第5話

「可能に御座います」


 刑罰として懲役を課せられたものを重労働に処す、むしろ当たり前だったらしい。


「完成の折りには庶民に戻すのはどうだ」


「可能に御座います」


 犯罪者履歴は残る、だがしかし許されると言われた。


「そうか。では孔明先生に相談してみる、人は何とかしよう。他は」


「金が掛かりますゆえ、資金を」


 だよな。それを今から解決するよ。


「解った。商人らがやって来る、それまでは休んでいてくれ」


 二人は退出した。今のうちに手配すべきことをこなすだろう、感覚で勝手に解釈する。商人らがやって来たのは翌日だった。どうにもゆっくりと時間が流れているようで、感覚の修正を南米時間に合わせることにする。商人を待たせて将軍らを招く。長史と主簿を左右に侍らせた。


「よし、呼ぶんだ」


 諸官――といっても数少ないが――が居並ぶところへ商人三人がやってきた。わざわざ来たのは孔明の息が掛かっている島将軍だから、義理でやってきた、そのような態度がありありとわかる。俺はそれでも構わんよ。きっちり働いてさえくれたらね。


「求めに応じ、参上致しました」


「うむ、よく来てくれた。私が島将軍だ」


 商人らが名乗るが熱意は感じられなかった。警戒しているというわけでもない、きっと時間の無駄程度に考えているのだろう。


「早速だが幾つか話がある。一つは要求、一つは命令、一つは提案だ」


「ははっ」


「今季の租税を当て込み借財を要求したい」


 単刀直入に言う。事前に話が通っているので畏まりました、で終わる。


「では命令だが、その借財で食糧や物資の購入を行う。指定の品を納入せよ」


「ははっ」


 物を買うことで利益を上げさせる、少しは溜飲が下がったようだ。勝負はここからになる。


「して提案だが、私はこれより南蛮に遠征する。そこでだ南蛮渡来の品を流通させるにあたり許可制を敷く、独占権と引き替えに投資を受けるつもりだ」


「南蛮ので御座いますか……」


 何せ利益が莫大になる、それを独占出来るならば食指が動かない訳がない。そんな商人が居たら落ち目も良いところだ。


「南蛮から蜀までは私が仕入れて運び込む、そこから先は卸値で独占商人に引き渡すが」


 仕入れに危険が無いならばこんな濡れ手で粟の商売も無い。それだけに独占権と引き替えの投資額が左右してくる、簡単な道理だ。


「…………」


「道路を切り開く。その費用を負担するんだ、軍道にもなれば舎も造られ、村も出来る。それらの需要も蜀から引き受けて貰いたい」


 行きと帰りの往復ビンタで荒稼ぎを有力者が認めてくれる。乗るか反るかの一大勝負だ。


「証書を頂けますでしょうか」


「私の証書で良ければ発行しよう。どうだ」


 何かの保証になるのかは知らん。礼の判子を押せばいいんだろきっと。


「ははっ、有り難くお受け致します」


「呉長史、手続きを任せる」


「御意」


 話はそれで終わりはしない、俺は商人ではなく軍人だ。


「快い返事に私から三つの贈り物だ。南蛮よりこの地に適切な植物を持ち込む、息が掛かった農民や学者をそのうち招聘する」


 インサイダー行為を耳打ちしたに他ならない、余禄というやつだ。


「開発研究の地域も検討しておきたく存じます」


「うむ。南蛮の者を多数移住させる見込みだ、通訳が必要になるが、言われて用意できる者がどれだけいるか」


「今から育成致しますゆえ、是非ご利用の程を」


 個別ではなく学舎単位で契約すれば囲い込みが可能だと知恵を授けてやる。更には護南蛮校尉が許可をする必要があると、釘を刺しておいた。


「最後は可能性だが、南蛮を通じてローマ帝国あたりから技術を仕入れる」


「ローマ帝国?」


「ここから西に船で半年程の場所にある国だ。恐らくは一部が南蛮南東部に入港したりしている」


 という口実だ。怪しげな知識の裏付けに一役買ってもらおう。皆がぽかんとしている。聞いたこともないのだから仕方無い。


「製鉄技術や無形知識が様々流入する、それらを開発する工房を設立するつもりだ」


