アサルト・バスター・クリティカル・ドラゴンスレイヤー

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 竜は誰もいない空間で惰眠だみんをむさぼっている。

 この宇宙はもはや彼らのモノであり、この空間で忙しくするのは資源を回収する働きモノだけ。戦闘を行うモノは今では能なしで、ただ暇を持て余すしかなかった。

 それでも昔は暇を持て余す連中で、様々な暇つぶしをして楽しかったという。

 特に多くの竜は己が力を誇るために同族でも戦い、同志とも戦った。その他諸々の理由を付け、戦いを求めた。

 その結果、その数を減らしていった。

 馬鹿らしい話だが、竜には後悔はない。それが生き様だから。特に人類との戦いは竜達が望む、激しいものであった。

 確かに竜に比べれば人類はか弱き存在だが、その数と勇敢な戦いは竜であっても苦戦を強いられた。だからこそ、望む戦いとなった。

 そして、竜達の数を更に減らした。

 更に人類との戦いはほぼ終焉を迎え、竜達にとっての平穏が訪れた。今では退屈を持て余す同族はほぼおらず、ただ時間を潰すだけの怠惰たいだなモノへと変わっていた。

 この竜も戦うこと、暇潰すことの機会もない。ただ1匹、眠りによって時間を潰す。

 竜とは時代遅れの存在。

 そんな竜にも、珍しく来客が尋ねてきた。それは本当に珍しいことだった。だが、竜は気にしてはいない。ただ、一方的に話をさせるだけである。

 そう、竜は気にしていない。

 今では、何かすることよりも惰眠をむさぼりたい。もはや、過去の栄光など意味をなしていないのだから。戦うことのみが生きがいなのだから。

 それでも、それは許されはしなかった。

 人類の敵、バカピックは意外に忙しいのだから、暇を持て余すことなどさせない。それが時代遅れの用済みであれば、なおさら。


 Assault Buster Critical,DragonSlayer

  -竜殺しの技能と技術-


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 竜は初めて、地上に降り立った。


   2


 宇宙からこの地上へと竜が降り立ったことは、人類側も観測していた。

「珍しいこともあるな」

 そうハヤミがいうのも確かなことで、人類の敵であるバカピックはその名、その行動とは裏腹に高度な技術を持つ。

 特にワープには制限がないのか、神出鬼没に現れ、宇宙空間でさえ狭しと暴れ回っていた。そして、人類側のワープとは原理が違うため、その出現は完全に予測ができずにいた。

 余談だが、人類側のワープに関しては原則、宇宙空間でのみ可能で、空すら奪われた今では、その技術はほぼ使われることはなくなった。

 つまり、先に観測したようにワープなしで宇宙から地上に降り立つことなど、奴らバカピックにとって不要なはずである。リスクのある大気圏突入よりも、ワープの方が安全で、効率的であるはずなのだから。

 それでも竜は天から降臨といった感じで、この地上へとやってきた。奪い取った宇宙から、この地上へと。

「……見た目はあれだが、ドラゴンタイプか」

 バカピック特有の顔ではあるが、その姿は正真正銘のドラゴン、太古から続く恐怖の対象だ。ただ、このドラゴンタイプはどちらかといえば恐竜に近い姿である。

「データベースに該当がありました。名前はファイアードレイクです」

 オペレーター自身には見覚えがなかったが、バカピックの姿から、データベースに検索して導き出された。

 データベースの情報ではドラゴンタイプ、約25mの巨体。外見は恐竜の竜脚類、首の長い4足の姿だ。昔の宇宙時代での目撃、戦闘報告有り。

 ドラゴンタイプは他のバカピックとは違い、個体事での違いが大きい。そのため、ドラゴンという一括りの種族で扱われることはなく、ドラゴンタイプとして分類される。

 その用途も、その大きさから航空母艦のような運用もあれば、完全な戦闘用などと様々。姿にしても恐竜の姿から、東洋の龍、西洋のドラゴンとバリエーションも豊富。

 また、巨大であることからバリアの一種、〈リフ〉は有していないことがほとんど。宇宙会戦時、人類とドラゴンタイプの戦いは過酷ではあったが、攻撃が効かないという問題はなかったため、人類ともにその数を大きく減らしていった。

 現在、出現が確認されないことからドラゴンタイプは全滅したのではないかという推測もあったが、それは今、あっさりと否定された。

「ファイアードレイク……火吹き竜か」

 ハヤミはそのデータと姿から、戦術を考え出す。

 その姿から相手には、いくつか不利な点も見受けられる。

 まずは巨大さから、死角が多いこと。

 それが肉弾戦のみの恐竜時代なら、それでも問題ないだろう。だが、飛び道具が主体の時代では時代遅れもいい所である。

 それも1体だけ。

「1体だけですが、よほど強いのでしょうか」

 アキラはそう尋ねる。無理もない。知識、経験が浅ければ現状から、そう考えるのも普通だろう。

「ドラゴンタイプはある種、戦艦だ。それはワンマンアーミーを意味するモノではない」

 戦艦は昔、海での兵器に付けられた単語。だが、時代の流れでその用途は大きく変わり、宇宙時代で再び、復権と同時に、人類の敵の登場で再び、役目は終えた。

 戦艦は単体で強固で戦力を有するが、あくまで全体の戦力を底上げするための兵器。それを補うために他の兵種が存在して、初めて意味を持つ。

 先ほどもハヤミが感じた死角対策にしても、複数機で援護することで補われる。それを放棄しているとは思えないが、今は1体のみ。援軍が控えているのだろうか。

「強さに関するデータは」

「該当例では目撃は宇宙時代のみで数百年前となります。詳細な交戦データは残っておりません。撃破しきれず、人類側が撤退したようです」

 オペレーターの報告だけでなく、ハヤミはデータを見る。その際の戦闘でも、バカピック側は少数ながらサポート機がいたようである。

「攻撃は口からの炎、足には推進装置。特に隠し武器はないようです。ただ、遭遇時は人類側は軽装で対応しきれず、それもあって撤退したようです」

 あの巨体で火を噴くだけとは、それはかわいいモノである。ただ、巨大な兵器である以上、脅威的な能力と考えるのが普通である。1体で来ている点からも、余計である。

「……あの図体だ。何か隠し球はあるだろうな」

 ただ、この巨体からの恐怖心、要塞じみた鉄壁だけで十分な武器ではある。

 また、理解不能なバリア、〈リフ〉がないとはいえ、あの巨体を破壊するにはそれなりの火力がいる。偶然、遭遇すれば逃げるほかは手はないのは当然。

 良くも悪くも、ドラゴンというのは古来よりそういうモノで語られる。

「それにしても、あの巨体を退治するのは確かに骨が折れるな」

 ハヤミは気怠そうにそう突っ込む。

「とはいえ、基地を担いで逃げられない以上、放置は絶対にできない」

 ハヤミは聞いた情報から再度、戦術を練る。

「直ちに出撃させますか」

 オペレーターはそう聞く。

 この基地は敵が現れれば、常にそうしてきた。それでも、この基地のメンバー、ほとんどが初体験であるドラゴンタイプ討伐。

 無策で対応できる相手ではなく、多少の緊張感が基地内を支配している。

「いや、まだ接近までは時間があるだろう」

 確かにファイアードレイクはその巨体ゆえか、のんびりとした足取りであった。

 地上に降り立った際は地震と地面に大穴を空けていたのに。それ自体も攻撃としても十分有効なのに、基地や都市から離れて降り立ってくれた。

 被害と時間に対して、猶予をくれたのだろうか。それも気になる点である。

 ハヤミは何一つ、理解させるつもりのない行動に頭を抱える。

「こちらも無駄な被害や消費は減らしたい。なら、少しでも対策を講じたい。火器に関しては出し惜しみはしないが、それでも有効打を与えるには基地内の備蓄でも足りるか、どうか」

 ドラゴンタイプは戦艦とハヤミが形容した通り、宇宙時代では人類側も戦艦を用いて対応していた。戦艦の火力はファミネイの比ではない。

 たとえ、ファミネイで対応しても数で押すだけとなり、時間と被害が増えるだけである。

「まあ、ターニャを呼んでくれ」

 ハヤミはひとまず、考えていた戦術を放棄してターニャに頼ることにした。


 ターニャ、この基地で技術関係を取りまとめているファミネイ。その位置づけは他のファミネイとは違っており、その1つが過去の蓄積である。

 バカピックに関わる知識に関しては人類の接触時より把握、管理、閲覧が可能である。

 これに関しては他のファミネイでも可能なことではある。先ほど、ファイアードレイクを検索したように。

 ただ、ターニャはそのデータを自身に宿し、管理して反映している。

 そのため、戦闘要員とは違う意味で、情報処理方面で強化されており、首元にはコアが付けられている。

 ゆえに人類の敵であるバカピックに対する戦術においても、幅広い知見を持っている。そのため、未知なる敵、また、大昔に関するバカピック戦には度々呼ばれることになる。

「まあ、言いたいことは分かりますが、ないですよ」

 呼ばれてきたターニャがハヤミを前にするなりの第一声である。

「まだ何も言っていないが」

 ハヤミもそういう。ターニャはその特殊な位置づけだけに司令であるハヤミにも負けてはいない。それは立場や権限的なモノでなく、態度、言動でだ。

「ドラゴン退治の武器を御所望でしょうが、単純に火力のある武器となりますので、御希望通りの武器は御存じの通り、ありません」

 事実、そうである。ファミネイの使う武器は現状、最高のモノである。

 それはバカピックの〈リフ〉というバリアは特殊で、一定以上の火力を無効化するからだ。だから、ファミネイの武器は最高であっても、高威力ではなく、〈リフ〉の影響を受けない範囲で適切な威力である。

 それでも、アルミカンやコアによって、その威力は多少は上限を超えるモノに作り替えることはできるが。

「火力に対して、何のためらいもなく使えるのなら、惑星破壊砲や拡散核熱多弾頭を提案しますけど。実際、宇宙時代からの定石ですから」

 これらの兵器は名前の通り、この地上を崩壊させるだけで済まず、おまけまで付いた破壊力である。また、宇宙時代の兵器というよりも、工作用に近い手段で使われていた。それだけに、高い威力であっても宇宙での影響は微々たるモノ。

 惑星、恒星を破壊できるほどであってもだ。

 ただこんにち、地下に暮らす人類には地上を破壊するのに容易な火力は脅威でしかない。人類を守る役職のハヤミであっても、これらは一存では使用できない。

 それでも、この基地には最終兵器として、いつでも使えるようには手入れをされている。

「この状況下でもあっても、それを簡単に撃ていない所は痛いところだ」

「それでも現行の武器に多少、火力を上げたところであの巨大なドラゴン相手には意味はありませんよ」

 ターニャが語るように、巨大なドラゴン相手では少女達の武器では手持ち花火で戦うようなモノ。それを威力アップして打ち上げ花火に変えても、ドラゴンの前ではその差は微々たるもの。

 せめて、戦術的なミサイルまでに変化させなければ、効果など期待はできない。もっとも、〈リフ〉を持つバカピック相手では、戦術的なミサイルでは無意味ではあるのだが。

「アレらをおおっぴらに使うには都市にも説明がいる。できるだけ好戦と苦戦の演出がいる」

「まったく、敵以上にデタラメを」

 ターニャは敵以上にハヤミの言動にあきれてしまう。

「分かりました。それでもこちらも提案できるのはアイデア商品や小ネタの効いたモノしかありませんよ」

 ターニャはデータベースを検索する。それは自身のコアに蓄えられた、バカピックに対する人類の英知である。だが、その間、1秒に満たない検索ではあった。

「一応、いい物がありました。単分子ナイフです。通称、『研ぎ石いらずの単分子の原始包丁、ノー・メンテ、プリミティブナイフ・オブ・アトム』」

 独特なセンスある単語をターニャは真顔で言い切った。

「……どういう意味ですか」

 アキラは素直に尋ねる。ハヤミ自身もこれに関しては尋ねたかったが、昔のセンスと感じ取って黙っておいた。

「昔の言葉遊びなので、よく分からりませんが、そう呼ばれていました」

 ターニャも淡々と質問に答えていた。そして、宙に映し出された画面にそのナイフが表示される。ナイフとはいえ、サイズは2m弱。人が使うには大型である。

「本来はファミネイの前の世代が使っていたモノです。この大きさでもナイフといえるサイズですね」

 ファミネイ以前は巨大なロボットでバカピックと戦っていた。このナイフもその時代に開発されたモノ。

 また、ファミネイの武器にしても、その大きさが自身の倍以上なのも、この時代から受け継いだ設計思想から来ている。

「過去にはこれで成果は出してはいますけれど、ある種の達人が使っての話です。単分子の刃は理論では何でも切れます。ただ、物体に当てれば切れるわけではなく、コツはいりますが」

 その意味で「包丁」という言葉が使われているのだろうか。ある種、武器に対して適切な説明となっていた。

「まあ、小物相手に何でも切れる単分子を使うまでもありませんが、ドラゴンタイプをはじめとする大型では装甲ごと切り裂く意味は大きく、個人レベルでは大型退治には使われていた様子です」

「まさにアイデア商品だな」

 ハヤミの感想は当然である。結局、色物武器を説明させられただけだったから。

「前置きはしましたよ」

 ターニャもこれは分かっていたから、前置きして語っていた。何せ、ロマンで解決する武器があるのなら今こうして悩むことはなく、それで対応しているのだから。

「これはファイターの武器とは違うのですか」

 アキラはそう尋ねてくる。確かに聞く限りでは便利な武器である。なら、大型相手には今もファイターの間で使われてもいいはずになる。

 そう、その視点は正しい。

「今の接近武器は刃は付いているとはいえ、斬撃というよりは重量で叩きつけているだけ。単分子ナイフは相手をまな板の鯉にさせる。それだけに調理というスキルが必要になってきます」

「まあ、打撃と斬撃の違いだな。言い換えれば、重さと速さの違いでもある。今の連中だと、逆に使いにくいか」

 ハヤミもそう補足したが、アキラにはその説明では余計に分からなくなる。

「その通りで、この武器で威力を出すには刃だけではいけません。力加減の制御、切りやすい箇所を観測する目、切れ味の増すための機動力、これらがあって始めて成り立つのです。そのための追加装備も含めて、この武器のセットになっています」

 装備の内容が更新された、再び宙に映し出される。

 追加推進力、センサー、エネルギータンク等の増強装備であった。これら機動力、観測機器、稼働時間の増加を駆使して、単分子ナイフでも戦術的な運用が可能となる。

 その情報を読み取りアキラも多少、理解した。

「当時でもこれを使いこなすというか、その発想に至ったのはそういった技能スキル持ちでなければ成り立たない。アイデア商品ではありますが、究極特化型の装備でもあります。他にはない、ユニークな武器なのです」

「これでは、役割にこだわっては使えませんね」

 アキラはそう漏らす。

「その通りで、昔の戦闘は3つの役割に収まらない多様性がありました。自身の得意、特性を生かしていたのです。そして、このようなアイデア商品が売買されるほどに。まあ、今の戦術では考えられませんが」

 その言葉にハヤミはため息を漏らす。それはハヤミも分かっていた。効率を求める余り、型にはまった戦術になっている。そんな現在に、ため息をこぼしていた。

 とはいえ、様々なモノが限られた現在の状況では、多様性を求めれば統制は取れないのは、また事実であるが。

「ともあれ、今の戦術を否定するのか」

 ハヤミはやんわりとターニャに突っ込みをいれる。ターニャ自身、そういった意図は確かにあった。そもそも、この話の大元は、ハヤミが武器の要望したことにある。

 これは武器開発の歴史の一端を垣間見たモノ。

 その流れで、輝かしい開発記の過去を懐かしむのは当然なこと。

「いえ、昔にはそれなりの余裕からこういった自由の発想があったと思っただけです」

 うまい言い逃れである。そして、ターニャは話を本題へと戻す。

「どちらにしろ今、提案できるのはこれぐらいです。後は是が非でも高火力を要します。我々の権限で使える兵器では惑星破壊砲ぐらいしかありません」

 ハヤミも頭を切り替え考える。

「ひとまず、その原始的な包丁を用意しろ。当然、急ぎで。それで、これを使いこなせるとしたら誰だ」

 これほど特化した武器はたとえ、戦闘技能をデータベースから引き出しても、誰でも簡単に使いこなせるモノではない。

 これに近い戦闘スタイルを持つ者でなければ、使いこなせない。

「この戦闘技能を有効的に生かせるのはグラスぐらいかしら。接近武器を得意とする子では、殴り合いだから逆にクセで使いにくいでしょうし」

 接近武器を得意とするファイターではどうしても殴り合いになってしまう。

 これに関してはヒットアンドウェーが軸でなければ、使いにくいだろう。何せ、単分子であるために、すぐに刃こぼれがして、回復に時間を要す。これでは殴り合いでは効果が発揮しない。

「後、パティもセットに付けておくといいわ。あの子の狙撃は他の子では、真似ができないから。今回のような援護には向いているわ」

「B班は非番か。すまないが、グラスに連絡をしてくれ」

「それと、もう1つ提案が……」

 ターニャはハヤミが指示する中で遮るように、意見を述べてきた。

「戦術の参考までに今の私達に、アレを倒すことは不要な犠牲を生みます。だけれども、敵もただ好機と攻めてきているとは思えません。それでも、あの図体はこの基地ごと破壊する可能性を秘めていても、おかしくはありません」

 あのファイアードレイクは確かに何を考えて進行しているかは分からない。

 それでも、援軍なしの1体のみとすれば、ターニャの今述べたことはおおよそ間違いないだろう。

「つまり、前線を維持し、優勢を保つことで、敵の攻める機会を封じるのが大事と思います。そうすれば、敵も撤退という手に出るかもしれません」

 ハヤミもひとまずはそれしか、ないと考えていた。

 秘密兵器の投入はすぐにはできないから、手始めは防衛で苦戦を演出するしか手はないと。だが、ターニャの意見は何もハヤミに同調するために言っているわけではない。

「逆に、あれに勝つ気なら初めから高火力で攻めるしかありません。貴方の判断は防衛だけでなく、勝利を掴む可能性も生かすことができます。こちらの犠牲を覚悟で防衛するか、多少のリスクを覚悟して対応するかの違いです。ご決断を」

 このターニャの発言はいささか好戦的である。また、発言内容も踏み込んだ部分がある。このような発言ができることからも、ターニャが他のファミネイとは少し立場が違うのがよく分かる。

