第9話

「その折には馬氏からだけでなく、羌族からも妻を迎えられたい。如何で?」


 島将軍という存在と繋がりを絶ちたくない、そういう意思表示だな。


「嫁入を嫌がらねば私は歓迎するよ。器量は問わないが、言葉だけは通じて貰いたいものだ」


 羌夏歩珂が笑う。冗談はしっかりと通じるらしい。出来れば器量も保証して欲しいが、それは欲張りだよな。


「されば羌族は島将軍との盟約を発効する。私が幕に残るので、副使を羌に戻します」


「では客人として遇する。呉長史、委細任せる」


「御意」


 相変わらずの丸投げが続くが、そこも割り切ることにしよう。適材適所だ。



 勝手に手配をしてしまうが、塩と鉄は国家の専売特許だと後に知らされる。だからこそ個人と取引を求めたと。俺はまた闇商人じみたことに手を出してしまったのか。参ったな。約束したものは仕方ない、違反は承知で国家の為だと信じて続けるしかない。


 成都に居る馬氏に書簡を送ることにした。ついでにこのあたりで採れる宝石を贈ることにする。これも夫の務めか、会って数日のみの関係だ、不安で堪らんよ。孔明にも書簡と伝令で羌との関係、将来的な何かを伝えておいた。詳しくは言わずとも彼なら理解するだろう。


「この辺りに要塞を一つ築くんだ。補給の中間貯蔵地点に据える」


 王将軍に場所の選定と築城を命じる。集落から人を集めて作業を手伝わせ、三日で満足いく形を作り終えた。


 兵二千を常駐させて要塞拡張を行わせておく。断崖絶壁、後ろは渓谷なので水の心配はなく、切り立った崖は何度か折り返してようやく要塞に辿り着く。多少手間はかかるが、大切な物資を確保するには安心安全を優先させた。


「よし、進軍を再開するぞ」


 馬将軍の伝令がやって来ると、雲南城を占領したと報告が上がる。これでスタートラインか。長い夢はまだまだ楽しめそうだ。本陣が雲南に入城すると、馬将軍が出迎えに出て来た。随分と気候が違うな、このあたりは熱射病に注意しなけりゃならん位に暑くなるぞ!


「馬将軍ご苦労だ」


「無血開城を受けました。朱褒の手勢だった者らが仕切りに呼び掛けを」


「そうか」


 同郷の兵五千がやって来たら、そりゃ戦うまいさ。呉長史の手配だったな、やはり奴は使える。戦わずに城を一つ手に入れた、これを功績と呼ばずに何というのか。


 内城に入り太守の椅子に腰を落ち着かせる。郡の役人が身を小さくして新しい支配者に謁見した。


「私が島太守だ。この地は今より正式に蜀の統治下に組み入れられる。郡の官に告げる、蜀に忠誠を誓うならば今まで通りに抱えることを約束しよう」


 とはいえ居なくなって困るのはこちらだからな! 諸官が平伏した。幕僚らも何も言わずにそれを見詰める。


「だが裏切りには死を与える。何が大切かを自ら考え職務に励め。雲南長史は前へ」


「ははっ、雲南長史の苗允に御座います」


 長身で細身、やけにしなりが良さそうな体型だな。


「苗長史、郡の概要を明日に、詳細を十日の後に提出せよ。これは最優先命令だ」


 もしかして苗族か? 昔過ぎて時代の前後がわからんな!


「ははっ」


「馬将軍、三日の後に昆明へ進軍だ。手勢に五千を更に加え、二万を預ける」


「御意」



 雲南周辺の部族から丁寧な挨拶や、乱暴な挨拶が相次いだ。どちらであろうと細かいことは全く気にしない。軍が集まりすぎては食料問題が起きるな、それでいて分散するには根拠地と指揮官が必要になる。さてどうしたものだろうか。


 手元に居る将軍は王のみだ。これを派遣しては実戦にまだ少しばかり不安があった。かといって小者を宛てては荷が重くなる。度々昔の仲間がいかに有能だったかを痛感させられるな。把握もしなければならず、暫くは雲南城を離れられない。結局は自身が負担を引き受けることにした。


「王将軍、麾下に五千を加える。周辺の県城を全て奪って来るんだ」


「御意」


 小城が四つあると概要で知らされている。町の城であり、雲南は市の城だと想像したら規模に大差は出ないはずだ。放射状に南西から南東に散っている、それらが前線基地として作用することになる。


「島将軍、丞相からの使者で御座います」


「うむ。わかった」


 使者を上座に置く。彼らは丞相の代理人だからだ。何処と無く見たことがある者だな?


「丞相の代理人、李輔漢将軍だ。島介に護羌校尉を加えるものとする」


「承知いたしました」


 式典の類の礼をして新しい印綬を引き受ける。もう袋は一杯だよ。ま、これは俺が申請したようなものだからな!


「では席を入れ替えましょう」


 李が段を降りてしまう。俺が太守の椅子に座ると眼前の李が片膝を折った。


「李厳輔漢将軍は、これより島護忠将軍の幕に加わります。着任のご許可を」


「李将軍の着任を承認する」


 このまま留まるってのか、こいつは助かる! 呉長史が耳打ちしてくる。なんだ?


「輔漢将軍号は護忠将軍号より格式が御座います。李将軍を部下ではなく、同格として遇するべきかと」


「なにっ」


 俺と同格の司令官など扱いに困るぞ。指揮権限が一本化されない軍ほど危ういものはない。この問題は先に延ばして考えるわけにはいかん!


「李将軍に確認がある。将軍は私の幕に入ると言うことは、指揮に従うということだろうか」


「某、輔漢将軍なれば相応の評価をいただきたく」


 明言しない、つまりは呉長史が指摘したように同格を求めているのだ。


「私は南蛮を蜀の影響下に収めるべく勅命を帯びてやって来ている。同格の将軍のつもりか?」


 これを曖昧にしてはならんぞ。指揮権は渡せん、それが絶対だ!


