第8話 真犯人

 目黒映美は撮影現場に現れなかった。2月3日午前5時、彼女の泊まってる『さざなみ』を訪れたマネージャーの連城栄作れんじょうえいさくが映美の刺殺体を発見した。現場の203には足利夏菜子もいた。 

 ドアに鍵はかかっていなかった。

 夏菜子は独特の香水の匂いを感じた。

「この匂いはドルチェ&ガッバーナだ」

 映美は香水が嫌いだった。彼女は過敏症だったのだ。少なくとも映美のものではない。

 犯人はドルチェ&ガッバーナをつけている。

 かなりの金持ちに違いない。


 映美で9人目、あと1人で俺は怪物を倒すことが出来る。怪物を倒したら俺は地獄から脱出することが出来る。地獄っていってもそこに閻魔大王はいない。俺は職を転々とし、さらに恋人に逃げられた。春日大社で神様から『怪物を倒せばおまえに永久の幸せを授けよう』と言われた。

『魔法も使えないのにどうやって倒せばいい?』

『10人の人間を殺したら魔力を授けてやる』

 俺の敵は前鬼ぜんき後鬼ごきだ。修験道の開祖である役小角えんのおづのが従えていたとされる夫婦の鬼。前鬼が夫、後鬼が妻である。

 元は生駒山地に住み、人に災いをなしていた。役小角は、彼らを不動明王の秘法で捕縛した。あるいは、彼らの5人の子供の末子を鉄釜に隠し、彼らに子供を殺された親の悲しみを訴えた。

 

 最初の標的、屋良は大和大学、奈良エリアゼミの先生だ。奴は短大から編入した俺を鼻で笑った。

『本当は短大生なんて採用するつもりなんてなかったんだからな……』

 4年のとき、俺は屋良から副ゼミ長にならないかと誘われた。最初は嬉しかったが、メチャクチャ忙しくゼミ長の足利からは奴隷みたいに扱われた。

 精神を病んだ俺は留年してしまった。

 俺は真夜中の古墳に呼び出し、後ろから屋良をロープで絞め殺し、穴の中に埋めた。

 足利を『さざなみ』のロビーで見かけたときは運命を感じた。足利に罪を着せる為に財前をナイフで殺した。貴子は買収しておいた。

 俺は大和大学を卒業後、印刷会社に入った。ブラックな会社で残業がたくさんあった。毎日のように殴られたりしていた。黒幕は色部社長だ。動機は労基署に駆け込んだ俺を追い出すためだ。

 俺は小学生の頃からスケートが好きだった。  

 スピードスケート用のスケート靴のブレードは靴のサイズより前後とも長く、まっすぐである。エッジも最も薄く、靴の部分も小ぶりで軽く作られている。エッジに溝は入っていない。長野オリンピック以降、かかとの部分がブレードから離れ、より長く氷にエッジを載せられるスラップスケートが主流となっている。

 屋良を殺したときに使ったロープで色部を絞め殺した。覆面を被っていたからきっと大丈夫だ。  

 色部の妻、虹子は事件当夜は父親の介護の為に留守にしていた。

 千代子は色部から命令されて俺を殴ったり、便所掃除ばかりさせた。屋良、色部を殺したときに使ったロープで絞め殺した。死ぬ間際、泣いて侘びたが許さなかった。

 虹子は夫が亡くなったばかりだというのに、沼津と浮気旅行に出た。虹子の命を奪ったのはタンナトリカブトという紫色の多年草だ。塊根に猛毒のアコニチンを持っている。汁液を飲むと唾液を垂らし、嘔吐、歩行や呼吸困難、臓器不全、全身の痙攣などを経て死に至る。解毒剤はない。

 俺は列車内で『あまったので、これいりませんか?』と毒薬入りペットボトルを虹子に渡した。このとき、沼津はトイレに行った為に決定的瞬間を目撃していない。

 この事件の後、俺は何者かに轢き殺された。俺は幽霊になったことで足跡を残さずに向井を殺害することに成功した。

 透明になったこともあり、沼津をボーリングボールで殴り殺すのは楽勝だった。  

 留萌は逃亡中にさざなみに辿り着き、あの小屋に貴子に匿われた。透明になった俺は共犯者である貴子からの連絡を受け、小屋の壁をすり抜けて内部に侵入してナイフで指や鼻を削ぎ落とし、最後に心臓を刺した。留萌は中学時代、俺をプールに突き落としたりしてイジメていた。