 しかし、ターニャにしても、この状況下でいかなる犠牲を払うのが得策かは理解している。そのためには攻めるべきと考えているだけ。都市側など気にせずに。

 ただ、それはファミネイである以上、口が裂けても言えない。

 そして、選択権はハヤミにある。ターニャ自身ができるのは意見だけである。

「いや、あれを倒して得られる栄光などない。我らの強さを思い知って退席を願おう」

 ハヤミの台詞はどこか弱気ではあった。ハヤミ自身もドラゴンタイプ戦の経験はほとんどなく、自身での指揮では初めてであった。それでも、今までの戦闘経験があるが故に現状での対応の厳しさを熟知して、自信のなさが恐れとしていた。

 そして、都市側のしがらみもある。

「方向は決まった。前線を維持して、単分子ナイフでの切り込みを切り札とする。それでも駄目なら、惑星破壊砲で迎え撃つ」

 確かに無難な選択ではある。

 だが、この戦闘がうまくいく要素は限りなく薄い。制約が多すぎるからだ。そして、経験も少ない。ほとんどが初体験なのだから。


  3


 方向性が決まったことで司令室を初めとする部署は忙しくなっていた。

 その中で、ハヤミは前代未聞のドラゴン退治をグラスに通信越しで話した。

『高く付く報酬を望みます』

 グラスはその言葉の承諾だけで引き受けた。その高く付く報酬が何かは、ハヤミもまた知っているから、要求を飲んだ。

 つまり、甘味である。それも高級品でというのが要望だ。

 次にハヤミは格納庫に通信を繋げる。

「準備にどれだけかかる」

 格納庫は大騒ぎである。何しろ、通常の出撃以外に『研ぎ石いらずの単分子の原始包丁ノー・メンテ、プリミティブナイフ・オブ・アトム』(以下、単分子ナイフ)の製作が含まれているからだ。

 単分子部分自体は瞬時にアルミカンで作り出したが、その他の追加推進力、センサー、エネルギータンクなどは設計図は存在していても、ファミネイ用ではない。旧世代のロボット用のモノ。

 サイズ変更、出力調整など、つじつま合わせのセッティングを急ごしらえで行っている。

『10分で用意します』

 設計図は存在しているので、このセッティングが失敗していても爆発するリスクはまずない。それでも、性能には大きく関わるので失敗は許されない。

 そして、ハヤミは今いる司令室に映し出されている情報を見つめる。

「敵の様子は」

「ゆっくりと進んでいます。警戒しているのでしょうか」

 それはモニターの情報でも読み取れる。ハヤミは再度、詳細に尋ねる。

「到着までは」

「今の速度のままなら、数時間ですが……」

 ファイアードレイクは歩いているだけ。当然、データ上でも推進装置は持っているので、この距離なら本来は10分とかからないだろう。

 それなのに、その巨体の見た目通りのゆったりとした足取りで進んでいる。

「まだ、猶予があると見るべきか……」

 ただ、この状況だけでその判断もできず、油断はできない。

 できるだけスピーディに手を打っていかないと詰んでしまうことも十分にあり得る。そもそも、援軍を待っていることも考えられる

「このまま、単分子ナイフは10分で用意。敵の様子次第だが、グラスとともにシミュレーションにて技術の習得に時間をかけておけ」

 ここでのシミュレーションはシミュレータ装置を使っての話ではなく、自身と兵装を繋いでの脳内のシミュレーション。コアを持つ戦闘要員の芸当である。

「部隊はまだ、地上に出すな」

 ハヤミはそう指示する。他の面々は既に準備はできて、ブリーフィングも済んでいる。

「今回は野戦とする。いくらバカピックとはいえ、ギリギリまでは基地での防衛を見せかけておく必要がある」

 最悪、最大火力を持つ惑星破壊砲の使用を考えると、戦闘中は基地を守る必要がある。つまり、惑星破壊砲を保存する基地を背にしては、リスクが上がるだけ。

 鈍足の相手なら、迎え撃った方がリスクは一部で軽減される。

 だが、そうなると今度は基地からの援護がなくなる。特に防衛装置では大型バカピックの武器も存在するため、それらが使えなくなるのは痛い。

 それでも防衛装置の兵器は射程は長いのだが、問題は地下という点。防衛装置は地上近くにのみ顔を出す程度のため、光学兵器では地上にいる相手には地平線に邪魔され、その射程は地平線上に限られてしまう。

 実弾なら、その制約も少なくてすむが、高威力な実弾はコストやサイズが大きくなるため、極端なサイズでは用意されていない。

 ともあれ、相手が空中でないと、射程距離を有効に生かすことができない。本来はバカピックの大半が宙を飛んでいるので、問題になることは少ない点であったのだが。

 それを理解しての歩行で来ているのなら、それはそれで利口な話である。

「タンク砲を使うか」

 タンク砲、単純に車両に装備した砲塔である。車両に乗せるので大型で威力は高い。だが、〈リフ〉の影響下にあっては威力の高さは無意味となる。そのため、使える機会は限られていた。逆に〈リフ〉を持たない相手には大きな意味を持つ。

 対バカピック戦とは意外に面倒ごとが多い。

 アキラもその事実は経験済みであるが、そこまでの対策を考慮するにはまだ経験不足である。

 ハヤミにしても、いろいろな制約下でやりくりしているので、嫌になっていることである。

「車両は4台しかありませんが」

 これも制約の1つである。何しろ、地上が行く機会が少ない地下に住まう人類には車両など使う機会などない。当然、コスト軽減の対象となってしまう。

「ひとまず、3台で十分だ。装備は……」

「野戦では実弾は弾数が厳しいと思いますので、光学兵器がよろしいかと。むしろ、威力重視でビーム砲、荷電粒子砲でもよろしいかと」

 ターニャは進言する。ハヤミはその意見に賛成であった。

 光学兵器はエネルギーさえあれば、撃つことができる。その点はコアで問題なく、エネルギープール次第ではあるがチャージに時間がかかるぐらいが欠点でしかない。

 また、ドラゴン相手には豆鉄砲よりも、出力調整で無理もきく光学兵器がメリットも大きい。

「では、ビーム砲を1台、残りはレーザー砲で」

 その指示で手の空いているエンジニア達はホコリを被っている車両の準備にかかった。

「ファミネイ達の装備は、どういう傾向だ」

「爆発系はあの巨体ですから、効果は薄いでしょう。その選択は控えさせています。せめて、タンク砲や単分子ナイフで内部が露出できれば効果はあるかと」

 ターニャは再度、進言する。ハヤミもその意見には同感であった。

 何しろ、タンク砲ですらどこまで有効打になるか分からないのに、ファミネイ装備の爆発系とて有効的とは思えない。それは実弾、光学兵器であっても同じなのだが。

 それでも数で補ってでも、勝負に出なければならない。

「では、車両に爆発系はストックしておき、基本は得意な武器で威力重視のセッティングを継続で」

「野戦となりますので、出撃する部隊数はどうしましょうか」

「出撃は2部隊だ。勤務のC班で対応を。それと非番のB班は装備展開の上、待機。援軍次第ではすぐの出撃は覚悟するように。夜間勤務のA班は引き続き、休憩を」

 手数で勝負するには4部隊で攻めたい所だが、基地から出て戦う以上は守備にも部隊を残す必要もある。それにファイアードレイクの強さ、援軍も含め、戦力が見えない以上、初めから強引に攻めても、無謀になりかねない。

 今はこれが最善なのだとハヤミは自分に言い聞かせ、出せる指示を出していく。


  * * *


 格納庫では単分子ナイフ装備が急ピッチでセッティングされている。

 その他も部隊出撃に関する準備、車両の整備と日頃はこぢんまりで済んでいる格納庫はスペースが余り足りていない。

 単分子ナイフのハード部分アルミカンによって瞬時に作成はされたが、セッティングは難航していた。何しろ、今にない発想で作られているため、手探りでの調整となっている。

 それでもファミネイの処理能力を駆使して、いろいろなパターンで構築していた。

 この単分子ナイフ装備はファミネイの巨大な兵器群の中でも、いささか浮いてはいる。

 武器本体は2m弱で、自身の身長を超えるだけの、少女達にとっては小さなサイズ。

 しかし、メイン部分は追加装備、単純な直方体上で構成されたの集合体である。必要時には推進装置が分割して、4方向に可動する。これで柔軟な旋回を可能となる。

 非戦闘時、コンパクトに収納できるようにデザインされた結果である。

 これらすべてを装備すると全高自体は自身の身長とさほど変わらないが、全長は3m強となる。

 武器の巨大さはなくとも、ファミネイ自身を巨大とさせている。

 こんな武器は今にはない。あるにしても、タンク砲並みの火力と飛行による機動力を持つフライトユニットといった戦略級の装備になってしまう。その大きさは10m弱ではあるが。