「輔漢号は遥かに格式がある号。それに蜀へ高定が侵入した際には私が防ぎました。いかに島護忠将軍が丞相の友人であろうと、国家の伝統を蔑ろには出来ますまい」


 見下すわけではない、序列を知れと説いているだけだ。それについては俺とて理解している。無名の新人に席次を奪われて納得いっていない、理由はそれだけで充分。


「なるほど伝統は大切だ。しかし私は命を遂行しなければならぬ。その為には指揮権をことごとく掌握することが必須だ」


 土壇場で従わないような軍は要らん。首都でなんと言って来ようと俺は絶対に認めん。


「私とて理解しております。だから形だけでも幕に加わると申しておる次第」


 呉長史が少しばかり不安を見せる。しかし口を挟んではいけないと見守った。


「将軍を必要としているのは認める。だが私は同格を認めるわけにはいかない。選べ、指揮権を侵さぬと明言し幕に列なるか、首都に帰還するかだ」


 政権から離れた将軍は全てを司り、唯一責務を負う。俺が納得しないやつなど十万の軍を率いていようと受け入れるものか! 李厳はまさかの頑強な抵抗にあい窮した。普通ならば名目などいくらでも目を瞑るというのに、この新参者はやけにいきり立つと。


「国家の慣習を軽視するわけでしょうか」


「慣習など知ったことか。私は蜀という国を命懸けで支える覚悟でここに在る。それを壊そうとするならば、相手が誰であれ変わらぬ態度で臨むまでだ!」


 椅子から立ち上がって李厳をじっと見つめる。幕僚に緊張が走る、もし李将軍が物別れで帰還しようものならば、双方が何等かの罪を問われるだろうと。


「……李輔漢将軍は、島護忠将軍の指揮下に列なると誓いましょう。これも国家の為ならば、わだかまりなく」


 苦い表情を隠しきれない。彼にしてもここで引き返すわけにはいかないのだ。


「李将軍の協力に感謝する。目指すところは同じだと信じている、頼むぞ」


 溝はある。だがこれは必要なことなんだ。やっと話がついたと呉長史が進み出る。


「島将軍、李将軍の軍勢を入城させて宜しいでしょうか」


「うむ。疲れているだろう飯と酒を振る舞ってやれ、雲南太守からの寄贈だ」


「有り難く」


 余計な摩擦が起きないように、太守名義で出すように命じる。手勢は五千、しかし騎馬が一千なので万の軍勢と同義だ。高将軍を防いだ、か。食い合わせに注意しておかねばならんな。



 雲南の支城を制圧した王将軍が帰還する。各城に千人ずつを増援して警戒を強めさせた。李将軍はずっと近くに置いて特に任務を与えてはいない。嫌がらせでもなんでもなく、互いの意思疏通の仕方を養っているだけだ。


「李将軍、馬将軍が昆明に侵入した。いよいよ南蛮の地だが」


「我等も陣を進めるべきでしょう。馬将軍の後陣として二日程まで」


 判断は流石だ、軍事に関する懸念は一切無い。それだけにこの空気を何とかしたいものだな。


「補給も必要だな。雲南近くは八割がた靡いた、このくらいで満足しておくべきか」


 もう少し俺が居座って安定化させなきゃいかんな。ここで李将軍の出番なわけだ。雲南も南の端まで来てしまえば、北の出身者は暑さで参ってしまう。逆に多数の兵を南部で集めても、あまり北へは行かせられない。


「いかが致しましょう」


 それが命令の催促なことくらい百も承知だ、詳細を指示してやらんといかんぞ。


「李将軍に軍勢一万を預ける。馬将軍の後ろに入り、陣地を築け。補給部隊を三日後に進発させる、受け入れの手筈を」


「了解です。馬将軍へは?」


 あちらでも手探りなわけだ、連絡用に幕僚を数名つけるか。


「独立させている。要請があれば応じるんだ」


 それに下手に指揮下に組み込ませたら反発が凄そうだからな、お互いに。李将軍を派遣して後に、補給部隊を編制させた。五千の規模で蘭智意に任せる。更に五日遅れて本隊が出撃する、三万の軍勢だ。雲南には廖主簿を残して太守を代理させる。


 総勢七万八万か、随分と膨れ上がったな! 長引いては食糧が不足するぞ。何とかこちらにあるもので補充していかねば。運ぶ距離が短い方が楽なのは当たり前だ。口に合う合わないはある程度目を瞑るにしても、絶対量という考えは存在している。


「呉長史、この絵の植物を探せ。それと他にも芋があるはずだ、現地の者を使い食糧を集めろ。そして例の商人に荷台十ずつ渡して研究させろ」


「御意」


 想像で描いた絵をを取り敢えずは数枚描き写しをさせて部下に命令する。道を整備しながらノロノロと移動を続けた。司令部だけは数日に一回、騎馬で距離を長く移動して歩兵をゆっくりと待つのを繰り返す。


「李将軍からです。陣地を構築し補給部隊と合流しました。周辺の偵察に移ります」


「うむ」


 さて南蛮の首領は孟獲大王とか言うやつだったか。どうやって従わせたもんかね。


 

 先発に大分遅れて本隊が前線基地に入城した。馬将軍を含めて将軍が集まる。正式な将軍は四人、他は付属的な武将でしかない。


「いよいよ昆明だ。雲南太守の統治を外れているこの地を制圧する」


 そもそもは雲南郡の都が昆明であり、最南方の郡都でもあった。それだけに統治が行き届かず反乱が多かったので、郡府を北側に逃した経緯があった。

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