第6話

「なるほどな、何とかして平らにしたら改善するものかね」


 別に答えが欲しいわけではない、何日も続く単調な移動の時間を潰すためだ。王将軍の考えを少しでも知るために隣に置いている。道は曲がりくねっている、これも真っすぐにしないとだな。一度命令したんだ、待つしかない。


「時に王将軍は南方の血だとか。言葉はどうだ?」


「母がそこの出だっただけで、言葉はわかりかねます。ですが少々の知識ならば伝え聞いておりますれば」


 親の生まれで言葉が喋られるなら世界の言葉は一つにまとまっていてもおかしくないもんな。今必要なのは知識の方だ、それだけでいい。


「そうか。その地の者達の生活はどのようなものであっただろう」

 

 ナマの生活水準がわかれば色々と判断基準の役にたつ。どうしても俺はこの時代の常識と乖離しているのだ、そこを何とか埋めようと日々努力していくしかないぞ。食事の仕方や、仕草の一つまで普通と違うとみられている。気にしていては身が持たないのも確かだが、際立って違うのもまた困るからな。


「漢人のように高度な知識は身に着けておりません。文字を読み書き出きるのは支配階層のごく一部とか」


 文官になれるかどうか、文字の読み書きが条件だった。そういう意味では確かに高度な知識層でも漢人は下級者が居る位に底上げされている。王将軍は自身も読み書き不能と暴露した。


 おっと、それでも将軍にはなれるわけだ。そのために署諸事とかいう文書担当官が居たんだな。説明を聞いた時になんで文書担当官がちょくちょくいるのかと思っていたが、必要だから居たって簡単な結論だな。


「私の一つの政策が決まったよ、王将軍。して飲食についてはどうかね」


「木の実や果実、芋の類と漁業、狩猟が殆どで、農耕は少ないはず」


 馬将軍と違いあまり断言をしないことに気付く。責任を追及されることを恐れているのだろうか。そういえば道路の件でもそんな雰囲気はあったな。


「ということは一箇所にあまり多く住むと土地が荒れてしまうな。薄く広く分布した形だろうか」


 あちらを撃滅はし辛いが、こちらが決戦を受けることはあるわけだ。面倒だな。移動する大集団を長いこと仮施設に置くのは間違いだ。移動するときは分散して、戦うときだけ集合できるのが最高なんだが、今それをすると各個撃破されて溶けてなくなる気がするぞ。


「いえ、水場に集落を構えております。淀んだ水を飲むと、慣れない者は腹を壊すだけでは済みませんので」


「王将軍、全軍へ通達を出せ。水は必ず沸騰させてから口にするように。瓶を焼かせて部隊でも持ち運びをさせろ。軍の通過箇所には先行させて水を用意させるんだ」


 危ないところだった。疫病で戦わずに病死では残念すぎるからな。雑談の中にこそヒントが転がっているわけだ。


「御意」


 側近を呼んで文書を書かせる。だが自軍にしか通達しない。少し待っていても続けて命令を出す気配が無いのでたずねることにした。


「馬将軍のところへはどうした?」


「あちらは某の身分では命令を出せませんので」


「むう……」


 縦割りだ、仕方ないか。俺が全部指示せねば浸透しないのは困るりものだぞ? どうやってラインを形成したものやら。寥主簿を呼んで代筆させた。印だけ自身で捺して命令を下す、もし戦場で逼迫していたら時間が勿体無いと真剣に悩む。


 伝令を俺の周りに多数置くしか無いか。騎馬から百程引き抜いてだな。戦力を減らすのは惜しい。代案が固まるまではもしもの備えに偏重させておこう、細かい損失は埋められるだろうが、二度と埋まらない損失を序盤にはだせん。



「呉長吏よ、高定を知っているか?」


 ふと意見を聞いていなかったことに気づいて問いかける。どうにも皆、こちらが聞かなければ特に何も言わない。それが美徳だって文化でもあるのかもしれんが。


「はい。元は蜀の将で御座いました。昨今益州三県で離反した中の一人でして」


「越峻の蛮族ではないのか?」


 どうにも良くわからんが。益州ってのは州じゃなかったのか? すぐに益州とは郡の名前だと聞かされる。紛らわしすぎだろ!


