてあった諜報組織、あれが活躍している。独自のネットワークが一年がかりでようやく動き始めた。一族の隆盛に割く費用が皆無の為に予算は山とある、そこが強みだ。
「湖で水軍の大演習が行われております」
水軍を遡上させるつもりだろうからな! 船戦ではこちらの山の兵は勝ち目がない、足を奪わねばならんぞ! 呂参軍ならきっちりあれを用意しているはずだ。
「そうか。道の巡回警備を三倍に増やせ。もし破壊行為を働く者がいたら処刑だ」
軍道は生命線だ、これを失えば人や物があっても無力化されてしまう。間違いであっても許すわけにはいかない。
傍若無人な振るまいかと言えばそうではないぞ。俺は預けられた範囲内でそのように人を処断する権限、持節を与えられている。皇帝に属する権力の象徴、その代理人である証を。
「孟獲大王がお出でです」
「ここへ通せ」
のっしのっしと王を率いて彼はやってきた。南蛮での地位を確固たるものにして、今や他の地域の大王すら従えている。
「島、始まったらしいな」
「兄弟は耳が早い」
もしかしたらこちらより早く察知していたかも知れんぞ! 孟獲も自前であちこちに網を張っている、首都とは別のルートで情報を得ているのかもしれない。
「呉からも来るぞ」
「だろうな。手は打ってあるが、水上は全く勝ち目がない」
素直に弱音を吐く。孟獲はガハハハハと大笑いして、後ろに控えている王を紹介する。
「だろうと思ってな。水角洞を束ねる母于夫羅王(ボウフラオウ)を連れてきた」
「水角洞?」
「水辺で暮らしている。水中でも長く息が続くし、泳ぎも達者だ。小舟ならばかなりの速さで動かせる」
「そいつは心強いな!」
得意気な孟獲は更に紹介を続けた。
「水に浮く鎧を持った兵を抱えている、亜綿暴王(アメンボウオウ)、千里を駆ける馬を多数抱えている鳳珠羽空王(ホウスパアクオウ)もだ」
「うーむ……」
ボウフラにアメンボウ、ホースパークか。これは俺が悪いんだよな? 貧相な発想には目を瞑るとして、これらの特殊兵は極めて重要だ。
「助かる。歓迎させてもらう」
自らの夢に出てくる南蛮人が担々であったりするのも含め、何故か申し訳ない気持ちが溢れてきた。
「島は俺の兄弟だ、蜀がどうなろうと知ったことではない。だが、お前を無くしたくはないし、何より楽しそうだからな!」
「孟獲……」
心強すぎて参るよ、幕僚らの視線が痛いね。知ったことではない、間違っても同意は出来ない。だが根底にある想いはあまり変わりはしないな、俺とて孔明が良ければそれで良かった。やはり同じ波長を感じる、こいつとなら上手くやっていける気がする。
「三王を私の幕に招く。事あれば働いてもらう」
隠し玉を手に入れて活用を夢想する。今すり減らすべきではない、いつかの大事に向けて温存する、そんな選択肢も視野に、国家を揺るがす戦争の火蓋は幕をきって落とされるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます