ハルコおばさんのカルフルポップコーン ・ レインボーフレーバー

 料理は多くもなく、少なくもなく、レシピ通りに1、2、3、しっかりと数えて材料を入れること。そうすれば、誰でもおいしく出来上がる。

 ――『ハルコおばさんのお料理ブック』

 

 レモネードはグラスの中へ

 グラスが作る、レモネードにはレモンの果汁が入っていない。

 レモンの木を手に入れて、果実を収穫することもグラスは検討した。だが、樹木の獲得は箱庭と地上の2種類があるが、どちらも普通に困難であった。

 それよりも過酷な少女達の耐久年数と、樹木の生長は合っていない。

 だから、グラスはレモンの果実の入手を諦め、クエン酸を使っている。また、グラス自身はレモネードには炭酸を含んでいないことを美徳としている。

 それは甘味の邪魔となるから。

 ちなみにイチゴの果実は地上でも比較的入手しやすいが、グラスには甘さよりも酸っぱさが勝る食べ物であった。そうでなくとも、少女達の間でも同じ認識で、果実はジャムにするのが一般的であった。

 ただし、グラスは味覚障害から、ジャムを作る際にも甘味料を多く入れる。そのため、出来上がったモノはジャムとは言い難い、謎の物体となっている。

 

 ビスケットのバラード

 昔から遠征のお供ではあったが、近年ではより違った意味で重宝された存在。

 それがビスケットである。もちろんクッキーも忘れてはいけない。

 ともあれ、今回はビスケットともに少女達の歴史を見ていこう。

 近年のビスケットにおいて外せない話題は『クッキー・ビスケット論争』。だが、長年続いているとはいえ、人類史から見ればその歴史は極めて最近でしかない。

 何しろ、食事が厳しくなっていく中で発生した議論であるから。少女達のれいめいにおいては、食の多様性はまだ存在していたのだ。

 地上の支配領域が次第に減っていく中で、飢えること自体はなくとも、食の多様性は失われていった。

 そういった中で、食事の楽しみを復権させたのが、料理研究家としてのハルコおばさんである。味と食感のバリエーションをある程度、昔の水準によみがえらせた。

 特にトウモロコシベースの軽い食感、スナック菓子は好評であった。しかし、生産過程よりも軽い食感ゆえに食べこぼしの細かいカスが地下生活にとって問題となった。

 これは宇宙航海時代でも同様な問題があり、スナック菓子は基本、禁止エリアが設けられるほどであった。

 だからこそ、何処でも手軽に食べられるビスケットに再注目された。

 もっとも、ビスケットもスナック菓子と同様のリスクは含んでいるだけに、スナック菓子の不当な禁止は違法だと訴える少女はいまだ多くいる。

 ここでようやく、『クッキー・ビスケット論争』が始まることになる。

 素材が限られた中でより美味しく、かつ、どちらが優れたお菓子であるか証明するための論争である。しかし、そこは少女達。、論争よりもイベントとして、面白がられていくことになる。食もそうだが、少女達は娯楽にも飢えていたのだ。

 論争とは直接関係はないのだが、第10次論争を前に『密造ラムレーズン事件』が起きた。

 レーズンとはいっても、ブドウは近郊では気候的に収穫はできなかった。大遠征であれば手に入れることは可能ではあるが、それこそ希少なイベント。だから、まずレーズンには代理の果物が使われた。

 一方でラム酒に関しては砂糖が原料であるため、こちらの入手は容易であった。

 ただし、問題となったのは製造に必要な酵母である。

 どういう経緯か、少女達は地上から持ち帰った素材から酵母を作り出しアルコールを独自で製造した。

 原子レベルでの錬金術が可能なアルミカンとはいえ、自然由来の酵母を作り出すのは多くの試行回数があっただろう。

 ただ、酵母とは微生物の力を借りるだけに何の対策もない地下では、スナック菓子のカスよりも禁忌である。今の地下はほとんど無菌を保っているからである。

 製造に関わった少女達はただ、ラムレーズンとクッキーの組み合わせを実現させたかっただけと語っている。だが、このことがしばらくクッキー陣営に大きな影響を及ぼした。

 現在でもアルコール生成に酵母が用いられるが、それは独立した空間で行うことで、被害を広げない努力がされている。アルコールは医薬品やこうひん、それ以上にエネルギー源としても活用されている。