「高定、擁鎧、朱褒らの反乱と言えましょう。蜀に忠誠を誓っていましたが、反旗を翻しております」


 全然話が違うぞ! まあ、統治下から外れている事実は同じか。あと何度こういう感じになるんだろうな。まずは話を聞くか。


「首魁は?」


「擁鎧です」


 やけにあっさりと断定してきた。そういう声明でもだされたってことか、それともまた憶測とか誤解じゃないだろうな。


「そうか」


 そいつを除けば収まるわけでもなかろうが、それを逃しては元の木阿弥だな。どうにも又聞きのようなのばかりじゃフラフラした状態になる。一つ先にやっておくとするか。


「私独自の諜報網を持ちたい、呉長吏が組織せよ」


「御意」


 まずは敵を知り己を知るところから始めないと、どうにも足をすくわれそうな気がしてならなかった。戦って勝ち負けをどうのという以前、そもそもが自分が何をしているか、そこから考え直さねばならない始末に大きなため息をつく。


 国家の不正はこうやってトップが知らないうちに行われていくんだろうな。大統領が色々と知らずに非難されていること、山のようにあると実感できたよ。偏った知識でも無いよりはマシのようで、次々新事実が発覚した。だからと軍勢の足が止まることは無かった。いつどこで俺の命令が知らずに実行されているか、そこも注意だ。その為の判子なんだろうなってのも今理解出来た。


「島将軍、馬将軍の軍が越峻に侵入いたしました」


 前衛が敵の勢力地域に入った、つまりは戦争は本格的に始まったと解釈して良い。


「王将軍、周囲の偵察を怠るなよ。奇襲を受けてはつまらん」

 

 暗夜本陣に攻撃を受けたら、今の俺では防戦を指揮することなど出来そうも無い。乱戦ですら怪しいところだ。王将軍が退出すると呉長吏がやってきた。定時報告を聞かされる。細かいことでもすべてを上げるように言いつけていて、面倒な司令官だと思われているだろう。


 それでもそこで握りつぶされたら裸の王様になる、時間は掛かっても全体を把握するために情報が欲しいんだ。


「雲南郡の朱軍が越峻入したと報告が御座いました。その数は二万です」


 歩兵が殆どだと聞かされる。騎馬は育成も維持もやたらと費用が掛かる、守るだけなら歩兵でも充分なので偏るのは当然のことなのだ。野戦での攻撃でだけ騎馬は凄まじい活躍をする。それにしたって指揮官次第ではあるが。


「一致団結してことに当たると言うわけか。まあ一網打尽に出来れば捜索の苦労が減るというものだ」


 その分現場は激しい戦いだろうがね。前向きな態度を崩さないように心がける。勇気を失えば俺が持っている強みを一つ失ってしまうからだ。飛び道具が少ない部隊で、騎馬隊をどうやって倒すのかは全く不明だ。石ころを携帯させて馬の鼻っ面にぶつけるのが関の山だろうな。


「擁鎧も二万、高定も一万を率いております」


 合計したら五万の軍勢、一方でこちら手勢は二万と私兵らが二千程。ことさら数的不利を指摘して来るのに苦笑する。


「野山で並んで戦うわけではない、数は力とはわかっているがね」


 文官特有の戦力比較はどの時代でもあるものだ。それは適性にの問題だけではなく、経験の問題と言えた。



「島将軍、前衛で高定軍と交戦が始まりました!」


 伝令が報告する。勝手に戦端を開くなとは言えない、相手が攻めてきたら応戦するのが当然だ、自衛隊とは違う。


「そうか。王将軍、一応兵二千を観戦に進めろ、もし敗走するようならそれを援護するんだ」


「御意」


 手を出すなとの制限を先につけておく。馬将軍が嫌な顔をするのがわかっているからだ。何よりその程度の競り合いで負けているようでは話にならない。二千というのも殿を務められるだろう数を適当に示したに過ぎない、きっとこんなものだろうと。


「太国城の周辺に陣を築くぞ、別の道を進もう」


 馬将軍が進んだ道は危険が無かったのだろうと判断し、それを左袖にして索敵範囲を広げながら進軍した。引っ切り無しに騎馬が連絡を保つようにしている、双方が居場所不明の迷子になっては大問題だ。


 小高い丘どころか、崖のような場所があちこちにある。どこでも陣を作れば堅牢な仕上がりになるような気がした。こりゃ攻めるのは苦労するぞ。先が思いやられるな。封じ込められるのを心配するよりも、防御を優先した前線基地を設置する。より奥に進めば退路を考えねばならないが、今は退くことなど慮外だ。