 これの使用に関してもハヤミやターニャも考えていたが、運用が機動力重視であるため、今回のケースでは使いづらいと判断されていた。

 たとえるなら、戦闘機と戦車で殴り合いを行うという、難しい話である。

「一応、機能としては完成させてはいるけれど、実戦での経験はないから、どこまで実用に耐えられるかは分からないわ。あまり無理な使い方はできないわよ」

 エンジニアがグラスに機能の説明を始めた。現状は完璧とはいわないが、問題のないレベルには仕上がっている。

 ただ、問題のないレベル、言い換えれば差し支えのないレベル。実戦という予測できない場面、無理のかかる場合では、これが除外される訳である。

 グラスも出来上がった巨大な装備自体に興味はあるが、どこまで使えて、どう戦えるかになると不安が大きい。

 もっと、報酬を上乗せしておくべきだったと、少し後悔している。

「それで、このセンサーは」

 左側より出たセンサーにはアームが付けられており、自在に稼働できるようになっていた。センサーとはいうが、実際はカメラが主体の観測機器である。

「これは切断箇所の調査用のセンサーよ」

 簡単にエンジニアは説明したが、切断に適した場所、その材質を含めた内部まで調査して、切断方法まで探り当てるためのモノ。

「アームなのは自動で情報を収集するようにしているから。自分の意思で操作することは可能だけれど、それでは処理に負担がかかるわ」

 グラスは一旦、コアの通信からセンサーを動かしてみる。センサーの方からは観測された材質情報が返ってくる。その他にも様々な処理がセンサーから求められた。

 情報調査で専念すれば、使いこなしは楽であるが、戦闘同時進行は無理そうである。

「確かに、これは面倒だな」

「戦闘時は自動モードにしておき、気になるポイントのみを指定して処理をさせた方が楽ですね」

 グラスは次に気になる所を質問する。

「推進装置が大きいだけでなく、噴射口も多いわね」

「ええ、そこも見て分かる通り、推進装置の方も面倒です。姿勢制御だけでなく、瞬間的に音速移動も可能なため、力場で補正する必要があります。また、効率的な切断モーションでも使わないといけないから、これまた面倒ですね」

 制御だけでも面倒の塊である。後でシミュレーションでも体験するが、とてもいつものような戦闘を構築するのは難しそうであった。特に音速移動は自分自身の保護のために力場の制御も取り入れないといけないのだから。

「これも面倒だな」

「こちらも自動補正がありますので、それに頼るのが素直かと」

 機動力に関する制御も確かに装備が自動で行ってくれるが、殴り合いメインのファイターでは慣れもあって使いこなしは難しいかっただろう。

 そういった意味では日頃から機動力を武器とするグラスでないと、使いこなしは難しい装備である。

「また、巡回速度でも音速移動可能だけれど、この装備では効率が悪くエネルギーの無駄になります」

 その点はエネルギータンクの増加で補っている。コアは半永久でエネルギーを作れるが、その量は大きさで決まってくる。

 実際、この装備自体にもコアを持っている。それでも装備者のコアとも合わせても、フル出力での稼働時間はそう長いものではない。しかし、音速での巡航はこの装備の前提ではないため、そう大きな問題ではない。

「ひとまずシミュレーションで、そこらはじっくりと確認しましょう。実際の練習は本番になるでしょうが」

 グラスは装備を身に付ける。メインの装置以外にも、胸部や腕部には姿勢制御用の推進力や保護用に力場発生器などを詰め込んで鎧のような装甲も用意されている。

 また、メインとなる長方形の推進装置を含む集合装置は背中には直接、付けない。コアとリンクさせた上で力場で浮遊させる。

 そして、肝心な単分子ナイフ本体をグラス自身の手で握る。

「装備本体の駆動のために情報が送られていると思いますので、まずはそれを認識して下さい」

 エンジニアが言う通り、装備から情報が送られてくる。それは取り扱い説明書のようなモノではなく、本来ない、第3の目、第3の手、第3の足といった、外付けの機関を動かすための駆動制御ドライバー。これによって、自身の手足同然に扱える。

 それでも、自身の手足のように使えても、まだ歩き方をようやく始めた赤子のようなモノ。使い熟すには技能がいる。これはデータベースに過去の例が参考にあるため、グラスはこれを元にシミュレーションし、自分のモノへと昇華させようとする。

 ハヤミとの会話から単分子ナイフ自体は10分で用意はできたが、ここからは可能な限り時間が欲しい所である。

 とはいえ、ホコリを被っていた車両の用意にはまだ時間がかかっているため、出撃まではまだ時間的余裕はありそうである。それでもわずかな間の話となりそうである。

 そのわずかな間とはいえ、コアによって処理されるファミネイの前では、人間の一夜漬けの知識よりも効率的で、多くの知識を得られる。朝飯前の仕事である。

 だが、実際における貴重な朝飯前の時間を、有効活用できる人間もファミネイも少ない。眠りの余韻や朝食への期待をゆったりと楽しみたいモノであるから。


 さて、エーコは第6部隊長で、C班全体の長でもある。他の班のヴィヴィやクローゼと違い、エーコは基本、無口である。それでも長をこなしている。

 戦闘要員であるため、コアによる通信でことは足りるとはいえ、支障もあるはず。それでも、しゃべること極力避けている。

 それは性格的な話ではなく、そういう性分とのこと。

 そんなエーコは決して、消極的ではなく、むしろ、班全体に気配りができている。現に今も出撃前に不具合がないか格納庫全体を見ている。

 そんな中で単分子ナイフ装備に目が入る。エーコの目からも驚くべき、でかさである。

 だが、その驚きに他に疑問も覚えた。そのことをエンジニアに指摘する。

『今回は野戦でしょう。これをどうやって運搬するの』

 自走ができるとはいえ、先ほども語ったように移動の効率は良くない。

 アルミカンで変換して収納するにしても、ここまで大型だと展開時にファミネイのコアでは負荷と時間がかかるだけ。

 車両のコアにしてもまだましなレベルだが、戦闘でそんな悠長なことも危険である。

 そもそも、既に仕上がっている以上、このまま移動させるのが無駄がない。

 では、車両も出すことからそれで乗せていくことになるか。それでは車両1台のスペースを占有することになる。

 今回は2部隊だから、2台でまかなえる人数ではある。だが、その他の荷物を考えると余裕はない。既に車両への積み込みはしていて、そのスペースはなくなりかけている。

「司令室へ、単分子ナイフの運搬方法の確認を」

 エンジニアは司令室に方法の確認を求めた。


 結局、単分子ナイフは車両による牽引という形で運搬されることになった。

 車両の後ろに付けられた簡易的な台車にグラスは単分子ナイフ装備を身に付けたまま乗せられた。

 これは慣らし運転にもなるとの判断だ、一応。

 実際にただ、身に付けているだけでも熟練度は上がる、元々0から始まっているのだから、その習得度は並ではない。しかし、慣れてしまっては、その効果はほとんど期待できないのだが。

 全ての準備が整ったことで、地上への移動することになった。

「グラスさん。これ、差し入れです」

 エンジニアの1人が渡したのはチョコ味の携帯食料と水だ。グラスの甘い物が好きということからの、ささやかな選別であった。

 これとて、ただではないが恐らく備品からこっそりと取り出したモノだろう。

 そんなグラスの今の状態は台車の上に載せられた荷物扱いだ。モノを取ろうとしても誰かに頼まないと無理な状態。

「ありがとう」

 グラスはその場で食べ始める。実際、シミュレーションを含めてカロリーは消費しているからだ。その上、これからが本番。ドラゴン退治である。

 必要以上のカロリーも無駄でない。

「どうか無理はしないで下さい」

 どういう思いなのか、エンジニアはそう声をかけてくれる。

 むしろ、無理を承知で急ごしらえの装備を調整していたのだ、この先の展開では似つかわしい言葉なのは分かっているだろう。

 無理などしないで乗り越えられないし、死の確立だって高い。

 そして、命惜しさでは基地を危機にさらす。

 だけれども、グラスもまたそんな言葉に何も考えず返す。

「別に今日死ぬのも明日死ぬのも一緒でしょう、私達には。でも、貴方にそう思われるだけで、有り難いけれどね」

 グラスは笑みを浮かべている。

 声をかけたエンジニアは少し悲しい気持ちになる。最近、ここへとやってきた新人であるから慣れていないのだ。

 この出撃前の空気に。

 グラスもそのことを察し、ついでに通信での情報でも確信した。

「まあ、面白いじゃない。仕事だけれど、追加報酬のためになら」

 エンジニアは余計に混乱していた。あまり、フォローになっていなかった。

「しっかりね、グラス」

 パティは車両に乗り込んでいく際、グラスに手を振っていた。

 この2人は特別編成枠として、C班に入っている。本来のチームの一員であるレンは待機である。

「パティ、戦闘の際はアシストをお願いするわね」

 そういって、いっきに携帯食料を口にして、水で流し込む。

 グラスの甘い物は好きだが、この携帯食料は味やカロリーという点では甘味に似ているが、食感は悪く、味も似ているだけで違和感もある。そもそも、本物のチョコは食べたことがない。

 もし、食べる機会があれば人類を裏切る覚悟だってある。それは余談であり、禁句でもあるのだが。そもそも、本物のチョコは人類が地下にいる以上、ありえない夢物語でもある。