 そんなアルコール生産には蒸留が必要であるが、これは太古の錬金術で会得した技術ではある。

 その後、現役時代のシノが種子、木の実などを使った原始クッキーをビスケット向けに改良を加えたシードビスケットを開発。ただし、栄養価は高いが、味けない。

 それでも種子等は地下でも生産が可能であり、地上での採集がしやすくビスケットの生産性は通年で可能とコストパフォーマンスは高い。また、栄養価の高さから生産する側からは好評であり、いまだに遠足のお供になっている。

 ただ、味けないだけに少女達からは歓迎されなかった。

 逆にクッキーとして作られる原始クッキーは、種子等の素材自体の味や食感がそのまま出るため、玄人好みとされ賛否両論である。

 また当時、ユキカゼを襲名していた少女は対抗として、メープルシロップを商品展開。そして、野生化した茶畑から抹茶も製造。このことはビスケット、クッキー両陣営の大きく喜ばせた。

 しかし、こちらは地上での採取はまだ容易であっても、数は確保できず、限定的なアイテムでしかなかった。

 食が限られた状況でも楽しんでいた少女達ではあったが、正真正銘のお菓子の家は少女達を驚かせた。

 それがバカピック、ジンニーヤにお願いして得られたモノであった。

 チョコレート、クリーム、砂糖菓子。土台がクッキー生地、ビスケットで作られていようとも、未知なる甘味にはすべてが霞むぐらい魅惑の一品であった。

 そんな魅惑の品であったがのちの代価を考えると、とても食べられる代物ではなくなっていた。

 この後に『バナナ・チョコレート戦争』が起こることを考えると、甘い誘惑が偶然にも立て続けに起こったことは恐ろしいモノであった。

 その前には、バカピック、トウテツに少女自体が食べられた話もあった。ジンニーヤにしもそうであったが、少女達も食べられる側にいる。

 そんなこんなで今日も少女達の見えないポケットにはビスケット、またクッキーが詰められ、地上を駆けていく。

 

 魚影ソナー少女ガール

 ノワキは釣り針と小型ソナーを垂らしている。

 釣り針は太古から現在に至るまで、その形状は変わっていない。ソナーとて、音波を用いたシンプルさから今日こんにちまで使われている。

 少女はそんな釣り針とソナーを駆使して、釣りを行っている。

 ノワキの視線の先、いや、水平線の彼方かなたには船があることを観測機器で把握している。ただ、垂らしているソナーでは、そこまでの魚影は届かない。

 それだけに向こうが大漁であるかは、ノワキには観測できない。

「海が静かだからか、大漁みたい」

 そうミヤコは語る。ミヤコは観測ではなく、行動ログから状況を読み解いていた。

「そうか」

 ノワキはそう答える。実際、向こうのことはどうでも良い。今は自身の釣り針の方が大事。

 いざとなれば、釣り針に推進力を与え、魚を釣り上げることは容易である。

 だが、それは釣りの面白さではない。

 他の面々にしても、推進力と腕力、そして網を使い、海底からすべてをすくい上げることだって難しい話ではない。また、爆弾を投げつけて一気に釣果を稼ぐ方法とて容易だ。

 これは少女達が敵と戦うための力である。

 しかし、魚は敵でないため、釣りに対して使う力ではない。だからこそ、太古からの釣り針を垂らして、皆、まともに釣りを行っている。

 それでもソナーの使用は辛うじて許されている。ただ、釣りにソナーを使ったとしても、実力と運に左右される。そんな、非効率な釣りを行うのは趣味もあるが、それぞれで目的が違ってはいる。

