第3話 水の精霊と信仰心①

「エルサ様! これはどういうことなんですか!?」

「どういうこととは何です? 急に……」

「エルサ様は、自由を手に入れたくて城を飛び出されたのではありませんか?」

「ええ、そうよ」

「では、なぜ、人間属の手伝いなどをされるのです!?」


 ああ、なるほど。

 まだ、ライラはそこに私と考えが一致できていないところがあるようだ。

 私は寝転がっていたベッドから起き上がり、


「ライラ、紅茶を二人分入れてもらってもいいかしら?」

「ええ、構いません」


 ライラはとても優秀な娘である。

 この娘をお父様が私にお預けになられた日のことは今でも鮮明に覚えている。

 彼女はボロボロの雑巾のようになっていたまま、私に渡された。

 何かの嫌がらせか、と思ってしまうほどに。

 今思えば、自分の侍女にするならば、それなりの教育を自身で施し、玩具として破壊してしまいたいのであれば、魔法の実験台にでもすればいい……という考えくらいで私に渡してきたのだろう。

 私にとっては同い年くらいの子を見るのは、とても嬉しかった。

 だから、後者などまったく思いすらしなかった。

 彼女とは同じ空間で一緒に過ごした。

 彼女は最初、躊躇ったが、一緒にベッドで寝ることにした。とはいえ、彼女が求めていた私を守る力を取得するには、大きな壁がそびえていた。

 それが淫夢魔サキュバスにかかわる一つの問題である、「契約あり」か「契約なし」……。

 つまり、主人との間で血による繋がりを持てているかどうかということ。

 私は魔王城の図書館であらゆる書籍を読んでいて、そのことを知っていた。

 だから、私は彼女に提案した。


【私・エリザベートと血の契りを結ばないか……】


 と。彼女は躊躇いもせずに、同意してきた。私は部屋に魔方陣をかき出し、そして二人でその場所に立ち、私の血を一滴、彼女に飲ませた。

 そして、「血の契り」を結んだ彼女はメキメキとその力を表に出すようになってきた。

 結果は、先に話した通り、私にはまだ遠いものの、魔王軍幹部となら十分に台頭に渡り合えるほどの力を手に入れた。

 ただ、別の問題も発生したのだが……。敢えて、ここでは言わないでおこう。


「紅茶をお入れしました」

「さっき、宿屋の売店で美味しそうなクッキーが売ってあったの。あなたも一緒に食べましょう」

「よろしいのですか?」

「どうしていけないの?」


 ライラは少し引いた場所から、


「私とエリサ様は主従関係にあります。主と従者が一緒にこのような機会があることは……」

「あー、それは気にしなくてもいいわよ。私とあなたは主従関係を結んでいるけれど、私はあなたのことを同い年の仲のいい友達としても見ているから」

「友達……ですか……」

「ええ、そうよ。友達! さ、だから、ここにお掛けなさい!」

「わかりました。ではご一緒いたします」


 彼女は座ると、私のカップに紅茶を注いでくれる。

 私は彼女のカップに紅茶を注いで、クッキーを手ごろなお皿に開ける。


「うん! とてもいい香りね。素朴な家庭料理でソフトクッキーと言うそうよ。中にチョコレートやナッツを混ぜて一緒に焼くんですって」


 そういいつつ、私は一つ、口に運ぶ。


「うん! 外はサクッとしているけど、中は程よく柔らかいわ。甘さもしつこくなくて、紅茶にピッタリ。さ、ライラも食べて」

「では、いただきます」


 ライラも口に運ぶ。

 私の言っていた味が理解できたのか、ふっと笑顔がこぼれる。


「ね? 美味しいでしょ?」

「はい。エリサ様のおっしゃる通りですね」


 私はライラの笑みがこぼれたことに満足していた。

 だが、ここからは大切な話だ。


「ライラ……さっきのことなんだけどね……。あなたは私が人助けをすることがよくないと感じているのよね?」

「まあ、よくないというよりは魔王の娘としてあるまじき行為なのではないかと認識しているのです」

「そうよね。確かに魔王や魔族は人を襲ったりするものね」

「それに……」


 ライラは複雑な表情をしながら、


「私の父と母は、人間属に殺されたも同然です。人間属は強者に頼ろうとすると、頼れるまで頼った後はそれを裏切ります。手のひらを返したかのような仕打ちをしてきたのです……。だから、私は人間属を信用できないのです」

