第11話 散安南将軍持仮節都督雲南太守丞相司馬護羌南蛮校尉中郷侯

 同格は許さん、そう言われた李将軍が信じられないとの顔をした。完全に格下扱いをされて、更に征服した南蛮の首領すら上に扱えと言われ。


「解った兄弟、お前がそう言うならそうしよう」


「呉長史!」


「はっ」


「たった今、南蛮は蜀の統治下に入った、首都へ報告をあげろ。孟獲大王を歓待する、酒宴の準備だ!」


「御意!」


 李将軍とは正反対、呉長史は島の裁下に感銘を覚えた。丞相への筆が躍り、一大宴会が催されたのは言うまでも無かった。



 李将軍は面白く無さそうにして首都へ帰還していった。王平は新たに討寇将軍、馬岱は平南将軍に昇進が言い渡される。そして島にも使者が告げた。


「そなたを、安南将軍に進め、持節雲南都督丞相司馬を加え、五百戸を加増する」


「慎んでお受け致します」


 つまり俺は何になるんだ? 散安南将軍持仮節都督雲南太守丞相司馬護羌南蛮校尉中郷侯か。


 使者を歓待して雲南城の太守の椅子を暖めることにした。商人らから中間報告が届いていた、植物は育成が可能だと。通訳も教育を進めている。島が位を大幅に進めた為、商人等からも熱が伝わってきた。やはり実績をあげると態度が違う。


「呉安南校尉、軍勢はどうだ?」


 島につられて階級が進んだ呉が平時の訓練を担当していた。南蛮を征服しても暫くはこちらに駐屯するつもりでいる。


「はっ、号令を発すれば十万は集められますが、装備が足りません。四万は主力として使い物になります」


「うむ」


 永昌や越峻からの兵を殆ど帰還させたからな。この分だと一年はかかるぞ。まあゆっくりとやるしかない。鉄の採掘も始まった。あらゆる事柄が動き始め、椅子に座っていても結構忙しい思いをすることになる。


「高将軍から酒が届けられております」


「そうか。何か返礼品を贈っておけ」


 蘭智意からとある話を聞かされた高将軍は島にべた惚れしてしまった。切っ掛けは李将軍とのやり取りだ。高将軍を防いだとあるように、二人の間柄は良くない。そんな李将軍を降し、見事島があしらったこと。そして派遣した蘭智意を信頼して重要拠点を預けたことだ。


 俺はいつでもどこでも非主流なんだよな。どうやら部族を従えるのが宿命らしいと、数十年軍人をやり、夢までみて受け入れることにしたらしい。馬氏にも手紙を出して宝石を贈った、使者が返事を抱えて戻るまでに二ヶ月も掛かってしまう。アフリカの僻地でエアメールを待っているような感覚だった。


 新婚で一年も二年もほったらかしでは悪いね。だが呼び寄せるわけにはいかないし、俺が行くのは論外だからな。


「島将軍、孟大王がお出でです」


「そうか、ではちょっとばかり息抜きしてくる」


 豪奢な毛皮を身につけた孟獲が広間に居た。島の姿を見付けて片手をあげる。


「働き詰めか、仕事なぞ部下に投げちまえよ島」


「そうしてるさ、俺がやらなきゃなんことだけなのに山になってるんだ」


「じゃあ酒でもやって気晴らしをするぞ」


「そいつは名案だな、兄弟の勧めに従うとしよう」


 最初は意識して作っていた間柄だった、酒を酌み交わし話をするうちに打ち解けてしまったのだ。元より人種や立場に偏見がない島だ、南蛮の王や洞主らも孟獲の兄弟として親しく言葉を交わすようになっている。


「先ずは一杯だ」


 盃になみなみと注いでは飲み干す。かつての酒場での乱行を思い出してしまう。


「俺の故郷では、米から酒を作るんだ。そいつがまた旨い」


「島の故郷とはどこだ?」


「東海島だよ。船がやって来たら米酒が無いかを探してみたらいいさ」


 流石に作り方までは知らないので、原料だけヒントを与えておく。


「そう言えば象だが八十を送った、あと水牛を」


「そいつが居たら開拓が楽になってね、後はあちらで勝手にやるさ」


 戦象を集めろと言われたと孟獲は思った、しかし労役代わりだと言われ不思議な顔をしていたものだ。農耕に象や水牛を利用するものかと。


「港からの品もまとめてあるが」


「うちで護衛をつけて首都に送る、兄弟のとこで観光がてらあちらに居を構えるやつがいたら、俺の名前で優遇させるよ」


 案内役を育成するつもりで人手を求めた。王から一人と洞主を二人つけて向かわせる、と請け合った。


「あちらは寒いか?」


「ああ、こちらの冬があちらの夏だな。防寒着を用意しておかにゃならん」


 常夏の地域から、凍てつく大地まで。中国はとにかく広い。


「こんな炎天下で何を考えてると言われるな」


「まあな。だが必要になってからちんたら用意してたら遅い」


「当然だ、あちらで作らせよう。しかし島は物識りだな」


 孟獲とてやたらと幅広い知識を持っていると自負していた、だが島には敵わないと認めてしまう。


「偏った知識だよ。単身雲南から追放されたら俺なんてあっという間に野垂れ死にだ」


 盃を傾けて自嘲気味に笑う。実際右も左もわからずに苦労するだろう。身一つで放り出されたら、良くて追いはぎで食っていくことしか出来んだろうな。結局俺なんてその程度の者でしかない、生かされているだけだ。いつも支えられ、どれだけ皆に恩を返せているやら。