 ともあれ、グラスには携帯食料では甘味としては満たされない。それでも、思いはしっかりと受け取っている。

「そうだ、無事に帰ってきたら、1杯おごるわ」

 水の入っていた容器を投げて返した。そういって、C班を乗せたリフトは地上へと上がっていた。

「そういえば、大丈夫かしら。あんなことを言って」

 エンジニアは思い出した。それが昔から不吉なジンクスがあることを。

 それは戦場に赴く前、途中で重大な約束事を言うと、死によって適わないモノとされてきた。

 しかし、少女達にはそんなジンクスは関係ない。

 何せ、死という結末は常に付きまとい、生きながらえても短い生涯となるからだ。むしろ、生きていること自体、ラッキーなのだ。

 ゆえに、楽しく、死すらネタにする。これは不吉なジンクスではなく、当たり前なのだ。少女達にとっては。

 そんな少女達のおり代わりに、エンジニアは単分子ナイフの推進装置にステッカーを付けていた。漫画チックな竜脚類に赤い斜線を付けたモノ。ドラゴン禁止マークである。

 効果があるかなんて分からない。それでも、そのぐらいのことはしたかったのだ。


  4


 ファイアードレイクが地上に降り立って、もう30分以上になる。

 その間、進展は特になし。基地としても、ようやく地上へ出撃したほど。本来なら、これほどゆったりとした出撃もない。

「ファイアードレイクはいまだ徒歩で進行中」

 かわらず内容をオペレーターが報告する。

 ファイアードレイクはその巨体にあった歩行速度でゆったりと歩いている。速度は時速10km程度。人間の歩く速度より早いが、その巨体から考えればやはり、ゆったりだ。

 だが、この巨体、質量が歩けば当然、地面は揺れる。

「やはり、待っていては都市からも苦情が来ただろうな」

 ハヤミはそう漏らす。

 まだ、体で感じられるほどの振動ではないが、基地の地震計もわずかな振動を拾っている。

「ひとまず、タンク砲の射程圏内に捉える地点まで進行。そこで砲撃をしつつ、ファミネイ達も部隊を展開する」

 現時点でもタンク砲の射程圏内であるが、目標は地平線の向こう側にいる。

 ファイアードレイクは全長で25mほど、その頭までの高さ、体高では16mぐらいだ。これを地平線越しで見ようとすると、2万mは近づく必要がある。

 もっとも、それでようやくお互いが見える距離、ドンパチとなれば更にもう少し近づくことになる。それにファイアードレイクの長い首を下げれば、その距離は更に近づく必要が出てくる。

 それに基地、都市周辺はなだらかな平地だけに、高低差による影響は少ない。

 後、この車両なら簡易的に宙に浮くことができるので、そうすれば地平線の先を見ることもでき、この場でも砲撃は可能である。だが、それは相手にも攻撃をされることにもなる。また、宙に浮けるといっても、回避が出来るほどの機動力はない。進行する際の補助機能でしかないからだ。

 下手に攻撃の機会を得てリスクを背負うより、ひとまずは全体で進んで、危険を少なくすることが大事である。

 それでも高い機動力を持つ少女達にとって、現時点でのファイアードレイクとの距離関係では散歩程度の距離しか離れていない。

「少し準備に時間がかかり過ぎたせいもあるが、あまり基地と離れていない場所での接触になってしまったな」

「できるだけ相手を後退させて、奥へ持って行けないでしょうか」

 アキラは語る。ここまで、発言する機会がなかったのは未経験、未知の状況でただ、場にいるだけになっていた。

 だが、何も考えず、じっとしている訳ではない。しっかりと自分の考えで状況を見ている。

「ああ、そうだな。ファミネイ達は背後を取って攻めさせ、タンク砲は前進させることで相手を後退させよう。うまくいくかは別だが」

 ハヤミもその案を素直に受け入れる。自身も思っていたことでもある。

 それでも、誰もが未体験の状況でもアキラは意外に落ち着き、冷静に判断していることはハヤミは感心して、見習うべきと感じた。

 なまじ、敵の恐怖を知るだけにハヤミにとって、そこが障害となっている。

「今、思ったのですがドラゴンは急がないのではなく、急げないのでは」

 ターニャはファイアードレイクの様子を見て、そう漏らした。そして、周りの意見など求めず、そのまま思いを語り始める。

「あの巨体は、正に恐竜そのもの。恐竜が地球の重力下で巨体を維持できたのか、いまだ疑問視されています」

「それがどうした」

 ハヤミはそう返す。ターニャの話が見えてこないからだ。

「ドラゴンは宇宙でこそ、その巨体の意味があり、また運用できた。だが、この地上という重力下では、その性能は損なわれているのなら」

 事実、ドラゴンタイプは宇宙以外での接触はなく、地上での戦闘は恐らく初だろう。他の惑星や地上のネットワーク崩壊後は記録に残っていないので、あくまで推定となるが。

 ただ、そのこともあり人類にとってドラゴンタイプは全滅したと、思い込んでいた。

 こうして目の前に現れたことを考えれば、実は地上では使えなかったと考えることもできる。

「ワープや高速移動を使わないのも、宇宙と違い効率が悪いからでは」

 機械であろうと生身であろうと、無理な負担は故障、破損の原因となる。たとえ、無限のエネルギーがあっても、機械は消耗する部品の組み合わせだ。

「単分子ナイフの有様を見ていると、同じではないかと思えまして」

 確かに単分子ナイフ装備はオプションとしてみても過剰だが、高機能だ。しかし、その分のデメリットも存在する。それゆえ、今までお蔵入りしていた。

 ドラゴンタイプもバカピックからすれば、今の人類には過剰な兵器だろう。何しろ、地下に籠もるだけの相手なのだから。

「なら、地上での戦闘はまだこちらに分があるか。ただ、こちらも地上育ちではないのだが」

 そうハヤミは自虐するが、それでもこちらは地上の重力下にはまだ慣れ親しんでいる。ファイアードレイクが重力に慣れていないのなら、多少の分はある。

 それが事実かどうかは戦ってみないと分からないのだが。


  * * *


 車両は止まり、その上に付けられた砲塔、タンク砲が動き出す。それと同時にファミネイ達も車両から降り出し、武器を展開して戦闘に備える。

 対象のファイアードレイクがそろそろ視界に入るからだ。

 そんな様子を元から車両の外にいる、グラスは単分子ナイフの推進装置を稼働させる。

『悪いけれど、先行させてもらうわ。そちらは支援になるけれど、よろしくね』

 その嫌みにも聞こえる台詞に誰も反応はしない。

 真似のできる芸当、また、したいとも思えないリスクであることを理解しているからだ。

 とはいえ、無謀な状況にただ放っておく訳にもいかず、班を束ねる者としてエーコは通信で返した。

 エーコはあくまで無口、言葉を発しないだけで、通信においては問題なく周りとのやり取りを行う。それでも今は少し離れているとはいえ声の届く範囲ではあるので、通信で正しく、各員へ連絡する意味では正解なのだが。

『しばらくはタンク砲以外の支援はできないが』

 タンク砲の射程内とはいえ、ファミネイ達ではまだ距離があるからだ。

 また、グラスは単分子ナイフの追加推進力で他よりも格段高い機動力を得たが、他との連携になると使いづらい場面も出てくる。

『切り込みには慣れている。問題はない』

 実際、グラスの得意とする戦法は敵集団への切り込み。そして、機動力での攪乱。

 この場面であっても、特に問題はない。

『どちらにしても、車両に対しても囮はいるでしょう。それに鈍足の亀さんには速さでは負けないわ』

 タンク砲だけに攻撃している初手では、相手の目標はタンク砲を積む車両に目が行くのは明らかだ。こちらの攻撃が届く以上は、相手の攻撃も届くと考えないといけない。

 拡散して前進するファミネイに相手をしてくれれば都合がいいのだが、攻撃してこない相手にはうまくいかないだろう。

 それをグラスが1人で引き受けると言っているのだ。

『……了解。できるだけ私達も急ぎ、支援に回る。飛ばしすぎないように』

 ファミネイ達は推進装置を使うことで高速移動ができる。それでも時速300km超。それ以上の速度を出す必要性は、今の戦闘スタイルでは特に不要である。

 今のグラスの単分子ナイフ装備により、音速を超えることも可能。

 あくまで、これは近接戦闘を速やかに行うための補助として使われるのだが、効率の悪さも目をつぶれば、そういった機動力の強化として運用もできる。

 司令室からも詳細な作戦が指示される。一応、グラスの先行も認められた上での指示となっていた。

『各員、ドンガメ相手の戦いと思うな。お客人のエスコートが優先となる』

 エーコの発言内容はあくまでたとえだが、現時点での作戦は基地から遠ざけること。それはエスコートと言い換えても問題ない。

 それでも敵に使うには皮肉が入っている。

『では、お客さんの出迎えに行ってくる』

「まったく、グラス。本当に1人だけで攻める気」

 パティは無謀な攻めに出るグラスにそう漏らす。そんな通信ではない声に気がついたのか、グラスは返信をする。

『期待しているわよ』

 グラスは勢いよく、その場を過ぎ去っていく。

「まあ、こんな豆鉄砲で期待されても困るのだけれど」

 パティはライフルを構える。まだ、相手との姿が見え始めた2万mちょっと。ファミネイの手持ち武器としては、射程外である。

 他のファミネイ達は、射程に入ろうと距離を詰めて前進しているのに、パティはタンク砲と同じ場所に留まり狙撃態勢だ。

 だが、エーコもそのことはとがめない。

 パティの武器は一見すれば、レーザーライフルである。それでも違いを挙げれば、少し他より銃身が長い程度。

 ただのレーザーライフルなら、射程は実は1万mにも満たない。銃身の延長でその距離は格段に伸びない。

 射程に関してはわざと減衰させているためで、減衰なしではかなりの距離で威力が継続してしまう。仮に威力が減衰しないとなると、その射線上に存在にダメージが与えることになってしまうからだ。