「私共は何をご用意すれば?」


「大量の鉄だ。これから山のように必要になるぞ」


 銅のほうが加工しやすく、強度も満足いっていた。鉄は鉄だけではあまりに使えず、加工量が少ない。それを大量にと言われて尻込みする。


「使い途が乏しいように思えますが」


 俺も詳しくは解らんが、鋼鉄さえあれば青銅なぞ貫けるからな。加工技術が追いつかなければ、鉄はただの塊だ。


「合金を知っているか?」


「多少ならば」


「ではそれが理由だ。鉄は変化に富む、その合金を適切に加工をすれば武具だけでなく、農耕品にも転用可能だ」


 まるで答えを知っているかのような語り口に、商人は理解はせずとも納得した。


「畏まりました」


「鏃や槍の穂先に使う。国に納品することになれば、やはり利益は大きい」


「島将軍とは是非とも末永きお付き合いをお願いしたく存じます」


 社交辞令だろう。何かしらの実績を伴わねば絵に描いた餅の域を出ない。一つだけでも度肝を抜いてやりたいが。さて……文字だな。


「そなたらに預けておくものがある。廖主簿、竹筒と筆を」


 雑用を下郎に申し付ける。やや暫くしてようやく物が渡される。すらすらと何かを書く。


「いずれかの竹筒を見て反応を示す者が居たら連れてまいれ、言葉が通じずとも構わぬ」


「これは文字でしょうか?」


「うむ。どこまで通じるかは解らぬが、異国の文字だ。私は十を超える国の言葉を操るでな」

 

 時代的にまだラテン語やらのはずだから、実際には殆んど通じんがね。商人の一人が覗いて気付く。


「これは羌族の者が使っていたものに似ておりますが」


「なに?」アラビア語か?「羌族の詳細を」


 やはり主簿に命じる。高い階級なはずが、人手不足のせいで割りを食っていた。今だけの辛抱だろうから許せ。


「西羌族は、蜀より西の地域の一族に御座います。馬などを養い西域にて暮らしを」


 ペルシャ系か! するとアフガニスタンやイラン辺りの民族になるか。


「羌族ならば、我等が頭、馬超将軍の父馬騰将軍の代よりの付き合いが御座います」


「馬将軍、繋ぎをとれるか?」


「お任せ下さい。それに羌族の土地は稀に見る鉄の産地。採掘はしておりませぬが」


 こいつは渡りがつけば大きいぞ! まずは一つスペシャルを発揮だ。


「うむ、では頼もう。そなたらに最後に問い掛けがある」


「はい、何で御座いましょうか?」


 問い掛け、商人らは怪訝な顔をした。何かしらの不都合を言い渡されそうな気がしたからだ。


「我が中郷にそなたらの出先の店を置きはしないか? 私としても近くにあると助かるのだが」


 懇意にしたい、乗り掛かった船だと彼等は快諾する。


「すぐにでも開店させましょう」


「うむ。三人には我が府への出入りを許可する。証書も与えよう」


 物流の多くを頼らねばならない、彼等を引き込まねば! 国家の威光を乱発する、そのうち選別するまでは玉石混淆でも目を瞑ることにした。



 正式に任務が言い渡された。名目は勅命、だがしかし発行は孔明だ。皇帝の発する文書を司っているのと、国内の発言力からに他ならない。軍勢二万余が府に所属する、それらを二人の将軍が管轄した。騎馬はそのうち千人だ。


 騎兵は一人で十人の歩兵と同等の戦闘力を持っているので、目安としては三万の戦力ということになる。これが始まりだな。両将軍は親衛隊を別に抱えているな、部曲兵とやらか。簡単に言えば私兵だ。部曲兵は子飼いなので、国家を裏切っても主に付き従う。


 また自らの命を盾にしてでも主を護るものだ。戦死しても里にいる家族は保護される、反面主を見捨てようものなら家族を惨殺されてしまう。部曲将とは彼等の筆頭で、主以外の命令を受け付けない。道具の延長とも言えた。俺にとって李項がそれにあたる。


 無論その分制限もある。装備は自費で与えねばならないし、給与もそうだ。つまるところ養うには多大な費用が掛かる、それを賄うだけの領地なり稼業なりが無ければ成立しない。その為に別の苦労がある……どこかを立てればどこかが折れるようなものでもあるのだ。


