第5話 火の精霊を救いたい!③

 使い魔による情報を検証したうえで、3日後に私とライラは再び、火口へと向かった。

 相変わらず火口付近をふにょふにょと定まった動きではないようなふら付いた動きをサラマンダーはしている。


「やっぱり相変わらず変な動きをしているわよね」

「でも、この数日間で活火山の活動はさらに活発化が進んでいるようで、いくつかの村にも徐々に被害が発生しているようです」

「まあ、さすがにサラマンダーの強さは伊達じゃないものね」

「感心してないで、何とかしないと……」

「もちろん、サラマンダーに対して、ちゃんと対策を講じてあげるつもりよ!」


 私は力強くライラに向かって、言い切った。

 どうして火口に来るのが、3日後になってしまったかというと、あまり長い間、報告を入れていないとラピート共和国側としても、対処のしようがないと考え、間の2日間でラピート共和国側に向かい、報告を行ったのである。

 そして、そのやり取りの中で、今回の問題はややこしいので、解決した場合、転送魔法を教えるように「説得」をして、シュタイナー宰相から写本をくれるという言質を取った。

 お父様は使えるようだが、私がまだ使えない転送魔法を使えるようになれば、一度訪れたことのある場所に「印」をつけておくことで、再度訪問しやすくなるというものだ。

 これはとても重要な魔法なので、ライラもこの報酬に関しては、内々で喜んではいた。

 とにかく、報告というのは重要で、やはりシュタイナー宰相はやきもきしていたようで、私たちが用意した画像も含めた報告で、事の重大さにはご納得いただけたようで、猶予を一週間ほど伸ばしてもらえることとなった。

 とはいえ、このまま呪術にかかったままのサラマンダーは間違いなく、精霊としての力を徐々に呪いに蝕まれていることだろう。

 早いところ、何とかしてあげないといけない。


「で、どうされるんですか?」

「呪術の上書きをしようと思うの」

「え、呪術の上書き? エリサ様は東の大陸の呪術を使えるのですか!?」

「使えないわよ。文献でしか見たことないから、扱うつもりもないわ」

「ええっ!? じゃあ、どうやって呪術の上書きなんてするんですか!?」

「あなたはもう少し冷静になったほうが良いわよ……。私とあなたの間でも呪術がひとつ発動しているじゃない」

「あ! 『血の契り』ですか?」

「そう。ご名答!」


 ライラは「なるほど!」と気づいたらしい。が、すぐに頭を傾げる。


「ですけど、エリサ様。『血の契り』に関しては、やり方は分かるんですけれど、そうなるとサラマンダー様はエリサ様の配下に入ってしまうことになるんですよね?」

「ええ、そうなるわね」

「私同様に血が欲しくなるんですか?」

「いいえ。別にそうならないわよ。本来は魔力供給をすれば、それで形状や能力は維持できるはずだから……。あなたは特殊なのよ。だって、あなたはサキュバスだから、魔力だけじゃなくて精気も喰らおうとする。でも、私としては精気を供給していたら疲れるだけだから、精気が濃縮されている血液を定期的にあなたに飲ませることで、精気を吸い取られることを回避しているのよ」

「あ、なるほど。では、サラマンダー様は定期的に血を与える必要はないわけですね」

「ええ、それに魔力供給も無茶さえしなければ、『血の契り』によって魔力供給用の回路が出来上がるんだと思うわ。だから、ライラと離れていても、魔力は供給されているでしょ?」

「そうですね。赤い糸が繋がっていますから」


 そういって、ライラは私の目の前に小指を差し出してくる。

 いや、目に見えないじゃんか……。

 私は面倒くさいので視線を逸らす。


「照れなくてもいいんですよ!」

「照れてないから……。で、これから、ライラにやって欲しいのは……。申し訳ないんだけど、サラマンダーに喧嘩を売って、戦ってくれない?」

「エリサ様は私に死ねとおっしゃってるのですか?」


 さっきまでの赤い糸の余裕はどこへやら、本気な表情で私に訴えてくる。

 私は「あはは……」と微笑み、


「大丈夫よ。決して死なせたりしないから」

「当たり前ですよ! 私、まだ生きていたいです! 強く生きて、いつ何時でもエリサ様のお傍で……あ~んなことやこ~んなことまで色々と老後までお世話を看るんですから!」

「絶対にあなたに老後だけは看られたくないわね……。おむつの交換とか絶対にさせたくないわ……。寒気しかしない」

「ああっ! なんて冷たい! 私のこの純粋な瞳を見て!」

「はいはい。じゃあ、行ってらっしゃい!」


 私はそういうと、火口に向けてライラを蹴落とした。


「ちょっ!? えっ!? ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 火口に響き渡るライラの声。

 うん。きっと死なないよね! きっと………。

 ちょっぴり不安になる私。

 だが、ライラほどのサキュバスがこんな程度で死ぬわけがない。まあ、マグマの中に落ちたら死ぬかもしれないけれど……。

 私は落ちていくライラを見つめていると、突如、光とともに生み出された水の衣を身にまとったライラがマグマに落ちずにマグマの熱と水の蒸発からできる上昇気流を利用して浮かんでいた。

 浮遊魔法を使えなくてもこういうことができるのか!

