第4話



 実務の長官を孔明が宛がってくれるそうだ、意思を示すだけで処理は担当に丸投げが可能になる。考えて決断するのが俺の役目なわけだ。司令官任務なら任せてくれ。


 その後は酒を酌み交わすわけでも無く解散した。理由は孔明の職務が山積しているから。この国は一人に頼り過ぎなんだよな。



 輿入れの日取りを決め、二人の将軍と顔をあわせる。二人とも中年期に入った落ち着きがある男で、やや王将軍が小柄で目付きに力が無いように見えた。


「偏将軍馬岱で御座います」


「卑将軍王平で御座います」


 人材難の蜀ではっきりした将軍に任官しているのは数少ないらしい。廖主簿によれば、十数人のみだとか。それだというのに二人も傍につけてくれたのは贔屓というやつだろうな。損をしたと言われないように努力しよう。


「島だ、普段は島将軍と呼んで欲しい。馬将軍、一族より妻をめとるゆえ、私の族従兄となるかな」


「滅相も御座いません。私は島将軍の部下です」


 畏まり態度を崩そうとはしない、それもまた正しい。最初から距離を詰めすぎるような相手ならば、逆にこちらから突き放す必要が生じる。このくらいがお互いの為だ。


「馬将軍、王将軍も聞いて欲しい。私は天涯孤独の身、また蜀にあって知己も孔明先生しか居らず、功績なくして過分な待遇を受けている」


 二人に視線をやって一拍置いた。特に顔には出さないか、それで結構だ。


「何とかして恩義を返さねばならないと、南蛮へ勢力を拡大させる為の任を帯びた。これから両将軍と力を合わせて行くにあたり決意を聞いて貰いたい」


 二人は拳とてのひらを合わせ、片膝を床について頭を垂れた。任務を受けるにあたり、姿勢をただしたのだ。


「私は南蛮の地を蜀の影響下に収めるために、あらゆる手段を用い、何としてでも困難を排除する! 馬将軍」


「はっ」


「そなたを我左腕とし督左軍事に任じ、全軍の半数を預ける」


 将軍に指揮権を与えた、偏将軍が階級だとしたら督軍事が役職と考えたら解りやすい。半分預けるのには理由がある、まだ自身で直接指揮するだけの馴染みが無いからだ。そろそろだと感じたら自前で用意すればよいと考えている。


「ははっ、慎んでお受け致します」


「王将軍、そなたは我右腕だ。督右軍事に任じ、全軍の半数を預ける」


「仰せのままに」


 左右に格の違いはない。四人になれば前後左右を同格にして並べるだけだ。暫くはこいつらの本陣に同道する形をとろう。


「どちらが欠けても私の想いは成就されるものではない。立場の違いはあれど、私は二人を仲間だと、友人だと遇する。宜しく頼む」


 甘やかすわけではない、伝えておかねばならないことを、しっかりと言葉にしただけだ。


「勿体無きお言葉。粉骨砕身尽力させていただきます」


 二人の肩に手を置いて立ち上がるように促す。やるべきことはやった、あとは親睦を深めるのが仕事だよ。


「実はこちらにきてから酒を酌み交わしたことがない。どうかな」


 馬将軍も王将軍も、ようやく表情を崩した。どんな上官なのか緊張していたのが解る。


「我一族には馬乳酒と呼ばれる物が御座います」


「南蛮には芋から造られたものが」


「様々飲んでみたいものだな、三人で」

 

 まずは一歩だ。この二人なら良かろう。



 婚礼は盛大に行われた。出席者の殆どが馬氏側の者だった、一方で数名だけがこちらの側であるが、孔明がその中の一人なので釣り合いが取れるという状態。結婚して、すぐに出征か。そのまま未亡人では申し訳がたたんね。


 費用は馬氏が負担してくれた。収入はあっても財産は一切手持ちがなかったからだ。うーん、何とも締まらない話だよ。廖主簿の話では、王将軍や馬将軍の俸給の十倍はあるらしい。その上で領地の租税は絞れば絞るだけとのことだった。軍は用意すると言われたが、護衛位は自前で揃えるべきだな。さてどうしたものか。