 ノワキの場合は釣り上げた魚を食べることが目的である。正確には加工してだが。

 基地の近くに海がある。海洋資源の確保も基地にとっては重要な活動の一環である。

 塩にしても、その1つ。また鉱物、エネルギー資源の採掘もたまに行われるが、一番の目当ては食料としての魚介類である。

 こちらは管理された漁業計画で行われている。先にミヤコが行動ログで読み取ったとおり、船で計画的、大規模に行われている。

 当然、海上とはいえ外、地上での作業のため、船の警護には部隊が展開している。

 こうして、海岸で釣りをしているのは非番の面々。戦闘要員の少女以外は屋外での活動は基本禁止されている。だからこそ、予備警備という名目で釣りを許されている。

 実際、勤務を担当している班は遊ぶこともなく、周辺の警備をしている。

 先日のノワキも今と同じで、非番で釣りを楽しんでいた。だが、そのときは3本足のバカピック、さらにはセイレーンの出現で散々な結末で釣りを行う余裕などなかった。

「前は釣り損ねたからな。今度こそカツレツ・ライスを作ってやる」

 それは『ハルコおばさんのお料理ブック』に記載がある、失われたレシピ、カツ丼を代替えで再現した食べ物。原型には近づけようとしているが、それでも大部分の食材は代わっている。

 実際、カツ丼のカツの成立には二転三転あったにせよ、豚の肉が使われるのが一般的とされた。ノワキが釣果に期待している魚など材料には入ってこない。

 それでも昨今は動物の肉は表だって入手、加工ができないことから、レシピでも魚肉のすり身で代用されている。これは現在の食糧事情からも、入手しやすい天然のタンパク質としても重宝されている。

「そんなこといっても、魚数匹、いえ数十匹釣ったところで作れる代物ではないでしょう」

 ミヤコは余りヒットがない状況にそう返した。

 カツレツ・ライスに必要な素材は魚肉だけではない。

 米や小麦粉といった素材も代替えとはいえ必要である。ただ、これらはお金での購入は簡単な品。

 ただ、カツ丼のメジャースタイル、溶き卵で仕上げるのは卵の入手よりも衛生概念等で難しい。そのため、レシピでもマイナースタイル、ソース味で仕上げることを選択している。実際、風味付けのソースなら、比較的安く手に入る。

 ただ、天然の調味料、香辛料などから作るのであれば、国を動かせるだけの財力と労働力が必要である。

 どちらにしてもカツレツ・ライスを安価に作るにしても、数十匹の魚程度では代価として釣り合っていない

「分かっていないわね。完成の日のために、私がどれだけ素材の確保、それにお金を貯めてきたのか」

 原子レベルで変更が可能な錬金術、アルミカンでも味を作ることは難しい。ただ、作ったモノの保管であれば容易である。

 少女達の趣味はそれぞれ。当然、仕事からもらえる給与の使い道も様々。だが、衣食住はすべて支給、いや管理された地下生活にとって、給与はすべて趣味に使われるといってもいい。

 ノワキの場合、伝説のレシピを食べることである。この半年はカツレツ・ライスのために素材とお金を一所懸命に集めている。

 また、魚は素材だけでなく、物々交換の材料としても、一部ではハイレートで取り引きされている。ノワキは打算的な思いもあって、釣りをしている。

 打算的といっても、それは失われた美味しいモノを食べるためでは。

 そんなノワキの思いなど気にすることなく、空を飛んでいた海鳥はバケツに入れられた釣果を1匹、くわえていった。

 いくら高機動である少女達にとっても、生身のまま空へと逃げた鳥を追うことは無理。観測機器を使っていれば対空監視はできていたが、ソナーの方に集中しており空の方はおろかにしていた。

 それでも諦めきれずノワキは石を握ろうとしたが、冷静になり思いとどまった。少女にとって、石とて命中率は高く、殺傷能力もある。

 しかし、非番で不要な行動はペナルティになる。それでは夢が停滞してしまう。

 ただ、黙って鳥が去っていく様を見るしかなかった。悔しかろうと。

「鳥とはいえ、お魚をくわえていったら、それはもう泥棒猫ね」

 そう語りながら、ミヤコはそんな様子を黙って見ていた。海鳥はそんな危機とも知らず、自由に空を舞っている。

 少女達も海鳥のように群れて、このそうきゆうへきかいの間を飛ぶことができたなら、どんなにロマンティックだろうか。

 だが、現実は平穏と暴風が吹き荒れるような、危険な日々との繰り返し。

 それでもなお。

 海は穏やかななぎ。騒乱もわきの如く、過ぎ去った後。

 静けさが、今、ひととき、ここをみやこかと物語っていた。

 