 映美はセレブで、トーク番組で『私、派遣社員とか貧乏な人嫌いなんですよね?あ〜ゆ〜人たちって自分だけじゃなく、他人も貧乏にして苦しめるじゃないですか、だから嫌い』って言っていた。

 映美の背中にナイフを突き立てたとき、「いつか殺してやりたいと思ってた」と彼女の耳元で囁いた。


 月美からもらったドルチェ&ガッバーナの香水、あの香りが俺の心をリラックスさせる。月美とは介護施設で知り合った。

 最後の標的は足利だ。

「連城さん、警察には言わない方がいいですよ。この宿ではたくさんの人間が亡くなった」

「はっ、はい……」

 203の室内で狼狽する足利の首を、背後から思い切り両手で絞めた。彼女の顔がみるみる赤くなっていく。おまえが呑気に小説書いてる頃、こっちは知り合いも誰もいない階段室で孤独に苛まれ、ハローワーク通いに明け暮れなくちゃならなかった。

 やがて、足利は事切れた。

 

 日向は病室のテレビでニュースを見ていた。夏菜子が殺されてしまった。きっと、根津平太ねづへいたの犯行に違いない。

 根津は日向が轢き殺した殺人鬼だ。根津は橿原線内で虹子を毒殺し、西ノ京駅の隣にある九条駅で降りて車道を走った。根津はたくさんの命を奪った恐怖感を消すために、コンビニで買ったビールを大量に飲んで常軌を逸していた。

 根津のすぐ近くを日向はジャイロで走っていた。

 何であの男がこんなところを?

 根津はグラタンの父親を殺した犯人だ。全ては日向の目論見だった。銀角国久は日向を日常的に傷めつけてきた。『強くなりたいだろ?』そう言って取調室で拳銃を向けてきたこともある。

 国久は5年前、2016年2月17日午後8時、近鉄奈良駅前で根津によって文化包丁で刺された。病院に搬送されたが既に死亡していた。

 日向はこの日の夜、国久と居酒屋で飲んでいた。全ては日向の仕掛けた罠だ。酔いが完全に回り、千鳥足だったこともあり国久は呆気なく刺された。

 この日は、日本のX線天文衛星『ASTRO-H』を搭載したH-IIAロケットが午後5時45分頃、種子島宇宙センターから打ち上げられ、成功。なお、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、『ASTRO-H』の名称を『ひとみ』と命名することを発表。

 日向は、闇サイトで雇った根津に国久を殺させたのだ。  

 根津を認識したジャイロは透明モードに変わった。やっと手に入れた平和をぶち壊されてたまるか!殺意に駆られた日向はアクセルを強く踏み、根津を轢き殺した。

 

 俺は朝靄に覆われた柳生の里にある芳徳寺ほうとじの山門に立っていた。今にも雪が降り出しそうだ。神様の正体は柳生十兵衛やぎゅうじゅうべえ。十兵衛は日本刀を俺に授けた。左目に眼帯をしている。隻眼になったのは父・宗矩むねのりが腕を試そうと不意に投げた石礫いしつぶてを避けそこねたからといわれている。

前鬼後鬼ぜんきこうきは法隆寺にいる」  

 それだけ伝えると煙とともに姿を消した。

 十兵衛が渡した刀は光世みつよ。身幅が広く豪壮。刀剣に魂が乗り移り、魔を追い払う能力を持つと言われている。


 法隆寺に辿り着いたときは粉雪が舞っていた。

 寺の前には無数の死体が転がっていた。

 白髪頭の婆さんの姿をした後鬼の首を跳ね、でっぷりとした爺さんの姿をした前鬼を袈裟に斬った。

 日向を殺し損ねたが、まあいいか。

 人間の姿を取り戻した俺は嬉しさのあまりに体が震えた。月美を思い切り抱きしめてやる。

 

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奈良連続殺人事件 鷹山トシキ @1982

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