第7話


「大変です、敵が攻めてきました!」


 櫓の兵が遠くを指差している。城ではなく西側、遠くに旗が見えて『擁』の文字が見えたと報告する。むしろ出会わないと困るもだが、見張りとしては大変というのも理解出来る。来たな、だが暫くは放置だ、ここは簡単に落ちないぞ。


「王将軍」


「はっ」


 呼ばれて脇から眼前に居場所を移す。完全武装の将軍が畏まりこちらを見詰めている。そうだ、これは戦争だ、俺には俺のやりかたがある。


「兵を出撃させぬようにしろ。陣に篭り手を出すな、そのうち引き返すだろう」


「応戦するなと?」


 どういうことなのかと尋ねる、命令の解釈に誤りがあってはいけない。あまり細かく指示するより自主の精神を育てたいものだが、今はまだか。


「いや攻めてきたら戦え。こちらから積極的に戦うなということだ」


「解りました、私が指揮を執ります」


 一礼して幕から出て行く、その行動の素早さは賞賛しても良いだろう。さてどうやってハメてやったものかな。馬将軍を伏兵させるのはどのあたりが適切か、それを考えておくとしよう。たまに櫓に登ってあたりを観察しておく。


 特に小競り合いがあったら指揮の程を見て覚えることにした。馬将軍に概要を伝える、紙に簡単な地図を描いて伝令に持たせた。懐に収まるし便利なものだと最初目を丸くしているのが面白かった。


 数日が過ぎても蜀軍は出陣しなかった。擁鎧軍も高定軍も首を傾げながらたまに攻撃を仕掛けてきていた。そのうち雲南から朱褒軍が合流、太国から少し離れた場所に陣を張って戦に備えた。


 役者が揃ったようだな。そろそろ始めるとしようか。罵詈雑言を投げかけられようと、一騎打ちを申し込まれようと、ぐっと我慢して島の命令を守り通している。その軍勢を勇気の欠如と相手が看做したのを感じ取った。前線の敵兵がだらけてきたのだ。


「王将軍を呼べ!」


 時機がやってきた、幕に将軍を招いて策を明かすとしよう。


「出頭致しました」


 いつもとは何か違うと感じた王将軍は胸を張って姿勢を正した。直感が鋭いらしく、出撃の命令だと悟る。


「待たせたがいよいよこちらの攻撃だ。王将軍、暗夜陣を出て左右の要所に兵五千を伏せるんだ。合図があり次第敵を叩け」


「御意!」


 気合十分の返答と共に幕を出て行く。王将軍が不在になれば、本陣は島が指揮を執らなければならない。デビュー戦だな、馬脚を現したといわれないようにせにゃならんぞ!


「馬将軍へ伝令だ!」


 ついに場は整った。心を落ち着かせようと、瞑想することにした。



 今日も今日とて擁軍と高軍が出撃してきた。どうせ大した反撃もないと思っているのか、戦列は乱れて足取りもだるそうに。


 大将の居場所を報せる大旗、それが中央付近に位置しているのが発見される。下には見えないように山頂で旗が振られた、左右の断崖の上で息を潜めて号令を待つ。前後に岩が落とされると高軍に混乱が起きた。


「て、敵襲!」


 わかりきった声があちこちで響く、頭から矢を射られ、スリングで石を降らせる。土を焼く必要もないくらい石はどこにでも沢山転がっていた。王将軍が槍を手にして敵の中央目掛けて攻撃を仕掛けた。


 高軍は混乱してあっさりと本陣に侵入を許してしまう。驚いた高定は側近のみを率いてさっさと退散してしまった。残された兵士は武器を捨てて降伏した。先頭の兵も砦から『島』が出撃してきたのを見てやはり抵抗を諦める。


 時を同じくして馬将軍が擁軍を撃破したのも報告されてきた。本陣に捕虜が続々と送られてくる。王将軍も意気揚々と引き上げてきた。これは簡単に行き過ぎじゃないか? うーん、逆に微妙な気分だ。


 戦略とは戦う前から概ね結果が決まるようなものをいうのはわかっていたが、こうも見事に成功すると気味が悪かった。馬将軍からも捕虜が護送されてくる。


「島将軍、いかが致しましょう」


 呉長吏が合計五千は居ると報告する。一応二箇所に隔離しているとも言った。気が利くな、混ぜるな危険ってやつか。何かに利用できないものかな? 徳を示すってのはあるが、それだけでは上手くない。俺は勝ちにきているんだ!