 ミノタウロスと牛

 地上に牛はいる。地下に暮らす少女達のほとんどは牛を知らない。

 バーピック、ミノタウロス。その名は牛の頭を持つ神話の怪物に由来する。だが、少女達にはミノタウロスが現実で、牛こそが神話である。

 そして、味も知らない。

 

 羊と金属鍋の野菜盛り合わせ

 レンは鍋を煮込んでいる。

 中には粉末スープを水に戻し、野草も入れ、そして、狩った野鳥も入れて。

 このように少女達が野生の動植物を食べることは禁止されていない。むしろ、万が一のためのサバイバル・ガイドブックにも推奨されている。

 確かに乳製品など発酵、熟成を用いるため雑菌の塊といえる。そもそも、生物の乳にしても殺菌がなければ安全には飲めない。

 だが、そういったリスクのある食べ物は限られているし、大事なのは適切な調理である。そして、大量の摂取しないことも大事になってくる。

 むしろ、外の空気すら有害と感じる者も今の人類には多い中では、外での食事自体が問題である。

 逆にいえば、外で食事ができるのは少女達の特権である。

 こうして、外に出ているのは度重なる襲撃で周辺設備の修理等を兼ねた遠足である。特に今回は一夜を外で過ごすほどの大規模なモノになっていた。

「相変わらず、おいしそうな匂いね。少しもらおうかしら」

 部隊長であるクローゼがそう語りかけてきた。

「構わないが」

 そう、許可をもらうとクローゼは座り心地の良さそうな瓦礫を片手で持ち上げ、椅子代わりにして鍋の前に座り込んだ。

 レンの方は愛用のブランケットを地面に引いて、寒さ対策をしている。これは動物の毛で作られた年代物。先輩から受け継いだ品である。元々は軍用品らしく無骨なデザインと実用性である。

「しかし、お前も部隊長がさまになってきたな。私のような、先輩を使いこなしているのだから」

 レンは座り込んだクローゼに、嫌みを含んだ台詞ながら淡々として語りかける。

「まあ、そんなこと言わないでくださいよ」

 クローゼの方は笑みを見せながら、返事をしていた。レンはそんな笑みを見ることなく、鍋の中身をカップに入れ、クローゼに渡した。

「ありがとうございます」

 先輩に対して、クローゼはそう感謝の言葉を述べる。

 クローゼはカップの中から骨の付いた鶏肉を取り出すと、頬張った。とはいっても、小鳥だけに付いている肉は大した量ではない。

 外いう荒野の風を浴び、食材からは野生の息吹を取り込む。有害といえる2つであっても、命を直に感じてしまう。

「……おいしい」

 クローゼは誰にでもない感謝の言葉を漏らす。

「そうか」

 レンもクローゼの方を向かず、ただ鍋を眺めながら、そう答えた。

「私もですが、好きでやっているとはいえ、辛くはありませんか。この日常は」

 手に持っていたカップを地面に置き、クローゼはレンの方を向きながら訪ねた。少女達は過酷である。たとえ、楽しいことが一杯であっても。

「こう見えて、私も楽しいさ。語らずとも、こうして皆とともにできることが。それだけで頑張れる」

 それがレンの意義だった。皆と一時の平穏を得る。そのためなら、強くもなることも辛くはない。長年続けることにも、苦はなかった。

 ただ、レンにとっては共にした友人が1人、また1人と去っていく方が恐怖でしかなかった。それだけに皆と同じ時間を共有できるのは何よりの幸せとなっていった。

「少女という性分が過酷な中でも楽しくいさせるのでしょうか。悲しくもあり、楽しくもありますね」

 クローゼも少女として長く生きるだけに、感傷を理解している。

「まあ、食に関しては都市の何倍も贅沢をさせてもらっている」

 レンはあえて話題を変えた。感傷を理解していても、得意ではなかったからだ。

「今回とて食材回収をしていたのだろう。まあ、私とてその1人か」

 レンが撃ち落とした小鳥は個人で楽しむためのものだった。遠征において、現地での食料採集はリスクがない限り、特別な許可は必要としない。

 そもそも、地上に残した人類の痕跡は等しく、少女達のおもちゃ箱。興味があるモノは各自の判断で回収される。

 今、地面に敷かれているブランケットにしても、受け継いだにしても元々は収集品であった。

「一応、コースには野生化した農園が入れてあったから、一部を派遣して回収を行った。最も野生化しているため、栄養価はともかく味の保証はされていない。派遣した面々はいやいや作業をしていたそうだ」

