答え合わせ

 シフトが終わった瞬間、従業員用の通路を駆け抜けて、慌てて外に飛び出した。


 藤乃さんに会いたかった。

 会って訊きたいことがいくつもあった。


 だけど、表の通りに出た瞬間に立ち止まる。どこに行けば会えるだろう。僕と藤乃さんをつなぐものは、この劇場だけだった。

 それでも予感があった。藤乃さんはきっと僕を待っている。

 しばらく扉の前で立ち尽くして考える。この劇場以外で藤乃さんがいそうな場所なんて、一つしか思いつかなかった。


 バイトの直後で足は疲れていたけど、そんなことは無視をして目的の場所へ急ぐ。早歩きと小走りを交互に繰り返して、五分ほどが経った。

 僕は目的の公園の入り口に立っていた。

 もうだんだんと陽が傾き始める時間だ。


 あの時と同じベンチに座って、缶のお酒を飲んでいる女の人が一人。周りには元気に走り回る小学生ほどの子供たちがいて、それを気に留めることもなく、ちびちびと缶に口を付けている。彼女も僕に気づいたみたいだった。

 僕はベンチの前まで歩いていき、声をかけた。


「飲み過ぎは身体によくないですよ」

「大人はこれくらい普通に飲むものなの」

「この前、ふらふらになるまで飲んでたじゃないですか」

「あれは、少し配分を間違えただけだから。今日はまだ一本目だから大丈夫」


 僕の指摘に、藤乃さんは少しムッとした口調で返した。

 意地を張ったみたいな態度がおかしくて、僕は笑った。

 藤乃さんの隣に腰を掛ける。


「藤乃さんは、難しいです」

「難しい?」

「はい。考えが読めなくて、だけど理解したくて。近づきたいのに、やっと近づけたと思ったら離れていってしまう」


 バイトの途中にシアターの中で出会ってから、僕はずっと振り回されっぱなしだ。

 歳だってきっと五つは違うのに、こんなにも知りたいと望んでいる。それなのに、藤乃さんはいつも謎を残して僕を振り回す。

 だから今日、それも終わりにしたかった。


「全部、自作自演だったんですよね? あの七不思議は、藤乃さんが自分で作ったんですよね」


 藤乃さんは表情を変えずに、また缶のお酒をひとくち飲んだ。レモンの写真が大きくプリントされたお酒だ。


「どうして、そんな風に思ったの?」


 藤乃さんが訊いた。


「違和感はいくつもありました。だけど、一番おかしいと思ったのは、劇場のスタッフが誰も七不思議なんて知らなかったことです。小さなうわさくらい独り歩きするかもしれませんけど、一人も知らないなんておかしすぎます」


「だから、私の作り話なの?」


「トドメは今日のバイト中です。他のシアターで映画を観ていたはずの藤乃さんが、どうしてか1番シアターにいたと聞きました。そして、そのあとに1番シアターからは、七不思議のネタにつながる三年前の映画のチラシが見つかったんです。状況的に、藤乃さんが置いていったとしか考えられません」


 藤乃さんは、まるで試すような視線で僕を見ていた。

 推理に間違いはないはずだけど、その目で見つめられると、どうしても少し不安になってしまう。


「なんでそんなことをしたんですか?」


 僕はバイト用のカバンから、以前に拾った映画の半券を取り出した。


「なんで三年前なんですか。なんで、『ほしきみ』なんですか……」

「ねえ、鳴瀬くん。……私は、答えが分かったら伝えに来てって言ったの」


 思いがけない、冷たい声だった。

 その声の理由が分からなくて僕は焦った。


「だけど、七不思議の謎は解きました! それで終わりじゃないんですか?」


 最近、少しずつだけど藤乃さんのわずかな表情の変化が分かるようになった気がしていた。だから、今回も分かってしまった。表面上には分からないけど、いま僕は、藤乃さんを悲しませた。そんなこと、気づきたくなかったのに。


「ごめん。もしかしたら、無茶を言ってたのかも。……だけど、鳴瀬くんには自力でたどり着いて欲しかったから」


 藤乃さんは、強引に話を断ち切るようにベンチから立ち上がる。

 引き止めたいのに、引き止めるに足る言葉が浮かばない。やっとたどり着いたはずの答えは、ただ藤乃さんを失望させただけだった。


「一つだけ」


 藤乃さんは躊躇いがちに切り出した。


「チラシや半券をわざと落としたのは私だけど、七不思議を考えたのは私じゃないから」


 それだけ、と言い残して藤乃さんは公園をあとにする。僕はただ、その背中をじっと見送るしかできなかった。

 ますます、なにも分からなかった。

 七不思議を考えたのは藤乃さんじゃない。じゃあ、いったい誰が考えたっていうんだ。

 気になってネットでうわさを調べたことはあるけど、特にそれらしい情報は見つからなかった。藤乃さんが自分で作ったものじゃないなら、いったいどこから湧いて出たのだろう。

 映画館の七不思議を作って喜ぶような人物なんて、まるで想像もつかなかった。


「なんで……」


 ベンチの上でうずくまって一人つぶやく。


 なんで七不思議なんてものが考えられたんだろう。

 なんで藤乃さんはそれを本物にしようとしたんだろう。

 なんで三年前なんだろう。なんで「ほしきみ」なんだろう。

 なんで、なんで……。


 答え合わせをしにきたはずなのに、疑問ばかりが膨らんでしまっていた。


 一日の休みを挟んで次の出勤の時、僕は自分の考えがどれだけ浅はかだったのかを知ることになった。

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