第8話 散護忠将軍仮節雲南太守監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯
首実検、本物と識別され耳打ちされるが喜びを見せない。むしろ冷たい視線を向けた。
「偽首を持って投降を装うのか。朱褒は、高定と擁鎧は強固な絆で結ばれている、注意しろと言ってきたが」
軍を動かしてない理由は知らんが、黙っているのは認めたも同然なのが策略だよ。
「馬鹿な! 朱褒が反乱をしきりに勧めて!」
なるほど、そいつがガンか。誘導尋問ではない、そのような失言はさらりと無視する。
「いまさら言い訳は見苦しい。処刑せよ」
「お待ちを! 某が朱褒を討ち取りますので、それまでは!」
純朴なやつらだ。何だか俺が悪役のようで気が引けてくるよ。
「ふむ……では二日だけ待とう。証をたてるんだ」
「はは!」
仲間に信用されず、敵にも信用されず、更には味方と思っていた朱褒には裏切られていると聞かされ、高定は逆上して冷静な判断を下せないで居た。すぐさま軍を率いて城の外に野営している、朱褒の陣に突撃していった。
友軍だと思って気を許していた朱褒軍はあっさり突入を許してしまい、本陣を蹂躙されると、主の首をとられてしまい降伏した。そのまま軍勢全てを率いて高定は目の前に戻って来る。
「島将軍、証を立てましたぞ!」
単身門を潜って膝を折る。これでどうだといわんばかりの顔が何とも微笑を誘う。
「高定の真意は解っていた。ただ反乱を起こした事実は消えない、汚名をそそぐための功績としては充分だな」
「すると?」
知っていたならどうして、本当に純朴なやつだよ。そういうのは嫌いじゃない。
「最初から心は解っていた、だが内外に示しがつかないからな。私から高太守の無罪を丞相に報告しよう」
ようやく全てを理解した高定は到底敵わないと視線を落として畏まった。
「実は私は味方が少なくてね。どうだ高太守、一緒に働いてはみないか?」
「島将軍のお言葉とあらば、喜んで従います」
喜色を浮かべている男に真剣な顔で変わらない方針を伝える。
「そうか。一つだけ覚えておけ、私は仲間を見捨てず、敵に降らず、ただ進むのみだ」
そこに何の迷いも偽りもない! 俺は前へ、より前へ進むだけだ!
◇
成都の孔明に詳細を報告した。すると越峻太守に高定を留任させ、偏将軍に任命するとの返事を携えた使者がやって来た。更に擁鎧の支配地域も併合して統治するようにとの指示が下った。高将軍は驚いて蜀への忠誠を声高に宣誓する。で、俺への指示がこいつか。朱褒の死で空席になった雲南太守に任じる、か。自力で奪って来いってわけだ。
散護忠将軍仮節雲南太守監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯、何をどうしたらこうなるのかそのうちじっくりと考える必要が出てきた。後方基地を高将軍に一任して、本軍は南下を続ける。
擁鎧、朱褒らの兵士のうち、従順な者二万を新たに指揮下に加えた。高将軍からは蘭智意が派遣され五千の兵士を本陣に置く。途中で永昌郡に寄り道をする。連絡が途絶えていたので様子を確認するためだった。
「あれが永昌城です」
傍の者が指差す。『蜀』『王』の旗が林立しているが、城の周囲は激戦の跡が艶かしかった。死体が転がっていて、中には白骨化しているのもある。
「王将軍、国旗、軍旗を掲揚し到着を触れてこい」
「御意」
いきなり近づいて敵と間違えられては面白くない、緊張を解く為にも王将軍の旗印は絶好だった。首都から遠く離れ孤立無援で篭城していたか。忠義の士だな。
城内が沸く。首都からの援軍がやってきたと。ついでに寄っただけのつもりだったが、水をさす必要もないので黙っているか。
「永昌太守王抗です」
「散護忠将軍仮節雲南太守監丞相府諸軍事護南蛮校尉中郷侯の島介だ」
意外そうな顔をされる、どういうことなのかと。もう慣れっこだよ。誰か代わってくれ。周囲が島将軍と呼んでいるので王抗もそれに倣う事にしたようだ。城内で酒席が振舞われる。
「よくぞお出でいただきました」
「私からも、よくぞ城を守り通してくれた。成都では音信不通で心配をしていたところ」
反乱を起こしたとは聞かなかったが、そうでなければ落城しているのではないかとの話が出ていたほどだったのは事実だ。
「城を守ったのは呂凱の功績。私はここに座っていただけです」
ふむ、呂凱というやつの仕業か。それに王抗も気持ちのいいやつだ。何の人材不足とはいうがこういう逸材も居るものだな!