「私でもシードビスケットとグラスの原液のどちらかを選べと言われれば、原液を選ぶだろうな」

「グラスのアレは例外ですよ」

 レンの返しにクローゼは笑いながら答えたが、グラスの甘さ好きは味覚障害でしかない。その原因は過酷さの弊害である。本来は笑える話ではない。

 それでも、少女達は笑えるのだ。

 端から見ていた新人はその光景を不思議そうに見ていた。そもそも、鍋を火にかけることすら日常的に見かけるモノではない。夜空にしても初めて見たぐらいだ、今まで見てきた世界とは何もかもが違う。

「欲しいか」

 レンはそう訪ねた。これも少女の性分。スパイス、刺激を感じる匂いに誘われるて来たのだ。

「見た目はこれだが、はまると美味しいぞ」

 新人の答えを聞かないまま、レンはカップに鍋の中身は注いだ。

「まず、スープだけにしておくと良い」

 そして、同意を求める間もなく、レンはカップを差し出した。肉を入れなかったのは、食べ方が分からないと判断したから。

 骨と肉。食べられる部分と食べられない部分が両立する、そんな食べ物など今の時代、存在しないから。

 新人は渡されたカップの中身を口に含む。その味は不味くはない。しかし、美味しいのかも分からない。何とも言えない感情がひたすらに頭の中を駆け巡っていた。

 スープだけで、この感情である。具材含めた盛り合わせだったら、どうなるか。

 そんな想像をしながら新人はただ何も言わず、カップを差し出し、お辞儀をしてその場を去っていった。

「……怖かったか」

「すべてが初めてなのに、感想を求めるのはヒドすぎますよ」

「なるほど」

 レンが長年、生きていながら部下を指揮するになれなかった、ここにある。それでもコミュニケーションが苦手というよりも、自分の時間を大事にするだけではある。

「改めてですが、大規模戦闘、それに奇怪なバカピックと現在、損耗率が高く、先輩には引退の時期を超え働かせて申し訳ないです」

「構わないさ。そもそも、それを説明する立場でも責任を負う立場ではない。お前を恨む必要など何処にもない」

 奇怪なバカピック。トウテツから始まり、コントン、キュウキ。奴らが本当に四凶を模しているのであれば、後1体、トウコツが残っている。しかも、こいつらは独自性が強く、退治に困難な相手だっただけに、まだ先があることには頭を悩ませている。

 だからこそ、レンのような熟練者は引退できずにいた。

「あのトウテツ戦に至ってはコア自体が未帰還。部隊編成にいまだ穴が開いています」

 レンもクローゼも鍋を見ていると、余計にトウテツ戦を思い出す。

 トウテツ、鍋型で羊を模したバカピック。その鍋状の頭には別空間に繋がる穴が存在する。だからこそ、ここに飲み込まれた少女達、3名は今もなお、消えたままである。

 戦闘の過酷さよりも、失った存在の方が思い出したことで大きくのし掛かってくる。

「……食事をしているときには、少しまずくなる話でしたね」

「いや、構わない。私とて10年近く少女をしているのだ。そういったことは1人や2人の話ではない」

 そして、クローゼの返しを待たず、レンは答える。

「まあ、隠居してからの楽しみは、追い追い考えておくさ」

 レンはそういって会話を中断させたのだ。

 少女は消耗品だ。それでも耐久年数、一杯で消費されることは、それはそれで幸せである。しかし、残された者としての寂しさもある。

 何とも言えない感情を理解しようと、レンは頭の中を整理させていた。

 

 忘れ去られた土を喰うと、いうこと

 チョコレート味はあるが、チョコレートはない。ゆえにチョコレート味とは何味か?

