第2話 梅県佐司馬

 『朱』『王』『予』の軍旗を掲げた集団が城を遠巻きにしている。千人程だろうか、一人の部将が騎馬で前に進み出る。


「朱予章太守配下、王従事である。劉県令への命を伝える。即刻城を開き軍を迎え入れれば降伏を認める!」


 旗色を変えるだけで互いに損はないと持ち掛けて来た。劉校尉はだまっているだけで返事をしない、劉県令がどこかで見ているはずだがそちらも無反応だ。これは俺が応じてもいいのか?


「梅県佐司馬島だ。我らが主を裏切るこはない、そちらこそ降伏するなら認めてやるぞ!」


 堡塁から大声で返答してやる、王従事ってやつは怯むことも憤ることも無い。


「このような小城揉みつぶすのはわけない。後悔しても知らぬぞ」


「そんなことは勝ってから言え! 口先だけの腰抜けめ!」


 罵詈雑言がいくらでも頭に浮かんだ、戦争望むところだ。騎馬が引き下がっていく。代わりに石弓を構えた兵が五十人ほど現れて近づいてきた。随分とシャレた兵種が出て来たものだ! 機械仕掛けの石弓、やたらと高価なもので末端の部隊が装備しているのが不思議でならない。


「放て!」


 角度をとって斜めに撃ちあげた。曲射することで障害物を頭越しにするつもりなのだ。


「盾を掲げろ!」


 大声で竹の束を組み上げた盾を頭上に並べさせる。がりがりと嫌な音をたてて矢が突き刺さるが、一部にかすり傷を負わせただけで大事にいたらない。意外と使えるなこれは!


 竹束は火縄銃の銃弾すら防ぐことが出来る、距離が有るなら矢など余裕ではじいてしまう。王従事は矢を浪費するのを嫌ったのか、歩兵を前列に繰り出した。石弓兵の持つ矢など一人で四本程度のものなのだ。


「歩兵前進!」


「槍を構えろ、迎えうつぞ!」


 速足で横四列になって百人ずつが攻め寄せて来る。盛り土をしてある堡塁に足を掛けるが、左右のやぐらから石が降って来るので堪らない。それでも必死に坂を登って半数程がやって来る。


 すると柵に邪魔されて先に進めないところを、竹やりにつかれてしまう。反撃しようにも長さがあって武器が届かない。そんな攻撃も長くは続かず、いよいよ接近戦が行われる。上から熱湯が降りかかると坂を転げ落ちていった。最初の百人は被害だけ出して攻略に失敗、逃げ出していった。


「良いぞお前ら、中々みどころがある。帰ったら家族に自慢して構わん、俺が許す!」


 必死だった民兵に笑顔があふれた。ようやく退けたと言う実感がわいてくると、あちこちで罵声を飛ばし始める。


「いくらでも掛かってこい!」

「揉みつぶすじゃなかったのか!」

「弱将に弱兵だな!」


 第二部隊が攻めてきても、全く同じような展開に終始した。工夫をしてこない限り簡単には破られることはなさそうだ。先ほどと違ったのは、撃退すると城壁の上からも歓声があがったことだった。味方だって認識を持ってくれたのだとしたら嬉しい反面、今更かって気持ちもあった。


「三将は来ないのか、怖気づいたなら仕方ない。来ないようなら洛陽まで逃げ帰れ!」


 順番が決まっている以上、中止の命令が無い限りはやらなければならない。挑発と解っていても進軍せねば批判されてしまう。違ったのは三番隊の士気の高さだった。今度は下に在る石を投げ返しながら登って来るではないか。


「丸太を落とせ!」


 六人がかりで三メートルほどの丸太を抱えてきて下へと転がす。巻き込まれた者は滑落死、挟まれた手足は骨折する。たまらず戦線離脱して後退すると、本陣から撤退の太鼓が鳴らされた。


「外に出て石を集めろ、堕ちている武具をかき集めるんだ!」


 再利用可能な装備は剥ぎ取り、その場で身に着けてしまう。死体の類は邪魔になるので置きっぱなしにする。腐臭がしてもそこは我慢だ、それに置いておけば敵が処理するだろう。