 木柵を巡らせ寝泊りの場所を作る、物見櫓からは城が見えた。周辺の地図を作るために歩兵が偵察に出る。紙が貴重品とのことで不便さを感じる、どうにか出来ないものかと頭を悩ませる。


「寥主簿、数人作業に当てさせる、次のことを試させよ」


「はい将軍、なんでしょう」


「竹や木を細かく砕き釜で茹で、それを叩いて後にもう一度茹でろ。ドロドロになったものと、米をすり潰した液とを混ぜ合わせ、薄く平らに延ばして乾燥させるのだ」


 紙の製造方法を即席ででっち上げる。長くは持たないので保存は出来ない、しかも水で濡れればダメになるし、がたがたで役に立たないものが殆どだろう。それでも竹に書くよりはマシだろうと判断した。


 これは澱粉質の何かでも出来る。繋ぎなど何でも良いのだ、単に陣中にあるもので浮かんだのが米というだけ。


「それは一体?」


「簡易な紙だよ。とてもじゃないが一時しのぎ以外にはならん。だが使い捨てで便利なものだろう?」


 小学校で実験したようなおぼろげな記憶があった。何せ紙を作ることなぞ一生無いと信じていた、だから誰もが真剣に覚えてなどいない。


「畏まりました。それならば一両日中に最初の品をお持ちします」


 そうかそうかと小さく頷きながら幕を出て行く。そうだ、弓矢が足らなくても使えるスリングもここで教えておこう。手で投げるよりは効果もあるだろう。ゴムは無いだろうから布だけで作らせるか。雑多な知識をもらしては軍に還元していく。意味はわからずとも命令は次々と実行されていった。


「申し上げます、馬将軍が戦闘に勝利し捕虜を得ました」


「ご苦労。捕虜をこちらに後送させるんだ」


 前線で抱えていては邪魔だろうと引き受けることにした。馬将軍としても斬首してしまっても構わなかったので、重労働でもさせるのだろうと気にせずに送り出す。装備は没収され、着の身着のままやってきた。


 おい、千人はいるぞ! ぞろぞろとやってきた一団を柵で囲われた場所へ追い込む。捕虜の指揮官を呼べと命令した、囚われの身でも将校は将校として扱うべきだ、現代社会精神を採用することにする。


「私が指揮官の蘭智意(ランチイ)です」


 肩を落として申告する。敗軍の将だ、その気持ちもわからないでもない。捕らわれた以上は部下を何とか生かして故郷へ戻すまで責任を持つのが指揮官の務めだ。


「蘭智意とやら、そなたの主人は誰だ」


「高定様です」


 威力偵察で敗れてしまったようで、単なる捨て駒というわけでもなさそうだ。何か役割を持たせて利用するとしよう、さて。


「そうか。高定は何故反乱を起こしたのだ? 蜀の統治に不満があったなら、それを具に述べろ」


 相手の感覚と言葉も少しきいておかにゃならんぞ。片方だけの意見を飲み込むのは良くない。公平かどうかって話ではなく、未知の情報を得られる可能性があるからだ。


「……それは、私には解りかねます」


 本当に解らないわけではなさそうだ。答えるわけにはいかない、そういうことだろうな。


「擁鎧に唆されたのではないのか?」


「擁鎧様の呼びかけがあったのは事実ですが、高定様のご判断です」


 まあな、部下が悪くは言えんだろうさ。そのあたりの常識は持ち合わせているようだな。ならば良い。


「なるほど。では帰って高定に伝えるが良い。思うところあらば正面向かって言うと良いとな、私がそれを受け止める。望みが叶うかは別だが、わけもわからず反旗を翻し汚名を残すのは不本意であろう」


「帰ってですか?」


 どういうことだと首を傾げている。こういうことだよ。


「呉長吏、捕虜に食事を与えて解放しろ」


「ははっ」


 わけが解らないまま連れ出される。柵に戻されてた蘭智意は部下にどう説明したものか悩んだ、暫く口を閉ざしていると「出ろ」と言われて皆が連れて行かれた。処刑されるのだと諦めていたが、飯と酒が並んでいる場所に集められて「食え」と言われたから驚いた。


 食べ終わると陣から追放される。帰還して良いのかと門兵に尋ねるが答えは無かった。兵士を引き連れ蘭智意が太国城に入城するのを、擁鎧と朱褒の密偵も見ていた。


 捕虜を抱えて食わせるのより、さっさと殺すか解き放つ方が負担は少ない。再武装して戦いになれば不利になるが、その先を見据えることで決断を下していた。

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