第4話 火の精霊の怒りを引き出しちゃった!③

 宿屋に荷物を置いて、身軽な格好をしたうえで、私たちは宿屋に併設されている温泉施設に向かう。もちろん、部屋には「万物の聖典」など貴重品も置いてあるので、誰にも侵入されないように「結界」と「施錠」の魔法はかけてある。

 温泉施設に入ると、私は懐かしさを覚える。

 前世の日本で見た温泉の脱衣所そのものだったからだ!

 まさか、こんなところでこのような懐かしさを覚えれるなんて……。


「ライラ、ここで全ての服を脱いで、このタオルで体を隠すのよ。もちろん、湯舟にはタオルを付けてはだめよ」

「なるほど。やはり私たちのお風呂の文化とは異なりますね」

「でしょ? とても開放的なのよ!」


 私はライラを引き連れて、ドアを開けると、たっぷりと湧き出るお湯、そして立ち上る湯気が私たちを歓迎してくれる。


「これが温泉ですか……」

「ええ、そうよ。特に、このタイプは露天風呂と言って、外の景色を堪能しつつ温泉に入れるというものなの」

「それはなかなか変わった嗜好ですね」

「うーん。まあ、確かに入浴服を着て入っているとそうよね……。さあ、入りましょう」


 まずは身体から汗などを洗い流し、そしていよいよ温泉に入れる。

 ちゃぷん………

 足からゆっくりと湯加減を見ながら、温泉に体を慣らしていく。

 その時にはバスタオルをすべて外して、徐々にお湯に浸かっていく。


「うーん。心地よい湯加減で、身体にお湯が染み渡っていくような感じだわ……」


 横には私に遅れて、お湯に浸かるライラがいた。


「少し湯加減が熱く感じますが、これはこれでいいですね」

「本当、気持ちいいわね……」


 私は腕にお湯をかけて、肌がすべすべになっていくのを堪能している。

 魔王城から家出してから、もうすでに1週間を超えていた。

 旅というものは、面倒なことも多い。例えば、お風呂もその一つだ。

 旅に出てから、水浴びはしていたものの、こうやって入浴ができたのはなかった。

 ウンディーネの場所に赴いたときに、水浴びをさせてもらったくらいだ。

 だから、こうやってゆっくりと湯舟に浸かるのは、最高に気持ちのいいことであった。


「それにしても―――」


 私の背後に殺気が生まれる。

 私はその源を取り押さえようとするが、湯舟の底の硫黄などによるヌメリが動きを鈍らせてしまう。

 ワシッ!!! と背後からライラは私の胸を鷲掴みにして、


「少しは大きくなられましたか? エリサ様」

「う、うるさいわね! 放っておいて! まだ、成長段階なんだから!」


 ううっ! どうして私のお胸はこんなにもぺったんこに近いんだ……。

 私はライラを引き離し、振り返ると、そこには温泉に浮かぶくらいのお胸が……。


「ライラはありすぎよ!! 戦闘の時に邪魔じゃないの!?」

「ああ、別にそのようなことは思ったことはありませんねぇ……。最初からあったので」

「ぐはぁっ!?」


 何!? この最強の魔法を喰らったような痛みは―――!!

 前世ではもっとあったのに、魔王の娘に転生したら、こんなにもぺったんこ……。

 さすがに私のお母様を恨もうとしたわ……。でも、お母様はライラのように立派なものを持っていたから、完全にお父様の血を受け継いでしまったらしい。

 いいもん! 別にいらないんだもん!