「そう……。もちろん、ライラのお父様やお母様が人間属に裏切られた末に殺されてしまったのは、消えない事実だわ……。でも、私は今後のためにも魔王軍が上手く繋がっていくように、乗り越えなければならない壁があると思うよ」

「その壁とは何ですか?」

「種族の違いよ」


 ライラは、いまいち理解できていないようで、首を傾げている。

 私は目の前のクッキーをナプキンの上に3つ並べる。


「例えば、これが魔族、そしてその極致にいるのが人間属……。そして、真ん中は亜人族……。私が書籍で学んだ話の中で種族を大きく分けると、この3つに分けることができるわ。もちろん、細かいものはこの際、置いといて、簡単に説明するわね」


 ライラはそのクッキーを真面目に眺めている。


「このナプキンはこの世界を表しているの。そこにこうやって三つの種族がバラバラに生活している。これがそれぞれ繋がり、交易なども十分に行えるようになれば、各々の種族にとって合理的、かつ効率的にお互いが利益を得られることができると思うの」

「しかし、人間属は裏切るようなものもいます」

「もちろん、分ってるわ。でも、それは魔族でも同じことなのよ。今回の出向く湧泉ゆうせんには、魔物が出ているそうじゃない。でも、人間にかかわる場所をお父様がわざわざ出向いて魔物を使って嫌がらせをしているとは思えないの」

「つまり?」

「きっと、自分たちの利益のために水を独占している奴がいるのよ……」

「それでエリサ様はそれを倒しに行かれるのですか?」

「もう、物騒ね……。まずは様子見と話し合いよ。無駄ならば、戦うことになるでしょうけれどね……」

「しかし、どうしてエリサ様がそこまでされるのですか……」

「それは―――――」


 私は言いかけて、一瞬悩んだ。

 彼女に打ち明けてもいいのだろうか……と。自身が前世では人間だったということを……。

 だが、ライラとの間では隠し事なしだ。そちらの方が優先だ。

 もしも、ここで彼女からの信用を失うことになろうものなら、私は潔く彼女と戦うことを選択しよう、と。


「ライラ、驚かないで聞いてほしいんだけれど……。私は転生者なの……。転生までは普通に人間だったのよ……。だから、みんなで仲良くしてほしいと願ってやまない……。そんな人間の気持ちが今も残っているの……。だから、こうやって人助けのために自然と体が動いてしまうのね」

「……………………」


 ライラは茫然と私の瞳を見つめている。

 攻撃してくるのだろうか……。この至近距離ならば、避けることが難しいが、相打ちならば持ち込むこともできるだろう。

 だが、そんな考えは杞憂に終わる。

 ライラは「ふふっ」とほほ笑んだ。


「やはり、そうでしたか……」

「え? どういうこと?」

「いえ、何となく、エリサ様が人間に志向が近いと思ってはいたのですが、今のお話を聞いて、納得できました」

「え? このままでいいの?」

「何がいけないのですか? 私はエリサ様の従者であり、友達であるんですよね?」

「ええ、そうよ」

「私はそれだけではありませんよ? 私はエリサ様のことが好きなんです。エリサ様がどのようなものであっても、関係ないのです。エリサ様さえいれば、いいのです。エリサ様の血、しっとりとした指先、そして、その肢体すべてが私のお隣にあれば……」


 ん? 何だか寒気がするんだけれど……。

 そう。彼女の対する愛の重さが尋常じゃないこと……。これが別の問題として起こっているのだが、まあ、それは……自身で守るとしよう。

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