バック・トゥ・ザフューチャー⁉
「三年前の落とし物?」
「はい、三年もの間、誰にも拾われずに放置されることってあるのかなって。今日拾ったクーポン券の期限が三年前だったんです」
その日のシフトが終わった後、更衣室で制服から着替えながら五反田さんに訊いてみた。落ちていたものが三年前の半券だということは伏せていた。
五反田さんは上半身を脱いだ状態で、考え込むように顎に手を当てている。五反田さんは映画趣味だけど、全身引き締まった身体をしていて、脱いだままでいると同性の僕でもちょっと恥ずかしくなってくる。
「よっぽどおかしな隙間に入り込んでいない限り、絶対に誰かが拾うはずだ。あるいは、お客さんのカバンの底にでも落ちていたのが、たまたま出てきただけということもある」
「やっぱり、それが現実的ですよね」
「1番シアターの話か?」
「はい。ひょっとしてと思ったんですけど……」
「『過去とつながる1番シアター』、だったか。興奮する話だな」
五反田さんは、言葉に熱を込めて語り出す。
「そうか、分かったぞ。……つまり、1番シアターのとある一席がデロリアンなんだ。それを通じて過去に飛んで、戻ってくる時に誤って過去の持ち物を持ってきてしまった! ――いや、あるいはここが未来で、三年前からデロリアンシアターを使ってこの時代に飛んできた人間がいるとか!」
五反田さんは上半身裸のまま、大袈裟な身振りを混えながら早口で止まらない。
ただの七不思議のはずが、SF映画に早変わりだ。時間旅行なんておとぎ話だとは分かっているけど、もしも本当に過去に飛べるなら、僕は間違いなく三年前を選ぶ。
葵と映画の約束をする前に戻って、それで――。
それで、どうするんだろう?
あの時、葵を映画に誘ったことに後悔はない。選んだ映画も間違いはなかったと思う。だから、ただ知りたかった。どうして葵は、突然映画館に来てくれなくなったのか。
「解き明かすぞ、鳴瀬」
五反田さんの真剣な顔が目の前にあった。がっしりと、肩を両手で掴まれている。身長差のせいで、大胸筋の圧がすごい。
「俺たちで、時間旅行の手がかりを掴むんだ!」
「は、はぁ」
曖昧な返事をしながら、五反田さんはSF映画が好きなのかな、なんてことを考えていた。
着替えを終えて、五反田さんと一緒に更衣室を出ると、ちょうど一岡さんと同じタイミングになった。
着替えにかかる時間が違うから普段はあまり会わないけど、今日は更衣室で長話をし過ぎたみたいだ。自然と、三人一緒に帰る形になる。
階段を下りて、従業員用の通路を抜ける。話題はさっきまでの更衣室での続きだ。
「そんな面白い話してたの⁉ なんで見つけた時に教えてくれなかったの~」
一岡さんは、例の落とし物のことを、すぐに教えてくれなかったことに不満顔だった。
別に、あの半券のことが知られたからってどうなることもない。だけど、三年前のあの映画のタイトルは、できれば口にしたくないことだった。
「すみません、最初はただのゴミかと思って。捨てちゃった後に、もしかして七不思議と関係してたのかなって」
「ええ~。そこは気づいてほしかったな……」
本気でがっかりした様子の一岡さんに、もう一度小さく謝罪をする。すぐに「いいよ」と返してくれたけど、やっぱり少し残念そうだった。
五反田さんは、話を元に戻そうとする。
「過去とつながるとは、つまり時間旅行だ。そこで俺たちは、1番シアターのどこかに時間を飛び越える装置が備えられていると考え、便宜的にデロリアンシアターと呼ぶことにした」
さらっと「俺たち」と言って巻き込んでいたけど、僕がそう呼ぶことに同意した覚えはない。
「デロリ……、なんて? いや、言わないで。なんとなく分かるから」
「な……! まさか一岡、バックトゥザフューチャーを知らないのか⁉」
「いやあ、さすがにタイトルくらい知ってるけど……、そのデロリンさんのことは知らないかな」
「デロリアンだ!」
「車……というか、機械の名前ですよ。主人公はそれで時間を移動するんです」
一岡さんは、僕の説明に驚いた。
「うそ、鳴瀬くんもそっち側⁉」
「まあ一応、有名な作品ですから」
「俺は小学校の教科書に載せるべきだと思う」
「そういえば、うちって映画館で働いてたんだったね……」
すっかり話は逸れて、そんな雑談をしているうちに通路の出口だった。先頭の一岡さんが鉄のドアを開けて外に出る。僕は二人の一歩後ろだ。
今日は早番だったから、まだ時間は三時前だ。うす暗い通路から一転、まぶしい太陽に目を細める。扉を抜けて数歩進んだところで、僕たちは足を止めていた。
目の前の道路に一人の女性が立っている。まるで彼女は僕たちを待っているかのようで。
「藤乃さん……?」
思わず名前を呼んでしまって、しまった! と思った。
案の定、二人の顔が、ぐるんっ、と勢いよく僕の方を向いた。
「待って。いろいろとよく分からないんだけど、なんで鳴瀬くんがあの人の名前を知ってるの?」
「そういえば、七不思議はあの人からだったな? それでいったい、どうして名前を呼ぶ関係になる」
「え、あの、えっと……」
僕は助けを求めるように藤乃さんの方を見た。
だけど、そんなことを気にする藤乃さんじゃないのは分かっていたことだった。
「鳴瀬くん、今から時間ある?」
藤乃さんが会いに来てくれたことは素直に嬉しかったけど、両脇から突き刺さる疑念の視線で、なんだか複雑な気分だった。
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