「エリサ様、でも安心してください。私はエリサ様のその整った肢体が好きなのです。ぺったんこだからこそ、バランスが取れているのですよ」

「なんか、褒められているような気がしないでもないけれど、それ以上に腹立たしさのほうが増してくるわ……」

「あと、明日からも大変そうなので、部屋に戻りましたら、血をお分けくださいね」

「そうね。先のウンディーネの時もたくさん、魔力を行使したものね……。いいわよ」

「あと、ご褒美が欲しいです」

「え……。契約している血以外に?」

「はい。ボーナスのようなものです」

「ボーナスね……。まあ、それであなたがやる気になるのだったら、考えなくもないわ」


 私がそう答えると、ライラの顔は一層明るく微笑んだ。

 そんなにボーナスが欲しかったのか……。お金が欲しいのかしら……。


「何が欲しいの?」

接吻キスです!」


 いや、食い気味に答えてきたわね……。

 て、キス――――!?


「ちょ、ちょっと待って? 私たち、女同士なのよ?」

「別に問題ないではありませんか。サキュバスの中にも、キスで契約を結ぶ者もおります」

「あ、そうなの……。うーん。分かったわ……。次、大変な仕事で戦禍を上げたなら、ボーナスをあげるわ……」

「本当ですか!?」

「え、ええ……構わないわよ」

「では、明日以降も頑張りますね。あと、部屋にベッドが一つしかなかったので添い寝決定ですね!」


 何とも恐ろしい事実を告げられると、ライラは一人陽気に湯舟を後にした。

 私は熱い温泉に浸かっているにも関わらず、寒気がしてブルッと身体が震えた。




 翌朝、早速火山に私たちは向かうことにした。

 すでに王室側が以前に調査した際に、転送用魔法陣を設置してきたらしく、王宮から一瞬のうちに到着してしまう。

 ああ、魔法って本当に色々と知っておけば便利だなぁ……。

 とはいえ、転送魔法などは国家機密レベルの情報であるため、そう簡単に私に教えてもらえるものではないと自覚はしている。

 私とライラは火口を覗き込むと、何か溶岩の近くで蠢いているものを発見する。


「何でしょうね……あれ」

「うーん。ここからだと分かりにくいわね……」


 そもそも火口近くにも行けば、煮えたぎった溶岩とそこに発生する熱の影響で、景色が揺らいでいて見えにくいことこの上ない。


「ちょっと、攻撃を仕掛けてみましょうか」

「ええっ!? エリサ様、本気ですか!?」

「私が冗談を言っていると思う?」


 真顔で問い返してあげると、ライラは「ひぃっ」と小さく呻き、


「そんなことはありません。微塵もありません」


 と、謝罪してくる。

 まあ、分かってくれて嬉しいのだけれど……。

 私は「万物の聖典」を取り出し、ページをめくる。


「水魔法『氷槍』!」

「エリサ様!? 手加減というものは!?」

「え!? だって、氷だから、解けることも想定して、むしろ普段より強めなんだけど!?」

「あれが、もしも、精霊だったら……て考えはなかったんですか!?」

「………………あ。」

「いや、気づくのが遅すぎますよ!」


 ライラからの批判を受けている間に、蠢くものに氷の槍が降り注ぐ!

 グシャア―――ッ!!!


 炸裂音と同時に、火山の火口からはけたたましい炎と断末魔のような金切り音のような叫び声が響く。


「何!? 何なのよ!!」

「あれが本体ではありませんか!?」

「てか、あれ……サラマンダーよ…………」

「じゃあ、まさか……………」

「乗っ取られたって言うのは本当だったようね………」


 私たちは水魔法の「氷槍」「氷矢」を連発するが、文献で知りうるサラマンダーのそれとは異なる真紫の瞳が私たちに敵意をむき出しにする。

 強烈な殺意と共に、火魔法「焔弾」が放たれ、私たちが放った魔法を蹴散らして、さらに本体がこちらに向かってくる。


「これって……ヤバくないですか!?」

「一旦、退却よ!」


 私はライラにそう伝えると、火山の斜面を駆け降りるように下っていく。

 後方からは殺意の塊となった乗っ取られた状況のサラマンダーが不可思議な蠢きを見せつつ、こちらに攻撃を仕掛けてくるのであった。

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