「島将軍、おめでとうございます」


「うむ。そなたは?」


 老人と複数の中年か、誰が誰やら。全員初顔で解れって方が無理だよな。上官に当たるとかだったら困るが、誰も注意しないんだから違うんだろ。何せ現場のことは一切知らない、側近の助言で回している状態だった。


「私は郷の長老、李で御座いますれば、将軍の臣民に御座います」


「そうか、私のようなものが侯ですまぬな、苦労をかける」


 おっと臣民ときたか、参ったね。領地が与えられたってのは統治権だけじゃなくて、全権を与えられたって意味なのは知っていたけど、面と向かってこう言われるとむず痒い。


 いわゆる王様なんだよな、小さい村だけども。 


「我等一同、将軍を支える所存で御座います」


 やけに腰を低くして言葉を紡いだ。気付かなかったが、彼等の生殺与奪は俺に掛かっているんだよな。悪いことなんてしないけど、ただ保護するだけってわけにもいかんぞ。


「李長老、ものは相談だが私の護衛を編制するのに力を貸してもらえないだろうか?」


 人位は出してくれよな、全然部下が居ないんだよ。


「な、なんと! 我等から身の回りに置く者を引き上げていただけると!」


「生憎私は孤独の身でね。李長老が私の領民と言うなば、家族のようなものだ」


 同郷のよしみとはこれだな。実際これが語源だったか? 取り敢えず反応は良さそうで何より。


「勿体無きお言葉。お任せください、これ」


 後ろに控えていた青年を呼び寄せる。中々良さそうな青年だ、若さが溢れるってやつか。


「はい父上」


「倅の李項です。これをお傍に」


「お初にお目にかかります島将軍。李項と申します」


 片膝をついて礼をする。農民のようには見えなかった。体つきも良いし、こいつは使えそうだ。なにより裏切らない手駒は必須だ。


「ではこれより李項は私の護衛だ。適切な待遇を約束する」


 何が適切かはわからんからな、相談してみて、だな。暫くは名前より役職で呼ぶことが多くなりそうだよ。


「有難う御座います」


「倅の他に、郷の若いもの百名をつけますので、租税の程は……」


 すがるような目だった。廖主簿の話では租税は本来は三割が基本らしい。だが酷い領主は九割、優しくても七割を申し付けるそうだ。差額が懐にと言われれば納得もいく。百人か、それだけ青年層を抜かれては支障が出るだろうな。


「租税は三割だ。それ以上は取らぬ」


 別に懐などどうでも良い。花嫁には悪いことをしたが。これで若者が抜けた穴を埋められるならお互い様だ、勘弁してく。


「そ、それは……有難う御座います! 有難う御座います! 項よ、このお方を決して害されてはならぬぞ」


「心得ております父上」


 俺が領主のうちは苦しい生活をしなくても良い、それならば力も入るというものだ。一方でこちらとしては普通にしていて感謝される、双方嬉しいことよ。でも何でみんなはそうしないんだ? 今度誰かに聞いてみるとするか。


「では明日出仕すると良い。暫く家には帰れぬぞ」


「畏まりまして」


 二人は連れ立って退出していった。上手いこと手勢が出来たな。まあ腕前はどうかは知らんが。一口馬乳酒を口にする、あまりにもきついアルコール度数でむせそうになってしまった。すぐに別の人物が話しかけてきた、今夜は眠れそうに無い、ある種の諦めが出来きるのに時間は掛からなかった。