 人がいない地上であっても、そこは配慮すべき点である。

 なら、距離によって減衰するレーザーをいかに長距離まで維持させるか。

 そこで考えられたのが、目的の箇所でエネルギーのレーザー共振をさせ、ピンポイントでダメージ与える方法である。

 本来はこれも宇宙時代で開発された兵器で、当時でも規制の穴を付いた武器である。

 名前は、光学式超広域狙撃用ライフル。

 光学式なのは原理がレーザーとは少し違い、望遠鏡などの光学理論を参考にしている点と、あくまでレーザーとは違うとの意味を持たせるためである。

 今日こんにちも意図的に減衰させている中では、この仕様は役に立つ場面がある。

 ただ、問題はピンポイントを狙う武器であること。レーザーは線の攻撃であるため、ダメージの継続性、ずれの調整は発射後でも多少は可能であるが、光学式ライフルに関しては完全に点であるので、レーザーの線としての特徴はない。

 制止している物体なら楽に撃つことはできても、移動する物体に狙った場所を確実に当てるのは経験とセンスが必要である。

 だが、パティはこれを使い熟している。

 そんなパティに援護されているグラスは推進装置を加速させながら前進する。そして、自身の目や耳よりも、先に外部センサーがファイアードレイクの調査を開始する。

「……これが、ドラゴンタイプか」

 グラスは近くに来て、ようやくその大きさを知った。

 凶暴かつ強靱な図体。それでも顔はつり上がった半円のバカピック面。

 外部センサーの解析結果から表面の装甲は頑丈で、かなりの厚みを持っていた。内部フレームまでは単分子ナイフで何度も切り裂いてようやく達すると判明。

 そのデータは司令室にも送られ、作戦の参考にされる。やはり、単分子ナイフであってもアイデア商品の火力である。

 そんなファイアードレイクの口元から炎が漏れている。

 ファイアードレイクは「火の竜」を意味する幻獣。口からも炎を吐き出すことは当たり前で、その特性は過去のデータでも記録されている。

 勢いよく向かってくるグラスに対して、炎で対応をしようとしているようだ。そして、ファイアードレイクは首を傾け、炎はグラスに向けて放出されようとした。

 パティは援護の目的でもすぐさまドラゴンの口の中へ向けて、光学式ライフルを発射させていた。

 首が動く中であっても、正確に口の中で命中させていた。

 だが、ファイアードレイクはものともしない。

 それでも、効果としてはわずかに怒りを買う程度あったのか、注意をそらすことで炎の中断となった。そして、離れていてもファイアードレイクは銃を撃ったパティの方に対して、炎を吐こうとする。

 ここでパティはみんなの後を追って、移動する。相手の攻撃から逃げるためと、次の狙撃ポイントへと向かうために。

 そして、タンク砲が支援のため、発射される。

 タンク砲ではファイアードレイクにダメージらしい傾向が見て取れた。装甲にダメージ痕が残る。相手の反応でも痛がっている様子が見られた。

 そのやり取りの中で、グラスは自身よりも大きい単分子ナイフを振るった。

「食らいなさい」

 グラスは追加推進力の加速も使いで勢いよく、ファイアードレイクの後ろ足に単分子ナイフを食らわせる。勢いもあってか、装甲をいとも簡単に切り取っていた。

 とはいえ、装甲の上部を切り裂いただけで、内部まではまだ達していない。

 再度、外部センサーで割り出した装甲の厚さはm単位、ダメージが期待できる主構造物に至っては更に奥だ。

 人間ならば、皮膚に擦り傷を追わせた程度だろうか。

 だが、その程度のことでも、ファイアードレイクは敵意を持つ相手に襲いかかる。そして、先ほどまでの狙撃による支援のことは忘れたのか、今度の対象はグラスに変わっていた。

 その場で何度も足踏みして、踏みつけようとする。

 だが、その程度ではグラスも踏みつけられることはない。推進装置を使い、その場を離れていく。

「意外に使えるわね、これ」

 装甲を切り裂いた程度だが、それでも十分。他の攻撃へも糸口になるからだ。

 単分子ナイフで切り裂いた所をタンク砲で攻撃すれば、それだけでもダメージは倍増するだろう。

 一見、効果がなさそうなことでも、積み重ねは大事である。

 それに、この時代でも太古からの剣や槍は権力、象徴、飾りではない。

 これまでもバカピック相手に十分に効果は見てきたが、少女の身体能力とコアによって、時には銃よりも有効な武器となり、実用性も十二分に発揮される。

 つまりこの時代でも、剣はドラゴンスレイヤーとなり得るのだ。

 余談となるが、ルイスは自身の役割をドラグーンと称している。元は竜騎兵を意味する、銃を持った騎兵の名前である。

 右手には剣を、左手には銃を。そして、コアを駆使することで、その間合いはほぼ目で見える範囲、すべてとする戦法だ。

 ただ、そのルイスにしても自己で生み出した訳でもなく、一部のファミネイ、それ以前の先輩達が多くの実戦で実践を積み、さらには死線を越えて、生き残った技術である。

 今の基地ではルイス以外、使い手はいないが。

 実際、今もグラス愛用の短機関銃は所持している。

 ルイスには悪いが、これもまたドラグーンといっていいのかもしれない。

 目の前の相手もまたドラゴン。奇しくも双方ともドラゴンの名を持つ存在である。

 グラスは推進装置で駆ける。その移ろう光景は何とか目でも追い切れるが、その速度は音速は超えている。

 そのたび、衝撃波とそこから出る破裂音が鳴る。うるさいが、出している本人は意外に楽しい。

 他のファミネイ達もようやく自身の射程圏内に入り、ファイアードレイクの側面から攻撃にして、背後へと回り、うしろに位置する。

 そして、グラスは再度、その隙の中、音速を超えた状態で単分子ナイフを振るう。その太刀筋もまた、音速を切り裂く動き。

 一連の流れはただ、速いだけではない。装甲に当たる瞬間に自身の持てる力をかけて切断面を作りだし、そこを起点に速さと単分子の鋭利さで装甲を切り裂いていく。

 装甲に当てるインパクトも重要だが、速さも切断の要素の1つ。そして、それらを読み解く判断力も大事となる。

 これはターニャの初めにした説明にあった通りだ。

 だが、相手もドラゴンと名乗るだけのことはある。超速で繰り出された太刀筋ですら、皮膚にあたる装甲を傷つける程度で済んでいる。それは単分子ナイフを握る手から伝わってくる。

 他のバカピックなら真っ二つになっていただろうが。

 そして、グラスは他のファミネイの編隊に入り込んで、単分子ナイフの補修に入る。

 単分子はその構造上、いくら強固であっても、崩壊しやすい。だから、切るたびにアルミカンで単分子を構成し直す必要がある。

 そのためにも愛用の短機関銃の所持は必要であり、その間の攻撃手段として活躍する。ただ、ダメージとしての銃弾の効果はなくとも、気をそらす程度には効果はある。

 実際、ファミネイとタンク砲の板挟みになったファイアードレイクの攻撃目標はファミネイの方を優先している。

 ダメージ的にはタンク砲の方が脅威であるはずだが、うっとうしさではファミネイ達の方が上のようだ。

 それにファイアードレイクからすれば、タンク砲すらもそれほどの脅威ではないのかもしれない。

 何しろ、何発も撃っても倒れることはないのだから。

 ファイアードレイクは鈍足で、攻撃も手当たり次第。足踏みや尻尾による攻撃は、機動力を売りにする少女達には避けることは容易い。

 口から吐かれる炎にしろ、威力こそ弱いが、広域で、長く放射され、避けきることは難しい。

 それでもファミネイ達にとっては盾、力場によって炎自体も大した問題ではない。長く浴びされ続ければ危険ではあるが、それまでにそのスピードで炎からは逃げきれる。

 だから、それらの攻撃は脅威にならない。

 せめて、他のバカピックがいれば連携ができ、そんな攻撃であっても意義は大きいだろう。他で足止めされれば炎はダメージ源として期待でき、足踏み尻尾は他へのアシストともなるから。