「お引き合わせ願えますか?」
「喜んで」
呼びにやらせるとすぐにやってきた。新進気鋭の武官かと思ったら、中年の文官だったことに驚く。
「永昌長吏呂凱です」
「そなたが防戦の指揮を執ったそうだが」
文武両道か、いいよなそういうやつが居ると。
「必死に役目を全うしたのみです。島将軍こちらを」
手にしていた皮の巻物を渡される。開いてみると地図だった。馬将軍、王将軍両名が集めた情報を総合するよりはるかに詳細な逸品。思わず感嘆の声が出てしまう。
「これは貴重な品、ありがとう御座います」
ついそう謝辞を述べた。上級者がそのような言葉を発するとは思っていなかったのか、黙って畏まってしまった。
「王太守、ものは相談ですが呂長吏を南蛮遠征に際して貸していただけないでしょうか?」
頼みごとをする立場なので謙る。王太守は笑顔で承知した。
「どうぞお役に立ててください。朱褒がいなくなった今、永昌郡もそこまで危険もありませんので」
「呂長吏を護忠将軍府の参軍に任じる。幅広い助言に期待する」
「御意」
後の参謀。参軍と謀士を合わせてしまったのが語源といわれているが、はっきりとしたことは解らない。
大分基礎が固まってきたぞ! しかし、これで国って言っていたのだから凄いな。現代に慣れちまって本質を見失わないように要注意だ。夢は覚めないが、これもまた面白いからよしだな!
幕僚、軍勢ともに倍増し、いよいよ本番が始まると気合を入れる。酒の味は時代や場所が違っても、やはり旨く感じられた。
◇
永昌郡で兵を募ると、五千が新たに加わる。不足した物資を軍から郡へ分け与えたのが、民の耳へ届いたらしい。馬将軍から軍需物資を無闇に減らさないようにと、苦言を向けられてしまった。
「馬将軍の言は野戦指揮官として正しい」
「されば何故でしょうか」
「私は野戦指揮官であると共に、南蛮征服を命じられた身だ。こうすべきだと判断したからした、不満か?」
相手の考えを認め、それでいて自らの決断を変えない。かつての仲間あたりならば笑って従うが、馬将軍は無理矢理に納得した感じが見えた。まだ信頼の絆が見える程ではない、これは俺の問題だ。
「承知いたしました」
「彼らは」言葉を区切り一つ呼吸をし「首都から遠く離れた地で、命を賭して、全てを懸けて国を、民を守り通した。私はそれを称賛したい、認めてやりたい。そう思い報いた、それだけだ」
「御意」
馬将軍が退出する。彼にはまた先行して雲南入をするよう命じた。手勢に一万を加えてやる。彼は正しい、俺も間違いとは思ってはいない。現実はどちらも求めていないのかも知れんがね。
馬将軍は優秀だ、癖はあるがきっと大駒に成長するぞ! 呉長史に一言指摘され、永昌の現状を首都に報告することにした。本隊は道を整備しながら南下を続けた。周辺集落を懐柔したり、征服したりしながら。陣を張っていると、蜀から訪問着があると知らされる。
「島将軍、羌族よりの使者がやって参りました」
「うむ、通せ」
やって来たか! 果たしてどんなやつらかな。姿を見せたのは線が細くて白褐色の中年らだった。イラン人に似ていると思えば似ているかも知れない。
「羌族の羌夏歩珂です」
「島将軍だ。遠路はるばるご苦労」
こちらの言葉を喋るんだな、まあわざわざ使者に選ばれたんだ、そのくらいは当然か。
「我等に用があるとかで」
社交辞令などすっ飛ばして切り込んでくる。俺もそれが嫌いではないぞ。
「うむ。試しに羌の言葉で話してみてくれないか?」
「羌の/='%$、%!",意味が?」
「うむ、私では半分と理解不能なようだ」
だがペルシャ系の言語が一部にあるのはわかった、推測自体はあっているらしいな。
「それでも一部は理解されたと?」
「羌の、意味が、だけが理解できた。文字はどうだろうか? 廖主簿、紙と筆を」
紙を見て不思議そうな顔をしていた。アラビア語で幾つか短文を書いてみて渡す。
「少しならば我々も理解出来ます。恐らくはまだ西の地域のものでは?」
額を寄せ合いあれこれと見比べてみて意見をすり合わせる。
「そうか、貴重な意見を貰えた」
これでは言葉も文字も使うのは無しだな。
「島将軍が馬氏を妻に迎えたならば、将軍と我々は親戚です。より良い関係を結べることを願います」
馬氏族頭、馬超将軍は羌族の母を持っていた。族子を妻にしたならば確かに俺もそれに含まれてもおかしくはない。それはつまり馬超将軍より格下だと見られている事実もあるが、そんなことは全く気にならなかった。
「私もそう願うよ。時に羌族の土地から鉄が産出されると聞いたが」
「はい。我々はあまり必要とはしませんが」
「うむ。馬氏を通じて私が買い上げたい、採掘も引き受けるがどうだろうか?」
突拍子もない内容、そういうことなら先に伝えておいてくれたらよいのに、そんな言葉が聞こえてきそうだ。使者らは早口で相談して話をまとめ、返事をする。
「幾つか条件があります」
「何でも言ってみて欲しい」
そりゃあるだろうさ。頷ける内容なら丸のみしてやるよ。
「我々は蜀ではなく、島将軍と取引を行う。採掘はそちらが行う。代価は採掘時に家畜と交換する。馬氏が逝去、離縁の折にはこれらは破棄される。どうでしょうか」
む、個人的にときたか。それより馬氏がというのが難しい、病気や事故で急死ではたまらんぞ! しかし代替案は無い。
「承知した。一つ私からも、これは願いがある。馬氏を離縁するつもりは毛頭無いが、体が弱く急逝の懸念は拭えない。後妻を迎えることで約束を継続は可能には出来ないだろうか?」
ほいほいと娘を差し出す訳もないだろうが、国家の一大事ならばわかってくれるはずだと提案する。
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