 護忠将軍府。つまりは俺の幕には人が居ない。そこへ李項が出仕してきた。


「李項、ただ今参りました」


 身に着けているのは剣のみ。鎧はつけていない。着物もボロを少し良くした程度のものだった。それで精一杯、郷の事情が鏡の様に映し出されているかのようだな。


「来たか。早速だが任官させる、舎人として様子を見ろといわれたが、私は李長老の好意を蔑ろにするつもりはない。李項を軍侯に任じる、護衛部隊を率いろ」


「ぐ、軍侯ですか! も、勿体無きお言葉。謹んで拝命致します!」


 無冠から幾つ飛んでそうなったか、大抜擢といえる。二十人を養えるだけの給与が保証されるのだ。何せ俺には手駒が必要だ、早いとこ育ってくれよな。


「以後部隊を李に任せる。装備は私が用意する、訓練はお前が行え。解らずば王将軍に相談するのだ」


「ははっ!」


 畏まり過ぎて随分と小さくなってるな。若者の気持ちが手に取るように解るのは年長者の特権だよ。


「馬将軍、王将軍を呼べ」


 側近の廖主簿に声を掛ける。護忠将軍府の長史を名乗る男がやってきたと、下働きの者が告げた。


「こちらへ来させろ」


 上下の関係を示すだけでなく、官職に対する一種の敬意を体現しなければならない。文官服を来た年配の男、白髪混じりで自制心が強そうな奴だ。


「申し上げます。呉長史、ただいま着任致しました」


「ご苦労、私が島将軍だ。呉長史には様々私の補佐をしてもらいたい。役職以外でも気付いたことがあれば何でも指摘して欲しい」


 なにせ世界的な常識がごっそり抜け落ちているんだ、そこは特に頼むぞ。


「恐れながら申し上げます。それが我役目、元より承知しております」


「結構だ。青二才が将軍将軍と祭り上げられているが、先達の導きなく上手く行くわけもない。馬将軍、王将軍共々支えてもらいたい」


「ははっ」


 着任の儀を済ませると、早速近くにと手招きする。一礼して呉長史が傍に来た。


「実は初っぱなの運転資金が無くて困っている、名案はないかな」

 

 どのくらいかというとだ、自分の挙式すら購えない位にな。あまりに率直な物言いに少し目を開いた。そして畏まる。


「商人を通じて資金を徴収致します。租税の一部を約束し、利益を乗せて」


 要は借金だ。ただし相手に拒否権はないし、反故にしたければしても構わない、そんな時代だ。無いところから生み出すには背景が足らない。その進言がきっと最適なんだろう。


「信義に拠ってのみ国は建つと信じていてね。返済の約束は絶対だ、ついでに先行投資の話もあるから、数人代表を招いてくれないか?」


 商人に自発的に協力させる位でなけりゃならん。


「御意」


 長史が退出する。雰囲気だけみれば、後方司令官を任せても良さそうだと感じた。ま、手駒が皆無だ、無理にでもやらせるしかない。馬将軍と王将軍がやってきた。近くに居たわけではない、昼過ぎになってようやくだ。


「来たか。先行してやっておかねばならぬことがあり招集した」


 それが何かを言わない、互いの能力の確認は始まっている。目を見て申し出を数秒待った。


「具申致します。某の手勢で偵察を出したく」


「うむ、許可する。馬将軍に南蛮までの長距離偵察を任せる、地図製作に要所の確認と確保、そして案内役の獲得までを視野に」


「ははっ」


 煙たいくらいに詳細な指示をされ、馬将軍が一瞬嫌そうな顔をしたのを見逃さなかった。自分でやりたいことをやるといった感じか。ならばそれでも構わんよ。


「王将軍には別の任務を。道を切り開く手筈だ」


 まずは反応を確かめる。何を意味するかはわかったようで口を開く。


「南蛮には密林や山野が果てしなく御座います。これを切り開くのは多大な困難が予測されますが」


「具体的には何だろうか」


「時間が掛かります。一年二年の単位で」


 気長だな。しかし道とはそういうものだ。すぐに結果を出せと言われ続けたのやもしれぬな。


「それは承知の上だ。先ずは馬が二頭すれ違うことが出来る程度の幅で構わない。その後に拡張し馬車や荷台がすれ違えるように。橋や退避場所の設営をだ」


 舗装しろと言っているわけではない、人馬が迷わず行ければそれで構わない。


「人夫が必要になります。いくらいても足りませんが」


 人は居ないんだよ、何とかならんかね。うーん。


「廖主簿、可能かを答えよ」


「はっ」


 こういうのは周りに聞いて判断だ。


「犯罪者を土工人夫に充てられるか?」

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