「半数交代!」


 疲れを我慢している者を見つけたのでそう命じる。今日明日で終る保証など何もない、重傷にならないように気を配るのは指揮官の役目だ。今度は見える場所で兵を留めている、とはいえ攻めてこないなら休んでいても良い。


 警戒だけ任せて俺も休んでおくか。結局、陽が暮れるまで何事も無く過ぎた。敵は野営準備を始めている、暫くは戦闘は起きないだろう。城壁を登っていき劉校尉に面談を求める。すぐに通された。防衛に成功したせいだろうか、対応が心なし柔らかい。まあ勝てば待遇も良くなるのはいつでもどこでも一緒だな。


「ご苦労だ、島佐司馬」


「申し上げます。敵は眼前で野営を始めました、これに夜襲をかけたいと考えております。ご許可を」


 諦めて攻めてこないならこちらから行くだけだ。抜け駆けをしたら恨まれかねない、ここは劉校尉の命令を受けて行動するってのが鉄板だな。目的が防衛なのは変わらない、顔を立ててやるのは互いの為。それに折角進撃路を作って守っているのだ、それを使わないのはいただけない。


「うーむ、あべこべに破られはせぬか?」


「少数で行うゆえ、仮にそうなっても城に影響はございません」


 自らが十人ばかり連れていって暴れると説明する。もし誰ひとり帰らずとも、守るのは続けられる。


「そなた無しではいかんか?」


「上長が行かずに兵が動きはしません。ご心配なく、必ず戻ります」


 結局は申告した通りに出撃が許可された。志願者を募ると二十人が挙手した。そのなかに伯長が混ざっていたので教育がてら連れて行くことを決める。正規兵からも二人が同行することになった。


「油を染み込ませた布を各自がもって行く。火種は壺の中に持参し光が漏れぬようにせよ。首に白い布を巻いて味方を識別するぞ」


 貴重な油であるが持ち出しを許された、参加する兵には装備が与えられ、戻ったら昇進が約束される。仮眠をとらせて、満腹の半分だけの食事を与えた。その後、闇に眼を慣らさせるために少しの間目を閉じさせる。


 進撃路を通り敵に近づく。大きく迂回してから側面にあたる角度から見回りを装って堂々と歩いた。遠くからは見られても声を掛けられない。身なりが整った装備をしているせいで、すれ違った雑兵などは頭を下げて行ってしまった位だ。


 見張りが居て屋根がある場所に物資はある。四人が立哨している場所を見つけると、長を探して目の前に立つ。


「ご苦労だ、交代するから休め」


 余計なことを言わずにそう命令した。


「交代は夜明けと聞いておりますが?」


 話と違うが大声を上げて警報をならすこともしない。油断大敵だぞ!


「そうか、では間違った」


 手にしている槍で不意に喉を貫く。残りの三人も訳が分からないうちに絶命する。


「布を被せて火をつけろ、油をまくのも忘れるな」


 持ち帰ろうとはせずに使用不能にすることで満足する。目的は継続戦闘能力の減少と、味方の士気の向上だ。着火を確認すると一団のまま悠然と歩いて離れる。急げば不審者だが、こうすれば見回りに見えるものだ。


 やがて燃え上がると闇を照らす。騒ぎは大きくなり火事が広がっていった。陣の外側にまで来るとついに誰何され「お前達どこの隊だ?」後続の足を止めて自身が応じる。


「我等は島隊だ。悪いが押通る」


 槍を突き出し歩哨を亡き者にする。もう一人の男が「敵襲!」叫んでから夜を去った。


「駆けるぞ!」


 警備の姿が薄くなった場所から突如駆け出す。姿を指差して追い掛けるよう命令が出るが、何せ同じ様な速さでは捕捉できようはずもない。のろのろと追跡する奴等を尻目にまんまと逃げ帰ってしまう。