 それらを成立させるための租税と言えた。強制的な投資と似ている。俺が受けている税金をいかにして効率よく消費して、戦果を挙げて褒賞を得るかだな。


「島将軍、益州南部の越峻郡は未だ蜀の統治下に御座いませぬ。南蛮への遠征をするにしても、この地の高定なる者を除く必要が」


 馬将軍が尤もな意見を具申してきた。そう言うからには腹案があるのだろう。高定というのが蛮族の首領だという説明を受けた記憶があった。部族の酋長というか、固定の勢力を持っているらしいと。どこまでが事実なのか全く不明だ、まずは色々と調べる必要があるぞ。


「将軍の意見を聞こう」


 すぐ隣なのに放置しているのか、それとも何か理由があるのか。蜀国は益州という盆地の内部を指していると言っても差し支えない。そのうち北の半分だけを統治していた。南部の半数は人口の分布すら不明の蛮地なのだ。


 広すぎて統治する為の費用が大きくて放置している、そんな理由で国家の主権を蔑ろにするのも時代ってやつだろうな。現代ならばどれだけ費用がかさんでも、主張だけはする。時に、価値が出た時だけ過去にさかのぼって主張する国もあったが。


「越峻の郡都、太国県城に座している高定を攻め落とし、南征の拠点をここに構えるべきでしょう」


 蜀の首都である成都から南蛮への遠征は確かに距離がありすぎて、補給にも負担が大きかった。後方基地として貯蔵場所を少しでも前進させること自体は賛成だった。現代ですら距離が大きくのしかかるのに、この時代ならばどのような不都合が出てくるのか。


 この補給のための輸送、長距離になるにつれて効率がグッと悪くなる。やって見たら解るが、半分に減ることも当たり前にある。


「敵の規模と能力の程はどうだろうか?」


 地図上では凡そ二百キロ南部へ移動することになるな。そこから更に三百キロで昆明か。これが五百キロでは問題が大きすぎるからな! 片道二日と、片道十日では用意すべき装備も、何もかもが違ってくる。


 今後の話になるが、一度の輸送距離や輸送量や人数をパッケージにして統一すると、非常に均質な輸送が行えるようになる。これはそのうちの目標というやつだ。


「高定の直属が一万、周辺の部族が二万といったところでしょう。多少の武装をしてはいますが、これといった戦闘能力は備えておりません」


 自信満々にそう言い切る、何が根拠かは知らないが、目安として聞くだけ聞いておくことにした。馬将軍の物言いはいつも強気というのを差し引くようにしよう、扱いを少し修正する。行ってみてビックリ、やっぱり戦いが出来ましたと言われる可能性も半部だとしておこう。


「越峻・太国県城を後方貯蔵基地にとの進言を採る。周辺部族の動向を調査するんだ」


 ここを占領して、あと百五十キロ前進させたい。そうしたら拠点間で十日もあれば移動出きる、馬なら一日の距離だ! 本当は余裕をもって百二十キロあたりが望ましいが、丁度良く都市がないなら仕方あるまい。


「ははっ」


 馬将軍が満足して請け負う。細かいことをいわずに任せる、それが良いのは先日知ったところだった。結果は概ね良好、南蛮への偵察もぽつぽつ報告が出てきていた。



 成都城から軍勢が出撃していく。旗は『蜀』『島』『馬』『王』の四種類が目立っていた。実際にはもう少しあるのだが、これらのうちの何れかを必ず同時に掲げていた。騎馬して出撃か、いやはや夢でも驚きだな!


 揺れる馬の背は意外と視点が高くて怖いものとも知る。そのうち慣れるだろうが、新鮮さがあるうちに感動しておくのも悪くない。前衛を馬将軍に任せ、後方は王将軍の軍勢が着いていく。俺はというと王将軍の隣に居る。自前の本陣を持つだけの数が居ないんだ。


「しかし太陽が照らす光を感じ辛い地域だな」


 じめじめとしていて、植物もコケのようなものが木に張り付いていたりして独特な風景だ。地元の民は肌が白っぽい、これもきっと日照不足が関係しているのだろう。強い日差しがなければ肌も、瞳も薄くて構わない。北欧の民を想像してみると納得しやすいはずだ。


「背の高い木々が光を遮るので、農作物が育たない理由です」


 ヤシの木のような背の高い樹木、名前は知らないが随分と上に葉っぱを持っているせいで、下の方は薄暗い。それが少しあるだけなら問題など無いが、あちこちに群生しているから始末が悪い。いっそのこと全て焼き払ったらどうなるんだ?

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