「高軍の兵には食事を与えて解放するんだ。蜀の敵は擁鎧と言い含めてな」


「御意」


 思い付きでそう命じた、遥か昔に読んだ漫画の影響だというのも忘れて。


「そして擁鎧の兵は処刑する。が、どちらの手勢かは自己申告としておこう」

 

 恥も外聞も無視して全員高軍だというだろうがね。兵士はそうしてでも生きるのが役目だ。だが俺は違う、偽ることなく死ぬのが役目だ。


「畏まりまして」


 長い袖を胸の前で合わせて礼をすると、異見も何もなしで命令を執行する。呉長吏か、使いやすいな。さすが孔明が指名した人物だな! 結果、処刑された兵士は皆無だった。将軍は一体何をしているのやら、自軍の兵士らは懐疑的だった。


 とはいえ、飯と酒が当たっているうちは不満は無かった。一方で太国城内では噂話が交錯していた。


「擁鎧様の兵士は処刑だってよ」

「でも高定様の兵は食事をもらって解放だろ、どういうことだ?」

「蜀軍は擁鎧様だけを敵視してるって話らしいぞ」

「そうなのか? じゃあ高定様についていた方が安心だな」

「擁鎧様の兵士も偽って逃げ出してきたって話だが、そのままこっちに居るのも結構見たな」


 身の危険を感じて寝返ってしまう。末端の兵士だ、誰がどこにいこうと咎められる事は殆ど無かった。特にそれが野戦陣屋ではなく、住民がいる城なら余計に。

 

 呉長吏が紛れ込ませた密偵が伝えた報告である。その機転に大満足した。何かしらの官職を与えたいな。何が適切だ? 将軍の長吏は俺の事務全般の代理だったな、ではあれか。


「呉長吏、そなたを督護忠将軍府諸軍事に任じたいのだが、どうだろうか?」


「恐れながら申し上げます。されば護忠校尉が適切かと」


 違いの程の最大の特徴は、独立している官職か付随しているかどうか。つまり代理か代行かだ。


「ではそうしよう。引き続き長吏もこなすように」


 島の権限を代理して全体の指示を見るよりも、一つ下で自由に命令を執行出来る立場を選んだ。どちらにしても護忠将軍の属を受けているのは名称ではっきりしている。


 そこからまた数日、小競り合いを仕掛けてくることもなくなってしまった。それどころでは無いのだろう。呉長吏の間諜が色々と噂を炊きつけて行く。


「高定は蜀に寝返った」

「擁鎧は高定を信用していない」


 要約するとこの二つだ。離間を図った、二度も兵士を解放した事実が裏づけとして囁かれているが、高定はまったくの慮外、しかし噂を信じたい者がいるのもまた事実であった。


 暗夜行軍する、出元は城だ。野営している擁鎧の本陣を夜襲した。部下の多くが蜀軍に対して戦う意思を示さなくなり、擁鎧から疑いの目を向けられてしまいついにはそうせざるを得なくなった。高定は情報戦に敗れたのだ。


 まさかの奇襲で擁軍はあっという間に蹴散らされてしまう。朝になって高定が陣前に現れる、隣には蘭智意の姿もあった。


「越峻太守の高定だ。島護忠将軍に面会を求めたい!」


 一部の者のみ門を潜る事を許すと、擁鎧の首を手にして高定が降って来た。


「お初にお目にかかる。某、蜀の越峻太守・高定でございます」


「お前がそうか。何を心変わりしてやっきたんだ」


 ほいほい許していては切が無いからな。一仕事してもらわねば困るぞ。


「反乱者、擁鎧を討ち取りましたので献上させて頂きます」

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