「隊長こっちです!」


 保塁の上から縄を下ろして引き揚げるのを手助けする。頭数を確かめるときっちり全員が居た。


「敵の物資を焼き払ってきた、俺達の手柄だ!」


 夜襲部隊が歓声を上げた。なんだなんだと起きてくる兵らが、吉報だと知って唱和する。敵陣が明るくなっていた、炎は暫く消えることなく揺らめいていた。


 夜が明けて後に朱軍は梅城を再度囲んだ。先日とは違ってかなりぴりぴりとしている。やられっぱなしで頭にきてるんだろうな。今日は全力で攻めて来るだろう。ジャーンジャーンと金属音が鳴り響く。歩兵が四方から歩み寄り、後ろでは石弓が構えられて城の側面に集中射撃してくる。


 守っているのは正規兵、盾を持っていないので数人が矢を受けて城壁から転落する。倍の数が負傷して一気に戦力が失われた。これでは押し込まれる!


「二十長、側壁の増援に向かえ!」


 数さえいれば現場で何とかするだろう、予備を充てるぞ。うーん、足りるだろうか?


「もう一隊行け!」


 控えている予備をもう一つ走らせた、お陰であっという間に余裕なしだな。寄せて来る歩兵がハシゴを駆けて壁に攻撃を仕掛けて来る、防戦するも一部で城壁に乗り込まれる。


「隊長、こちらにも来ます!」


「砂を投げつけろ、熱湯をまけ! それでも来たら三人で一人と戦うんだ!」


 他所を気にかけているうちに数で圧倒された箇所が接近されてしまっていた。堡塁に侵入されるぞ! 幾ら防御を固めていても、近接戦闘で絶対はない。


「必ず複数人であたれ!」


 繰り返して叫ぶ。ふとしたことで頭から抜け落ちることはある。何度でも何度でも呼びかけてやれば、いずれは馴染むだろう。だからと技量の差は決して埋まらんぞ。敵の生き残りが徐々に増えて、堡塁の半分程が占拠されてしまった。民兵の限界か、ここは俺がやるしかない!


「俺が出る!」


 護衛の正規兵四人を連れて、どこが敵の急所かを見定める。あいつが軸か。登ってきた奴らの中で一番階級が高そうなやつを見つけて駆けた。


「この位で勝たせはせんぞ!」


 巨体を活かして力任せに槍を振り回して敵兵を弾き飛ばした。文字通り吹き飛ばされて転落する兵士が注目を浴びる。そのせいで多くの敵がこっちに殺到して来る。この強烈な殺気、だからとむざむざとやられはせん。


「まとめて掛かってこい木っ端共!」


 腹の底から大声を上げて迎え撃つ。槍を振り回すと首に当たった男がその場に倒れた。隊長を守ろうと割り込んだ男が尻もちをつく。隙を逃さずに全身に力をみなぎらせて渾身の一撃を繰り出す。指揮官の胸を貫いた穂先が背中から覗いていた。即死だ、槍をくわえたままその隊長は転げ落ちていく。


「残敵を追い落とせ!」


 護衛から新しい槍を受け取り命じる。民兵が士気を回復して一気に攻めかかった。折角拠点を占拠していた敵だが、転げるようにして逃げ出していく。


「柵を建て直せ、死体から装備を剥ぎ取り下に捨てろ。負傷者は控えと交代しろ、態勢を整えるんだ!」


 辺りを伺うが城壁に上がった敵も数少なくなり勢いが弱まる。これならなんとかなるか? 敵の被害が二倍なら城は簡単に陥落する。三倍でも対等といえるだろう。五倍の被害を与えることで、ようやく手出しを躊躇するようになるものだ。


「隊長、さっきのやつがこれを持っていました」


「黒い判子だな」


 印綬と呼ばれる判子と紐だ。色や刻印されている文字で立場を示す、命令を発する為のもので身分証明の類でもある。そのような品を身に着けるくらいに高位の人物だったらしい。太鼓の音が聞こえる、陽が沈んでまた撤退するようだ。流石に今晩は警戒するだろうな。


「見張りだけ残して城内に退け。今夜は休むんだ」


 劉県令から特別な恩賞として部隊に酒樽と肉が与えられた。部下が大喜びで飛びつく。功績をきっちりと評価してやれば兵は動く。時代を越えた真理に頷いて自らの後ろにある旗を見上げた。