 こんなことがたまに少女達の中で答えを出し合おうとする。今の時代において、チョコレートとは隻手音声でしかない。

 しかし、それ以上に理解できない味が、アルファ・ベータ・カッパー丼である。宇宙由来の食材と製法で作られているが故に、地上のデータベースには正確には反映されていない。この味のキャッチコピーが『アルファがベータをカッパらった衝撃』。

 ここの語学センスも当時を反映したミームであり、今となっては翻訳が困難となっている。

 ちなみにアコという少女は、このキャッチコピーが古典漫画に書かれていることを見つけ、引用されたのではないかと語っている。その上で他の文献とも照らし合わせて、言葉自体に意味がないと推測している。

 分からないことが分かったとはいえ、アコはその事実を知ったとき、感動を覚えた。

 また、味に関してはハンナが語るには、宇宙空間では味覚が落ちるとされている以上、味で勝負をしたのなら奇抜になるのは必然とのこと。また、再現したところで、宇宙で食べる味とは別物であり、真の意味で再現はできないと持論を展開している。

 そのため、ハンナにはアルファ・ベータ・カッパー丼は興味のない食べ物である。

 それ以上に、今すぐに復活ができるチョコレートの生産を模索している。

 しかし、今の人類は大地の中に暮らせど、食料のほとんどは土を経由しない。むしろ、少女達の方がまだ土の味を楽しめる機会が多い。

 ハンナのように本物のチョコレートを求めることは、忘れ去られた土を喰うと、いうことかもしれない。

 だが、食べ物とは食事として形にするだけでなく、自然の恵み、人の働きがあって始めて得られるもの。宇宙時代より、ほぼ機械化された食事を取る今の人類と少女達には成果までの労は計り知れない。またチョコレートの原料、カカオが本来どのように土地で育っていたのかも体感できていない。

 忘れ去られたのは土だけでないのかもしれない。

 それでも、土を喰らうことを成し遂げんと、今の食を喰う。

 

 それでもなお、“舌”を巡らせる

 近年では料理本での愛称、ハルコおばさんで知られているが、氏の専門は弾薬、火薬開発であった。

 料理研究にシフトしたのは、トウモロコシとの出会いからだった。この経緯は自身の著、『カルフルポップコーン・レインボーフレーバー』にも詳しく書かれている。

 この本は爆薬研究についてまとめたモノながら、料理研究にシフトする切っ掛けが書かれている。火薬は化学、錬金術の産物であっても、結局は自然由来の素材の組み合わせ。今日のアルミカンでもないモノからは、何も作り出せない。

 限られた地下では爆薬にも、新しい素材、生産方法が重要であった。

 そんな中で出会ったのが、自らを破裂させて作り上げる料理、ポップコーンであった。この過程を爆薬にも活用できないかと考えたのが研究の切っ掛けであった。

 だが、追求すればするほど逆に料理へ没頭することになった。なお、この過程は爆薬研究の失敗談として書かれていた。

 ハルコおばさんと名乗るようになってから、料理をこのように語っている。「料理とは天を仰ぎ、谷底をも見つめる。そんな気高く、奥深いものである」、だと。

 その功績は今もなお、皆の舌を巡らせている。

 だが、300年先まで、これらのレシピが続くかは分からない。

 事実、過去の料理法のほとんどは無用の長物となった。カツ丼とて今では神話となった。今の人類と少女達に唐揚げとレモンといっても、誰も理解できまい。

 りゆう

 これは伝説の竜を倒す技を習得しても、実在しない以上、その技術は無用であり無駄という故事である。

 昔の調理法は竜を倒す同様、素材が手に入らない以上、披露する場はない。また、結果こそ逆であるが『屠竜之技』は『ABC、ドラゴンスレイヤー』として、今は確立している。

 そもそも、野生の肉は緊急時のサバイバル食材。

 今の肉といえば、昆虫であり、ご馳走で魚肉。

 300年の努力の積み重ねで、レベルMAXに至ることなど、時が止まっていなければ成立しない。今、終末のモラトリアムであっても、時は確実に進んでいる。

 少女達の舌が、美味を求めるように。

 

 フレーバーとはカラフルな魔法である。ほんの少しで驚き、楽しさを含め、味が生まれ変わるのだから。それは爆薬においてもそうだ。炎色反応を利用して夜空に飛ばして楽しんでいたと言うのだから。

 ―― 『カルフルポップコーン・レインボーフレーバー』



(初出掲載 2024年10月)

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重機兵少女 ホラィ・ト・スフィ ツカモト シュン @tamtankaku25

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