「困ったら孟獲大王のとこに連れていけと言えばいい、必ず迎え入れる。いいか、必ずだ」


 妙に力が入っていた、顔は笑っていても目は真剣そのもの。傍に置けるものならそうしたい、本気なのが伝わって来た。


「なるほど、そうなったら思い出すよ」


 肩を竦めてまた一杯。近くを見ると他のやつらも飲んでいる。


「ところで島、女はどうだ?」


「新妻を国においてきてる。申し訳ない気持ちで溢れてるよ」


「ほう、ではどうだ、俺の娘はいらんか? 器量は保証するし、漢語も出来るぞ」


 大げさに驚いてみせる。少し考える振りをしてから、イタズラっぽい笑みを浮かべお断りした。兄弟の娘か。


「気持ちだけ受けとるよ。だがそれだけはどうしても出来ない」


「なぜだ?」


 少し不満そうな顔をする、返答次第では距離を置くことすら考えそうな雰囲気が出て来る。


「俺はな、兄弟を義父上と呼びたくはないぞ。はっはっはっ」


「そりゃそうか、ガハハハハ」


 それなら仕方あるまい、納得の返事に気分を良くする。波長が合ったと言うのか、何せ感覚が近かった。孟獲か、言われてるような蛮族じゃ無かったんだな。ひねくれた俺の夢だからか? まあいいさ、やりたいようにやる、それだけだ。


 陽が暮れてまた登るあたりでお開きになる。太守が居ても居なくても地球は回る、なるほど真理だとご機嫌で横になるのであった。



 早馬が雲南城に駆けてくる。伝令は関所も素通り出来る、替馬を領内どこででも自由に徴発可能にする、と触れを出してあった。


「島将軍、申し上げます。首都より火急の使者が!」


「通せ」


 ボロボロの衣服、目には隈がありあちこち泥まみれになっている。あれは喪服!


「どうした」


「皇帝陛下、御崩御に御座います!」


 それだけ告げると使者が倒れてしまった。場がどよめく、それを咎めることも無くそれぞれが今後を憂えた。


「使者を休ませよ。目覚めたら歓待してやれ」

 

 劉備が死んだか。間違いなく一波乱も二波乱もあるぞ! ここに来るまでに何日を要した、首都からなら四日か? いずれその程度だろう、他国にも同時に急報が届いていると思っていいな。


「島将軍、雲南より弔問の使者を送るべきかと」


「呉長史、誰が適任だ」


 その辺りの常識が時代により欠落していた。素直に助言を容れるべきところだろう。いつも助かるな、こいつが居ないと俺は色々と困るぞ。


「次席者である馬将軍が適任かと存じます」


「うむ、馬将軍をここへ」


 早馬が駆け込んできたのを聞き及んでいた馬将軍は、すぐさま太守の眼前へやってきた。武官服の正装か。急報の内容は既に耳にしているわけだ、別口で伝令を抱えているんだろうな。


「出頭致しました」


「うむ。皇帝陛下が崩御された。馬岱を弔問の使者とする」


「ははっ!」


 国事への代理人である、馬将軍も此度は大満足で退出する。さて、これを機にいずれ他国も使者を出す。状態を見て攻めいることもあるな。俺がなすべきことを為すだけだ。


「呉長史、糧食の備蓄は充分あるか」


「十万の軍勢を二年は養えます」


 それを運ぶことが困難なのだ。遠路はるばる徒歩、そんな時代だ。十万も動員はしない、それに二年も戦うつもりは無い。だが糧食は必要になることがあるわけだ。


「道はどうだ」


「何とか荷馬車を一方通行ならば」


 地道に道路整備を続けさせた甲斐があるよ、荷馬車が通れれば充分だ。


「よし、中郷へ第一陣を送るぞ。あちらに倉庫を建てて備蓄する」


「ははっ、手配致します」


 呉長史に任せておけばまず問題ない。部下を信頼し多くを預けた。場所だけは幾らでもある、余れば周辺に別けても良いしな。


「警備を必要とするな。李司馬、軍勢より二千を送る、編制し私に戻せ」


「御意」


 李項のやつも落ち着きが出て来た。やはりこの年齢の男は化ける。

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