 でも、ますます浮遊魔法が欲しくなってきたじゃない!


『ぐるぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』


 サラマンダーが言葉とも言えない咆哮を上げ、ライラを敵として認識する。

 と、同時にライラは踵を返して、こちらに向かってくる。


「ちょ、ちょっと!? 話が違うじゃない!?」


 私が冷や汗をたらりと流れ落ちると同時に、火口付近からは諦めともとれる叫び声が聞こえる。


「無理です。無理です。無理で――――――――――す!!!」


 叫び声はどんどんこちらに近づいてくる。

 私はライラをして山肌を駆け下りる。


「ちょっとは戦いなさいよ!」

「あれ、サラマンダーの力に術者の力を上乗せしてるんですよ!?」

「はぁ……。とにかく、もう少し耐えなさい!」

「わ、分かりました!」


 ライラは振り返ると、手のひらを前に突き出し、


「水魔法『氷矢』大盛り!!!」


 無数の氷の矢が生み出され、サラマンダーにとびかかる。

 あ、でも、それは拙いかも!

 サラマンダーは灼熱の炎をブレスとして生み出して、あたり一面の氷の矢を溶かす!

 ―――のであれば、問題なかったのだが、それ以上の高い温度であったブレスは氷の矢を溶かして、水を一気に気化させてしまう。


「ライラ! 逃げて!」


 ドグオォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!


 私が叫ぶと同時に水蒸気爆発が起こり、ライラはその衝撃で弾き飛ばされてしまう。

 サラマンダーの視界からライラがいなくなったと同時に、今度は私を標的として定めてくる。


「ま、まずい……!」


 私は「縮地」を利用して、その場を緊急離脱する。

 まではもう少し距離がある!

 私の後方からは、サラマンダーの攻撃が繰り返し、飛来する。

 「焔弾」が無数でこちらに向かってくる。直撃は避けつつも、流れ弾にはどうしても当たってしまい、ジワジワと体力を消耗していく。

 少しずつ足がおぼつかなくなってきている……。

 私は普段なら難なく影響を受けないであろう、小さな石に躓き、大きくこけてしまう。

 振り返るとそこには、サラマンダーがいる。

 私の読みが正しければ、この乗っ取られたサラマンダーはレベルアップを遂げるために、魔物などの個体を喰らうはずだ。

 私はジリジリと後方に下がろうとする。

 サラマンダーは先ほどのような「焔弾」を使うのではなく、こちらに近づいてくる。

 サラマンダーらしからぬ、淀んだ魔力を感じる。

 これが術者の魔力―――?

 ついに、私はサラマンダーの左手によって、首を掴まれる。


(く、苦しい…………)


 味見をしたいのか、舌なめずりをしている。


(うう……気持ち悪いよ……)


 そして、サラマンダーは私の顔をなめようとする。

 私はその瞬間に、顔を守るため、自身の血のりの付いた両手で顔を覆う。

 サラマンダーは構わずそれをペロリとなめる。

 血のりをなめたサラマンダーは、ゴクリと喉を鳴らす。


「んふふふふ……。この時を待っていたのよ……」


 私は両手をサラマンダーに突き出し、


「秘術『血の契り』!」


 ポウッと小さな紫色の球が射出され、サラマンダーの胸に飲み込まれる。

 刹那。

 サラマンダーは黒い魔力の竜巻が現れる。


「どうやら始まったみたいね……。呪術の上書きが……」


 黒き竜巻は稲妻が走り、暴風を呼び起こす。

 バリバリという音を立て、竜巻の中からは断末魔が聞こえてくる。

 私も目いっぱいの魔力を詰めた球を打ち込んだのだから、きっと勝てるはず。

 そう願っているうちに竜巻は消えて、サラマンダーに漂っていた禍々しいオーラは消え去った。

 サラマンダーのかかっていた呪術は消え去り、私の「血の契り」に上書きされた瞬間だった。

 

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