 『梅』『島』の二種類を下賜された、これで一端の部隊だと公言することが出来る。それから二日。敵は動くことなく包囲を続けた。外で何が起きているかは全くの不明、そこへ白旗を掲げた軍使がやって来る。


「何用だろうか」


 前に出て用件を尋ねる。使者を粗略にしないという信義は持っていると示す。


「朱預章太守のお言葉を伝えに参りました。諸葛殿は預章を退き今や劉県令が殊更命をはる理由は無くなった次第。降伏の折りには忠義を全うした件を高く評価するとの仰せです」


 こっちの太守が破れたか! 事実かどうかは解らない、しかし自身の権限範囲を越えていることははっきりとしていた。


「劉県令へ報告するゆ、その場で少々お待ちいただきたい」


 自身は劉校尉へと報告を上げた。それを聞いて県令へと注進する。暫しの時が流れ、仕方なしと開城の運びとなる。強い者に降るのは当然で、城を守り切ったなら名誉は守られた。戦いに勝った中で降伏と言われても釈然とせんが、これが戦争というやつだ。王従事が騎馬したまま入城する。門のところでこちらにやって来て馬上から声を掛けて来た。


「島佐司馬よ、中々の人物だ。どうだ朱太守に仕えんか?」


 父親は朱雋将軍――黄巾の乱の英雄で子息も高官に登るのは間違いない。そう背景を加えた。


「お誘い有り難く思いますが、我が主は劉県令。慎んで遠慮させて頂きます」


 裏切るような真似は出来ない、抗戦するならば最期までつき従うと返答し断ってしまう。


「その意気や良し! 忠こそ武人の誉れである。これを受け取れ」


 手にしていた槍を差し出して来る、ずっしりとしていて逸品なのが感じられた。


「有り難く頂きます」


 結果、太守が変わって勢力が駆逐された。阿葛はいつのまにか姿を消してしまう。


 意識が遠くなる! これは……



 見渡す限りの山河、自然が広がる景色と澄み渡る空気。気が付くとまた草むらに転がっていた。頭がクラクラする、ここはどこだ? どこを見ても大自然、自身は農民のようなボロの布を着ている。硬いものが懐にある、小さな布にくるまっていた。なんだこれは?


「貴様、そこで何をしているか!」


 革の鎧を着た小柄な男達が槍を向けて来る、記憶が急激に思い起こされる。ああ、そうだった。あの時代だったか。


「気絶していた、ここはどこだ?」


「怪しい奴め、捕えろ!」


 問答無用。抵抗するようなら叩きのめすくらいはするだろう。しかし大人しくしていると縄をかけて来た。置かれた立場がはっきりとしない。


「なあ、なんで武装してるんだ?」


 戦争装備のように見える、普通の警備兵ならこうも立派なものをつけてないはずだが。


「警備隊だからだ、お前はそんなことも解らんのか?」


「全然記憶が無くて。どうしてここに居るかも。名前は島介。元は梅県の佐司馬だったはずだが……」


 五人が訝しげにこちらを見ている。だったはずもないよな、でもそうなんだよ。体格が異様に大きい不審な男、警備隊が対象にするのはまさにこういう輩だろう。


「軍侯に取り次いでみよう」


 連れていかれた陣地で取り調べを受けた。どれもこれもはっきりと答えることが出来ずに、懐にあった布も取り上げられた。それっきり土牢に閉じ込められている。


 よくわからん、何かしら解るまでは黙っていよう。食事だけは与えられた。じっと待つこと三日。上役が様子をみにやってきた、髭を生やした利発そうな人物だ。


「島とやら、しおらしいな」


「待っておるゆえ」


「何をだね?」


「解りません。ですが必ず訪れます」


 それが人かモノかは俺も知らん。あぐらをかいたまま背筋を伸ばして正面を見る。


「ふむ。私は廖紹だ、少し歩かないか」


「そうさせて頂きます」


 扉が開くとゆっくり外に出る。性急な動きはしない。廖紹よりも頭二つは軽く大きい。

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