 そして、巨体によるの防御力こそ、連携時に真の脅威となる。

 ファイアードレイクは1体ではただ全方位から攻撃され、少女達からは素早く逃げられるだけ。まるでハエのようにく、うっとうしい存在だ。

 それもあってか、ファイアードレイクはしつこく自身の周囲を駆け回るファミネイ達に攻撃を集中させているのかもしれない。

 そう、こうしている間にグラスはファイアードレイクの背後に回り、尻尾を切り落としていた。それでも厚さ的に細くなっている先っちょだけではあるが。

 ファイアードレイクは背後であるが、その長い首を持って、クラスの姿を視線に捉えた。その間も他から攻撃されていたが、気にしていない。

 完全にグラスにのみに敵意を見て、相手すべきモノをグラスにシフトしたようだ。

 だから、他からの攻撃には気にすることなく、高速に動き回るグラスを追い回す。その際に尻尾や首、炎を駆使して、自分の体に入られないようにする。

 他のファミネイ達もファイアードレイクの近くには寄れなくなったが、それでも銃撃には支障がなかった。

 グラスにしろ完全な囮役に専念できるため、それでも役割としては問題はなかった。

 ただ、それだけでは面白みは薄いのだが。

「……ドラゴン殺しか。1度、できるか試してみましょうか」

 グラスはそう口で漏らす。通信で発したら、他から止められそうな気がしたからだ。

 グラスは堅実な戦法を好んでいるわけではない。それが効率がいいから、自分に合っているから。それでもリスクが少なければ、ロマンを求める心も持ち合わせている。

 それは昔からそうであったが、環境が少しばかり考えを変えただけ。

 グラスは推進装置をフルに使い、ファイアードレイクへと向かい駆け出す。

 助走距離は十分、最高スピードまで出しきって、単分子ナイフに力を込める。そして、単分子ナイフを一直線に突き出す。

 狙うべき場所はただ1点。首だ。

 タンク砲からも狙いやすく、生物にとって、重要とされる場所である。

 ファイアードレイクは炎を吐こうとしている。タイミングとしてはばっちり、そして、動作のタイミングも完全である。

 グラスは完璧な動作のまま、ファイアードレイクの首へと単分子ナイフを突き刺した。だが、グラスが思った感触は単分子ナイフの柄から感じ取れなかった。

「ダメか……」

 突き刺し自体はうまくいっていた。だが、全力ゆえに単分子ナイフ自体が耐え切れていなかった。

 あくまで、設計外の仕様での使い方。これで壊れても作っていたエンジニアには非がない。むしろ、そんな使い方をしたグラスの方が悪い。

 それでも、ファイアードレイクには十分なダメージは与えていたのが、突き刺した箇所からは液体らしきモノが吹き出し、痛みからなのか体をがむしゃらに動かしている。

 当然、グラスは単分子ナイフが折れたことに動揺することなく、折れた時点でその場から離れていた。

 そして、折れた部分はアルミカンで修復を行う。単分子を維持するだけでなく、使い方によって折れることも多少は想定されているため、その素材は装備の中にストックされている。

 修復までは少し時間がかかるが、それでも成果としてはまずまずだろう。

『無理をして……しばらくは回避に専念しなさい』

 とはいえ、エーコはお叱りである。成果はあっても、まだ結果となっていない。そして、意外に使えている切り札はお預けにしたからだ。

 だが、このままなら勝ちを得ることも難しくないと思い、エーコは気を引き締める。周囲の状況も更に注意深く監視する。勝ちを確実にするために。


  * * *


 ここまでは優勢である。このままパターンとなれば、ドラゴンタイプとはいえ勝ちを得られる。

 それは司令室も空気で感じ取っていた。

 だが、常に不確定要素を乱入させてシミュレーションされており、そこでの勝率は絶対になることはまずない。そこでの演算結果は、実際に起こりえたときの判断材料にされる。

 肌で感じるモノと、数字で表されるモノでは明確に違っていた。

 それに援軍もであるが、そうでなくともバカピックは常に変化球を隠し球として持ち、気の休まるときはない。だからこそ、シミュレーションで最悪の場面を想定させ、準備をさせている。

 それを感情で行えば、気がおかしくなる作業である。だからこそ、シミュレーションで想定させている。

「少なくとも、援軍ぐらいあってもいいが」

 ハヤミは現状の優勢に満足などしていない。

 先も述べた通り、ファイアードレイクの性質上、仲間との連携で真価を発揮する。つまり、この状況は援軍次第で、すぐにひっくり返る。

 そもそも、優勢とはいえファイアードレイクへのダメージは軽微である。

 今の状況は古代の人類が、マンモス1体、相手でも勝てたと同じことで、動物の大群であっては銃を手にした人類でも生存自体、怪しくなる。

「奴らにも、何らかな制限があるのでしょう。そうでなければ、我々はとうの昔で全滅しています。それか石で奴らと戦争してます」

 ターニャがそう語る通り、このファイアードレイクとの戦いでも、それは感じることができる。

 大規模戦闘にこのファイアードレイクがいれば、基地では守り切ることは無理と言わざる負えない。また、それも休みもなくなら、今の人類でなくとも無理だろう。

 そうなれば、ナノ単位の技術である原子時代から、石を主兵装とする原始時代への逆行である。

「本来、拠点防衛や攻撃の要で使われるドラゴンタイプを援軍がない中では捨て駒に使っているにすぎない。恐らく、ドラゴンタイプはバカピックでも時代遅れの象徴。過去の我々でも、巨大兵器で戦っていましたが、コストや火器の管理でサイズを小さくても威力を出せるようになった今では、威圧でしかない巨大兵器は運用に困るだけ」

 ターニャの考えは理解できる部分はある。

 もし、そうであるのなら、どうであれバカピックは明確な運営がなされていることになる。そうなると奴らの行動にはすべて理由があることになる。

 だが、それはあくまで推測にすぎない。根拠など、この時点ではない。

 それでもターニャは自信を持って言葉を続ける。

「我々は奴らと戦い続けた末裔です。言葉こそ語らずとも、奴らとは数多くの交流をしてきた」

 戦いの中で感じられるモノこそ、少女達にとってバカピックとのやり取りである。それも1世代だけでない、何世代に渡るレベルで行われていた。

 少女達はある意味で、バカピックと交流を続け、それを感じ取ろうとしている。

 そんな少女からの言葉だ。根拠がなくとも説得力はにじみ出ている。

 それを指揮をするハヤミとて、バカピックの手の内は多少なりとも感じ取ることはできる。

「奴らはただの馬鹿ではない」

 確かにバカピックと軽蔑して呼んできているが、その存在に人類はこのような生活を強いられている。

「なら、奴らにも時代の流れが存在しているのでしょうね。我々の変化に合わせるほどに」

 ハヤミはその考えに対して、言葉では答えなかった。だが、頭の中ではそうであるのなら、時代遅れでは基地の運営が務まらないと感じていた。

 しかし、今はそんな感傷に浸るときではない。まだ、戦闘中である。

「とりあえず、下手に反撃を食らう前に逃げ道を開けておくか」

 現状、基地からファイアードレイクとの距離は多少稼いでいる。

 単分子ナイフも破損していることもあるため、相手の出方を見るのにも現時点での防衛ラインを維持する方が得策かもしれない。

 このままの攻防なら、それでも問題はないことだし。

「ただ、この状況ではドラゴンタイプなら想定内でしょうから、これで逃げを選択するなら初めから攻めに来ないでしょうね」

「ああ、分かっている」

 実際は楽天的な考えで済めばいいのだが、そうはいかないだろう。そもそも、シミュレーションとて、そういう方向でも割り出そうとしている。

 だけれども、ひとまずは守りに入り、あわよくば、撤退をしてもらうことが理想である。攻めに出ては、骨を折るだけだ。

「奥の手を隠しているのは、明確だろうな。だが、それを見せない以上はこちらも迂闊な手で行くわけにはいかない」

 結局は相手の出方待ち。出たとこ勝負。

 大規模戦闘だって、待ってからの守りでしかなかった。

「まずはそこからがスタートになるかもしれないな」

 何時だって、人類は後手でしかない。


  * * *


 竜はただ、楽な仕事だと思っていた。古き存在であっても。

 しかし、違っていた。

 人類は眠ることなく、研鑽をしていた事実をようやく知った。

 だから、竜もまた輝かしい栄光を取り戻そうと、錆び付いた己が体を酷使することを決めた。


  * * *


 ファイアードレイクはそこそこに追い込まれたことで、ようやく違った動きを見せた。

 だが、それはハヤミが期待するようモノではなく、文字通り火に油を注いだ形となった。

 その巨体の多くの箇所で装甲は解放され、露出された部分は何か噴射口のような形状をしていた。その部分から次々と炎を吹き出され、さながら炎の山、火山と化していた。

 これがファイアードレイクの本来の姿なのだろうか。

 この炎の山の前ではレーザーであっても、実弾であっても、当然、単分子ナイフであっても、その効果を薄くさせる。〈リフ〉とは違った意味でバリアである。

 強力なタンク砲であっても、光学兵器の性質上、炎の前ではダメージは軽減されている。

 そして、その炎自体にも脅威な攻撃力を持つ。炎を纏った尻尾での攻撃、口から吐き出される炎の連携によって、全方位がカバーできる。

 なおかつ、鈍足な動きはいくらか俊敏になり、巨体によるリーチと炎の付与があいまって、ファミネイの機動力でも近づいた状態では避けきることは難しくなっていた。

 今は距離を取ることで被害は避けられるが、それでは進軍を防ぐことはできない。被害のない戦いは良いが、目的が達成できないのでは、戦術として意味が薄い。


  * * *


 だが、ターニャはその様子に笑い出した。より危機的な状況になったのに。

 しかし、それは周りの価値観である。ターニャには逆に見えているのだ。だから、笑っている。

「みんな分からないの、奴は拠点防衛としての姿を捨てたのよ」

 その言葉を認めるようにグラスの外部センサーでも、最適なポイントは噴射口とあげている。ここから内部の機構と連結しているようだ。

 そう強固であった装甲は、幾つかのポイントではむき出しとなっている。

「いくら隠し球とはいえ、今は馬鹿のように内部をさらしているのよ」

「……しかし、あの炎とて一種のバリアだ。即、むき出しの状態とはいえないだろう」

 ハヤミはそう語る。装甲から解放されたとはいえ、今度は炎のバリアで守られているだけ。今度はそこを突き破る力が必要である。装甲か、炎かの違いになっただけで、問題は何も変わっていない、はずだった。

