二人目 歌手 イム
「すみません、お手伝いいただきありがとうございます」
俺は今、引越しの荷物の段ボールを、部屋がある二階へと運び込んでいた
あの人気作家大橋先生と共に
「いえいえ、大家ですから、よっと」
大橋先生は段ボールを軽々と持ち上げ、どんどん二階へ運んで行った
俺の荷物は結構重い
本が大量に入っているからだ
俺は、小説家である前に本好きで、本をしょっちゅう読む
一つの段ボールに本がなん十冊も入っている
それを細身の大橋先生が簡単に持ち上げている
「結構力あるんですね」
「鍛えてますので」
細マッチョってやつか、すごいな
俺とは大違いだ
大橋先生は背も高い、顔もいい、しかも細マッチョで人気作家だ
それに比べ俺は、中肉中背のさえない顔、しかも零細のマイナー作家
年齢は同じくらいなはずなんだがな…
「佐藤さん?いかがされましたか?」
「あ、すみません!」
ぼーっとしてた
荷物を運びこまないといけないって言うのに
「お疲れみたいですね、あと少しなので頑張りましょう」
「あ、ありがとうございます」
なんか、情けない姿ばかり見せている気がする…はぁ…
最後の一つを部屋の中に押し込み、一階へ降りた
「お疲れ様です、こちらどうぞ」
手渡されたのは、冷えた麦茶だった
「ありがとうございます」
その麦茶を飲んでいると、上から人がおりてきた
「あら、大橋先生こんにちは
そちらは新しい人?」
のほほんとした感じの、優しそうな女性だった
「加藤さん、こんにちは
ええ、新しい入居者の方です」
「はじめまして、あたらしく入居した佐藤です、よろしくお願いします」
「はじめまして、加藤玲奈です、デザイナーやってます、よろしくお願いします
佐藤さんはなにやってる方なのかしら?」
「ええと、一応小説家です」
「あら、大橋先生と同じなのね」
「いやいや、大橋先生と比べ物になるようなものではありませんから
俺は、ほんと、そんな大した者じゃないんで」
これは、俺の中では事実だ
俺みたいな零細と人気作家をいっしょくたにしてはいけない
俺はそう思ってる
だけど、加藤さんは俺がそう言うとすこしむっとした
「表現にいいも悪いもないわよ
表現できる、それだけですごいことなんだから」
「いいも悪いもあるに決まってんじゃん」
いつのまにか加藤さんの後ろに居た、派手な感じの女の子がそう言った
「わ、びっくりした、イムちゃんいたのね」
「邪魔だからそこ退いてよ」
「あら、ごめんなさいね」
その子はずっと不機嫌そうな顔をしていた
そしてそのまま、どこかへ行ってしまった
「さっきの子は?」
「イムちゃんって言ってね、高校生で歌手やってる凄い子なのよ」
「へえ、それはすごいですね」
「思春期だからか、少し気難しい子なんですよ
最近、スランプらしくてますます機嫌が悪いんですよね」
「大変よねえ」
「そうですね、確かに大変そうだ」
荷ほどきをしていた時、ふと思い立ち、『イム 歌』で調べてみた
そして、一番上に出てきた歌を聞いてみた
思った以上に、きれいなバラードだった
本人の感じからもっと派手な歌かと思っていた
「なんてのは偏見か」
それを聞いていると、なんとなくインスピレーションがわいてきた
パソコンを取り出し、パチパチと打ち始めた
「_さん、佐藤さん!」
「うわっ!びっくりした!」
随分と集中していたらしい
気が付くと、夕日が差し込んでいた
しかもなぜか、隣にイムちゃんが居る
「えーと、イムちゃん、だっけ
なんで俺の部屋に?」
「大家さんに呼んできてって言われたんだよ
ピンポン押しても全然反応しないしさあ…」
「ああ、ごめん、集中してた」
「しかもなんで、私の歌大音量で流してんの
はずいじゃん…」
そう言って、少し眉をひそめた
気難しい子と言われていた割に、ずいぶん年相応な顔をするなと思った
思ったより、親しみやすい子だな
なんとなく、微笑ましく思えた
「いい歌だと思うけどな
と、呼ばれてるんだったっけ
じゃな」
「ん」
「佐藤さん、いっしょに吞みましょー」
大橋先生と加藤さんがビール片手にそう言ってきた
「えーと、お二人とも、酔っぱらってます?」
「えへへー、酔っぱらってないでしゅよー」
「酔っぱらってますね
どれだけ吞んだんですか」
「んー、どっちもまだにはいめー」
「酒弱いんですね
それ呑んだら水飲んで安静にしておいた方がいいですよ
それと、おれは吞みませんので
それじゃ、おやすみなさい」
そう言って、逃げ帰るようにそそくさと戻った
「酔っぱらいはこれだから…」
部屋に戻るとイムちゃんが俺のパソコンを見ていた
「ちょ、なに見てるんだ!」
「あー、ごめんごめん
んじゃね、佐藤のおっさん!
あんたの小説、意外と面白かったよ!」
そう言って走り去っていった
「ありがとう!でもおっさん呼びはやめてくれ!」
「やだ!」
表現者のためのアパート『夢』 亜祈惑 @wakq
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