第3話 水の精霊と信仰心②

 朝早く私とライラは旅立ち、すでに地図で示された湧泉の傍まで着ている。

 途中で何度か魔物に出くわしたが、私たちにとっては取るに足らないものであったので、ちょちょいと捻ってあげた。

 ここからは湿った洞窟の中に入っていかなければならないということもあり、まずは目の自由が利きやすいこの場所で、昼食を取ることにした。

 私は「万物の聖典」を取り出し、「食欲」の項目から大きなバスケットを取り出す。


「いつ見ても、エリサ様のそのスキルは恐ろしいですね」

「そう? 慣れれば便利なものよ。まあ、少々魔力を使用するけれど」

「エリサ様の魔力が底を尽きるなんてことありえるんですか? そもそも魔王様の魔力量も果てしないものですよ」


 まあ、そういわれればそうかもしれない。

 確かに、転生前にRPG(ロールプレイングゲーム)をやっていたことがあったが、ラスボスのMP《マジックポイント》は、攻略本とかを見ても、無限大になっていて、そんな敵作るなよ……と開発者に言いたかったことが幾度とあったが、今が正直その状態だということに今更ながら気づかされた。


「今日の昼食はサンドイッチよ。食べやすいし、敵襲があっても問題なし!」

「じゃあ、私は紅茶を入れましょうか?」

「今日はね……これを入れてみない?」

「何ですか……この黒い豆は……」

「南方の一年中夏のような気候の地域でとれるコーヒーと呼ばれるものよ」

「どうしてそのようなものが……?」

「いや、まあ、その…………」

「転生前に飲んでいらっしゃったのですね?」

「…………はい」


 私は彼女のクールな尋問に屈するしかなかった。

 これは使っていて気づいたのだが、前世の経験で構造などがきちんとわかっているものに関しては、「万物の聖典」で再現することが可能なのだ。

 だから、魔王城から旅立つ際に使用したパラグライダーもそうだ。

 ライラは私の胸の中でご満悦で、あまり気にしていないようだったが、あれも私の前世の記憶によるものである。

 え? じゃあ、これでどんどんものを作って売れば、儲けられるって?

 それは確かにそう思えるかもしれないけれど、「万物の聖典」はあくまでも私自身が生きていくということを前提に使用することが認められているようで、私と血の契約を結んで一心同体と言っても過言ではないライラには使用可能であるが、私と何の契約も結んでいない者が使用したり、売買を行うということはできない。


「コーヒーというものはどのようにして飲むのですか?」

「この豆は事前に煎られたものでね。これを粉にして、そしてそれをこの道具を用いて、液体をドリップさせるの」


 私が目の前で豆を挽き、そしてお湯を注いでいくのを見せる。

 ライラは初めてのことで興味津々のようである。


「これを今後、私がしても良いでしょうか?」

「あら? コーヒーを入れてくれるの? すごく嬉しいわ! あなたの紅茶もすごく美味しいのだけれど、コーヒーの淹れ方もきっとマスターできると思うわ」


 私はドリップしたコーヒーを彼女のカップに注いで渡す。


「香りがすごくいいですね。紅茶の香りとは全然異なります。おおっ! 苦みがありますが、何だか、深みも感じますね。これは美味しいです」

「気に入ってもらえて良かったわ。さあ、サンドイッチとこのコーヒーで英気を養って、洞窟探検に行きましょう」


 久々のコーヒーは美味しかった。

 前世では疲れた時に常に飲んでいたコーヒーだが、さすがに今回のコーヒーはその時のものとは異なる。こうやってライラと一緒にランチで飲むコーヒーは本当に美味しかった。




 洞口に入ると、野良魔物がぞろぞろと出てきたので、ライラは先ほどのコーヒーのお返しと薙ぎ倒していった。

 彼女は魔法も得意としているが、双短剣タガーによる攻撃も素晴らしい。

 この双短剣タガーは、火・水・土などの魔力を帯びさせることができる特注品で、魔力を帯びさせることによって、その属性に弱い敵には大ダメージを与えることができるのである。

 彼女の特性に合わせて、私が「万物の聖典」から作り出して渡したものだが、彼女の力だ発揮されて、私としても嬉しい限りである。

 そんなこんなしているうちに、青白く光る空洞に出くわす。


「ここは……?」


 ライラは周囲を警戒しつつ、中の様子をうかがう。

 私は真正面の青白く光りを放つ池を見つめ、


「ここが湧泉よ……」

「すごく神秘的な場所なんですね……」

「んふふ……」

「何が可笑しいんですか?」

「だって、私たち魔族が神秘的って感じるって……。神秘とは神による創造で生み出される景色なのにね……」

「ま、まあ、そうですれけれど……」

「ちなみにあなたの答えは間違っていないのよ……。だって、ここが水の精霊・ウンディーネの住処なんですもの」

「ええっ!? ウンディーネ様の!?」

「それにしても、ここに住んでいるはずのウンディーネの姿がないわね……。お出かけ中かしら」


 私がそういうと、青白く光る水が揺れ動き、周囲に水しぶきを上げ始める。

 私は微笑みながら、池の近くまでやってくる。

 揺れが収まると、青白い光の中に水色の衣をまとった少女が現れる。


「あら、ウンディーネ様……」

「げっ……その声はエリザベート!?」


 極端に嫌そうな顔をするウンディーネ。

 ライラは気が気じゃない。なにせ、主と精霊が対等に話を始めているのだから。


「エリサ様はお知り合いなんですか!?」

「おや? 今はエリサと名乗っているのか?」

「まあね。魔王城を家出してきちゃったの。お父様があまりにも鬱陶しくって」

「あははは! エリザベートらしいな!」

「それは馬鹿にしているの?」

「そういうわけではない。そこの侍女……私とエリザベートは古くからの知り合いだから、安心するがいい」

「そうよ。ライラ……。いつまでも私の体にしがみつくのはおやめなさい。あと、どさくさに紛れてお胸を触ったりするのも……」


 私は一応叱っておく。度を越してはいけないのです!


「私のスキルである『万物の聖典』を使えるようになってから、色々と魔法の属性を学ぶために、精霊を呼び出したことがあったのよ」

「本当にわがままな娘だったな……。自由奔放というのはこういう奴のことをいうのだろうな……。で、今日は何のために来たんじゃ?」

「うん。最近の異常気象の調査でね。この麓の村に水を分けてほしくてさ」

「それだけは絶対に嫌じゃ!」


 ウンディーネはプイッと顔を背ける。

 はて? 何やら事情があるようね……。

 私は首を傾げながら、ウンディーネの様子を見ていた。

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