 アキラはそのことを理解した。

「……ターニャさん、パティさんの使っていた物をタンク砲でも用意できますか」

 アキラはターニャに尋ねた。それはパティが使っていた光学式超広域狙撃用ライフルのことだ。

 あれならば、1番初めに口の中を狙った通り、ダメージは期待できる。それもタンク砲であれば、その期待値もあがる。

 それはターニャと同じ考えであった。だから、ターニャが笑っていた理由だ。

「ええ、ちょっと回路を変えるだけだから、ほんの少しの時間で用意ができるわ。あれは元々は貫通レーザーの応用ですから、あの程度の炎なんて無意味よ」

 ファイアードレイクの隠し球で危機に陥るかと思ったが、そこは機転によって今では好機となろうとしていた。


  * * *


 エーコは司令室からの新たに出された指示を確認する。無理のない内容に少しの安心と物足りなさを感じた。死亡者も出ることが予測された中で、ただ、おびき寄せるだけなのだから、リスクは少ない。

『各員、指定のポイントにおびき寄せるわよ』

 タンク砲は現在、アルミカンで回路を変換中。時間はさほどかからない、それはおびき寄せている間に完了する。

 ファミネイ達は銃器を撃ちながら、後退していく。暴れ回るファイアードレイクは目の前の敵意を持つモノには容赦なく向かってくる。一度、攻撃が済めば忘れてしまうのに、それでも撃たれている間はこちらの言うことを聞くかのように付いてきてくれる。

 まるで、猛獣使いに操られた竜だ。

『まったく、単調なモノね』

 そのようにエーコは通信越しでつぶやく。つぶやきまで通信だ。

 ファミネイ達は目的のポイントを通信で把握している。ここまでは素直に付いてきてくれたが、微調整になるといささか面倒で、さらにはその場に留まらせるには素直に「待て」の一言で済むわけではない。

 それでも、何とか被害は出さずにポイントへ固定できた。

『おびき寄せたわよ』

『了解しました』

 2台のタンク砲から放たれた一直線の光が、ファイアードレイクの体を交差する。

 貫通式レーザー。レーザーとはいうが、その原理は少し違うらしい。2台で同時に光が放たれた通り、交差したポイントで共振を起こさせ、破壊力を生み出すため。

 そのため、単一では無力な光線でしかない。そして、この光線は多少の厚みであれば物体をも貫く。そのため、厳密には光線ではなく、レーザーの原理とも違ってくる。

 それだけに炎で覆われていても、内部が見えた状態であれば、貫通式レーザーは威力を発揮することが可能。

 強固なファイアードレイクの装甲とて内部から破壊されては、単なる剥製である。

 ファイアードレイク自身が行った装甲の解放は、ターニャが笑って喜ぶほど狙ってもないチャンスとなった。

 そもそも、この貫通式レーザーは光学式超広域狙撃用ライフルと同じで、規制の穴を付いた兵器であるため、許可はハヤミであれば問題なく出せる。

 そして、真に狙っているポイントはタキオンエンジンだ。これを破壊されれば、バカピックとはいえ、収束する爆発で自壊することだろう。

 ここまできて、サンプルで巨体を確保する気などない。

 ただ、リスクを消し去りたい。

 タキオンエンジンの位置もおおよそだが、今までの観測データで割り出しているので精度はかなり高い。

 ファイアードレイクはこのままでは滅ばされるだけだが、当然、抵抗して生き残ろうとする。


 ――一陣の風が吹いた。


 見えなかった。誰もが感じた、正直な感想である。そして、そこにいたファミネイ達はファイアードレイクがさも初めから、そこにいたように感じていた。

 しかし、データでは瞬時に移動したことは示されている。ほんのわずかな距離ではあるが。

 風と錯覚した正体はワープであった。

 それだけにタンク砲から放たれる光線は無意味に空中でクロスしている。

 ワープ後も、ファイアードレイクは噴射口を使い、加速して後退をする。その熱量は口からの炎とは比べものにならない。通り過ぎた場所は地獄に変えるほど、石すらも溶かすほど超高温地帯だ。

 幸い、ファミネイ達が周りにいなかったのが救いである。しかし、それほどの火力が有していながら、今まで攻撃に生かさなかったことは不可解だ。

 それがバカピックのゆえんではあるが。

 そして、それまでのゆったりとした動きからは想像できないほどだった。必死とはいえ、その何割かを戦闘にも駆使していれば楽に戦えていたはずなのに。

 どちらにしろ、それは敵の事情であるのだろう。ハヤミにとってはラッキー程度な話でしかなかった。

 ファイアードレイクはファミネイ達と距離を置いた後も、噴射口からは炎をまき散らしている。そして、こちらが攻撃しないのを見ると、更に後退して宙へと飛んでいく。

 どうにか、ファイアードレイクはこちらの期待に応えてくれたのか、撤退していった。

 エーコは斬り落とされたドラゴンの尻尾を見ながら通信を入れる。

『いろいろと思うことはあるだろうけれど、この現状では十二分な成果よ。それを誇りましょう』

 確かに勝ちだが、ここにいるファミネイも基地のハヤミを初めとする者達もそうは思ってはいない。

 それでも、今はこの勝ちを誇りたい。たとえ、虚勢であっても。


  * * *


「……ひとまず、終わったか」

 何とか、被害をほぼ出さずに終えられた。

 ファイアードレイクにはかなりのダメージを与えられたとは思うが、まだ健在。

 この先、憂いになるかもしれないが、それでも対策は分かったので、それだけでも救いである。

「逃げる際もワープを使わないのは、やはり、あの大型には負担が大きいのでしょうか。まあ、ダメージもあるからと、この場においてはそう考えるのが自然でしょうね」

 ターニャはファイアードレイクの逃げる様子をそう評価した。

「さて、グラスの報酬もあるが、少し他の者にも労をねぎらう必要があるか」

 その言葉に司令室内の少女達も明るくなる。

 ハヤミはさすがにここにいる者達までねぎらう気はなかったが、こうなっては発言の撤回もできない。むしろ、口にしたのが不味かったと後悔するしかない。

「……皆にはデザート1品追加が、精一杯か」

「それよりも、いつまでも保守的に続ける気ですか。これを機に攻めに出てはいかがでしょうか」

 ハヤミとターニャの関係は今に始まったわけではない。

「しがらみもある中では、これで十分だ」

 ハヤミはシノに手を振って、合図を送った。飲み物を用意してくれの合図だ。

 今のターニャの発言は、戦闘開始前の会話と同様だが今回だけのモノでない。たまにされる会話である。

 そんな会話にハヤミは嫌々とはしているが、それもまた事実なのが耳が痛い。

 実際、ハヤミは使い古した戦法ではあるが、今までとりあえず無事にこの基地を守り続けている。古さは分かっていても、成果も出しているその戦法を軸にしてきた。

「まあ、いいですが、昔の英雄みたいにそんな意地を通した所で、待っているのは悲劇でしかありませんよ」

 昔の英雄に微妙なアクセントがあった。まるでハヤミの知っている人を指しているようであった。だが、ハヤミは黙って、その言葉を聞き流していた。

「貴方は近く、大きな選択しなければならない。我々はそれに従います」

 ターニャはそういって、ハヤミの顔を見つめている。そんなハヤミは視線から顔を背けている。

「……さて、後は専門家の仕事ですので」

 ターニャは重要そうな内容を捨て台詞として語った。実際、貴重なドラゴンの尻尾や戦闘データのまとめという自分達の仕事が待っている戦場へと移動しなければならない。

 それだけにハヤミと結論の出ない会話に付き合う時間は実際に惜しいのだ。

「後、少し気が緩んでいる所すみませんが、『ゴールドドラゴン』という例もあります。対策はより強固でなくてはなりませんので」

 ゴールドドラゴン、宇宙時代における有名なドラゴンタイプだ。

 その名の通り、金色のドラゴンだが、姿、形はその時折で変わっている。

 その理由は多くの会戦で出現して大きなダメージを負っても、次の会戦で大きく改修され姿が変わっていたいう。つまり、このゴールドドラゴンの例とするなら、ファイアードレイクはまたやってくる可能性は高いということになる。

 ターニャはそう皮肉じみた台詞を更に言い残し、その場を離れていった。

「まったく、この余韻に水を差しやがって」

 ハヤミはそういうが、それも事実ということは分かっている。だが、それでもぼやきたくはなる。シノもなだめることはない。シノとて同様なのだ。

 これまで空気のようにただ、じっとしてこの場にいたシノだが、ハヤミにとってはそれだけで心強い存在である。

 そして、用意した飲み物をそっと置く。

「……長年作り上げた、紛い物の平穏は終わりを迎えようとしているのだな」

 ハヤミはシノが用意してくれた飲み物を手に取り、口を付ける。

 飲み物が飲み終わる頃には、エンジニア達が調査のために地上へと出かけようとしていた。

 アキラにはシノ以上に黙って、その様子を見るしかなかった。


  5


 竜は再び眠る。

 惰眠ではなく、傷ついた体を休めるために。そして、達成感、満足感のある疲労を癒やすために、眠りにつくのだった。



(初出掲載 2019年6月)

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